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無投票様相が示す上関情勢
上関町長選挙
              町民主導への転換の好機     2007年8月22日付

 中国電力の上関原発計画を、25年にわたって抱えてきた上関町の8度目の町長選挙が9月30日の投開票と迫っている。推進派は現職の柏原重海町長が立候補を表明したが動きはまったく低調であり、対する「反対派」幹部・議員の側はいまだに候補者をたてる様子がなく、組織的な運動となるとゼロの選挙放棄状態。隣接する岩国基地は米軍の大増強計画が動き、柏崎原発の大地震による破壊があり、上関町も25年たって原発騒動が町をつぶすものであったことが浮き彫りとなって推進派組織は機能不全状態にある。現状の選挙情勢はなにを物語っているのか、町民にとってこの現状をどう見てどうすればよいのか、町内の意見を聞きながら考えてみた。

 中電の原発推進の仕掛けが破綻
 今回の選挙情勢は、これまでと様相が変わっている。選挙まで残すところ1カ月あまりとなったのに、反対派の組織がまるで体をなさず議員どもも首を引っ込めた状態で、候補者を立てる気配がいまだにない。選挙をする以前に、戦斗体制を放棄するという事態になっている。町民は「無投票にするつもりなのか」「看板をおろすのか」とやきもきしている。
 順番からして、議員の職を辞して町長選に名乗りを上げるべきトップバッターは反対の会の代表である岩木基展町議と誰もが見ているが、首をすくめた状態。「反対派」の議員として、3人の子どもの教育費は議員報酬で賄ったが、1番下の子どもがまだ大学在学中で、町長選の負け戦で失業者になることはできないという精神状態と見られている。
 祝島の山戸貞夫氏は、2度落選した経過がある上に、今度は漁協の職も失った状態で、議員をやめれば、今年秋には子どもが生まれる息子夫婦ともども生活ができなくなるのだといわれている。同じく祝島の清水議員もベテランの年数がたっているが、平生町に建てた家に家族と一緒に住んでおり、月、水、金だけ祝島にわたっている上関町民脱落状態。実質平生町に逃げた状態で上関に出稼ぎに出て議員報酬を得ている関係。
 彼らから名乗りが上がらないのは、原発反対のため、町民のために議員になっているのではなく、町民の反対の意志を利用して、自分が食うために議員の椅子を温めているという姿が町民の目に映る姿となっている。しかし町長選に候補も立てないとなると、いよいよ反対派脱落・推進派に寝返りと見なされることになる。そっちに転んでもつぎには飯の食い上げになっていく関係。
 そういうなかで「負けて元元」の失業、半失業者の名前がチラチラ話になっている。1人は県議選で落選した田布施町の小中氏の名前だが、よそ者でははじめから負けるために出るようなもの。さらに山戸氏の息子の名前も出ている。
 しかしながら誰が出るにせよ、出ないにせよ、これらの「反対派」組織が町民のなかで動くことは一切ない。これも相当以前から常識のようになっているもので、「町長選は参加することに意義がある」、ないしは「負けるために出る」という彼らがとってきた姿勢の果てに、いまや「出ないかも」になっているのである。
 推進派の側は、「反対派」の側が候補がいないというので、表面上は楽勝ムード。6月議会で現職の柏原町長が立候補を表明したが、前回町長選の乱立抗争の様相は一変して、推進派の全議員一致の「出馬要請」で結束を固めたかのような形。しかし後援会事務所を立ち上げたが日頃は鍵が閉まっていて、後援会の「しおり」などもない。余裕というのは力のない「反対派」議員との力関係であり、町民との関係を見てみると推進派が動員できるか不安がいっぱいという状態にある。推進派のなかからは、「今度の選挙は外村の裏切り票が動くだけでも推進派の比率が上がって7対3になる」といったりしているが、推進派の票がどれだけ減るかは計算に入れていないので不安という状態。
 推進派のなかで「反対派は誰か探したらどうか」とか心配を始めるものもいる。「反対派」議員が瓦解してしまったのでは、推進派が持たないという関係が根底にあるのだ。そして推進派の現状も、1部の補償金の残りをほしがる漁協関係はともかく、町民全体を動員する力はなくなっているのである。

 不安なのは推進派 インチキ反対は瓦解で・延命できぬ関係
 上関の推進派は、インチキ反対派のおかげで生き延びてきたという関係にある。反対派として故河本広正氏の応援で福島社民党党首も応援に呼んで議員になり、河本氏死去の後推進派に鞍替えした外村勉議員は、県議選などで自民党ボスを引き連れて、かつての自分の選挙に協力した反対派町民の所をまわって脅しつけるという卑劣な裏切り行為をしている。反対派の裏切り者のおかげで推進派の選挙が助かっているという関係になっている。
 ところがそういう関係は、反対派の看板を掛けたままでもたくさんやってきた。90年代初めには上関原発は終わり状態になっていた。それを突き破って環境調査から詳細調査まできたのは、94年の漁業権書き換えであり、平井前知事が祝島に何度も渡り、祝島の味方のような顔をして山戸組合長を通じて島民を欺き、四代田ノ浦の共同漁業権を放棄する総会決議をさせたからであった。山戸氏を超える推進の貢献をした町内推進派はいない。
 中電が柏原町長態勢へ移行する過程で反対派切り崩しが激しくなった。山戸・岩木氏側から故河本広正氏を排除して、指導権をすべて握ろうとする動きが始まった。その途上で河本広正氏が突然死去。河本氏が蓄えてきた選挙名簿は岩木町議にわたり、長島側の反対の会の指導権は室津側を排除して加納一族である岩木氏に移った。そして、河本氏の義息が河本氏を裏切り公然と推進派として活動を始めた。すると山戸氏と岩木氏の側から、「室津は崩れた」と騒ぎが起こり、山戸、岩木氏の陣営からの推進への鞍替えがあらわれた。
 そして漁協合併で、祝島漁協は県漁協に乗っ取られ解散状態となった。山戸氏は組合長であったが、県とたたかって漁協を守るような姿勢はまるでなく、県への協力姿勢、漁協の解体、漁業権の放棄の道への協力に終始した。祝島の漁協合併に及んで「祝島も崩れた」という大合唱が推進派から始まり、町内全部の反対派が崩れることを期待したが、そうはならなかった。
 以上のように、町内推進派はタダ酒を飲み食らう程度で何の役にも立たないが、平井知事その後は二井知事と山戸氏らのおかげで生き延びた関係だった。町内でも、初期の時期の祝島の金田氏や、その後の山戸氏のやり方に反対ということで町民が反対の表明ができなくさせる関係でやってきた。その「反対派」議員どもが町民から反対派と認められなくなったら、不安になるのは推進派である。

 祝島でも政治再編進行
 このようななかで誰もが注目しているのが祝島の状況である。山戸氏が漁協を追われ、漁協が推進派に変わったと町内ではいわれてきた。山戸氏ら反対派の幹部が崩れたら島民の反対も崩れるのか、結果は逆である。祝島の運動を実際的に担ってきた婦人、原発反対で1番最初に動いた農民など、祝島の大多数の住民は、「25年がんばってきて今さら負けるわけにはいかない」というのが圧倒的である。
 祝島と同様で、全町的にも反対派といえば金田、山戸氏支持となり、推進派といえば片山町長や柏原町長支持となるというような、いびつな推進派と反対派の対立構造が崩壊状況になったことで、町民の自由な発言が強まるすう勢となっている。中電が豊北原発で大失敗をした教訓から、推進をやるには反対派を内部から崩すということに力を入れ、反対派の運動に反対運動を崩す中電の影響のものを配置し、町民を推進派と反対派で分断し原発を推進するというインチキな仕掛けがここまできて破綻したわけである。
 現在、反対といってきたものの1部が金ほしさに推進をやるものがあらわれているが、同時に推進派となってきた人人のなかで「原発はいいかげんやめさせよう」という人人がふえている。前者は少数であり、後者が多数である。原発問題をめぐる大きな政治再編が進んでいるというのが現状の特徴となっている。

 町民世論は大転換 できたのは中電の町・町の現実見すえ
 町民のなかの世論はいま大転換をしている。町民が長年来のものいえぬ苦難を強いられた原発騒動とはなんであったか。
 町内でもっとも問題になっているのは、人口が3700人を切り10年後には廃村になろうかというほどの町の衰退ぶりである。原発は「町が繁栄する」といって持ち込まれたが、まったく逆になった。若者には仕事もなく子どもを育てるにも病院もない状態で帰ってこず、年寄りも、近くの商店がなくなって食べ物も買えないところがふえてきた。町の玄関口である室津をはじめとして、各地の部落では空き家が目立つようになった。原発一本槍の売り飛ばし町政をやっている間に、海や山は荒れるにまかせ、漁業や農業は衰退するばかりとなった。
 当初原発による地域振興で踊ったのは商工業者であったが、中電は地元の商店から商品を購入することもせず、土建業者も町外業者ばかりで地元業者は草むしり程度しかないことが明らかになってきた。
 そして町は町民の町ではなくなった。中電の尾熊毛事務所が盤踞(ばんきょ)し、GHQかCIAのような存在となって、諜報、陰謀をめぐらし、町長や議員、組合長など町のリーダー集団を飼い慣らして、すっかり中電の町にしてしまった。幹部は推進派も「反対派」も仲良しをやってきたが、町民は推進派、反対派で分断され、疑心暗鬼にされ、人情のあった町がズタズタに切り裂かれて、自由にものがいえず、町民の主権が奪われる状態がつくられてきた。
 25年来の事実から明らかなのは、原発によって栄えたのは推進派、「反対派」を問わず町長や議員ら一部ボス連中だけであり、町民の苦労をよそに、議員報酬その他の収入で家を新築し、子どもを大学にやっている。

 戦争の標的いらぬ 岩国基地・柏崎原発事故重ね・町内で論議に
 町内で大きな関心になっているのは町だけのことではない。1つは岩国であり、岩国の市民が原発より大きな権力である米軍基地の大増強問題で、何回選挙をしても「基地はいらない」といって自民党・国の側を打ち負かしていることが、大きな喜びとなっている。年寄りの多い上関は、忘れようにも忘れられない戦争の体験者の比重が高い町である。そして再び戦争に進むなかで、岩国基地を増強する一方で上関に原発となると、ますますミサイル攻撃の標的となる、戦争をさせないためにも原発をやらせてはならないとの論議が広く語られている。また自民党安倍政府の大惨敗となった参議院選挙の結果が大喜びとなっている。そして柏崎原発が想定以上の大地震でぶっ壊れたことが大関心になっている。
 そして非常に明らかになってきたことは、さんざんにつぶれているのは上関だけではないということだ。無人島になろうかという上関の衰退ぶりは、構造改革・市町村合併で切り捨てられている全国の市町村に共通している。上関は原発計画が国によって持ち込まれたことで、地方生活の破壊が典型的にあらわれている関係である。そして25年抵抗してきた全国に突出した地域となっている。
 いま、都会にでた若者に仕事はなく、食っていけないからアメリカのための戦争に行って稼がせようという動きになっている。原発計画が持ち上がったときとはまるきり条件が違っている。いまの世相のなかで、簡単に儲かる話はないが、戦争になるかというときに、再び立ち上がるために海と山を大切にして守らなければ大変なことになるという世論は非常に強いものとなっている。
 客観的な状況として、上関原発を建設するめどはほとんどなくなっている。柏崎原発の地震による破壊は、既存の原発がすべて使い物にならないことを証明した。中電にとっては既設の島根原発が活断層などの再調査を余儀なくされ、大地震に耐える補強工事ができるかどうかすら分からない状態にある。大型の地震が連続する地震の活性期に入ったことが専門家によって指摘されており、地震に耐えるような原発をつくることなどできない。第1、電力自由化でアップアップする電力会社がべらぼうな金を原発に突っ込むことなどできない。中国電力は電力会社のなかでは小さい貧乏会社であり、いつ外資などに乗っ取られてもおかしくない状態にあり、物騒な原発をいくつも50、60年も維持できるような力はない。上関原発を「やれ、やれ」とせかしてきたのは国の方である。
 上関町長選をめぐる現状は、中電が配置してきた推進派とインチキ反対派の構図が崩壊したことをあらわしている。それは中電の上関原発推進の仕掛けが破綻したことをあらわしている。これは町民大衆が本音を語り、町民が主導して上関の原発反対の運動を再編するチャンスが到来していることを示しており、それはさらに上関町の政治全体を転換させる大きなチャンスが到来していることをあらわしている。
 参議院選挙は反自民の大きな流れが起きているなかで、「日共」集団も社民党も消滅のすう勢にあることを示した。かれらは自民党政府に対立する勢力と見なされていないのである。しかし国民は横暴な自民党安倍政府を大惨敗させた。上関の「反対派」幹部が消滅のすう勢にあるのは全国的に共通したものであり、もっと典型的にあらわれているものである。
 今度の町長選挙は、推進派、「反対派」の幹部主導ではなく、町民の主導で町政を動かしていく力を結集することが最大の注目点となる。

 豊北斗争の継承へ 全町団結で核戦争阻止・亡国政治と対決
 上関の山戸氏をはじめとする幹部集団は、豊北で勝利した経験を排除して、自分らの流儀以外を認めないことを意識的にやってきた。豊北で勝ったような経験を継承するなら上関も勝利することができるのは明らかである。
 その1つは、原発を推進する敵は、中電だけではなくその背後の原子力産業をはじめ大独占集団であり、アメリカである。そして国策として、国、県、自民党、マスコミや警察、裁判所、暴力団さらにさまざまな政治勢力を使って推進してきたものである。祝島の指導路線は、1番の推進者である県知事を友達と見なし、島のなかの住民をもっとも憎い敵としたりさせた。そして団結すべき全町民を敵と見なしたりの分裂主義を持ち込んだ。
 原発は、現地の住民の生活問題、経済問題だけではない。その最大は北朝鮮やイランの原発が問題になっているように、核兵器開発の問題であり、原水爆戦争を押しとどめる問題である。安倍政府が日本本土を戦場にする国民保護計画を市町村につくらせるようななかで、原発は格好の標的となる、国土を壊滅させるという問題である。また地震による大事故・国土壊滅を辞さない、後は野となれの亡国政治である。そして、農漁業を破壊し、地方生活を破壊する政治の典型である。したがって、原発の問題は日本全国の人民の戦争に反対し平和で豊かな郷土を守る切実な問題である。これを現地だけの問題に限定したのでは、団結できるすべての人人と団結することはできず、国策に打ち勝つことはできない。
 そして豊北では、原発のような政治の問題は万事幹部任せというのを打ち破って、大衆の主導で運動を起こし、団結できるすべての人人と団結していった。豊北では、藤井氏を町長に押し立て原発に決着をつけた。下関あたりのいま山戸氏と連携している部分などは当時、「藤井氏は安倍派の選挙ブローカーであり、町民はだまされている」などといっていた。豊北町民はへのカッパであった。大衆が下から原発を進める国策とたたかうという力を持っていたら、藤井氏を反対で貫かせることができるという確信を持っていた。大衆が主人公であり、議員や町長は大衆が使うという関係であった。上関は山戸氏など幹部が神様のような顔をして、町民はその許しの範囲でしか動いてはならないという転倒した関係であった。その結果は幹部の裏切りである。
 町長選挙は上関原発をめぐる局面を大転換させる好機となっている。原発を進める国策とたたかって、団結できるすべての人人が団結する方向で、町民大衆が自らの意志として下から論議し行動して、力をいかに結集できるかが最大の注目点である。その力が権力に抗して全町団結を担いうる候補を出す力になるだろうし、そこまでできなかったら既存の「反対派」議員が誰かを出さざるを得なくする力になる。
 仮に山戸氏の息子か小中氏が出ることになったとしても彼らを町民の力を示すコマとして使ったらよいのである。実際彼らでは、町民のなかで権威も信頼もなく、選挙が候補者の人気投票というのなら票はない。町民に対して指導力も統率力もない彼らが票を集めたとなると、それは町民の力を示すことになる。
 祝島の婦人や農民などの住民が、全町団結を願って全町内を回り、「祝島の反対派は崩れてはいないし、25年がんばって今さら負けるわけにはいかない。全町の皆さんよろしくお願いします」といって回ったなら、全町の深い共鳴を得て様相を一変させることは疑いない情勢にある。

 全県全国の斗いと連帯
 さらに上関町民の、原発という国策に対するたたかいは、町民だけの運動ではない。全県的な「上関原発を白紙撤回せよ」の運動が町民の運動と合流するようにしなければならない。とくに米軍基地の大増強とたたかう岩国市民の運動、広島湾岸を原水爆戦争の拠点とする屈辱に怒る被爆地広島の人人のたたかいと連動しており、原発と戦争に反対する日本中の要求と連帯している。
 今度の上関町長選は非常に意味深いものとなっている。

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