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日本を米国本土防衛の
核戦争の盾にさせるな
              8・6広島を大結集の起点に   2007年7月18日付

 広島と長崎に原子爆弾が投下され、40万人もの老若男女が虐殺されてから62年目の夏を迎える。安倍政府は米軍の指揮下に自衛隊を組み込み、「ミサイル防衛態勢」といって日本をアメリカ本土防衛のための原水爆戦争の盾に仕立てようとしている。アジアと日本をふたたび原水爆の戦場にするというのである。唯一原爆を頭上に投げつけられた日本人として、このような事態を黙って見ているわけにはいかない。第2次大戦後アメリカは朝鮮戦争でもベトナム戦争でも核兵器使用をたくらんだが、それは押しとどめられた。1950年8月6日の広島にはじまり、たちまち全国、全世界に広がった原水爆禁止のたたかいがそれを押しとどめた。その後原水禁運動は、「日本が悪かったから投下された」といってアメリカを擁護する潮流がはびこって、無力なものにされた。しかし圧倒的な日本人民のなかで、アメリカへの隷属に反対し、アメリカのための戦争、とりわけ原水爆戦争を押しとどめる世論は圧倒している。これを形にし、結びつけ、世界の平和愛好勢力と団結するなら、かつてそうであったように原水爆戦争を押しとどめることができる。
 62年前の8月6日と9日、広島と長崎の原子雲の下でくり広げられた史上例を見ない地獄絵は決してかき消すことはできない。多くの肉親を失い、心身の苦痛に耐えて生き残った人人もつぎつぎに命を縮めてきた。原爆投下のような残虐な行為がくり返されることを決して許してはならず、すべての原水爆兵器の製造、貯蔵、使用を禁止すること、これは日本の国民的感情に根ざす痛切な願いであり、それは広島・長崎の名とともに全世界の人人の熱い共感と支持を広げてきた。
 いったい何のために原爆は投げつけられたのか。久間防衛大臣は原爆投下は戦争を終わらせたから「しょうがなかった」と発言した。これが抗議の声に包まれると辞職したが、間髪を入れずにアメリカのジョセフ・核不拡散担当特使が「原爆投下は、無謀な戦争を早く終わらせるために、100万人の米兵と数百万の日本人を救うために必要だった」などという戦後一貫した欺まんの発言をして恫喝した。アメリカは現在も、原爆投下の謝罪はせず、逆に「慈悲深い行為」とか「英雄的行為」などと開き直っている。そしてこれが長年、被爆した市民がものをいえないように抑えつけてきた。
 日本の敗戦はすでに決定的であり、軍事的勝敗を決するために原爆を投下する必要はまったくなかった。日米戦争は、日本の中国侵略が中国人民の抗日戦争で敗北が明らかななかで突入したものであった。天皇を頭とする戦争指導者は、アメリカには負けると考えながら日米戦争に突入した。半年後のミッドウェー海戦で惨敗した後、敗北に次ぐ敗北となった。43年のガダルカナル撤退は敗北の決定的な転機となっていたし、44年のサイパン陥落で東条内閣は倒壊したが戦争はやめなかった。そして45年の沖縄戦、東京大空襲にはじまる全国都市空襲、そして広島、長崎の原爆まできて無条件降伏となった。
 武器も食料も持たされずに、南の島に送られた100数10万の兵隊たちの多くは、戦斗ではなく飢餓と病気で無惨に殺されていた。一方、国内の老人、婦人、子どもたちは艦砲射撃や空爆、焼夷弾の雨の中にさらされ、虫けらのようにつぶされ、焼き殺されるままにおかれた。

 米国の目的は何か 原爆投下・戦後世界支配の為
 アメリカは何の目的で原爆を投下したのか。それは戦争を終結させるためにはまったく必要ではなかった。アメリカは日露戦争直後には対日戦争計画「オレンジ・プラン」をつくり、日本との戦争は必至と分析し、ハワイ攻撃を待って総攻撃をかけ、日本をたたきつぶし占領するとしていた。日米戦争が始まると、天皇を攻撃してはならないという方針を徹底し、すべての責任は軍部に負わせて、天皇をかいらいとして利用するという計画を立てていた。
 原爆投下は戦争を終結させるためではなくアメリカが戦後世界を支配する目的のためであった。日本の敗戦は早くから明らかであり、8月9日とされたソ連の参戦で決定的となっていた。アメリカはソ連の影響を排除し、日本を単独で占領する目的を実現するため、ソ連の参戦の前に原爆を使用することを焦った。そして天皇をはじめ日本の支配階級を脅しつけるとともに、ソ連を脅しつけて戦後世界を支配する目的のためであった。とくに対日戦争の大きな目的は、日本を排除して中国市場を支配することであった。

 命ごいへと動いた天皇 国体護持こい願う
 天皇を頭とする戦争指導者は、日本国民の生命、財産を守る意志はまったくなく、唯一心配していたことは、国体が護持されるかどうか彼らの支配の地位が守られるかどうかであった。45年2月の、吉田茂が関わった近衛文麿の天皇への上奏文は、米英は国体の変革まで求めていないこと、恐るべきは日本人民が革命を起こすことだといっている。武器も食料も持たされずにつぎつぎに戦地に送られ、だまされた若者たちが帰るなら、彼らが反乱を起こすことを恐れていたのである。事実東ヨーロッパではつぎつぎに王制国家が打倒されていた。彼らも日本人民が立ち上がれないほど打撃を受けることを願っていたとするなら、あれほどの犠牲者を出させた説明がつく。南の島で餓死していく兵士、空襲で逃げまどう国民にとって、日本の戦争指導者が、「国体護持」をこい願い「米英への命ごい」へと動いていることを知るよしもなかった。
 そしてアメリカ占領軍が上陸するや、「鬼畜米英」「本土決戦」などと叫んでいた天皇や財閥、政治家や官僚などは、アメリカに命ごいをし、元から平和主義者であったかのような顔をしてあらわれた。
 原爆投下とそれにいたる沖縄戦や東京・大阪をはじめ各都市への空襲、戦地でのいまわしい体験は、アメリカの同じ戦争目的に貫かれた一つながりの蛮行であった。それはまた、みずからの延命のために国民を死地に追いやって恥じない天皇を頭とする日本の支配者のぬぐいがたい犯罪を示すものである。アメリカと日本の支配層は、中国、アジアの植民地の争奪をめぐって戦争をしたが、日本人民を抑圧支配することでは利害を一致させていた。

 再び原爆使う企み 米高官の原爆正当化発言・日本を基地に
 久間防衛相が「しょうがない」と発言して辞任した翌日、アメリカの核不拡散特使が同じ発言を威圧的にくり返した。それは現在、アメリカが原爆投下を正当化することによって、核兵器の開発・独占を追い求め、日本全土に核兵器を根幹にした米軍基地をはりめぐらし、て隷属下に置き、「原爆使用」を脅し文句に朝鮮、ベトナム、アフガン、イラクなど世界各地で戦争をひき起こしてきたし、今からもそうするためである。
 ブッシュ政府は「9・11テロ」以後「パールハーバーを攻撃した国民と同じ目にあわせる」といって「核兵器の先制使用」を公言し、アフガン、イラクを無差別爆撃して占領した。その後も北朝鮮やイランの「核問題」を騒ぎ、中国やロシアを仮想敵国に見立てて、新型核ミサイルや核弾頭の開発を大っぴらに進めている。そしてなによりも、在日米軍再編を基軸に、日本の全土をアメリカの「国益」のために原水爆攻撃の最前線基地にし、日本をアメリカへの核報復攻撃の盾にするというとんでもない策動を進めている。
 米軍岩国基地への厚木基地機能の移転・拡張増設は、岩国基地を空母が接岸できる軍港にし、核ミサイルを搭載できる艦載機を集中して配備するものであり、岩国基地の核攻撃機能を格段に強めるものである。これは、広島にある米軍弾薬庫、呉の海上自衛隊基地などと結び、さらに空母艦載機の夜間着艦訓練(NLP)基地を岩国基地周辺に設置する計画と合わせて、広島湾岸一帯を原水爆戦争の拠点にするというもので、被爆地へのこのうえない冒涜である。
 米日政府が一体となって進める「ミサイル防衛網」は、アメリカがひき起こす核戦争からアメリカ本土を守る防波堤の役割を日本に負わせるものであり、日本全土を原水爆の戦場にするものである。そのために、在日米軍司令部のある横田基地に航空自衛隊総隊司令部を統合し、ミサイル発射の指揮所を設置、海上自衛隊のイージス艦への迎撃ミサイル配備、米軍の最新型早期警戒レーダーの航空自衛隊への配備など、自衛隊が米軍の下請軍隊として直接組み込まれてきた。
 こうしたなかで、米軍岩国基地内では、核ミサイル攻撃を想定した核シェルターへの待避演習、米兵家族を国外に脱出させる訓練などが定期的に、岩国市民を蚊帳(かや)の外において進められているのである。そして全国の市町村に国民保護計画をつくらせ、核攻撃を想定した避難計画を立てさせるに至っている。
 久間・前防衛大臣の「原爆はしょうがない」発言とそれを擁護する安倍首相は、日本人の生命財産を守る気などはなく、アメリカを防衛する意識しかないことを暴露している。米軍司令官と駐日アメリカ大使が日本の首相や防衛大臣を交えた定期的会合を求めているが、それはマッカーサーの占領統治と同じである。そして陸上自衛隊の情報部隊による「国民監視」活動とともに、自衛隊が沖縄辺野古の米軍基地増強のために出動したり、上関原発をめぐる祝島住民の抗議行動に自衛艦2隻が3時間も沖で威嚇行動をしているが、日本の国民と戦争をするかのような姿をあらわしている。
 沖縄戦にのぞんだ米軍司令官は「黄色いジャップどもは虫けらと同じだ。殺して殺しまくれ」と兵士をそそのかしていたが、それは現在も続いているのである。日本の民族としてこうした状態を黙って見ていることはできない。

 日本の苦難の根源 米国の核使った支配・隷属の鎖に縛る
 原爆はさらに、戦後の日本をアメリカへの隷属の鎖に縛り付け、62年間日本人民を苦しめ、日本社会をさんざんに破壊する、最大の武器となってきた。小泉政府からの6年間で日本社会は政治、経済、文化、教育など生活の全分野でまったく荒れ果て、貧困と失業、退廃がはびこる惨たんたる状況になった。
 「構造改革」なるものは、アメリカ政府が「年次改革要求」として指図したことを小泉、安倍政府が忠実に実行してきたものである。それは勤労者が汗水流して生み出した国富をそっくりアメリカに貢ぐ徹頭徹尾の売国政策であった。非正規雇用の殺人的労働、重税、医療・介護の切り捨て、農漁業の根こそぎ破壊、中小企業・零細商店のなぎ倒しが大多数の生活苦に追い打ちをかける一方で、大企業がバブル時期の数倍という利益を収め、アメリカ外資がそのうわまえをはねていく。
 安倍政府はそのうえに、アメリカの指図に従って憲法を改定し、アメリカのための原水爆戦争に日本の国土と人員を差し出そうとしている。自民党政府は日本国民を代表するというのは格好の上からもなくなり、アメリカのいいなりで、まるでアメリカに国籍を置いた連中が日本の国政をもてあそんでいるかのようになっている。
 原爆を最大の武器とした日本支配が日本人民の苦難の根源となっており、労働者や農漁民、都市勤労市民、あらゆる人民が、生活を守り、民主主義を守り、平和を守るためには、アメリカの核を中心とする軍事支配とたたかって民族の独立を実現するのでなければ解決にはならない。
 原水爆禁止を実現する力は人民のなかにある。最大の力はこの社会の生産を担いもっとも政治を動かす力を持っている労働者のなかにある。労働者を中心に勤労諸階層、青年学生、婦人、教師、知識人、宗教者など、各階層が共通の目的で団結し、核戦争の放火者アメリカに反対するたたかいを強めることである。
 1950年8・6広島平和斗争は、アメリカ占領下の弾圧をけってたたかわれた。この運動は朝鮮戦争でアメリカの原爆使用の手足を縛る力を持って発展し、原水爆禁止世界大会を日本で開くまでの影響力を広げ、原水爆禁止運動の起点となった。「おじいさんやおばあさんが悪いことをしたから原爆は投下された」「加害責任を反省せよ」など、進歩的な装いでアメリカの原爆投下に感謝する潮流と一線を画し『原爆詩集』で知られる峠三吉が活動した時期の、政党政派、思想信条にとらわれぬ私心のない全国民的な運動を今日に継承し、力強く発展させることが強く求められている。
 そのような運動こそが朝鮮・韓国、中国、イラクをはじめ全世界の平和を望む人人との真の連帯を強めることができる。
 広島では8月はじめ平和公園の禎子像横で「原爆と戦争展」の街頭展示が開かれるほか、広島、長崎、下関の被爆市民による「原爆と戦争展」が8月2〜7日、広島市まちづくり市民交流プラザで開催される。そして原水禁全国実行委員会の主催によって、被爆した広島、長崎市民を代表してアメリカに核廃絶を迫る8・6広島集会が午後1時、アステールプラザで開催される。
 これらの場において、広島、長崎の被爆市民、戦地を体験した人人、全国の空襲体験者と全国の若い勢力が大交流し、広島から平和の力を全国、全世界に力強く発信することが期待されている。

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