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日本変える起点の大集会に
福田没10周年第2回実行委
              原水禁軸に新生の運動合流   2012年4月23日付
 
 長周新聞の主幹であり、日本共産党(左派)議長であった福田正義氏の没10周年記念集会が1カ月後に迫るなか、22日、第2回実行委員会が開催された。山口県内を中心に40人を超える実行委員が集まり、残り1カ月でどのような運動にし、どのような集会内容にしていくか活発な論議がかわされた。
 
 プログラムの骨子定まる 全国結集へ強い期待

 初めに挨拶に立った実行委員長の柳田明氏は、「10周年は一つの記念でもあるが、新しい次のステップの区切りではないかと思う。一カ月間の実践、たたかいを通じてステップアップしていく記念の会にしたい。実際の力になる指標を福田さんは残して、私たちに実践を期待していると思う。私自身も福田路線が地域医療のなかで力を持っていることを体感している」とのべ、活発な論議を呼びかけた。
 続いて事務局から、第1回実行委員会以後の運動の発展とともに、集会当日のプログラム骨子が提案され、会場を600人の参加者で埋めることが呼びかけられた。提案を受けて、各実行委員のとりくみや問題意識、本紙に掲載されてきた福田主幹の評論や投稿「没10周年によせて」の感想などを交流しながら、集会の内容が熱心に論議された。
 劇団はぐるま座からは、福田路線に学んで創作された『動けば雷電の如く』『原爆展物語』の公演をとりくんだ人たちを中心に、全国の戦争体験者や被爆者、文化関係者、農業者、労働者、会社員、公務員、商業者など各界各層の人人が実行委員として参加していることが紹介された。そして「公演のとりくみのなかで“今の社会を根本から変えていかないといけない。政治家や一部の人に任せるのではなく自分たち自身の力で変えていこう”という世論が圧倒しており、舞台を見て、社会を変える力が自分たちのなかにあるという確信を深めている。このなかで没10周年集会を起点に大衆運動を巻き起こし、日本の独立をかちとり平和で豊かな社会をつくっていきたい、そのために全国から結集しようという期待が寄せられている」と語った。福田路線で世直しの行動を起こそうという意欲が口口に語られ、論議が発展していることを各地の反響を織り交ぜて紹介し、「全国の人たちがいきいきと展望を語り合える力になる集会になるよう、呼びかけを強めていきたい」と語った。

 勤労父母の後継者育てる 教師が次次に発言

 宇部市の小学校教師は、昨年、6年生全員が鉄棒の逆上がりや持久縄跳びをやりきる実践をとりくんできた同僚教師とともに、記念集会で実践の成果を発表したいと考えていると語った。また、今年担任することになった「超問題児」といわれる子どもが、学年全体で体育をやったときに、一番本気で友だちを応援していたことを紹介。子どもをどう見るかという点で、「教師が、今の学校の規則の側から管理するという立場にいれば子どもの本質は見えない。教師が、家庭環境や文科省の教育改革のせいにして“子どもは変わらなくても仕方がない”といって被害者の立場に陥るのではなく、うち立てていく子ども像をはっきりさせて、“民族の子”として、勤労人民の後継ぎに育てるという立場に立つことだ。福田さんがいわれているように、子どもたちに依拠し、子どもたちの力を信じ、その実際をとらえて子どもたちのために一心不乱に教育していくという観点を据えれば、子どもたちは大きく成長していく」と確信を語り、記念集会を同僚や父母に呼びかけていく決意をのべた。
 北九州の小学校教師は、担任する新1年生が勉強にも遊びにも意欲満満であることに毎日感動していると語り、「学校の枠、教育改革の枠から子どもを見ると、型にはまらない、勉強がわからないとなるが、社会を変えていく力ある子どもに育てようという見方になると、子どもたちの本当の力が見えてくる。新しい学用品をそろえてくれた父母たちは、子どもをまっすぐに社会の新しい担い手として育ってほしいと願っている」「福田路線で教育していけば、子どもたちが本来持っている力を開花させることができるし、たくさんの教師と団結し、父母と力を合わせて子どもを成長させていけるというのが、学習を通じてみんなの確信になっている」とのべた。
 同じく北九州の小学校教師は、昨年度礒永作品を通じて子どもたちを育てていった経験から「子どもたちは、“みんなのために頑張りたい”“馬新さんのように人の役に立つようになりたい”“馬新さんがたくさんいたら世の中が変わる”という。根本的に子どもたちはみんなの役に立ちたいと思っている」とのべた。今年担任している四年生も「全員が運動をできるようになりたい」など、「自分さえ」ではなく「みんなで」という思いが強まっていることを語り、「人民に責任を持つということは、教師としては子どもの成長に責任を持つこと。同僚教師に責任を持ち、親に責任を持って、団結しながら子どもの教育に邁進していきたい」と語った。
 長門市の小学校教師は、上宇部小学校の鉄棒実践への反響が広がっていること、同学年の若い教師とともに鉄棒実践を始めると、子どもたちが意欲的に朝早くから外に出て練習を始めており、「上宇部小学校と同じような状況になっている。実際にやってみると子どもはすごいと実感している」と感動を込めて語った。「戦争を阻止して新しい社会をつくる、そういう力を持った子どもたちに育てていきたいと思っている」と語り、記念集会への参加を積極的に呼びかけていく意欲を語った。
 小中高生平和の会の高校生は、平和の会が第1回原爆展をきっかけに始まって12年たつことにふれ、「平和の旅の署名・カンパでどこに行っても受け入れられ、励まされる。平和の会でやってきた方向がたくさんの人たちに支持されてきたし、今からもその方向でやっていきたい」とのべ、記念集会でも小中高生で発表をやりたいと語った。
 平和の会の教師は、平和の会で育った教え子がその後臨採の教師となり、その教え子から先日連絡があったことを紹介した。「広島への修学旅行で被爆者の話を聞かせたいが、業者に頼むと1人1万円もかかるといわれて困っていたとき、その教え子が平和の会での経験を訴えて、結局、広島の会の被爆者10人に体験を語ってもらうことが決まった。臨採の若い教師がこれほど力を持っていることに、その学校では校長も含めてびっくりされているという。平和の会で学んできたことが、その後の生きる指針となって、機会がきたときにその力を発揮している。平和の会で培ってきたものは確かなものだと確信している」と語った。

 自分変え社会の変革へ 各界から意欲

 こうした教師たちの発言を受けて市民の会の婦人は、「話を聞いて感動した。私たちの子どもの頃は勉強できず、“欲しがりません勝つまでは”といって、教育勅語を覚えさせられたり、兵隊さんの慰問袋をつくったり、出征する先生を送り出す毎日だった」とのべた。毎日のように空襲警報が鳴るなかで生活したこと、叔父たちは沖縄戦や特攻に行ったことを語り、「今またおかしな状況になっているが、戦争は絶対にしてほしくない。先生たちにもお願いしたい」と強い思いを語った。
 市民の会の20代の母親は、MCS閉鎖撤回署名をとりくみ、「仕方がない」ではなくあきらめずに行動していこうと呼びかけるなかで、大きな共感が寄せられてきた経験を語った。子育てを巡っても「次の社会を担っていく子どもを育てられるよう一緒に集会に参加し、どうしたらそういう子どもを育てていけるのか、安心して生活していけるようにどうしたらいいのか、学んでいきたい」と話した。
 被爆者の会からも「長周新聞を隅から隅まで読んでいる。今度の集会でも発表できることがあったら発表したい」「はぐるま座の『原爆展物語』も『雷電』の劇も見たが、すごくよかった。今後もいい劇をつくってほしい」など運動への期待が語られた。
 画家の男性は、福田主幹の思想・哲学にふれて感動して実行委員会に参加したとのべた。そして人民教育同盟の教師や市民の会のメンバーなどの発言を聞くなかで、「自分が変われば子どもも社会も変わる。正しいことをやれば正しい結果が出る」「自分のためでなく、みんなのためにやれば大衆がついてきてくれる」ということを確信したと語った。また福田主幹が『文化・芸術論』のなかで「文化・芸術に携わる者は、汚辱に満ちた支配構造に対してキッパリとした態度をとらなければならない」とのべていることにふれ、「芸術家が権力の側につくのか、大衆の側につくのか、きっぱりと態度を決めなければいけない。それには勇気がいるが、決意してこの場に参加し、仲間になったことをうれしく思う」とのべ、ともに運動を広げていく意欲を語った。
 PTA関係者は『教育論』を読むなかで、50年前とは思えない今を見透かしたような内容であることを語り、「子どもが変わらない、ではなく親が変わらないといけない」とのべ、『教育論』の内容をさまざまな形で伝えていくことが大事だとのべた。また上宇部小学校での実践が下関市内の小学校でも反響を呼んでいることを紹介し、「集会には各層の方がたくさん来られる。平場からの意見も大いに出してもらい、福田さんの路線を受け継ぐ集会として盛り上がるようにしていきたい」と提案した。
 会社員の男性は、職場の仲間と福田文献を読むなかで「中国人遺骨送還運動」にみんなが感動し、それを構成詩にして発表することになったと発言。「中国人浮虜の遺骨埋葬を隠すのではなく、掘り起こして送還することが民族の誇りだと訴えて、国際連帯、イデオロギーとして勝利するという福田さんの方向に感銘を受けた。没10周年を一つの行事として終わらせるのではなく、福田さんの思想を学び続けていく契機にしようと話し合っている」と語った。

 10周年集会の大成功へ 5年間の発展確信に

 また米軍岩国基地の沖合拡張反対連絡会議の男性は、米軍基地の大拡張とたたかうなかで、市民のなかで諸悪の根源である「日米安保条約」に対する関心が高まっていること、またそれを発揚してきたのがこの七年間の原爆展運動だったことへの確信を語った。今年のとりくみがさらに大きな広がりとなっていることを報告し、「七年間やってきて、どうしたら勝てるのか、どういう組織が必要かという問題意識が強まっている。その立場に立って、福田さんの教えに学んで政治勢力を結集していきたい」とのべた。
 市民の会の本池妙子氏は、本紙紙上で紹介される評論や投稿で下関の市民運動の位置を教えられたと語り、「30万市民のためにという私利私欲のない運動をめざして、さまざまなことを乗り越えてきた。MCS署名でも“仕方がない”という人もいるが、そこに市民の会がみんなの問題として市政を変え、世の中を変えていこうと運動を提起すると喜ばれたし、関西からも署名が送られてくるなど、全国共通の問題として広がった」とのべた。そのなかで市民の会が統一戦線の大事な一部分であることを教えられたとのべ、「生活は困難だが、みんなが力を合わせ、働く者が持っている力を発揮して市政・国政を動かしていく、そうすれば日本は変わっていくんだということを、記念集会で全国の人たちと交流していきたい」と語った。
 実行委員会の論議を通じて、福田正義没五周年記念集会以降のこの五年間で運動が大きく発展し、全国の様相を変えてきたことが確信になるとともに、今回の記念集会を、人民大衆自身が立ち上がって、名実ともに戦争を阻止し平和で豊かな日本をつくる大運動の出発点になる集会にしていくことが確認され、周囲の友人や知人、とりわけ青年に呼びかけて大成功させようと論議された。最後に事務局からの提案を全員一致で承認し、会を閉じた。

 事務局からの提案

  (一)

 第1回実行委員会(3月11日開催)では、福田正義没10周年の顕彰運動にあたって、「戦争に立ち向かって平和で豊かな日本をつくる人民運動の起点にする」をテーマに大衆的な論議を巻き起こし、5月20日の記念集会に結集すること、大衆的な論議と記念運動の発展のなかで集会のプログラムを企画していくことを確認した。長周新聞紙面では、『広島と長崎』『現代の日本をどうみるか』『高杉晋作から学ぶもの』、文化・芸術、教育、労働運動論にひき続き、福田正義の国際連帯、「安保」斗争、市政・市民運動、婦人問題に関連した評論、また長周新聞論が相次ぎ紹介され、全国の各界各層、各分野の実践、経験と結びつけた論議が熱を帯びて発展している。
 現在までに記念集会実行委員会には、北海道から沖縄まで全国から、戦争体験者から高校生まで世代を超えた各界各層131人が参加されている。この間、原爆と戦争展、原水禁平和運動を軸にかつての50年8・6斗争や60年「安保」斗争、沖縄の祖国復帰運動の様相がいきいきと蘇り、たくましい次代の担い手を育てる教育運動、新しい時代意識に立った文化芸術運動、全市民を代表する市民運動などが、だれもが安心して参加できる運動として、生命力をもって発展してきた。実行委員の多くの人人が、原爆と戦争展や原水禁運動、はぐるま座の『原爆展物語』『動けば雷電の如く』の公演に参加して深い感銘を受け、人民大衆こそが新しい時代を創造する主人公であることに確信を強めて行動に立ち上がっている人人である。独立と平和、繁栄の日本へと変革するために、共通の敵とたたかう全国的な共同斗争の発展を求めて、記念集会への強い期待を寄せ、仲間とともに集会への参加を決めている。
 福田正義没五周年集会で、福田正義の精神・路線に学び、それを継承する努力を強めることを確認しあった。その後五年間の運動の発展はめざましいものがある。この間の運動を切り開いてきた確信がみなぎり、「福田さんの文献は50年前のものとは思えない。今のことを論じているようだ」「今までになくよくわかる」と、福田正義の業績と路線についての新鮮な感動が語られている。とくに、私利私欲なくみんなのために奮斗し、いきいきと運動を発展させてきた経験から、福田正義の「人民に奉仕する思想に徹して人民の苦難を調べてそれを手助けしていくなら、そういう事業はかならず支持される」「人民の事業のために刻苦奮斗する」という精神に立つかどうかが決定的であったことが実感を込めて語られている。また、「仕方がない」といって負けていくのではなく、なにもないところからみずからの手で建設していく不撓不屈の精神を発揚することの大切さが強調されている。
 東日本大震災と原発事故、さらに世界的なリーマンショックと欧州財政金融危機などを経験し工場閉鎖と海外移転、消費税増税やTPP、米軍再編、原発再稼働がごり押しされ、人の暮らしが立ちゆかなくなる一方で、戦後の日本社会を根本から見直し、「あきらめるのではなく社会を変えなければならない」「安保斗争のような全国的な政治斗争を」の世論が沸騰するところとなっている。それを代表する生命力に満ちた運動は、自分の権利だけを主張する既存の政治潮流がおしなべて精彩を欠いて堕落、沈滞するなかで、多くの人人の関心と期待を集めている。福田正義没一〇周年記念集会ではこうした状況を踏まえ、各界各分野から多くの貴重な体験や意見発表を中心に朗読を交えて、新しい運動を切り開いてきた経験を交流し、戦争を阻止し平和で豊かな社会をつくる力強い統一戦線の運動を全国各地に飛躍的に押しひろげる新たな出発点にしたいと思う。

  (二)

 プログラムの骨子を提案する。実行委員会の論議でさらに豊かなものにしたい。

プログラム骨子(予定)
▼実行委員長挨拶
▼基調の提案
▼ビデオ上映「ありし日の福田正義」
▼朗読「人民に奉仕する」(劇団はぐるま座)
▼意見発表「50年8・6斗争と原爆展・原水禁運動」
・広島、長崎、下関の被爆者
・『原爆展物語』公演から(はぐるま座)
・沖縄、岩国の米軍基地撤去のたたかい
・原爆と戦争展キャラバンに参加して(学生)
▼構成詩「遺骨を送還しよう―国際的な連帯強めよう」(会社員有志)
▼意見発表「民族の子として育てよう」
・「鉄棒・縄跳び全員達成と子どもの成長」(上宇部小学校教師集団)
・「礒永秀雄の詩と童話を教材にして」(北九州小学校教師)
・「被爆者・戦争体験者に学んで平和の担い手に」(小中高生平和の会)
・平場からの発言
▼意見発表「動けば雷電の如く――父祖たちの志を現代に」
・各地の公演の反響から(地域興し、農民の奮起)
・平場からの発言
▼意見発表「人民の劇団として進む」(劇団はぐるま座)
▼意見発表「全人民的な団結へ」
・30万市民を代表して(下関市民の会)
・平場から/全国の労働運動・婦人の活動家など
▼全員合唱「がんばろう」

▼会場ロビーにはパネル『福田正義の戦前・戦後のたたかい』を展示する。

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