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敗戦後60年を総括し独立と平和の力大結集を
             年頭にあたってのご挨拶       2005年1月1日付

 2005年の新年を迎え、読者・支持者のみなさんに謹んでご挨拶を申し上げます。
 長周新聞は、敗戦後10年たった1955年4月、いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関として創刊され、50周年を迎えます。この資本主義のどまんなかで、あらゆる妨害、脅迫、攪乱をはねのけて50年の歴史を刻んだことは、読者・大衆のみなさんの支持によるものであり、それはいかなる権力にたいしても人民がかならず勝利することの証です。あの戦争の荒廃のなかから立ち上がり60年がたちますが、日本社会は人人の努力とは裏腹に、デタラメな植民地状況となり、貧困とファッショ的な支配が横行し、そのうえに憲法を改悪して武力参戦に踏みこむ事態となっています。

                      一
 戦後60年、世界は激しく変動してきました。第2次世界大戦において、日本帝国主義の侵略支配を突き破って中国で革命が勝利したのをはじめ、東欧やベトナム、朝鮮などで一連の社会主義国が誕生しました。帝国主義陣営では、日独伊が敗北し英仏も衰退するなかで、アメリカが圧倒的な力を持つにいたりました。そして帝国主義の盟主としてふるまい、日本の支配階級を目下の同盟者として従えて、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東・湾岸戦争、イラク戦争と、戦後も休むことなく戦争をくり返してきました。ベトナムではあらゆる凶悪兵器を使いましたが、素手からはじまった人民の英雄的な斗争でうち負かされました。いまイラクでも同じ道をすすんでいます。
 1990年を前後して、中国では天安門事件がひき起こされ、ソ連をはじめとする一連の社会主義国があいついで崩壊しました。それはアメリカを中心とする西側の転覆策動によるもので、戦争に匹敵する出来事でした。かれらは「社会主義の終えん」、「自由、民主、人権」と「資本主義の勝利」を叫びました。そして「グローバル化」「自由化」をすすめた今日の世界は、話しあいではなく問答無用の戦争に訴え、暴力で資源も主権国家も奪いとるというものであり、バクチ打ちとなった巨大金融資本が支配する略奪経済でした。それは、さまざまな社会的規制も撤廃し、巨大資本が思うがままに搾取・収奪しつくす弱肉強食の野蛮な動物世界であります。ILOの調べでは、世界就業人口の半数にあたる14億人が貧困ライン以下(1日2j以下)の生活となっています。世界中で貧富の格差ははなはだしいものとなりました。
 イラク人民の勇敢な武装斗争は、世界の人民を恫喝(どうかつ)しようとしたブッシュ政府をすすむことも退くこともできない泥沼に引きずりこんでいます。それはかつてのベトナムや日本の侵略を受けた中国と同じように、人民戦争に立ち上がった民族には、いかなる強力な武器を持った侵略者も敗北する以外にないという、歴史の真実を鮮やかに証明するものとなっています。アメリカの「裏庭」といわれ、もっとも早くから「グローバル化」戦略によって破壊されてきた中南米では、アメリカのたびたびの転覆策動をはねのけ、地域共同体をつくって、民族経済の発展をめざす力が強まりました。
 アメリカのアフガンにつづくイラク戦争は、「テロ対策」などといっていましたが、中東、カスピ海周辺の石油利権を奪い、アラブ世界の民主化などといって植民地支配するためであることが広く暴露されました。そのため、フランス、ドイツなどとの帝国主義間の争奪を激化させています。イラク戦争は、財政赤字と経常赤字のうえに予想外の戦費を食ってアメリカ経済は危機を深め、世界でドルからユーロへの切りかえがすすみ、ドル暴落の危機におびえる羽目となっています。こうしたなかで、小泉政府はイラクに自衛隊を派遣し、各国が撤退するなかで派遣延長を決め、対米従属のかいらい政府ぶりを世界にさらしています。
 小泉政府は、国内での人民の貧困のうえに、国家予算に匹敵する70兆円ものアメリカ国債を買いとり、財政危機を支えています。630兆円の公共投資とか、不良債権処理とか、郵政民営化などといって、巨額な資金がアメリカに流れて国内を疲弊させる仕かけとなっています。小泉首相は構造改革・規制緩和を叫んできましたが、それは大衆には増税と高負担、農漁業の破壊、中小企業のなぎ倒しの自由であり、ひとにぎりの独占大企業だけが利権をほしいままにして暴利をむさぼり、あげくは外資が日本企業を乗っ取る自由でした。この改革は、結局のところ労働者のすべての権利を奪いとり、あからさまなピンハネ、搾取を自由にやるというものです。そして、高齢者をはじめ弱者の切り捨てはもちろん、現役の働くものがまともに生活できないようにさせています。若い世代は学校を卒業しても職がなく、多数が失業、半失業状態で、自殺者は毎年3万人をこえる悲惨な貧困社会があらわれました。
 そして90年代の「安保再定義」「新日米防衛ガイドライン」の方向で、ブッシュ政府に恫喝されながら、アフガンにおいて人殺しを手伝う自衛艦を派遣し、イラクに空自とともに陸上部隊も派遣し、肉弾不足にあえぐ米軍の下請軍隊として自衛隊を使っています。「周辺事態法」につづいて、昨年は「有事法」、「国民保護法」などと称して、戦時動員をはかる法制化をすすめました。これは日本が原水爆戦争の戦場となることを想定したものです。「北朝鮮に対抗したミサイル防衛システム配備」などといって、アメリカの実験で成功したためしのない高価な兵器を買いこもうとしています。朝鮮が日本を占領する意志も力もないことは明らかであり、原水爆攻撃もふくめて攻撃するのはアメリカ側にほかなりません。国民総動員という手段は、かつての戦争のときと同じで、戦争に訴えるときに「非常時」といって反対行動を封じこめる弾圧態勢をつくるのが最大の眼目といえます。
 戦後は議会制民主主義によって主権在民となったといわれました。政党と政治家は、私利私欲が最大関心で、かれらが民意を代表しているとみなす人はほとんどいなくなりました。右から左まで政党・政治家の腐敗は、万事アメリカの機嫌をうかがうという、植民地かいらい政治がつくり出したものです。メディアは大仕かけに発達しましたが、真実を代表するどころか、支配勢力の反人民的な政策を実現するために、逆らうものを寄ってたかってたたきつぶしています。世界の戦争や革命の報道では、直接取材もせずにペンタゴン発表をうのみにするありさまです。これも戦時中に人人を戦争に動員したのとうり二つです。文化や教育の荒廃も度はずれたものとなりました。親が自分の子どもを殺したり、子どもが自分の親を殺したり、保険金のために夫や友人を殺したりという悲惨な事件が連続する社会となりました。「自由、人権」といいますが、学校でもメディアでも社会的規制などどうでもよく「自分の勝手」がほめそやされ、加えてメディアをつうじた腐敗ものがあふれて、健全な人民的思想を意図的に破壊しています。
 日本は世界第2の経済大国といわれ、世界に権益を持つ帝国主義国ですが、この高度に発達した資本主義国がアメリカの植民地になっているというのが、あるがままの現実です。明治維新後に成立した日本資本主義は、維新を指導した下級武士が天皇を担いで絶対主義天皇制権力をうち立て、地主階級とブルジョア階級の上層部に立脚し、農民と労働者を残酷に搾取するものでした。市場の狭隘性を海外拡張で打開するため、国内では野蛮な弾圧態勢をとり、侵略につぐ侵略をくり返す好戦的なものでした。それが日中戦争から太平洋戦争にすすみ、最後に無惨な敗戦となりました。ところが、この第2次大戦における、アメリカ側の対日戦争目的が、戦後は民主陣営の側からもじゅうぶんに明らかにされず、アメリカ側の宣伝が尾をひいてきました。
 「原爆と峠三吉の詩」原爆展が全国に広がりましたが、人人が怒りの声を震わせて語ることは、原爆とともに沖縄戦、東京、大阪などの空襲体験であり、アメリカの残虐さでした。イラク・ファルージャの残虐行為、ベトナムでの犯罪といわれますが、日本がもっともひどい無差別大量殺りくを受けているという事実です。戦後は、このような犯罪はなかったかのような調子で、アメリカが平和で民主主義で豊かな日本をつくってくれたかのような宣伝が支配してきました。ブッシュはテロ事件について「パールハーバーと同じだ」と叫び、日本占領をモデルにしてイラク占領をするといいました。
 歴史の事実として、日米戦争は中国市場の奪いあいを最大の焦点としており、日本が中国人民の抗日戦争でうち負かされるなかで、アメリカの側は戦争を挑発し、蒋介石を使って中国を支配するとともに日本をも侵略支配する計画を持ってやった戦争でした。日本軍国主義は、おもには中国人民の抗日戦争によってうち負かされたことは、終戦時に日本陸軍の主力160万人が中国・旧満州にくぎづけであったことが証明しています。アメリカは「天皇を中心にしたかいらい政府をつくる」という占領計画をもって、大規模な無差別殺りくの空襲を加え、広島、長崎に原爆を投下し、沖縄戦では悲惨きわまりないみな殺し作戦をやりました。そして、天皇と頭とする戦争指導者は、表むきでは「鬼畜米英」「本土決戦」を叫びながら、実際には「敗戦は必至」と早くからみなし、中国、ソ連に降伏したのでは人民が革命を起こすと恐れ、米英に降伏して支配の地位を守ることを願いました。そして、南方では玉砕につぐ玉砕、とり残された兵隊は飢えと病気で死に、また撃沈されることはわかっているのに輸送船に数千人をつめこんで殺し、そして全土が空襲で焼きはらわれ、人人は筆舌に尽くしがたい苦難をなめることとなりました。
   
                         
 全国的にいま、大衆のなかでは独立と平和を求める世論が沸騰しています。表にあらわれた運動はすっかり瓦解していますが、そのなかで生命力のある運動が発展をはじめました。
 原水爆の禁止を求める運動は、1950年から55年には世界大会まで発展した路線を継承することが、広島全市の支持を広げ、全国的な共感を得ました。「原爆と峠三吉の詩」パネルを使った原爆展は、広島では、3度目の大規模な原爆展が開催され、また廿日市や呉でも開かれました。「じいちゃん、ばあちゃんが悪いことをしたから原爆を落とされた」という宣伝をうち破って、被爆市民の悲願であった広島の孫たちに被爆体験を語ることが、学校でできるようになりました。
 とくに全国キャラバン隊が結成され、北は北海道から南は沖縄まで遠征し、全国で衝撃的な影響を広げました。このなかで、原爆による体験者の悲惨な思いとともに、それが戦争終結のためには必要がなく、アメリカがソ連の参戦に焦って日本を単独で占領するために落としたという問題が大きな共感を得ました。このアメリカの戦争目的の暴露が、8・6広島集会でも、沖縄でも衝撃的な反響を呼びました。沖縄では、沖縄戦について、県民の体験をつうじて、表面を覆ってきた「日本軍が悪玉でアメリカは助けてくれた」などというインチキが暴露され、アメリカの残虐な犯罪が暴露され、強力な基地撤去、戦争反対の機運が強まりました。上関原発に反対するたたかいは、米軍岩国基地増強、広島沖美町のNLP基地策動と結び、原水爆戦争に反対する課題として広島と結んだ世論が強まりました。
 広範な人民のなかで、「グローバル化」「規制緩和」の攻撃に反対して、生活要求をかかげたたたかいが起こりはじめました。山口県では既存の漁協を解散して1県1漁協にしようという県の方向にたいして、全県の漁民が団結してとん挫させる力を発揮しました。下関の日本交通で労組が結成され、年末要求で譲歩させる力を発揮したことも、新鮮な共感を呼ぶ動きとなりました。下関の法外なゴミ有料化に反対する婦人の運動はひきつづき発展し、ダンピング入札による食えない労働条件や、義務教育予算をピンハネして父母負担にすることに怒りが噴き上がっています。
   
                          
 新しい年は、戦争を阻止して平和で豊かな社会を実現する全国的な力を結集する課題がもっとも重要となります。広範な大衆のなかに渦巻くこの世論を力にするには、大衆の先頭に立って敵と勇敢にたたかい、広範な大衆を導く政治勢力を結集することがきわめて重要です。それは、さまざまにはびこり腐敗しきっているあらゆる日和見主義、修正主義の裏切り潮流を暴露し、それと一線を画すことなしにはできません。
 あらゆる日和見主義潮流は、第2次大戦の評価、とくにアメリカの対日戦争と占領目的について美化することが特徴であり、人民大衆の力をべっ視してアメリカを恐れることに重要な特徴があります。平和を実現するには平和の敵を誤ってはなりません。かつての戦争が近づくなかで日本の前衛党は瓦解し、さまざまな平和勢力も崩壊して、苦難にある人民の手助けをすることができませんでした。長周新聞を創刊した福田正義主幹は、人民に奉仕する思想に徹して大衆路線の道をすすむこと、それが決定的な問題であったとのべ、戦後その思想を貫いて、日本のおもな斗争を組織してきました。それは、ふたたび戦争にすすむ苛烈な情勢の現在、もっとも問われている思想です。
長周新聞を創刊した福田正義主幹の逝去から3年がたちました。この間、多数の読者支持者のみなさんの積極的な参加によって福田顕彰運動をとりくみ、一連の著作集を発行し、全国1000の図書館への寄贈を成功させ、昨年は堂堂とした福田正義記念館を開館することができました。それは広範な大衆の心に響き、日本社会の進歩発展を促す強力な生命力を発揮しはじめたといえます。
 長周新聞社は、福田主幹の長周創刊路線を学ぶことを原動力として、新聞活動を改善する努力をすすめてきました。創刊50周年を迎え、読者・支持者のみなさんとともに戦後総括運動をすすめ、新聞の発行を担当する側としては、みなさんの意見に学び、誤りや不十分なところは改め、正しいところは伸ばし、われわれ自身を鍛えあげて、新聞活動を飛躍させなければなりません。とりわけ、戦争を阻止して平和で豊かな社会を実現するために、課せられた長周新聞の使命をはたすために奮斗する決意です。
                        2005年元旦    長周新聞社

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