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  長崎で県庁移転反対総決起大会
くんちを繋ぐ会が主催
                歴史・文化守れと650人結集      2009年9月14日付

 長崎市民会館で12日、長崎くんちの踊町、神輿守町でつくる長崎くんちを繋ぐ会(代表/吉村正美・銀屋町自治会長)が主催する「県庁舎移転反対総決起大会」が開かれた。会場には、雨がふりしきる悪天候にもかかわらず約650人(主催者発表)が詰めかけ、市民自身の直接行動によって反対の意志を示す画期的な集会となった。
 はじめに、主催者を代表して吉村正美氏があいさつ。吉村氏は、「県庁の魚市跡地への新築移転があたかも適正であるかのような結論が出され、大急ぎで手続きが進行している。だが、世論調査でも魚市跡地への移転賛成は2割程度にとどまっているように、実際には多くの人人がこの計画に疑問を感じている。県庁舎が移転すると周辺地域は町の存続すら困難になり、商店街もシャッター通り化が懸念されくんちそのものの存続がきわめて難しくなっていく」とのべ、くんち踊町、神輿守町をはじめ、有志によって「長崎くんちを繋ぐ会」を結成し、反対運動に乗り出した経緯を説明した。
 「くんちは375年続いた長崎のかけがえのない宝であり、国指定重要無形民俗文化財でもある。かつて原爆の試練を経て、いままた県庁移転という大きな波が押し寄せているが、私たちには先輩たちが数数の試練を乗り越えて伝えてきた伝統を次世代につなぐ責任がある。無名の市民1人1人が知恵を出し合い、声を出し、上に向かって民意を示すことがいま最も大切だ」と呼びかけた。
 次に、県庁舎移転整備計画を考える会の宮城直泰代表(築町前自治会長)が、17年間自治会長を務めた経験を振り返り、「不況のなか、くんちが年年厳しくなっていることを肌で感じている。県庁が移転すると築町は500人から1000人が移動することになり、単に購買力がなくなるだけでなく、寂しい町になってしまう。移転でいいことはなに1つない」と語り、「無駄な公共事業は絶対にやめるべき。県都長崎の将来、子どもたちのためにも真剣に考え直してほしい」と訴えた。
 商業者代表として、中央地区商店街連合会の松田祥吾氏が登壇。「県による開発型のまちづくり計画を聞き、高度経済成長かバブルかと思うほどの時代錯誤に驚いている。リーマン・ショックにはじまるこの不況時に、12年間ストップしていた県庁舎移転計画が急浮上し、県民が何十年も積み重ねてきた370億円もの税金が注がれること自体疑問だらけだ。県庁移転は、町の崩壊の決定打となり、300年以上も積み上げてきた歴史の背骨を折られることになる。17商店街でつくる中央地区商店街では“このままでは商売どころか地域が崩壊する”と話し合って“考える会”を立ち上げ署名活動をはじめた。商業者が先頭に立つと、“地域エゴではないか”というバッシングも受けるが、これは長崎全体の将来に関わる問題だ」と訴えた。
 また、「県は1年間に懇話会、公聴会、懇談会、特別委員会などあわてて手続きを進め、マスコミも“もう決まった”という空気をつくっているが、そんなことは絶対にない。あるものを壊して新たにハコモノをつくるという発想は、長崎の魅力を失い、借金だけを残す。くんちを愛する人人と一緒に最後までがんばりたい」と力強く決意をのべた。
 さらに、県議の浅田ますみ氏が「県の借金は現在2兆2214億円となり、県民1人当り83万円だ。金子知事があてにする国の借金は860兆円にまで膨れあがっている」と発言。370億円の県庁舎新築に加えて、新長崎駅とつなげる旭大橋の低床化に52億円、新庁舎と新駅とを結ぶ歩行デッキで10億円以上、五島とのジェットフェリーの船着場や道路整備として数億円、跡地整備に200億円以上などが見込まれており、「気づいたら1000億円という恐ろしいほど巨額な税金が使われる」と実態を説明。「地域の疲弊を招くこと、全県民の税金が無駄に使われることを許してはいけない」とのべた。

 くんちの灯を消させぬ 気迫こもる決意

 銀屋町自治会子ども連による威勢のいい「鯱太鼓」が披露されたのち、主催者を代表して樺島町の山崎猛氏、銀屋町の高木忠弘氏が決意をのべた。
 山崎氏は、18歳から30年間くんちに携わってきた経験から、「長崎からくんちが消えれば、未来の子孫たちから“あのとき、じいちゃん、ばあちゃんは何をしていたのか!”と恨まれることになる。県庁移転の危機に対して、誰がやっても変わらない、自分1人が動いても変わらないというあきらめではなく、動けば変わることを教えてくれたのが今度の総選挙であり、それをやったのは皆さんだ。私利私欲ではなく、長崎に生まれ育った者の使命感は誰にも止められない」と力強く語った。
 また、「県庁跡地に教会を建てるという話もあるが、現在地はその昔、長崎の名前の由来ともなった長い岬の突端であり、長崎の原点だ。森崎大社を中心に、樺島町、五島町、平戸町、大村町、外浦町などはキリスト教によって弾圧された人たちが集まってきた町でもある。そこに長崎奉行西役所、県庁ができ、それとともに働く人、商売人が集まって周囲が埋め立てられてきた」「雲仙で温泉がなくなれば雲仙はなくなる。漁港で海を埋め立てて魚がとれなくなれば漁港はなくなる。林業が寂れたら山村はなくなる。県庁から広がったこの町で県庁がなくなればどうなるかは簡単に想像できる。長崎を愛し、長崎の伝統を大切にと思うからこそ、いまできることをやろう!」とやむにやまれぬ思いを訴えた。相次ぐ気迫溢れる発言に会場は熱い拍手が鳴り響き、熱気につつまれた。
 くんちを繋ぐ会からはこの集会の成果をもって県知事に直接陳情に出向き、市民の意志を伝えること、さらに世論を盛り上げていくことが呼びかけられた。県議会や市議会がまったくブレーキ役を果たさないなか「長崎の歴史と文化を守れ!」という市民の結束した力を示す集会となった。
 なお、長崎県庁舎問題は長崎新幹線と結んだ、駅舎を中心とした巨大再開発利権とからんでいる。しかし、自民党が惨敗して野党に転落し、とりわけ久間代議士が「ただの人」となって、金子知事、自民党県議ら推進派の後ろだてが崩れた。その一方で市民のなかでの「やればできる」の機運はきわめて大きなものとなっている。

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