トップページへ戻る

 <論壇> 婦人の社会参加時代に見合う家事の社会化を  2006年12月6日付

 下関における市民運動の発展は近年めざましいものがある。その中心を担っているのは婦人たちである。生活するためには夫婦共働きをしなければやっていけないが、婦人が社会参加を広げることは婦人の社会的な力量を確実に強めさせている。
 1部の金持ちの夫人ならともかく、ほとんどの婦人は共働きである。婦人たちの労働によってこの社会は支えられている。しかし昼、夜働いて、そのうえに家事、育児、介護などは個別家庭の自己責任というのでは、家庭崩壊が増えるのは当然である。それは離婚、心中、家庭犯罪など、増える一方の悲しい事件の根本的な原因となっている。婦人の社会参加という時代になっているのであり、それに照応して家事、育児、老人の介護などを社会的に保障する方向を強めるのが当然のことである。
 昔は夫が1人働いて、家族が生活し次の世代を育てていた。いまでは夫婦が共働きをしてもまともに生活するのが困難な社会状況である。単純に見て、働くものは倍増し、それでも家族がかつがつで生きているだけというのは、大企業や金融機関、大株主などのもうけが倍増したことになる。そのうえに自民党政府は、大企業の法人税など金持ちは大減税をやって貧乏人ばかり大増税しながら、規制改革だといって、保育料や教育費、医療費や介護料などを一方的に切り捨てている。
 そのようなことは、「自由競争社会における個別家庭の自己責任だ」といって切り捨てることが「新しい日本の姿」などというのである。そのような為政者は、働くものはただの奴隷と見なして自分ら大金持ちがますます肥え太ることだけが目的で、その頭の中は封建時代以上にさかのぼったとんでもない時代錯誤の意識であり、どはずれの反動派である。
 ほとんどの婦人が労働に参加することによって、その分この社会は豊かになった。問題はその豊かになった分を、家事、育児、介護などの社会的な保障に回すべきであるのに、大企業や金融機関、株投機屋などが独り占めして肥え太り、その上前をアメリカ政府の赤字の穴埋めや米軍経費などで使っていることである。下関では安倍代理の江島市長の下で、そのような市民の奴隷扱いこそ新型政治だという調子で輪をかけてやっている。大規模箱物の利権事業をやるために、教育予算も保育予算も巻き上げ、介護料、国保料などは高く、ゴミ袋代をはじめさまざまな使用料金も高く、市民生活はさんざんな目にあっている。
 婦人は賃金奴隷の上に家内奴隷というので単純に惨めというものではない。働きに出ることで社会的な力量が格段に強くなっており、婦人の労働がなければこの社会は成り立たないようになっている。
 生産部門の労働、スーパーなどの労働、医療や介護などさまざまな部門の労働を通じて、自分たちと共通した人人の境遇を知り社会的な意識を強めており、団結するならばいかなる権力者にも負けない力を持つに至っている。
 来年の下関市議選は、江島市政によるいかがわしい市外発注などやめて市民に働く場を与え、育児や老人の介護など社会的な保障を切り捨てさせないなど、市民要求を鮮明にして、市民生活を守る婦人の世論と運動を強めることが期待されている。

トップページへ戻る