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日本社会全面崩壊の政治
座談会 現在の情勢どう見るか
               労働力の再生産まで破壊     2008年3月24日付

 大衆世論の変化は急激である。小泉政府の対米隷属の戦争参加、構造改革とそれにつづく安倍、福田政府とつづくなかで、「このままアメリカについていったなら日本社会は崩壊する」という世論、「黙っていてはならない」という世論がうっ積するところとなっている。この情勢をどう見るか、現状を全社会的歴史的にも結びつけ、そして人民はどう進撃すればよいか、記者座談会を持って論議してみた。
  ブッシュ、小泉が突っ走り、安倍が引き続き突っ走って破滅。福田が登場したものの、アメリカのブッシュともどもヨレヨレになってきた。大衆の各界の世論の特徴から出してみたい。
  「アメリカにやられてきた」という実感がいたるところで語られている。とくに年輩者のなかでは深い実感をもって、「そろそろ手を切らないといけない」と話されている。戦後の一時期、「アメリカがいるから日本は繁栄した」「日米安保があったから繁栄した」というのがあったが一変している。小泉登場の時期には「改革」という言葉に幻想を感じる人もいたが、中小企業にしても、高齢者、医療、福祉、教育、労働政策など、どの分野を見ても破綻している。グローバリズムによる市場原理主義が社会を破壊してきたというのが、歴然たる状況になってきた。一方でアメリカに相当に搾られておりどうしてあれほどカネを出すのか! という怒りがうっ積している。米国債の保有残高だけでも政府予算の5〜56倍の400〜500兆円というから、すさまじい。
  教育分野を見てみると、米ソ二極構造が崩壊したころから「個性重視」「興味関心」がまるで進歩的であるかのように振りまかれた。この手の「自由」「人権」で教育現場はメチャクチャになった。「教育でなくなった」と教師たちは語っている。数値目標ばやりで、新自由主義の「お客様のニーズに応える」というものが大手を振っている。下関市教委や山口県教委の人事にもあらわれているが、教育について訳のわからない行政の事務上がりが教育長ポストについて、好き勝手をやることへの怒りも強い。英語教育が異常なまでに奨励されている。ゆとり教育とか、この手の政策は八五年プラザ合意と臨教審あたりから強まっている。教育界の外側からアメリカや財界が主導してきたものだ。

 戦後民主主義への幻想瓦解
  文化人、知識人のなかでも、戦後民主主義への幻想が剥げ落ちている。そこまではやらないだろうという常識が打ち破られて、認識を新たにする状況だ。これまで想定していたことをはるかに超えて、営利第1で文化や学問が破壊されていく。大学の独立法人化の動き1つとってみても、真理の探究の場とか、学問の自由といったものが根こそぎ破壊され、儲かるか儲からないかが優先される。今や最高学府も個別企業への奉仕学問が中心というわけだ。これにたいして、知識人がなんとかしようという動きもみせている。
  医療界でも行動がはじまっている。医療費削減などすさまじいわけだが、ここで国民とつながって運動にしようとする機運が盛り上がっていて、各地でシンポジウムや大会がもたれている。国民の生命・安全を守らないといけないのだ、これを破壊するなどもってのほか、という意識が鮮明になっている。
  労働者の実態では、小倉の職安などに行くと、派遣とかで職を持っている人が来ている。今までなら、自分がどうやって高い賃金の会社へ行くかという雰囲気もあったのだがみんな「どこに行ってもいっしょ」と論議している。トヨタや日産の生産工場に入っている人がいうには、30歳を超えたら年齢制限で入れないとか、時給でも700〜800円でずっとラインで働かされたりとか過酷だ。40〜50代の人人になると、ほんとうに働く場所がない。自分も職がないのに親の介護などもあって、生活がままならないという状況だ。「一生懸命働いて社会をつくってきたのに、どうしてなのか!」という。みんな「いつからこうなったのか?」「小泉改革以降だ!」といっている。今の社会のなかで自分だけがどうやって生き延びていくか以上に、どうすればみんなの現状を打開していけるのか、という意識が強まっているように感じる。
  岩国の市長選も取り組んだが、「日米安保」といってきたが「アメリカが日本を守るわけがない」とみんなが語っている。米軍基地では、自分たちだけ逃げる訓練をしており、残虐な事件が引き起こされる。「基地があるから日本が攻撃されるし、アメリカがいるから日本が寂れるのだ」と語られている。そういう意識が「どうしてこんなに貧乏になったのか」という思いを基本にして充満している。
  生活の窮乏化は深刻だ。この10年あまりを振り返ると、まず老人が税金をぼったくられ、介護保険、後期高齢者医療制度などでも巻き上げられる。年寄りはどうせ死ぬのだからカネを出すのはもったいないというのだ。ほかの世代でも、下関では市民の働き場所である地元中小企業などは、大手がみな仕事を分捕っていくので食っていけない。ある夫婦が20代の娘の心配をしていたが、「給料が手取りで10万円ない」という。政治、経済、食料にいたるまで「世の中が壊れている」と語られている。
  農業など第1次産業では、食料自給率が39%になった。穀物自給率になると28%。毒餃子騒動や狂牛病問題まできて、これは農家だけの問題ではない、日本社会全体の問題だとみんなが感じはじめた。戦後は農地改革などで幻想もあったが、60数年たってみると、アメリカ農産物を輸入させるために国内農業を破壊してきたことが明らかだ。生産者の誇りがあるし、「日本の農民が生産を保障しないと国民が食っていけなくなる」という思いから、トラクターデモなどの行動が各地で起きている。

 地方破壊や産業破壊が進行
  全体として日本社会が崩壊に向かっているという実感が強まっている。食料自給の問題を見ても、世界的には食料危機なわけだ。そこで国内の農水産業をつぶすというのだから、亡国政治だ。農村集落の崩壊もすごい。農村集落は縄文、弥生の昔から形成されてきたわけだが、数1000年来なかったことが戦後数10年で一気に進んだ。すさまじい農業破壊、地方破壊だ。それは日本民族の存立基盤の破壊だ。
  作付面積はかつて800万fあったのが400万fにまで減っているし、農業人口も1960年に1000万人いたのが、200万人にまで減って、今後はさらに40万人にまで削減する計画だ。戦後の農地改革と高度成長政策、とくに95年にコメを自由化して食管法を廃止し、小泉改革の「担い手農家」政策のなかで、こうした事態になった。先進国では食料自給率も100%をみな守っているし、独立した国なら食料安保の問題は重要な位置付けをしているわけだ。日本の現状は独立国とはとてもいえない。農村部は息子などを都市部の労働力として送り出してきたが、都市部に行った子どもたちもワーキングプアにされ、日本の農民もワーキングプアのような状態だ。
  農業だけでなく産業の崩壊が進んでいる。だいぶ前から技術継承もできないといわれてきたが、今では人材の食いつぶしだ。退職者をアルバイトか何かで引っ張って、かつがつ技術面を補っているような状態。安ければよいで外国人を雇う方向だが、製造業も生産する労働力を育成しないわけだから先がない。
  造船界では精密なクランクシャフトをつくるところが少なくなって困っている。大手では神戸製鋼だけで、中小でも2、3社くらいという。部品が作れないからエンジンが据えられず、完成までに期間がかかる。「技術立国日本といわれてきたが、この様はなんだ!」と語られている。
  後期高齢者の医療保険カードのペラペラ具合が、年寄りの命を軽んじていると話題になっている。高齢者からの税金巻き上げがすごい。医療保険も介護保険も新規負担だ。74歳までが現役並の負担。75歳を過ぎたら1割負担だが、厚生労働省などは露骨に「いずれ死ぬのだから」医療制限するといっている。全額保険料を自己負担していかないといけない。夫婦などは奥さんを被扶養者にして負担がないようにしているわけだが、今後は被扶養者も保険料負担がかかる。医療給付は“丸め”というやり方で、「この病気はこれぐらいしか給付しません」となる。定額を超える部分は医療機関もカネが国から出ないから、治療できなくなる。医者にもかかれない世の中だ。
  その医者がいない。救急などは危機的状況だ。97年からの10年間で、10%以上の医師人員が減少したのが産科と外科。小児科も、大幅に減っている。WHOが発表した2006年データでは、10万人の人口にたいする医師数が、日本は世界でも63番目で、後進国もいいところだ。OECDの調査でも人口2000人にたいする医師数が2・0人だ。農村部などは医療過疎で診療所すらなくなっているが都市部も同じだ。

 子供産めぬ労働者 生存費にも満たぬ賃金・限界を超す搾取
  少子化と騒いできたし、産婦人科も少なくなってはいるが、問題は労働者が子どもをつくれないことだ。賃金が生存費に満たない。賃金は、次の世代を繁殖する、次世代の労働者を育て上げる費用まで含まれないと、社会は成り立たない。資本主義は崩壊する。社会を維持する限界を超えた強度な搾取が基本の問題だ。
  子どもを育てられないというのは、労働者のなかですごく話題になる。賃金を削り倒されてきて、それに物価も跳ね上がるし、たまらない状態だ。若年の非正規雇用だと10数万円がかつがつで、生活ができない。非正規雇用の割合は、去年1年間の平均が33・5%だった。つまり3人に1人。婦人になると2人に1人以上が非正規雇用だ。行政でも、臨採とかアルバイト雇用が増えていて、非正規雇用の人人は時給が700台とかだ。行政機関そのものが市場原理の低賃金政策をバンバンやっている。
  工業などもみな海外に逃げて、国内から製造業が存在しなくなる事態ではないか。毒餃子事件が大騒ぎになったけれど、要するに日本の農業をぶっつぶして、外国から「買えばいいじゃないか」だ。日本の企業が外国に進出し、逆輸入している。国の基本である製造業を中心とする生産を破壊していくことと、農業、漁業を破壊して限界集落をつくっていくことは共通の根をもっている。そして外資が日本の経済主権すら侵して、この国はどこの国かわからなくなっている。
  景気回復といいながら、それは人民の極度の貧困がもたらしたものだった。景気がよかったのはトヨタを筆頭にした輸出企業、金融資本ばかりだ。これらが海外で儲けていくために、人間の生存条件にもならない低賃金にさせ、日本全体を破壊している。これはまさに売国企業といえるが、それらの企業の株はアメリカを中心とする外資に握られている。日本政府の借金は先進国でもダントツの800兆円。国家予算の10年分にあたる。そして日本のカネが世界1の借金国であるアメリカに吸い上げられている。アメリカと売国企業のために、日本人民全体が搾り取られている関係だ。
  現在、アメリカのサブプライムローン問題で金融破綻をしているが、この基本は過剰生産危機だ。競争競争で生産力は急速に伸びたが、そのためにあまりにも世界の労働者や人民を搾り取った結果、消費購買力がなくなり、恐慌になる。資本主義につきものの不治の病だ。第2次大戦の破壊から復興する過程で資本主義の相対的安定期があったが、70年代半ばには世界恐慌が起こった。再生産に投資することの出来ない余剰資金があふれはじめ、それ以後世界のあっちこっちでバブルをつくり、架空の需要をつくってしのいできた。中南米バブルとか、メキシコバブル、東南アジアバブル、日本のバブル、そして最後にアメリカのITバブル、住宅バブルまできて破裂した。世界中で資金が有り余ってだぶついた結果、世界中の人民が飢餓と貧困にあえいでいるというふざけた関係だ。
  サブプライムローンというのは詐欺商法だ。金融工学とかいうテクニックで証券に変え、世界中に売りさばいて世界の金融機関がパンクした。
  明治維新のころとそっくりの状況だ。幕末になると農民が食っていけなくなった。天保一揆が起きた時期、長州藩の借金は銀8万貫あったという。年間予算の22年分。「百姓は生かさぬように殺さぬように」という年貢とりたて政策で、年貢はだいたい四公六民が基本というけれど、なんだかんだと賦課金をかけて六公四民にしたり、軍用金といって八公二民にしたり、ひどい巻き上げをやっていた。だから逃散とか堕胎が広がり、農民人口が減って藩財政はさらに危機になっていった。今の限界集落はそのころよりひどい。体制の崩壊期ということだ。

 私企業化する政府 営利優先で人民の世話もできず
  資本主義の矛盾の性質が鮮明になっている。個別資本の金儲け競争のために生産を破壊するものだ。資本といっても株主資本主義といわれて、産業資本というより金融資本の支配丸出しだ。生産など関係なしに投機でも詐欺でも儲ければよいというものが幅をきかせている。この支配の元では社会は成り立たないところまで来ている。
  経済は略奪的で強権的だ。大型店出店も力任せで弱肉強食をやりまくる。ゼネコンと下請、孫請の関係でも残酷。絞め殺していく。道義やモラル、商業道徳などというものもなくなっている。ホリエモンや村上ファンドだけではない。偽装商品問題もそうだが、世界中で氾濫している。イデオロギー上では、自由・民主・人権を徹底的に上から注入して、人民的なイデオロギーを攻撃している。テレビから新聞まで、総動員態勢だ。
  中学校の教師がいっていたが、生徒のなかで労働べっ視が強まっているという。2年生の3学期に進路学習をやったら、以前に比べて汚れたり、きつい仕事などを露骨に嫌がる傾向だったという。看護師とか保母とかそういう職業も嫌だという。一方で中学校2年生になって、「大リーグに行きたい」とか非現実的なことをいっていたり、逆に夢がないという状況。人のために役立つとか、生産や労働の誇りというものを、子どもに教えていかないといけないと強調していた。
  自由とか人権とかいって、資本の競争論理ばかりがのさばる。生産を担う労働者の論理が抑圧されている。労働者が生産するものは自分が使うためではなく社会の役に立つものだ。それを工場のみんなが協同し団結して生産している。これが社会を発展させている原動力だ。そして工場、機械、製品などを私有物にし、生産労働に寄生しているのが株主、金融機関などの資本だ。この矛盾が極点に来ているということだ。
 こうした社会を破壊するような状況は、アメリカに隷属した独占資本という支配階級が、社会の統治能力がなくなっているということだ。いばっているが、人民の世話をすることができない。個別資本の好き勝手をやったのでは、人民を治めることが出来ないから資本全体の利益として個別資本も一定規制するところがあったが、今は政府そのものが、私企業・株式会社のようになっている。
  江島市政を見ていたら典型的だが、行政も株式会社のような感覚だ。「わしの会社を好き勝手にしてなにが悪いか」という調子。だから、個別企業の利益擁護者になっている。イラク戦争にしても、チェイニーの関係する企業が大儲けしたりと、個別企業が政治を食いものにしている。「小さな政府」といってきたが、まさに無政府状態というわけだ。

 斬新な勢力結集へ 騙す力を失う親米潮流・独立要求を軸に
  広範な人民大衆のところでは、さまざまな問題について小手先でどうにもならず、この社会の根本的な変革というのが、うっ積した世論になっている。非常に革命的になっている。そして「どうして日本人はおとなしいのだろうか」とか、「かつての安保斗争のようなものがどうして起きないのか」などと語られている。ここが政治勢力の問題だ。
  政府や資本家にお願いをしてもよくなるわけがないし、たたかわなければ生活できないという世論は非常に強くなっている。
  大衆世論はかなり政治的だ。日米同盟が最大問題になっているし、これに対し共同斗争を求める志向が強まっている。下関の市民運動を見ても、ゴミ袋値下げの運動、あるかぽーと埋め立てのショッピングセンター誘致問題、老人休養ホーム満珠荘再開要求の運動、川中中の教科教室問題、角島の保育所廃止問題など、あらゆる運動が一緒になってやろうとなっている。共通の敵に対する共同のたたかいという意識が当然のようになっている。そしてこれが、米軍再編問題つまり米軍を根幹とするアメリカの日本侵略支配問題、日米同盟、「安保」問題が、さまざまな経済要求、政治要求、教育や福祉要求などの根源にある問題として、怒りが結びついていく。「国の有り様の問題」と語られているし平和や繁栄、民主主義などの要求の中心に、対米従属からの独立の問題があるし、全国的な共同斗争が切望されている。
  独立要求がここまで大衆的に高まったことは、戦後かつてない状況だと思う。「アメリカに従属したこのままの日本でいいのか」という要求が、大きな流れになっている。
  敗戦後、アメリカ占領に対する斗争は発展した。50〇年8・6斗争から60「安保」斗争にいたる過程で、対米従属に反対して独立を要求する運動が発展した。しかし高度成長に入っていく過程で、労働者の政治斗争が弾圧されて、アメリカの支配を容認した上で経済的な要求にとどめる改良主義の労働運動がはびこっていった。このなれの果てが今の多くの政治勢力だ。改良の余地がないほど資本主義が危機になったら、資本主義を守るために資本家以上に心配するというものだ。しかし、大衆のところでは全然違う世論が動いている。峠三吉の原爆展が広がったが、第2次大戦の性質や原爆投下の目的、第2次大戦における欺瞞などが、これほど大衆的な論議になることはかつてない。
  「敵は誰か、友は誰か」という問題が鮮明になっている。戦後アメリカにやられてきたし、それにくっついている売国奴がいけないのだとなっている。「日共」修正主義集団や社民勢力も結局のところ革新の顔をしていてアメリカ崇拝だったという姿が非常にはっきりしてきている。アメリカの民主主義は進歩だと信じている。広島では、「禁」「協」といって早くから嫌われているが、全国的に人民からは嫌悪感を持たれている。
  下関、上関、広島、長崎、岩国、沖縄であれ、連中は大衆的な斗争の妨害者になってあらわれている。これは確信犯的な親米潮流だ。戦後これらがアメリカ美化の潮流としてやってきて、人民の運動を欺瞞し分裂させることで敵に買われてきた。この修正主義も今や人を騙す力がなくなっている。口ではいいことをいうが実際行動は全然別で、アメリカという敵に幻想を持って、人民大衆を蔑視し敵視する、もっぱら自分の利益のため他人を攻撃するという正体だ。人民の運動を強いものにしようと思えば、こういうものを暴露せざるをえない。
  こうしたなかで、大衆を導いていく斬新な政治勢力の登場が求められている。それは、とことん大衆の根本的利益を代表して、その先頭に立って敵と非妥協的にたたかい抜く。そういう純粋な立場の政治勢力だ。多くの勢力は、それぞれが大衆を蔑視し遊離した小集団の自己主張ばかりやっているセクト主義だ。党利党略私利私欲だ。下関市民の会や原爆被害者の会を見ると、私心を捨ててみんなのためにという思想が一致しているところが生命力を持っていることを証明している。
  情勢は歴史的な人民側からの攻勢局面だと思う。それにふさわしい力を結集しなければならないということだ。

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