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井の頭公園・町田駅で東京街頭原爆展
熱帯びる戦争体験者
              5大学の学生がはつらつと参加     2002年5月9日付

 下関原爆展事務局は連休最後の4、5、6日に東京の井の頭公園と町田駅で原爆展をおこなった。原爆展には5大学の学生が参加しいきいきと署名を訴え、見た人の感想を聞いた。その学生たちのはつらつとした姿は、またも日本を戦争の惨禍におとしいれようとする有事法に不安と危惧(ぐ)を募らせる戦争体験者や被爆者を勇気づけ、体験者の思いがいっきに噴き出しはじめている。
 先週井の頭公園でおこなわれた原爆展を見にきていた被爆者の会の会長が、副会長を連れて街頭原爆展に訪れた。青年たちがパネルにくぎづけになっている光景をまのあたりにし、またパネルを見た学生たちが協力者になって行動していることに感動し、「このように街頭でやるのはいいですね。わたしたちも語るときはいましかないと思い、みんなやる気になっています。ぜひ原爆展を連携してやりましょう」と力強く語っていった。
 町田駅では、90歳の元軍人だった男性と78歳の男性が「小泉なんかぶっつぶしてしまえ、アメリカにヘイコラついていってなにが有事法だ。あいつは終戦のときは2歳か3歳で、ヨチヨチ歩いていたんじゃないか、なにもわかっちゃいない。だれが戦争なんか好きなもんか」と怒りを爆発させ大声で論議していた。そのほとばしり出てくる思いは、戦前、戦中、戦後と戦争をくぐって生きぬいてきた体験者の「子や孫たちに二度とあのような無残な経験をさせたくない」というやむにやまれぬ思いからである。
 東北で空襲の経験をもっている老婦人は、あのころは苦労して生きてきたと体験を語った。そして「孫が自衛隊に入りたいといっている。戦争というものがどういうものか知らないし、有事法で戦争になって真先にかり出されるのに、そういうことを知らないのよ」と語り、「孫に戦争がどんなものか見せるわ」とパネル冊子を購入していった。
 「国会で議員がどうだといっているが裏で有事法のようなものが決まっていっている。民間人も動員され昔と同じだ」(井の頭公園、70代男性)、「いま戦争が着着とすすんでいる。直接日本で起こっているわけでなく、アメリカがやっているのに日本が最前線基地にされる。有事立法はそういうものなんだ」(70代男性)、「日本は経済も教育もデタラメになっている。こういう犠牲があっていまがあるということを考えないといけないのに、また戦争になろうとしているし、同じ道を歩んでいる。腹が立ちますよ、小泉さんは薄っぺらい唇で、口ばっかりですよ」(町田駅、70代婦人)と怒りの種はつきない。

パネル使用切望する声もあいつぐ
 50代の塾の講師は、「ぼくたちの世代は戦争も知らないし、想像の世界でしかない。しかし戦後のアメリカについて考えなおさないといけないと思いました」と切り出した。「原爆について、わたしたちは、“大局的に見たら”“時代の流れから考えると”と原爆投下もしかたなかったというのが支配していた。でも最近の戦争やアメリカの動向、日本を考えると原爆投下そのものも根本から考えるときだと思いました」としみじみと戦後の見直しをはじめていた。
 別の50代の労働者は、インド洋の自衛隊にたいして大手民間業者の動員がはじまっていることについて、「企業も景気が悪いし行くと思う。自分も製造業でいつ動員がくるかわからないと感じる。“自由”というが、自由ではない。個人の生活を守るだけだったらいまからどうなるかわからない」と危惧(ぐ)を強めていた。
 中学生の子どもを持つ母親はパネルを見て涙していた。最後のパネルにはられた長周新聞の紙面を見て、「有事法が決められようとして、言論も規制されて小泉さんはなにが改革ですか、おかしいじゃないですか。議員やお偉いさんを守る法律ができて、国民はだれが守るのですか。有事法になれば戦争でしょう。一般の女、子どもが犠牲になりますよね。近くに米軍基地があってものすごい騒音をたてています、この屈辱はいまでもなにも変わっていないですよ」と唇をふるわせながら語った。
 20代の男女は、『きけわだつみのこえ』に衝撃を受け、「ぼくたちの同じ年代の人たちがなにもわからずに死んでいった。ぼくらがいま考えないといけない。日常に埋没して考えていない。ほんとうに恥ずかしいことだと思う」と死んでいった人たちの思いと重ねながら語っていた。
 ある60代の主婦は、「いまの若い人たちは戦争について知らないし、食糧がないといってもわからない。有事法といっていますけどほんとうに危険ですよ。戦争の苦しみ、痛みをこういう機会を使って知ってほしいですね。普段の生活から少しでも人の気持ちがわかるようになれば人を殺したりしないし、もっと考えると思います」と訴えていった。
 パネル展示には中学校や高校の教師も見にきて、「できればパネルを使って原爆展をしてみたい」(中学校女教師)、「同僚が長崎に修学旅行に行きます。その事前授業にでも使えないかと思っていました」(高校教師)と持ち帰っていった。
 警備員の仕事をしているという20代の青年は、「日本人はモルモットにされた。あのように虫けら同然に殺されて原爆を落とす奴は人の尊厳というものをどう考えているのでしょうか」と言葉をかみしめるように憤りをあらわし、有事法についても「あんな議員たちが決める法律のために、なんで一般の国民が殺されなければならないんですか」とパネルを見ることで現在の戦争情勢と重ね、「いまなにをなすべきか」を青年たちも考えはじめ行動をはじめている。

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