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オール与党密室議会に風穴
下関市議選総括座談会
              市民の目にさらされる議会     2011年2月2日付

 1月30日に投開票された下関市議会議員選挙は、「略奪政治を規制し、雇用確保、産業振興を中心に下関を立て直す」「市民運動を強めて市政を変えよう!」と訴えてきた長周新聞社勤務員で下関市民の会の本池妙子氏が当選し、安倍・林代理の中尾市政とそのオール与党議会に風穴を開ける結果となった。2年前の市長選で江島前市長が退場したのち、引き続き聞く耳のない公約破棄の暴走と下関の食い潰しを進めてきた中尾市政、その飼い猫となって傲慢な議員生活をしてきた者に痛烈な審判がくだり、七人の現職が落選した。この選挙の特徴と評価、結果への総括と今後の課題について、記者座談会を持って語り合った。
  選挙結果をうけて反響の特徴点はどうだろうか。
 B 今回の選挙では長周新聞勤務員である本池妙子が市民の会から立候補して当選した。翌日に新聞を配達する先先で「(選挙結果は)どうだった?」「おめでとう」「よかった」とみんなが喜んでくれた。後援会に入っていない人でもそうだった。「当選後にどのような活動をしていくかに意味がある。四年間しっかりがんばれ」といった声が多かった。
  不動産業者の男性は「名前と顔だけのポスターを見ただけでも、選挙に行こうと思う人が激減したと思う。せめて議会への望みとして本池に票を入れた。3000票くらいあると思っていたが、当選に意義がある。しっかりがんばってほしい」と期待していた。工務店の夫婦は「風穴を開けてヒューヒュー風を送りこんでくれ」とすごい笑顔で喜んでいた。自分たちが応援して下関を変えていく、こういう議員が一人でも当選したのが最大の成果だと各所で話題になった。別の企業では社長が選挙結果を刷り出して眺めていた。市議会が中尾市政になってさらにオール与党化して市民から遊離していること、「中尾市長と関谷議長コンビでは下関はどうにもならない…」と思いを語っていた。
 D ある自治会関係者は、選挙では公明党が四人ほど入れ替わり立ち替わり自宅に訪問してきたり、電話してきたと驚いていた。宗教団体が戸別訪問の市民物色に躍起になっていた。中小企業の夫人は、「組織票でガチガチの議会のなかで、組織も何もない本池さんをみんなで押し出した意義は大きい。いまからが大切だから、議会のなかのこともしっかり市民に知らせて欲しい」と語っていた。
 E 市役所でも喜んでいる職員が多かった。新聞を配達していると「通ったじゃないか!」と方方で声をかけられた。「兵頭の件もあるなかで、ここまで支持を得られたのは大きい」「なかなか確定が出ないからハラハラしただろ」と笑顔で話しかけてきた。ある市退職者は、軽自動車で走り回っている本池陣営の選挙カーを「がんばってるな」と思いながら見ていたという。「組織票のない市民派が当選するのはすごいことなんだ。4年間がんばってほしい」といわれた。
 F 開票所の確定が出るのに夜中の2時までかかったので、商業新聞にも途中経過しか掲載されず、翌日の昼過ぎまで結果を知らない人も多かった。長府に住んでいる老婦人は、翌朝買い物に行くために個人タクシーを利用したときに、運転手から「本池さん、当選したよ」と聞いて喜んだという。別の商店の婦人は、「深夜まで起きて開票結果を待っていたけど出ないので眠ってしまった。主人が3時くらいに起きて確認すると当選していたので叩き起こされて2人で万歳した。この票をしっかり基盤にして四年間がんばって」と語っていた。自分たちの票が生きたという喜びだった。「議会活動を全面的に応援したいから、何かあるときは声をかけてほしい」「長周の議員として乗り込んだら、議会は間違いなく緊張が走るぞ」とうれしそうに語る人も多かった。
  自治会関係者の一人は「いまからが土台作りだ。新春の集いに参加して、この選挙がほんとうに手作りだと感じていた。思ったより少なかったが、まずは出発点に立った。長周新聞から出した議員だし、兵頭のようには絶対にならないと信頼している」と言われた。市職員の男性は「兵頭は当選直後だけやる気に見えたが、以後はまったく期待外れだった。市民運動の代表ならその立場で最後まで貫いてほしい」と期待を寄せていた。別の職員たちも「現職を7人も落選させて入ったのだからすごいことだ」「安倍・林のガチガチの支配のなかで議会に入ってくるのは大変なことだ」と話していた。
  満珠荘利用者の会の人人も相当に選挙を取り組んでいた。精力的に友人・知人に支援を訴えて、選挙後はさっそく報告方方、お礼で走り回っていた。「必ず満珠荘を元の福祉施設として再開させる。当選したのだからいまからだ」と意気込んでいた。

 市民運動の基盤が拡大 圧倒した世論と支持

  とりくんでくれた人はもちろんだが、そうでない人もみんなが喜んでいる。それは万という以上だ。他陣営の幹部をしていた人が、本池陣営にお祝いのお酒を持ってきてくれたりしている。この間、略奪政治を規制して産業保護、雇用確保、地域経済の活性化をはかること、市民運動によって市政を変える、裏方の働く人人の政治参加を強めるために出るんだ、と訴えてきて大世論になった。投票は2276票だが、市民の世論、運動として本池支持は圧倒した。市民運動の基盤が本池選挙を通じてうんと大きくなったことが最大の成果だ。なによりも、はじめて長周新聞の勤務員が議会に入り、オール与党密室議会に風穴を開けた。議員たちはこれまでのように安気にはできない。議会の質が変わる。
 A 選挙戦ではもっと多くの票が入ると見た人が多かった。本池支持世論としてはひじょうに広がっていた。それがそのまま投票行動にならないし、逆にもなるというのが「選挙の恐ろしさ」の教訓だ。告示後「前田と本池は当選だ」と安倍派あたりから一斉に出てきた。「安泰票」扱いの切り崩しだ。「うちは厳しい。本池は大丈夫だから回してくれ」の攻勢があった。市民はそれぞれ生活がかかっており、投票行動はひじょうに鋭いたたかいをともなう。こちらが協力者を回った家に翌日公明党が回ったとかあった。敵がおり、こっちの動きもマークされている。本池選挙は、組織票がなく、市民一人一人を結びつけて勝負するというものだ。これを市民の会としての組織を広く、強いものにしていかなければならないという教訓だ。
  「兵頭のときより減った」というニュアンスもある。市民の会を支えてきた頴原俊一氏が亡くなったし、小倉哲郎氏も亡くなっている。そして今度の選挙は兵頭継承ではなかった。兵頭本人とその人脈は本池選挙には参加していない。本池陣営からも断った。個別利害ではなく30万市民の共通利益を守るという立場を純化して、直接市民に訴えてたたかった選挙だった。兵頭の裏切りは選挙のハンディだった。前回一生懸命にとりくんだ人たちにとっては、兵頭に裏切られて、すすめた友人・知人たちへの責任となって、とりくめないというのがかなり出た。
  市民の会がこの4年間で純化した。それが選挙の勝利になった。兵頭は古い江島与党体質の人脈の上に乗っかっていた。それで市民運動を利用したというのが実際だった。その潮流は中尾与党を志向して、満珠荘再開署名運動など市民運動と対立していった。市民の会では昨年春に、その問題に決着をつけ、裏方として支えてきたメンバーが主導する市民の会として生まれ変わった。市民の会自体が裏方の働く者、とくに婦人が主人公の会になった。この質が今度の選挙における市民の支持となった。この価値はすごいと思う。いまからやっていける基盤だ。
 C 「本池が候補」となったが、それ自体が議員イメージを覆すものだった。「議員はやり手」という常識があった。本池に議員はできない」「当選するわけがない」というものだ。しかし「本池がやる」となると、多くの人が、まず驚いてすぐに喜ぶという反応だった。価値観の違いだ。そして後援会活動を取り組むなかで、本人の決意を知り、政策内容を知り、本人自身を見聞きするなかで、一目も二目も置かれる存在になっていった。演説もやりはじめて、「これはやれるぞ!」という世論と支持が広がっていった。世論としては圧倒した。
 
 支持されぬ新議会 半数が投票棄権

  選挙全体は投票率が10Q近くも下がるという異常なものだった。51%の市議会議員選挙というのは下関では旧市時代でも例がない。旧市内は前回選挙の投票率が58・02%だったのが49・04%へと九落ち込んだ。菊川町は、74・45%だったのが63・84%へと10・6Q減、豊田町は78・79%だったのが68・15%と10・6Q減、豊浦町は74・2%だったのが63・98%と10・2Q減、豊北町は80%だったのが67・1%と12・9Q減になった。
 A 有権者の半分が棄権した。市民に相手にされなかった新議会になったということだ。御用新聞は「争点がない」「市民の低い関心」などといっているが、市民の方からは「入れるものがいない選挙」であり、下関をどうするのか、市民の要求をどう代表するのか市民に訴える内容が全くなく、自分が議員になりたいという欲望だけ。「就職活動だ」は市民の評価となった。はじめから市民から遊離した「宇宙遊泳型議会」だ。
 本人の力はないが組織票の配分で議員になる。それは安倍、林代理議会の権力の力を見せつけているが、市民の支持を得て市民を動かす力のないお粗末議会ということだ。安倍、林代議士に支持されるが市民の支持を得る能力を失った議会というのは、安倍、林代議士の衰退、凋落を意味する。
 B 今度の選挙は、はじめから立候補制限をし、落選者を少なくして、現有体制を維持していくという構図がつくられた。立候補者が直前まで動かず騒がず、パッと選挙をすませていくというものだった。管理選挙だし、組織選挙にした。豊北、豊田、菊川では自民党が一人に制限し、だれが出ても当選するようにした。そして当選した議員の顔ぶれを見たある人物は、「アホが10人はくだらない。人格異常もだいぶいる」と語る。「当選したとたん急に威張りはじめた」「不祥事が相次ぐようなみっともない議員が出て下関の恥をさらすのではないか」と心配する市民は多い。新議会は市民の目があることを自覚しなければ大変なことになりそうだ。
  組織票の管理選挙で管理議員というか任命議員ができあがる。安倍派、林派、公明や連合、「日共」議員団に至るまでみなそうだ。「日共」集団といっても福祉予算で飼われ、中尾与党として監査ポストまでもらって、ドブ板利権で管理された面面だ。その組織選挙のなかで市民一人一人の票を組織して市民運動代表の議員が誕生した意義は大きい。この期待は大きい。
 F 低投票率だが、前回選挙から得票を大幅に減らした現職が続出した。そして10人落選したうちの7人が現職だった。議会ボスへの批判票が特徴となった。威張りくさっていた副議長経験者が低調で批判をまともに食らった。林派の門出氏はあえなく落選の涙を流す結果。満珠荘署名への「指さし議員」写真の安倍派・福田氏は下から3番目で首をつないだ。林真一郎は中尾市長が「つぎの市長候補」と持ち上げたらしいが2500票程度で800票近く減らした。関谷議長の選挙も議長の権力総動員にもかかわらず、業者中心で地元の反発は大きかった。
 C そっくり返ってきた面面が恥をかいた。門出氏は地区民の票はいらないという態度だといわれていたが、その信念を選挙でも貫いてひっくり返ってしまった。同じ安岡地区の安倍派・福田氏は満珠荘の指差し事件もあって一躍有名人になったが、そのおかげで消費税反対とかTPP反対とかの国政問題を熱心に演説しはじめ、「反省モード」に入ったせいか門出と命運を分けた。
 E 「日共」集団が大惨敗した。国政レベルで見てもオバマ万歳とか中国、北朝鮮攻撃の排外主義をやっているが、満珠荘問題で市民運動の分断をはかったり、民間委託の誘導者になったりイカサマばかりやって暴露されてきた。中尾与党になって、選挙でも「国保1万円値下げ」のエサで有権者を釣ろうとする。しかし言うばかりで、結局は「保守会派多数によって実現できませんでした」「わたしたちを多数にしない市民がバカだ」という繰り返しだ。そして内実は、福祉予算で飼われて議席を温めている。市民に見透かされた。
  内紛暴露だ。定数削減なのに5人がごり押しで出た。「我が党」というが「我が我が党」の欲得党だ。結局2人減らした。近藤栄次郎が最下位だ。一番年寄りの近藤氏が引かずに執着した結果だ。
  自称「市民派」の中尾与党・田辺、松村といった面面も得票を減らした。異儀田は建設委員長ポストをフル活用し、中尾市長まで応援弁士で駆けつけて「過去最高の後援会員数」を誇っていたのに、前回から100票程度上乗せしただけだった。
 D 当選後、議員になった連中の態度が一変したと市民が方方で語っている。幡生地域のある人は地元候補が開票の翌日から見向きもしなくなったと語っていた。「こんなに人間が変わるものなのか」と唖然としていた。
 A 新議会は市民不在の安倍、林代理の暴走体制の色彩が強いものとなった。江島市政で強行してきた新自由主義のモデル市政となってきたが、この新自由主義が破産したあとオバマ政府、そして菅政府はさらにTPP、消費税増税、地方切り捨ての超新自由主義で拍車をかけようとしている。中尾市政は、仕事がなく、雇用がなく下関がつぶれようかというときに、相変わらずハコモノの巨大利権事業のオンパレードで、市民生活切り捨てに拍車をかけている。中尾市政・暴走議会と市民の対立はきわめて鋭いものになる。
  農林業、水産業、造船、鉄工など産業の保護と雇用確保の要求は深刻だ。社会福祉にしろ医療にしろ市民要求は切実だ。これを「儲かるか儲からないか」「効率一辺倒」「自由競争、自己責任」などというアホな基準で突っ走られたら下関はつぶれる。

 「進撃開始」と市民熱気 運動強め市政変革へ

  新議会だが、風穴から風をビュービュー吹き込むことだ。本池という市民運動代表、そして長周新聞の勤務員が議会に出たことでの、市民の期待は非常に大きい。「勝利集会をやろう」の意見が出ている。この選挙で広がった本池とその政策を支持し共感した市民の力を、後援会活動を継続して、市民の会の会員として結びつけていくことが重要だ。市民運動の力が議員活動を支え、議員活動を役立てていく基盤になる。この選挙で、市民運動の基盤が広がったのが最大の成果だ。「本池議員を使ってさぁやるぞ」の進撃開始だ。
  「市民運動を強めて市政を変えるんだ」と訴えてきたが、その有力な武器を得た。下積みの人人、労働者とくに働く婦人からの支持が強いものとしてあらわれた。敵陣営は会社側からの組織選挙であるが、そこで働いているのは労働者だ。働く市民の力を結集して力のある市民運動をもっと強力なものにしていくことが第一だ。それと結びつき、市民運動を強めて市政を変える強力な力をつくっていかなければならない。
  市民運動の代表が議会に入ったことで、市政の内幕を市民が知るようになることは議会の様相を変えることになる。一日には当選証書の授与式があったが、そこに集まった当選議員で、香川議員が威張っていたとか、田辺議員がものもいわなかったとか、誰それはクシュンとしていたとか、福田議員がにこやかに挨拶してきたとか、それだけでも市民にとっては関心だ。長周新聞に書く内容も議員の目を通してずいぶん深みを持ったものになるだろう。市民にとっては関心大であり、議員にとっては緊張してもらうことになる。
  選挙を通じて、本池議員は見かけは優しいが、その意志はかなり強いというのが評価になってきた。選挙を通じて動揺がなかった。選挙戦で「小月決戦」というのがあった。駅前で本池が演説していたら、そこに関谷選挙カー3台が押し掛けてきて取り囲み、大音量で妨害し脅すというみっともない事件があった。本池は演説を中断し、関谷が揚揚として車を降りて静かになった後、演説を再開した。「傲慢な中尾市長と市議会に市民の力を見せつける選挙にしましょう」とやった。そこに女子高校生たちが駆け寄って「関谷に負けるな!」と激励した。関谷は器の小さい小物議長の姿を市民の前にさらした。関谷の負けだった。市民のなかで負けたのだ。関谷が負けではないというのなら何度も繰り返したらよい。
  本池議員は、執行部が出すすべてのことに対応する必要はない。そんなことをしていたら議会から世間を見るようになる。議会になじんだらダメになる。知らないことは保留すればよい。大事なことは他の議員の真似をするのではなく、市民の立場を議会で貫くことだ。市民各層のなかにどんどん入って、市民の実情と要求を学び、そして市政の仕組みを勉強して実現していくという独自の立場を貫くことだ。公約はそのようにしてできている。そして市民運動を強め、市政を変えていくことに役立つ他の議員とは全然違った独自の風格を持った議員活動をやる。そういう議員活動をすれば、ただの新人ではない力を発揮することになる。市民が楽しみにしているところだ。下関市政はおもしろくなった。

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