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日本変える拠点に発展
福田正義記念館
             24日に顕彰会第3回総会     2010年10月6日付

 10月24日に予定されている福田正義顕彰会第3回総会に向けて3日、拡大役員会が福田正義記念館で開催された。福田記念館は04年5月に建設され今年で6年目を迎えた。記念館を拠点とした福田顕彰運動は、文化・芸術運動、原爆展運動をはじめとする原水爆禁止運動、下関市の市民運動、教育運動など各分野での運動の発展に寄与し、「平和と文化の砦」として大衆的な基盤を広げ、日本を変える拠点としての役割を果していることが確認された。
 最初に事務局から、第3回総会への報告(案)が提起された。報告では、08年の第2回総会以後2年余りの記念館の運営状況と顕彰会活動の発展、新たな飛躍に向けた課題についてふれた。提起にもとづいて、活発な論議がおこなわれた。
 下関原爆被害者の会の代表は、「昨年3月、前会長の吉本幸子さんを偲ぶ会を記念館でおこなった。平成18年11月に原爆と戦争展を開催し、今年も11月に記念館で開催する。原爆展運動を進めていくうえでなくてはならない存在になっている。福田さんが起こした50年8・6斗争を継承し、原爆と戦争展の運動をさらにがんばっていきたい」とのべた。

 全国で福田路線を切望 原爆展物語公演でも

 劇団はぐるま座の代表は、「『原爆展物語』を全国各地で上演しているが、そこで描かれている福田路線への関心が高い。福田著作の普及を意識的にしていかねばと思っている。『動けば雷電の如く』と『原爆展物語』二つの公演で、人人の今の世の中を根本的に変えていかなければいけないという願いがものすごく大きくなっている。公演の内容と人人の願いが結びついて長周新聞の購読にもつながっている。『原爆展物語』に貫かれている運動を全国的に広げていくなかで、福田顕彰運動を大衆とともに進めていきたい」と発言した。
 下関市民の会の代表は「七年前のゴミ袋値下げ署名運動以来、30万市民のためにということで貫いてきた。さらに大型店が来たからとあきらめるのではなく、商店も農民、漁民と力を合わせて高齢者のため、弱い人たちのためにとがんばっている。産業を興し、雇用をつくることを自分たち自身が主人公になって大きな運動にし、行政を動かそうとしている。福田さんの精神が市民の会、市民運動のなかに生き続けている」とのべた。
 北九州市の小学校教師は、「教師としては、福田評論集や社説集のなかから、子どもをどう見たらいいのかを学習していくことではないかと思っている。これが本当に1950年、60年代に書かれたとは思えない。今に通じている。今多くの働く父母は、学校に行っても九九も覚えられない現状に怒りを持っている。労働を蔑視せず、働く者を本当に社会の主人公としていくような教育をしていくためにももっと活用していきたい」とのべた。
 岩国基地の沖合拡張反対連絡会議の代表は、「岩国でも独立と世直しの声と行動が高まっている。愛宕山の米軍住宅問題での説明会で、戦争体験者から“独立なくして国家なし。なにゆえしっぽを振ってアメリカ詣でをしないといけないのか”と怒りの声が出た。このようなときに、福田路線を普及し、広範な大衆とともにやりぬく」と語った。
 よい映画をみる会の代表は、「東京のベテラン俳優がはぐるま座の『雷電』や『原爆展物語』の台本や公演の経過、アンケートを長周新聞で熱心に読んで驚いている。大衆のなかから集めて脚本ができ、舞台は観客と一体になり、見た人が人生の指針として生きている。それはわれわれが願っていたものだが、できなかった。なぜそれができるのかと、激励され、先日原爆展パネルを購入し、八月に展示し、“沖縄戦の真実”の抜粋を朗読した」とのべ、また松川事件に関連した福島大の研究者も真実を伝える福田記念館の活動に期待を寄せていることを紹介した。
 下関市中学校PTA連合会の関係者は「04年5月の開館以来、福田著作の教育論など何回も読み直してきた。将来を見据えて、どういう子どもを育てるかを考えていきたい。福田顕彰会により多く若い世代に参加してもらい、現状を把握し、議論しながら進めていくことが大事だと思う」とのべた。
 元サンデン交通労働者は、「提案を聞いて、幅広い活動として発展していることを心強く思った。福田顕彰運動の拠点としての福田記念館の意義は非常に大きい。日本社会が行き詰まり崩壊する時代、8・6集会に若い人たちが結集するような新たな段階に立って、福田記念館がますます重要になっている」とのべた。
 長周新聞社の代表は、「6年たって、福田記念館、福田顕彰運動が威力を発揮してきたと思う。はぐるま座の『原爆展物語』を見た人がこれを日本中でやれば日本が変わるという反響がどこでも出ている。日本を変える震源地にこの記念館がなっていることを痛感する。福田主幹が強調してきた人民に奉仕する思想の政治団体が広がってきた。市民の会も、私心を捨てて人民大衆のため、公のため、世のため、人のためにで発展してきている。下関原爆被害者の会とか、広島、長崎の会も、またはぐるま座もその質で発展している。自分のため自己主張で文句だけいっているところは衰退している。課題としては、若い世代が生涯かけて日本を変える運動に参加する拠点にしていかないといけない」とのべた。
 また「市議選をやっているが、このままでは下関がつぶれてしまうという声は多い。商店に買い物客はいない。消費購買力がない。つまり雇用がない。仕事がない。産業がつぶれたら下関はつぶれる。水産業だし、関連した造船・鉄工、周辺の農業をなにがなんでも立て直すほかはない。産業をつぶすような制度、政策の方がまちがっている。日本を変えていく拠点に記念館をしていきたい」とのべた。

 建設の側の立場が核心 総会機に飛躍へ

 山口地区の原水爆禁止運動の活動家は、「大きな転換が求められている。社会が悪いと文句はいうが、生産活動が社会発展の原動力だ、というようなことを考えたことがあったかと思い知らされている。山口市も名田島とか秋穂は穀倉地帯で農業の先進地であったが、今は崩壊させられている。そこが福田さんの路線の核心問題だということがはっきりしてきた。総会を機に大転換していきたい」とのべた。
 宇部市の小学校教師は、「鉄棒実践をやって大きな反響があった。体育で一つのことをがんばり、最後までやりとげる、困難なことから逃げない、そういうところに勤労人民の支持があった。気力、体力、精神力がないとだめだし、生産を担うには必要だ。鉄棒実践に続いて運動会でも全教師が体育重視でやって、これまで反社会的でじめじめしていた子が一生懸命とりくむように変化した。地域の願いにこたえながら教師集団が力を合わせてやる。福田さんが貫いてきた路線の延長線上にある。文科省・教育委員会がやってきている知育偏重に教師が頭が上がらないなかで、教師集団がそこに対決していく、子どもたちのためにこうやるんだ、俺たちがこうやるのだからじゃまするなという気迫・気概がいると思う」とのべた。
 長周新聞社の代表は、「福田さんは児童画をやったが、子どもたちの精神を解放するというものだ。建設の側からたたかうのが福田さんの路線だ」とのべた。
 川崎市の介護事業者も「10月末に文化祭をやるが、介護の現実も深刻だ。3回くらい自殺を考えたという人もいる。介護や医療を通じ、地域をどうするのか、提起してみようと論議になっている。福田文献を参考にし、真実を明らかにして解決していきたい」とのべた。
 はぐるま座からも「産業守れ、雇用つくり出せという呼びかけは九州の農業地帯でも大きく響き、長周新聞が二けた台で増えた。自分らの力で変えていく以外にないとなっている人たちの気分にあう。『原爆展物語』の沖縄公演の準備でも日本人の側に立って真実を描いていることへの支持と共感が強い。産業を守れという呼びかけは東京でも切実に求められている」と語った。
 最後に、10月24日午後1時から福田記念館3階で第3回総会を開催することを確認し、成功のために奮斗することを呼びかけて終了した。

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