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熱こめて語る被爆者
小中高生平和教室
                真剣に学ぶ子供たち     2006年6月12日付

 小中高生平和の会(代表/今田一恵、小中高生代表/古川理郁・犬塚雄志)は11日、「被爆体験を学ぼう!」をテーマに第41回平和教室をおこなった。下関原爆被害者の会の被爆者5人が語る体験には熱がこもり、体験を聞く子どもたちも被爆者の思いを受けとめようと真剣に耳を傾けた。参加者は下関、宇部、萩、防府、北九州などから50人の小・中・高校生と教師が11人の合わせて61人となった。
  
 「お礼をする会」も 第1回から関わる被爆者参加 
 これまで参加してきた小・中学生が友人を誘って参加するなど新しいメンバーも数多く加わり、午前中は近くの公園でドッジボールやキックベースなど班対抗のチームプレーのなかで、すっかりうちとけて盛り上がった。
 午後からは福田正義記念館で被爆体験を学んだ。今年、卒寿を迎える吉本幸子氏、88歳になる佐野喜久江氏をはじめ石川幸子、大松妙子、河野睦の5氏が、1時間にわたり被爆体験や戦中、戦後を生きてきた思いや子どもたちへの期待を熱をこめて語った。「高齢の身体を押して、つらい経験を語ってくださる被爆者の思いをしっかりつかもう」と呼びかけられて始まった。
 どの班もメモをとりながら質問も積極的に出し、一生懸命聞いていた。なかでも防府や萩から参加した六年生は事前学習をへて5月に広島修学旅行で被爆体験を学んだばかりで、それと合わせて被爆者の思いをつかんで、自分たちの実生活と重ねて真剣に学んでいた。
 第1回目の平和教室で体験を語り、以後平和の会の活動を支えてきた吉本幸子氏は、戦後ずっと語らなかった経験を語るようになった思いも語った。自分の妹を原爆で亡くし、倒れた家の下敷きになり目の前で死んでいった人たちを助けることができなかった悔しさをずっと持ち続けながらきたこと、戦後もずっと自分の被爆体験は語らずにきたことを語った。
 「どうして苦しい体験を語るようになったのか」という質問には、疎開先での父母を亡くした子どもたちを見て、平和の会の子どもたちをはじめ多くの子どもたちに二度とこのような思いをさせたくないこと、またはじめて被爆体験を語ったときに、中・高校生たちが「語りたくない体験を語ってくれてありがとう」といった言葉が励みとなり、「私たちが言い残さないと語る人がいなくなる」と活動してきた思いを語った。また広島の被爆者との交流など多くの葛藤を乗りこえて、被爆者として行動をしてきた深い思いを語った。
  「平和の会ができて本当によかった」と語りながら、戦争は絶対に起こしてはいけないこと、命や物を大切にすることと、人への感謝の気持ちを忘れないことなど、未来を担う子どもたちを優しい眼差しで見つめた。
 佐野喜久江氏も第1回の平和教室で体験を語った1人で、平和のために行動する平和の会の子どもたちへ熱い期待をこめて語った。広島の原爆で長女、父親、姑の家族3人が殺されたことなどを語った。「被爆者は人間扱いされずモルモット扱いにされたんです。原爆を思い出すのも嫌で、映画を見ても涙が出る」とときおり涙ぐみながら語った。つらい思いを乗りこえて体験を語る姿が、参加した小・中・高校生の心を強く打ち、「人の痛みのわかる人間になってほしい」という佐野氏の思いを自分のこととしてしっかり受けとめた。
 大松妙子氏は20歳のとき、広島の爆心地より離れた場所で被爆した。原爆によって原爆ドーム付近で挺身隊だった当時中学1年の妹が、外傷はないのに1週間後に髪がぬけはじめ、口からレバーのような血の塊を吐きながら死んだこと、当時宇品にいた中学3年の妹も母親が捜し包帯ぐるぐる巻きで帰ってきたが死んでいったことを語った。大松氏はわが子には体験を話したことがないという。妹を殺したアメリカへの怒りとともに、子どもたちへ「人への親切、感謝の気持ち、反省する気持ちを持たないといけない」と何度も語った。
 広島で入市被爆した石川幸子氏、下関空襲を経験しその後被爆した河野睦氏も身振り手振りで熱をこめて語った。
 
 思いを受け継ぎ頑張る 小中高生も決意
 被爆体験の聞き取りを終え、吉本幸子さんと佐野喜久江さんに「お礼をする会」が持たれた。89歳、87歳という高齢にもかかわらず体験を語りつづけ、第1回平和教室で体験を語って以来、平和の会の発展のために支援を受けたというお礼に小・中・高校生の代表者と教師がお礼の言葉をのべ、全員で峠三吉の詩「序」と「青い空は」の合唱を披露し思いを伝えた。
 41回を数える平和教室で、数回被爆体験を語ったこと、さまざまな支援にたいして、「自分たち小・中・高校生がもっとがんばりたい」とリーダーが決意をのべた。また祖父が被爆者である小学五年の女子は、「私のおじいちゃんも被爆者です。これからおじいちゃんや佐野のおばちゃん、吉本のおばちゃんの思いを受け継いで、平和教室でたくさんの友だちとがんばります」と発表した。
 防府市の教師は、この間広島修学旅行をとりくみ子どもたちが学んできたことをのべ、「被爆体験が子どもたちへの一番の教科書になる。教師がその思いを受け継いで、平和の担い手を育てる教育をがんばりたい」と教師として決意を語った。
 吉本氏は「80代最後でお話ができたことがうれしい。平和のためにがんばっていることに感謝したい。私たちの思いが通じた気がした」と感激した面持ちで語った。佐野氏も、子どもたちや、指導する教師への期待を語った。
 被爆体験を聞いた小・中・高校生の感想はつぎのように出された。「人は協力していかないと生きていかれないことが話を聞いてわかった。修学旅行とは違う話が聞けて、恐ろしさがわかってよかった」(小学6年男子)、「河野さんの話を聞いて、1日1日を大切にしていきたいと思った」(小学4年男子)、「僕は修学旅行の前に“弟”という詩を勉強した。大松さんの妹が原爆で死んだことを聞いて、自分も弟がいるので、たたいたりしてはいけないし、大事にしないといけないと思う」(小学6年男子)、「自分の子どもさんには話したことがない体験を僕たちに話してくれてうれしい。戦争は絶対にしてはいけない」(小学6年男子)、「目に涙を浮かべながら語って下さった。涙をこらえながら語って下さる気持ちを私たちが受けつぎたい」(中学1年女子)など、体験を受けついで行動していこうという気持ちが感想に出されていた。
 防府市の教師は、「物がなく食べる物がない世の中で、親も子も心豊かに人間として大切なことを失わずに生きてきたことに感動した。受けついでいきたい」とのべた。
 子どもたちの感想を聞いた被爆者も、思いが伝わったことを非常に喜んでいた。
 平和の会では、7月2日に第42回平和教室を準備し、8月の「第7回広島に学ぶ旅」の準備を始める予定。子どもたちは、友だちに訴えるため平和の旅のビラを多数持ち帰った。

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