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農業のない国にしてよいか
国民は飢餓、治山治水崩壊
               米国に胃袋握らすな     2009年8月21日付

 今回の衆議院選挙の重大な争点として農業問題がある。戦後64年におよぶアメリカ追随、工業優先の自民党農政の結果、日本農業は壊滅の危機にさしかかっている。農業は国のもとである。日本は瑞穂の国といわれてきたが、水田による水稲生産を中心とした農業が日本民族の風俗、習慣、文化、社会規範などの基礎となって歴史的に継承されてきた。日本を農業のない国にする自民党政治は、ただ農業者だけの問題ではなく、国民を飢餓や餓死に直面させ、農民が担ってきた治山治水の機能も喪失させる。また日本民族の文化や歴史も断絶させるものであり、アメリカに身も心も売り渡した売国政治の象徴である。
 戦後64年の農政は、アメリカによる農地改革が出発点である。戦前の「地主制度からの農民の解放」という装いで、地主から安い値段で一町歩弱程度の面積の農地を買い取らせて自作農とした。このため、日本の農家の圧倒的多数は零細な農家である。アメリカがやった「農地改革」は、「地主から解放する」といってだまして、農民をアメリカと日本の独占資本の直接の収奪下に置くことに狙いがあった。
 それを具体化したのが1961年に制定した「農業基本法」である。そこには、日本伝来の水稲を中心にし、裏作に麦をつくり、ミカンなどの果樹を植え、鶏や牛、豚などの家畜を飼う、という多角的・複合的な農業経営をやめて、「選択的規模拡大」と称して、ミカンや酪農・畜産など単作での規模拡大を奨励した。全国の農家に金を貸し付け、ミカンを奨励し、酪農・畜産の大規模化を奨励した。
 他方で独占資本は農村を工業製品の市場とし、たい肥にかわって高い化学肥料や農薬を普及し、牛・馬にかえて、耕耘機や田植機、コンバイン、トラクターなど何百万、何千万円もする農業機械を売りつけた。肉牛の飼料も自前のものから米国産トウモロコシをはじめ輸入飼料に切り替わった。農家が生産する農産物は安く買いたたき、独占資本が生産する工業製品は高く売りつけ、農家をしぼれるだけしぼる仕組みのもとで、農家は朝早くから夜遅くまで身を粉にして働いても働いても、農業では生活できない社会となった。
 そしてミカンの木も大きくなり出荷時期を迎え、借金を償還する時期を迎える10年後の72年にアメリカ産グレープフルーツの輸入自由化、90年にはオレンジの輸入自由化を強行し、ミカン価格は暴落した。酪農・畜産も同様に90年には米国産牛肉の輸入自由化で価格暴落の打撃を受ける。借金の返済に行き詰まって、全国でミカン農家や養豚・酪農農家の自殺や夜逃げが続出した。さらに借金のかたに農地を取りあげられ、離農する農家も多数出てきた。
 それは、農業では生活できない農業者を高度経済成長を支える低賃金の労働力としてかり出す政策でもあった。農村地帯の中学校卒業者は「金の卵」とか「月の石」とか呼ばれ、集団就職でトヨタの工場をはじめ全国の独占企業の工場に送りこまれた。トヨタなど独占企業の驚異的な高度経済成長は、農村から流出した労働力が支えたものであり、工業優先の政治で農業を犠牲にして独占企業を肥え太らせてきたのである。
 戦後自民党政府が鳴り物入りで奨励したミカンや酪農・畜産は今や見る影もない。アメリカからのオレンジや牛肉輸入自由化のために、自民党政府は補助金を出してミカンの減反や生産調整、牛の頭数制限を強行した。アメリカ産農産物の輸入拡大の受け皿づくりのために日本の農業を意図的・計画的に破壊し尽くしてきたのである。
 アメリカの戦後の日本支配のうえで、食料戦略は重要な位置を占めている。まず、敗戦直後の食料難の時期に余剰小麦や豚のエサにしていた脱脂粉乳を学校給食に持ちこみ、パンとミルクの給食を開始した。これは幼年期の嗜好が大人になっても影響を与えるという戦略にもとづいたものであり、同時に「コメを食べたらバカになる」「コメを食べたら肥る」などの大宣伝をおこない、キッチンカーなども走らせてパン食の普及を徹底させた。日本型のコメを中心とした食生活を欧米型に変えさせ、同時に自民党政府は「コメが余って国家財政をひっ迫させる」と宣伝を強め、70年から減反政策を開始する。アメリカは占領当初より、日本農業の根幹をなす稲作の壊滅的破壊を虎視眈眈と狙い、実行してきたのである。
 減反政策によりコメの生産を破壊し続けた結果、93年冷夏によるコメの不作でコメが不足し、「韓国」からコメを緊急輸入した。これを好機としたアメリカはガットのウルグアイラウンドで日本政府に対するコメの輸入自由化圧力を強め、九四年に輸入自由化を強行した。自動車などの輸出拡大のために農産物の輸入拡大を要求してきたトヨタなどの独占企業も、「日本のコメは高すぎる」「安いコメを輸入すれば、労働者の賃金も安くてすむ」とアメリカのコメ輸入自由化圧力を歓迎する宣伝を強めた。

 小泉改革で破壊に拍車 「戦後農政転換」叫び

 アメリカは95年にガットを世界貿易機関(WTO)に発展させて「貿易自由化」「グローバル化」「市場原理主義」をかかげ「農産物の関税撤廃」「農業保護政策の撤廃」圧力に拍車をかけた。アメリカはWTO加盟国に対して、各国の国内政策よりもWTO協定を上におくことを強要しており、自民党政府は「WTOの決定」をかかげて農家の要求をはねつけてきた。アメリカの要求を無条件に受け入れた小泉政府は「戦後農政の大転換」と称して、コメ政策改革をうち出し、300万戸の農家を40万に減らすと言明した。
 コメの輸入自由化以来、米価は1俵=60`で約1万円と半値に下がり、減反面積は約4割に拡大し、減反奨励金など農家への補助金はうち切られた。他方で、ミニマムアクセス(最低限輸入機会)米と呼ばれる輸入米は年間77万d(日本国民の年間消費量の約1割)入ってくる。その半分はアメリカ産米である。さらにアメリカはWTO農業交渉や日米FTA交渉で、コメをはじめ農産物の関税撤廃を要求してきている。そのあげくには食料自給率は10%台に落ちると予測されている。これではもはや独立国とはいえず、アメリカに胃袋を牛耳られた植民地である。
 アメリカからコメをはじめとする農産物を輸入するために、また、独占企業の工業製品輸出拡大のために国内の農業を壊滅的に破壊する自民党農政のもとで、農村の荒廃、農地の荒廃は急激に進み、高齢化、後継者不足、担い手不足、さらには過疎化の促進、限界集落の増加、耕作放棄地の増加などが社会的な問題になってきている。また近年、農協・漁業合併、市町村合併や郵政民営化で、農協の支所も役場も郵便局もない。学校や保育園も統廃合でなくなる。病院も店もなく、バスも来ない、人が住もうにも住めないという地域が広がっている。
 農業の破壊は、農業者だけの問題ではなく、日本を食料自給率40%という飢餓・餓死社会にすることに直結している。昨年の世界的な穀物不足、穀物高騰のなかで世界各国で食料暴動が発生した。中国やインド、ベトナムなど穀物輸出国が輸出を禁止する動きも出ており、「食料を金で買える時代は終わった」といわれている。しかも安倍元総理は「集団的自衛権の行使」などを公然と叫び「戦争のできる国づくり」をめざしているが、食料もなしに戦争をやるという無謀な道に国民をひきずりこもうとしている。

 自然災害も防げぬ事態 山や水田が荒れ

 また、最近の集中豪雨災害でも明らかになったが、治山治水の担い手は農林業者であり、目に見えない山林の整備やため池や用水路の管理が自然災害を防いできていた。ところが、農林業が破壊され治山治水の担い手がいなくなったことで、山が荒れ、水田や用水路が荒れて保水力が弱まり、山崩れや大洪水など大規模な自然災害に見舞われている。農業は自然との共生によって成り立つ産業であり、農業者は先祖伝来の知識を継承し、自然界の法則を知悉し、農業生産をおこなってきた。
 農業の破壊は、自然界に対する歴史的に蓄積された知恵を破壊することでもある。最近のあいつぐ自然災害は、目先の私企業の利益のために農林業を食い物にしてきた、自然界に対する傲慢さがしっぺ返しを受けているといえる。農業の破壊は国土の崩壊にもつながっている。
 また水田による稲作生産は、日本の祭りや風俗・習慣、文化の基礎となっている。水田によるコメづくりは日本の気候風土に合致した生産方式であり、日本民族の土台となっている。
 食料をアメリカからの輸入に依存し、農業のない国にするという自民党政府の政治は、食料はなく国民は飢え、治山治水は放置し、国土は崩壊し、日本の文化や歴史も捨て去るという、国の統治者としての能力をまったくなくした姿である。ちなみに安倍元総理のお膝元の山口県の食料自給率は約30%で、全国平均の40%を大きく下回っており、農業破壊はどこよりも進んでいる。

 

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