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原爆展全国キャラバン隊
大阪・京橋でも街頭展示
                 「大阪の空襲も同じ」と衝撃    2004年2月14日付

 原爆展全国キャラバン隊は12日、大阪市の中心にあるJR京橋駅と京阪電車京橋駅を結ぶ連絡通路で街頭原爆展をおこなった。
 パネルを並べはじめるとすぐ、70代の地元の婦人が「この駅にもたくさんの爆弾が落とされて、いっぺんに500人が亡くなった。川が湯のようになっているところへ、熱さに耐えかねた人たちがドボンドボンと飛びこんで死んでいった。あの恐ろしさは忘れない。アメリカは田んぼに1人でも人の姿を見たら機銃掃射で撃ち殺した。わたしの父も43歳で艦載機に撃ち殺されたんですよ」と声をかけた。乗降客や買い物に来た人たちが集まりだし、『原爆と峠三吉の詩』のパネルに吸い寄せられるようにして瞬く間に黒山の人だかりとなった。
 祖母が広島の爆心直下の産業奨励館(原爆ドーム)に勤めていて、たまたま休んでいたので命だけは助かったが、お腹のなかにいた赤ちゃん(母親)もろとも被爆したという被爆3世の若い主婦は「祖母は爆風で倒れた壁が頭にあたりいまも片耳が聞こえない。証人捜しに苦労して10年かけて被爆手帳をようやくとったが、原爆の体験はどうしても語ろうとしなかった。それが最近、やっぱりこれだけは語っておかなければならないといいはじめた。アメリカはほんとうにひどい。イラク戦争でもあまりに一方的だ。このような悲惨な目に子どもたちをあわせたくはありません。ぜひ夫といっしょに読ませてもらう」と原爆詩集を買い求めた。
 じっくりとパネルを見た70代の男性は「アメリカは強盗国家だ!」といきなり声を上げ「このままアメリカについていけば日本はまた侵略戦争をはじめる。国民は見て見ぬふりをしていてはいかん。イラクへ自衛隊を行かせたのは、朝鮮や中国と戦争をやることに国民を慣れさせるための予行演習ではないか。いまなにかしなければいけないと思う」と真剣な表情でカンパを寄せた。
 買い物袋をさげた30代の子ども連れの母親は「日本は2発の原爆を落とされて、戦後はずっとその枠のなかでやってきた。外交はもちろん、政治も経済も教育もみんなアメリカ追随だ。母親として原爆や戦争は他人事ではすまされないとつくづく思う。アメリカは民主主義どころか、建国以来、侵略と略奪が本性ではないのですか。日本はがんじがらめにされているが、この枠組みをなんとかしないとダメだと思う」と、アメリカに謝罪を要求する広島アピールに署名した。
 「昨年はじめて身内が原爆で亡くなったことを知り、詳しく知りたいと広島を訪れたが、原爆資料館にはあまり胸に迫るものがなかった」という53歳の婦人は、パネルをたんねんに見終わったあと、涙で言葉にならない声を押し出し「ショックです。でもこれこそ日本人として、人間として絶対に知らなければならないこと。いままで知らなかったことがほんとうに恥ずかしい。ぜひ多くの人に見てもらいましょう!」と、原爆展運動の協力者になった。
 学校帰りの女子高校生のグループは「アメリカは日本に謝罪するべきだし、日本も朝鮮の人に本気で謝るならアメリカの戦争を応援なんかできないはずです。長周新聞に載っている、イラク派兵反対の署名をやった宮崎の高校生はすごいと思う」と行動に立ち上がる若者たちへの熱烈な共感を口口に語り、「高校生の方が首相より立派」の記事が載った長周新聞を大喜びで持ち帰った。

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