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熱帯び取り組み進む礒永公演
7日下関生涯学習プラザで
             「平和の力に」と遺族や青少年   2015年11月2日付

 
 今月7日に迫る劇団はぐるま座の『礒永秀雄の詩と童話』下関公演の第4回実行委員会が10月31日に開かれ、被爆者や戦争体験者、教師、退職教師、元大学教授、市民の会会員など約30人が参加した。「戦争の真実と平和の魂を現代の若者たちに」というテーマが父母や教育関係者、戦争体験者や遺族など世代をこえて共有されながらとりくみが進んでいることを確認した。30日から宣伝カーも回り始め、残り一週間、実行委員会が中心となって成功にむけて全力で奮斗していこうと意気込んでいる。
 
 戦争繰り返させぬ世論を発揚

 はじめに劇団はぐるま座が、大詰めを迎えたとりくみの概要を報告した。7月下旬に実行委員会が発足して以後、市内の小学校の児童クラブ17カ所での紙芝居を皮切りにして、PTAや教師、読み聞かせグループの母親などへの働きかけが広がった。「本物を見せたい」という教師の要求に応えて、市内のある小学校では1年生全員に『鬼の子の角のお話』の紙芝居上演をおこなった。PTA関係者でも「まず自分が親子で観たい」(小学校PTA会長)とチケットを購入し、多数の資料を預かって執行部会で宣伝したり、「コミュニティスクールに働きかけ学校行事としてとりくみたい」(別の会長)など、学校公演やPTA行事などとして今後につながるとりくみになっているとした。
 また戦争体験者や遺族のなかで、「世代をこえて一堂に会すことで、子どもたちに経験をつなげ、平和の力をつくっていく契機にしたい」と思いが語られ、10月13日の市内各地の遺族会代表の会議で劇団員がPRをおこない、25日の戦没者・戦災殉難者合同慰霊祭でもチラシとニュースを500枚配布したとした。また文化関係者のなかでは、互いに誘いあって参加する動きが広がっている。読み聞かせグループの女性たちは、礒永秀雄の『八月の審判』を読み集団で鑑賞することを決定。絵画教室では主宰者が礒永の詩論から『燃焼する生命体』を朗読し、「礒永さんはどんなことがあっても絶望しないで生き抜いた。芸術家魂を奮い起こしてくれる」と生徒に鑑賞を呼びかけている。またこの間、劇団はぐるま座がさまざまな文化団体を訪問する活動に対して、「こうしてコツコツ地道に活動していくことでしか文化は育たない」「一つ一つ回っていく活動が素晴らしい。今後とも連携していきたい」と歓迎され、下関に根を張って相互交流や連携の核となって、芸術文化運動の活性化に貢献してほしいという支持と期待が寄せられている、と報告した。
 実行委員長の海原三勇氏は、はぐるま座による児童クラブでの紙芝居上演が各所で反響を呼び、教師が集団で参観する動きになったり市役所職員のなかでも話題となっていることを紹介した。そして「今、子どもたちが生きる世界は、スマホや携帯、食べ物など好きなものが自由に手に入るような環境にある。その子どもたちが戦争を体験し極限を生きた礒永さんの作品にふれると自分自身の生き方を考える、人に貢献できる人間になりたいと意識を変える。礒永作品にはその内容が凝縮されている」と語り、教育を立て直す問題意識と重ねて、一人でも多く市民に観劇してもらえるよう最後の一週間頑張ろうと呼びかけた。
 続けて小学校教師が、1年生の学年全体ではぐるま座の紙芝居を鑑賞したときの子どもの様子について「一学期は授業中に抜け出して公園で遊んだりするような手に負えない一年生だった。そんな子たちが今回紙芝居を四五分間きちんと聞けるか心配もあったが、紙芝居のあいだシーンとして食い入るように見て驚いた。感想も動物たちの優しさに心を寄せ、感想画をしっかり描く子もいた。子どもはこんなに力があるのかと驚かされた」と語った。そして、子どもが「先生! お母さんと見に行く」と張り切っていることや、同僚教師や給食調理員にも観劇の動きが広がっていると報告した。
 市民の会の婦人は、戦没者慰霊祭前でチラシまきをするなかで、「私も戦争反対だ」という90歳の体験者、「礒永さんの公演でしょ?」「もう少しチラシを下さい」と声をかける人など反響が大きかったことを語った。また自身も父親を亡くした遺族で、慰霊祭に参列した人と握手を交わした経験も紹介した。戦後70年たった現在、戦争のきな臭さが漂うなかで異国で死んだ父親や兄を慰霊し続ける遺族の思いを発揚するとりくみとして発展していると語った。
 実行委員会ニュース第2号に祖父から聞いた戦争体験を投稿し、初めて実行委員会に参加した女性は、「はぐるま座を通じて礒永さんを知った。もっと知っていきたい。そして一人でも多くの人に見せたい。そのために私も客や従業員と一緒に参加したい」と熱い思いをのべた。

 子供の持つ力引き出す 教育関係者

 その後、参加者がつぎつぎに発言した。「礒永さんやはぐるま座をもっと知ってもらいたいと思い、ニュースを友だちや近所に配った。近所の果物屋にもポスターを貼ってもらった。関心を持ってみなが見ているそうだ」(被爆者)、「私も実行委員として何かできることをしたいと、チラシ30枚を持って1軒1軒宣伝して回った。かかりつけの病院にポスターが貼ってあり、先生からチケットを進められた」(市民の会・男性会員)、「4年前に礒永作品を読み聞かせた1年生(現在4年生)を家庭訪問している。当時、親子で感想文を書き文集にしたが、そのことをしっかり覚えていてくれた。長門市から少しでも多く参加できるよう頑張りたい」(長門市・退職教師)、「最近鹿児島の知覧の特攻記念館にいったが、大学生、若い親子連れなど以前より多かった。礒永さんも“お父さん、お母さん…”と遺書を残して死んだ若者と同じように悲痛な思いで日本に帰られたと思う。預かったチケットを周囲に進めて最後まで頑張ろうと思う」(市民の会・女性会員)、「礒永先生がこんなに多くの人に浸透していることに驚いている。私もみなさんに負けないようPRしたい」(礒永秀雄の徳山高校時代の同僚)など公演成功にむけて熱い思いが語られた。
 その後の論議では、子どもたちに見せる意義や民族の情感を美しい日本語であらわした「礒永作品の持つ力」をめぐって活発な意見が交わされた。海原氏は、昨年2月の向洋中での学校公演についてふれた。当時荒れる生徒に苦労していた教師たちが、そういう子どもたちにプロの劇団の迫力を見せたい、という願いから学校公演が実現したこと、生徒たちはざわつくどころか『修羅街挽歌』を真剣な眼差しで見入り、「僕たちは平和ボケしている。戦争を体験した人がいるから今僕たちがある」「自分は変わらないといけない」と驚くような感想文を書いたことを紹介した。そしてその生徒たちが今高校で『礒永』公演を友だちに宣伝していること、最近出会ったときには「友だちを連れて見に行きます!」と声をかけてきた様子をいきいきと語った。「本物を見たことが自分を変えるきっかけとなり、貴重な体験として刻まれている。そういう若い力が今から大事であり、力強い気持ちになる。下関から平和の魂を発信するとりくみとして追い込みをかけたい」と呼びかけた。
 元大学教授は、「今、礒永さんの作品にふれた小・中学生の悪ガキたちが真剣に見ているという報告を聞いて思うことがある」と語り、「美しい日本語の継承」と「子どもの荒れ」という問題について意見をのべた。「ある研究で、日本語を学ぶことは心を癒す効果があるといわれる。言葉が荒れると心が荒れる。それは二つにして一つのことだ。言葉に対して日本人があまりにも無神経で卑下してきた。小学校低学年から英語をやったり、大学で英語で講義をすれば奨励金が出るなど、まさに“英語化”は日本人が愚民化していく過程であり植民地だ」と指摘した。さらに昔から日本人が互いにいたわりあって生きていくなかでの思いやりの心情、優しさが言葉として形成され、それは日本の自然の美しさと一体であること、「礒永さんが日本の野山が非常に美しかったのを見て詩人を決意したというのは、それにつながっていると思う。人間の心の真正と言葉は対応していると思う」のべ、小学生が荒れる根底には、日本民族の文化、情緒の軽視と植民地的な教育、文化があるのではないかと指摘した。
 80代の退職教師は、「スマホ依存症という言葉があるが、かつてテレビが普及し総白痴化といった。今の世は一見自由な雰囲気のなかにあるが、自分の世界に入って総孤独化、総孤立化だ。知覧の記念館の若者たちを見ると、生きることに真剣さがあった。これからどのように生きていくのか真剣さが必要ではないか」と思いを語り、現役時代に信念を持って真剣に子どもと向き合ってきた人生をふり返った。
 「礒永秀雄の作品は全世代の心の奥底に響き燃えあがらせる力を持っている。今回の公演のとりくみが教育関係者や文化団体など各層のなかでかつてない広がりを持って進んでいる」「礒永さんのように死線をこえた体験を持つ人の芸術作品を世代をこえて共有することは、二度とあの戦争をくり返してはならないという強い力になると思う」という意見も出され、成功に向けて奮斗することが確認された。



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