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福田記念館日本変える拠点に発展
福田正義顕彰会拡大役員会
                10月7日に第4回総会     2012年9月12日付

 10月7日に予定されている福田正義顕彰会第4回総会に向けて9日、拡大役員会が福田正義記念館で開催された。福田記念館は04年5月に建設され今年で8年目を迎えた。記念館を拠点とした福田顕彰運動は2年前の前回総会以後、東日本大震災と福島原発事故を契機にした戦後社会を見直し、独立・平和を求める世論が高まるもとで、礒永秀雄没35周年記念運動、福田正義没10周年記念運動をへて発展。原爆展運動を軸にした原水爆禁止運動、文化・芸術運動、下関市の市民運動、教育運動など各分野で全国を席巻する質をもつ運動を喚起し、福田精神を体現した運動の発信源、日本を変える拠点として大きな役割を果たしていることが新鮮な感動とともに明らかにされた。役員会では「福田型の運動を堂堂と全国に広げていけば日本は変わる」と論議され、第四回総会を福田顕彰運動、福田記念館の活用を全国へ発信していく契機にすることが確認された。

 平和と文化の砦として確立 図書資料寄贈で4万点

 冒頭、福田正義顕彰会の黒川謙治会長が挨拶。「福田記念館ができて八年たったが、東日本大震災も起き、日本の根本変革を求める世論が大きくなっている。ゆかりの方が“福田路線は今から威力を発揮していく”といわれたが、その通りだと実感している。福田記念館が日本を変えていく力を結集する役割を発揮していけるよう総会を準備していきたい」とのべた。
 その後、事務局から、第4回総会への報告(案)が提起された。総会報告では2010年の第3回総会以後2年余りの記念館の運営状況と顕彰会活動の発展、約4万点に達した図書資料の収集、新たな飛躍に向けた課題について明らかにした。この提起にもとづき活発に論議がおこなわれた。
 口火を切った小中高生平和の会の教師は「記念館の参観・活用状況を読み、記念館が全国の運動の拠点になっていることに驚いた。下関のツアーでは訪問先に組み込まれている。福田主幹の業績が一つに集められ全国に発信しているが、平和の会などの教育運動もこの発展のうえにあることを再認識した」とのべた。劇団はぐるま座からは、5月の福田没10周年集会に北海道から「国鉄労働者で運動をやっていた父の原点を探りたい」と参加した兄妹が記念館に来館し感動していたことを紹介。「福田さんの切り開いた運動が1950年代に全国に影響を与えたが、それを受け継ぐ世代も全国から記念館に来て学んでいく。記念館がある意義の深さを感じた」とのべた。
 北九州市の小学校教師は「人民教育集会に参加した教師が上宇部実践に励まされ“どうやっていくか答えがあった”と話していた。2学期から元気よくスタートしているが、この上宇部実践で切り開かれたのが福田路線にもとづく生命力あふれる教育の方向だったと改めて感じた。原水禁運動でも市民運動でも教育運動でもその元となるのは福田路線だと思う。記念館自身がその拠点となっていると事務局の提案を読んで感じた。多くの人はここに福田さんの精神を学びにきていきいきと活用し、一人一人の持つ力を発揮している。記念館活用も含めもっと役割を果たすための総会にしたい」と意気込みをのべた。
 宇部市で鉄棒実践をとりくんだ人民教育同盟の教師は「教育同盟は路線斗争をしてきたが自分の権利だけ主張し文句をいう組合主義とたたかって福田路線を継承し、みなのため、みなで力をあわせて世の中を変えていく方向で進んできて今がある。それが教師集団だけでなく、子ども集団にも浸透しワクワクする状況が出ている。振り返ると礒永秀雄詩祭、福田没10周年集会、原水禁集会、人民教育集会のどれを見ても参加した人が“来て良かった”とみんなが元気になり喜んで帰る。福田路線が生命力を持って発展できることを実感している」と発言した。そして権利ばかり主張する教師に批判的だが、鉄棒実践を続ける教師には「たまには早く帰ったらいい」と気づかう校区の人のエピソードを紹介。「この人は人民教育集会の劇にも登場したが、鉄棒実践のパンフを2時間で読み手紙をくれた。そこには“上宇部の誇り、先生方の熱意に感動した”とあった。子どもたちも教師も地域も一緒になって上宇部の教育をやっていることに涙が出ると語ってくれた」と話した。「ピラミッドのやり方を教えにきてほしい」と他地区で声がかかる状況、大学の教員も授業で鉄棒実践パンフを使っていることをいきいきと報告。「福田路線に乗っとってやればできるという自信と誇りがある。福田路線は必勝不敗だと思う。自分たちの狭い枠ではなくみんなのために自分の力を発揮するのがみなの望む教育だしそうすれば発展する。人民教育同盟を導いたのは福田路線だ」と強調した。
 岩国の活動家は岩国市内でもオスプレイ配備への怒りや基地撤去・独立を求める世論が強まっており、子どもたちや若者が宣伝行動などで鋭く反応してくると発言。「記念館を拠点にした運動が全国に発信されていることが、全国も激励して新しい状況がつくられていると実感した」とのべた。

 運動発展の根底に福田顕彰 広島も記念館が支え

 このなかで「教育運動が発展したというが、よく“その根底になにがあるのか”と聞かれる。福田路線だというがその福田路線とはどこにあるのかということだが、それが記念館にある」「広島の被爆者の方が福田顕彰会のことを会うたびにいわれる。下関から始まった原爆展運動が広島で頑張る大きな支えになっている」「下関市内の経営者が“禁”や“協”とまったく違う原爆展を全国に発信しているのは下関の誇りだといっていた。福田路線の運動が見えないところで支えになっている」と話され記念館が現在の運動を激励し促進する原点として堂堂と存在する、全国的な意義が浮き彫りにされていった。
 劇団はぐるま座の代表は「『雷電』公演が全国で求められている。地域が疲弊するなかで閉塞を打開し、団結をつくる好機になると広がっている。この『雷電』は福田さんの“高杉晋作から学ぶもの”が元になっている。『原爆展物語』も福田路線が源流だ。それで観客の反響の質も変わってきた。それを束ねていく勢力が求められている。劇団も若い人が入り、入りたいという予備軍も出ている。劇団も福田路線を導きに活動してきたがその意識性を強めたい。活動拠点を下関に移転したがもっと本格展開していきたい」とのべた。
 長周新聞社からは「福田主幹が亡くなって11年へたが、福田路線を導きにする運動が圧倒的な大衆の支持を得て、全国を席巻する運動になってきた。原爆展を軸にした原水禁運動も全広島・長崎を代表する運動になった。教育運動も下関の市民運動も全国を席巻する質だ。記念館はそういう力を持っている。福田路線、福田精神は日本を変える原動力だ。既存勢力はすべて戦争になると消滅していく。それはかつての戦争のときと同じだ。福田主幹は戦争に突入するとき、共産党が自然消滅し、中国ではたちまち全土を解放したが、この違いはなにかというところから、人民に奉仕する思想で大衆路線でいくとなり、それが50年8・6斗争になり、長周新聞になった。その内容が福田記念館にある。だから大衆自身が活用している。今の閉塞した日本を変える拠点として今からもっと役割を果たしていくことを全国は求めている。戦争が接近する情勢のなかで勝っていく福田型勢力を結集していけばすごい力になる」とのべた。
 それと関連して小学校教師が発言。「福田没10周年のときに発表した元上宇部小の教師が“自分たちの実践がよくわかった”といっていた。福田さんの精神はみんなのため、小さき者、弱き者に優しくて、権力に対決していく人民のために働いていくという精神だ。それが集会のすべての発言や出し物に出ていて上宇部の実践のこともよくわかったという。そして今は“もうこの路線でないと教育はできない”となり、小学校を変わっても“もっと広げたい”となっている。やはりこちらから元気よく発信していくことだ。片隅で活動するのではなく、堂堂と胸をはって真ん中の道を歩いて発信していけば日本を席巻できる。その拠点が記念館だ。発信すればするほど反応が出る。暗い雰囲気ではなく楽しくやることだ。職員室のなかも解放されていけば先生たちはすごい力を持っている」と話した。
 顕彰会事務局からも「全体像を描いてみて記念館存立の意義の奥深さを感じた。広島の被爆者は“下関から始まった原爆展運動が広島の原点だ”と確固たる信頼、安心感を寄せ、記念館に立ち寄るたびに“原点に返って頑張ろう”と力を得て帰って行く。記念館は客観的にそういう存在になっている」と出された。
 平和の会の教師は「福田さんの運動はすべて困難ななかで切り開いた路線だ。この中身をつかめば勝利していけることがわかり始めた。今まで頭のなかで考え、大衆のなかから大衆のなかへ、人民のなかに力があるといってきたが、それを実践を通じて大転換している。この記念館を拠点にいろんな戦線や全国でそういう大転換をやっていけば必ず日本は変わる」と力をこめて語った。

 更なる全国発信へ意気込み 下関の市民軸に

 下関市中学校PTA連合会の関係者は「福田没10周年以後、福田路線がより大きく運動として発展してきた。記念館も原爆展も下関から発信していくことでどんどん広がる。もっと多くの人に参加してもらうためには全国へ発信して記念館を知ってもらい、来てもらうことだと思う。上宇部小の実践もどうしたらああできるのかと市内で有名になっている。でも下関の教育委員会はいいものとわかっていてもとり入れない。これだけの都市でなぜなのかと思っている。記念館がある下関なのに疲弊していることも、これではいけないと思っている。すべての面で福田路線を末永く広げていけば変わると思うし全国に広げられたらと思う。下関市民がもっと立ち上がって声を上げて盛り上げていければいいと思う」とのべた。
 その後、大衆自身の手によって建設・運営されている記念館運営について「日本に資料館や記念館、美術館などがあるがそうした専門家からも盤石な基盤を持って運営していることに驚嘆の声が出ている」「図書資料が四万点も寄贈で集まっているのはここに預ければ不滅、続くと見ている信頼だ」と意見が交わされた。
 最後に10月7日午後1時から4時までの日程で福田記念館3階で第四回総会を開催することを決定し、総会を福田顕彰運動、記念館活動の発展に向けて成功させるため奮斗することを確認しあい終了した。

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