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長崎県を潰す駅周辺再開発
県庁舎などに千億円
               銀行とJRの略奪政治    2010年10月20日付

 不動産証券化による箱物バブルが行き詰まりを見せるなかで、長崎市でもJRに絡んだ土地バブル事業が俎上にのぼっている。九州新幹線(長崎ルート)の敷設にともなう長崎駅周辺の再開発となっているが、長崎市内で反発を呼んでいる県庁舎移転とも連動しており、膨大な公金を注ぎ込んで長崎全体をスクラップにする略奪開発計画として物議を醸している。
 県が主導してきた長崎駅周辺の開発は、バブル期につくられた「ながさきアーバンルネッサンス構想」と銘打った長崎都心の大規模開発の一環。まず駅舎を移動させて2階建てにし、線路を高架化する連続立体交差事業(430億円)をはじめ、駅舎内に線路を引き込み、空いたスペースに多目的広場や商業施設などを建設する土地区画整理事業(170億円・長崎市主体)などとなっている。
 そして駅西側に隣接する旧魚市跡地への県庁舎建て替え事業(約400億円)に県議会が熱を上げている。さらに庁舎を歩行デッキで駅舎と結び、眺望の妨げとなる駅近くの旭大橋は取り壊して平面化させる案(100億円以上)など、事業費はざっと1000億円を超える。また、駅前には大型商業施設の進出が確実視されており、市役所の同時移転案も浮上するなど、市民の知らないところで大がかりな開発利権がうごめいてきた。
 新幹線自体、現在運行中の「白いかもめ」と比較しても博多までの所要時間が20分程度しか短縮されないにもかかわらず料金が倍化すること、人口流出にもつながることから県民の大半が「不必要」の意志を示してきた。しかし、長崎ルートにあたる武雄温泉(佐賀県)―諫早間の2400億円(うち長崎県負担約300億円)、諫早―長崎間1100億円(同200億円)、大村、諫早両駅の新設にともなう開発に300億円などJR関連には湯水のように税金をぶち込む計画が「経済活性化」といいながら当然のように進められている。
 一方で、長崎県の借金である県債残高は、昨年度末で1兆1373億円で一般会計予算の1・5倍、県民1人当りに換算すれば77万円にまで膨れあがっており、「いまどきハコモノ開発でだれが活性化するのか」「長崎県の基幹産業は県庁舎やJRなのか?」と疑問が噴出している。
 長崎県の金融機関は、県南部を中心とする十八銀行(本社・長崎市)と佐世保市に本社を置く親和銀行(ふくおかフィナンシャルグループ)がシェアを分け合っている。「福岡銀行の傘下の親和銀行がえげつない融資を拡大させている。金子漁業グループ(金子前知事の兄が経営)の再建に手を貸して、代表取締役にも親和OBが就任。金子県政時代には、それまで2、3割しかなかった県の公金取扱いを、十八銀行と5分5分にまで引き上げてもらった経緯がある」「最近では、親和銀行が建設業界ではシェアトップになっており、一連の開発のバックで動いているのではないか」と語られている。いずれにせよ行政主導の不動産バブルで儲けるのは巨額な県債を引き受けている銀行とJRくらいである。そのためには自治体を借金漬けにし、地場産業がつぶれようが関係ないといった調子の利権構図がつくられている。

 地場産業振興の声沸騰 水産業立直し軸に

 長崎市内では、中心市街地の商業者を中心に、この開発計画が長崎の将来をつぶす問題として反発が強まってきた。
 商社出身の男性市民は、「最近では十八銀行まで、地元中小企業への融資を減らして、有価証券のあっせんを進めている。“銀行”という名前をやめて“証券会社”になったらどうかと思うほどだが、結果として株の評価損が続いて赤字が続いている。長崎は、水産業を中心に、炭坑や造船業などで成り立ってきた。地元産業の活性化をやらなければ、銀行自体も衰退するのは当たり前だ」と語る。
 また、「県内最大の商業地域である浜町商店街でも、バブル期に銀行が土地の評価額の1割増しの法外な融資をやって次次に店を高層化させた。だが、バブルがはじけて借金返済で経営者の首が回らなくなり、銀行管理になった店がかなりある。2000年には、長崎駅ビルにアミュプラザ(JR九州)、県が埋め立てた大波止地区に夢彩都(イズミ)の二大商業施設がつくられて浜町の老舗店主が何人も自殺した。まして、県も市も借金が膨らんでいるときに1000億も使う開発など考えられない」と話した。
 県庁の門前町でもある築町の商店主は、「長崎は水産業を中心にして成り立ち、加工品や食文化が発達してきた。産業を立て直して、地元経済を活性化させなければ人口の流出は免れない。とくに九州の西端にある長崎は、他県に商圏を広げようとしても佐賀を通り越して、福岡に直接乗り込まなければいけない難しさがある。だからこそ地場産業を盛り上げて人を集める努力をしないと活路は開けない」と語る。
 築町は、原爆の惨禍にも耐えた市内随一の公設市場として賑わってきたが、50年代に公設卸市場は旧魚市跡地(尾上地区)に移転。さらに九九年には本島市長(当時)によって再開発が進められ、市場は行政施設などと併設した多目的ビル(メルカつきまち)の地下に押し込められる格好となった。結果として客足は途絶え、「行政の絡んだ再開発でろくなことはない」という思いは経験を通じたものとなっている。
 別の商店主は、「市民の購買力が落ちているときに駅や県庁舎の建て替えで活性化するわけがない。諫早湾干拓も漁業を犠牲にして膨大な空き地を増やしただけだし、大波止の埋め立て地には商業施設、魚市は郊外に移転して不便になるばかり。県民の誰が潤ったのかわからない。栄えてきたのは県知事や議員、ゼネコンだけではないか。地元企業を成り立たせる努力をやるべきだ」と憤りをぶつけた。
 また別の市民は、「三菱造船も以前は1万6000人いた従業員がいまは5000人程度。装備のないタンカー船などは鉄や内装などは県外発注で地元にはほとんど金が落ちない仕組みになっている。長崎の産業システムを根本的に考え直さなければいけない」と話した。
 こうした不動産バブルは、商売人だけの問題ではなく、県全体の経済を圧迫させる問題となっている。
 長崎県は歴史的に水産業が基幹産業であり、日本一長い海岸線を生かした沿岸漁業から沖合、遠洋まで多様な漁業が営まれてきた。生産額は1026億円にのぼり、北海道に継ぐ全国2位という全国屈指の水産県として発展しており、日本の水産業を牽引する存在となっている。
 また、商業圏から離れているためカマボコ、煮干し、冷凍水産物などの水産加工業が発達し、その生産量は全国第九位。水産加工に携わる経営体数は北海道、静岡に次いで多いという特徴がある。この水産業を軸にして、造船や鉄工業、商業、食文化などが発達してきた関係であり、水産業の立て直しが最大課題となっている。
 JRに絡んだ一連の不動産バブルは、これら基幹産業を犠牲にする形で進められており、街の構造が激変してスクラップ化しようが、人口が流出しようが、県全体が疲弊しようが儲かればよいという略奪経済に他ならない。このような略奪商法と対決し、地場産業の振興と雇用確保による経済の立て直しを求める世論が強まっている。

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