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“農漁業切り捨てる1市4町合併”
豊田町や豊北町で住民投票の動きも
                 食糧自給のためにも反対      2004年3月11日付

 国、県から押しつけた市町村合併にたいして、農漁業にたずさわる豊浦郡の住民から、「日本の食糧自給のためにも、合併に賛成するわけにはいかない」と声が上がっている。豊田町では合併の賛否を問う、住民投票条例が議会に出され、豊北町でも同様の動きが出ている。郡部では合併が農漁業破壊のうえに切り捨てるものとして、強い懸念が広がりはじめている。住民のあいだでは、国の押しつけをはね返して、食糧自給を支えるために中山間地を守ろうとの意気ごみも高い。

  農協合併でも切り捨て経験
 豊田町で農業を営む60代男性は、「50年まえに4町合併で、殿居や豊田下がさびれてしまったことを思い出さないといけない。豊田町や豊北町ははしっこで、農業も衰退していくし、地域がさびれていく」と訴える。94年に合併した農協がいい例だった。殿居地区には1支所、2営業所があったが、合併と同時に1支所だけになり、今年の5月中旬にはそれも廃止されて、豊田中に統合される。豊田町に9つあった支所、営業所は、わずか2つにまで統廃合された。
 「農協が横文字のJAにかわってからというもの、共済保険と金融だけのようになった。営農部などは縮小して、農民の足もとを離れて役にたたなくなった。ふえたのは渉外要員だけで、豊関農協の本所だけが金を吸いあげていく。わたしも窓口で年金をもらうだけ」とのべる。「市町村合併でもコスト削減がいわれている。大型化すれば、農村は切り捨てられていく」と訴える。
 稲作農家の50代婦人は、「牛ふんの野積みが、環境に悪いと法律で禁止されたおかげで、乳牛飼育をやめざるをえなくなった」とつぎのように語る。戦後すぐ親の代から、乳牛を飼いはじめて、多いときで16頭いた。ところが5年まえに日ごろは寄りつかない町、県、畜産保健が来て、「牛ふんの野積みは、土壌汚染や水質汚濁で環境に悪い。法律で禁止されることになった」と、いい渡された。
 昔からしてきて苦情がきたこともないし、田んぼの肥やしにしてきた。かといって小規模の酪農では、牛ふんの保管施設をつくるだけの資金もないから、家族で相談してやめた。「いろいろな規制ができて、小さな農家がやっていけないようになっている」と、市町村合併とあわせて、農家つぶしがおこなわれていることに憤りをのべる。
 獣医の60代男性は、全国で猛威をふるっている鳥インフルエンザやO157は、市町村合併でさびれていく農漁村や自給率低下と、共通のものがあるとつぎのようにのべた。

 地方しか守れない食糧生産
 浅田農産で百数十万羽の鶏卵流通が止まったことで、消費者だけでなく羽毛業者、エサ、運送業にいたるまで、ストップして先行きが危ぶまれている。浅田農産は農水省のすすめている大規模化に従い、コスト削減だけを追求してきた。中小の養鶏場をつぶして、招いたのがこの結果だ。企業に大きな広い土地を与えて、もうけのためだけに食糧生産をおこなおうとしているが、アメリカのまねでは日本の実際にはあわない。
 油谷町の棚田を見たらわかるが、日本は中山間地に田畑が多い。わたしたちは戦中戦後の食糧難を知っている世代だが、祖父母が必死で耕して、田畑を守ってきたことを知っている。なによりも先人たちはここで、数千年と暮らしてきたのだ。広い土地と大規模でなければいけない、などということは、農水省や国が勝手にいっているだけだ。
 グローバル化したおかげで、鳥インフルエンザもO157もあっという間に世界へ広がった。いま騒がれているBSE牛の肉エキスは、このまえまでインスタントラーメンや化粧品にも入っていたもの。感染拡大を食い止めるには、ものすごい労力を必要とする。しかしアメリカ経由かフランス経由か判断できないうちに、日本社会に入りこんでしまってわからなくなっている。
 吉野家の牛丼で、だれが最後の一杯を食べるかで騒いでいるような、ふざけたメディアや政府には頼れない。食糧のことは地方でしか守られない。農水省の考えと同じで、市町村合併も大都市や大企業のためにしている。大企業はビジネスとして食糧をあつかうことはあっても、もうからなければ平気で切り捨てる。国は期限をつけて、上から押しつけの市町村合併をしているが、あわてて合併する必要はまったくない。
 豊田町の林業関係者は、「安いアメリカ産マツやカナダ産などが入ってきて、国内の林業はつぶされて、製材所も3分の1ほどにへってしまった。市町村合併のまえに、農林業を若者がつげないような日本にしてしまったことが、過疎化の本質だ。合併の論議も、いまやられている道や箱物をどこにつくるかは、ほとんど関係ない。若者が働けるような、生産に見合った農産物の価格を保証するべきだし、合併で飲みこまれるのではなく、自分たちで切り開かなければならない」と、力をこめて語った。

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