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 <論壇> 下関に雇用がないのは中尾市長・議会の責任   2011年2月9日付

 働く者に職がない。40〜50代がそうだが、若者、新卒者の就職がない。働けないことは食っていけないことであり、深刻な家庭崩壊となってあらわれている。なぜ職がないか。世界的な企業競争で、コスト削減だといって正規雇用を非正規雇用にし、景気が悪くなったら首を切る。競争にうち勝つためと安い労働力をもとめて海外移転をし、国内は空洞化する。国内で職のない失業者があふれているのに低賃金の外国人労働者を連れてくる。「国際競争力のため」といったら神様のお告げであるかのごとくである。
 世の中は資本主義であり、資本主義は資本天下の競争原理なので、失業も首つりも仕方がない、国民は死んでしまっても仕方がない、で済ますわけにはいかない。日本の金融機関は税制優遇で法人税を払っていないが、大企業は200兆円を超える内部留保をため込みながら、労働者を路頭に迷わせ、法人税の減税をさせ、消費税を上げろと騒いでいる。
 自分の利得しか考えない金融資本とか株主、個別企業経営者などは、働く者が生きていこうが死のうが知ったことではないという態度である。しかしそれでは人人は生きていけず、社会は成り立たない。雇用がないという社会的な問題で、資本の身勝手を規制してその解決のために責任を持っているのは政府・行政であり、議会である。国民の生命と安全を守る重要問題で、国民から税金を取っている政府・行政が機能せずに何の政府かである。
 ところが政府は、小泉・竹中の改革以後、菅政府に至るまで、アメリカのウォール街や個別大企業の金もうけの道具となるのが役割と心得ている。働く者に雇用をつくり、生活できるように責任を果たすなど考えていない。それが市場原理であり自由主義なのだと開き直っている。そのような政府の姿勢は叩き直されなければ改まることはない。
 資本が生き延びるためには労働者は死んでしまってもかまわないという調子だが、労働者がみないなくなったら、いかなる大金融機関もあらゆる大資本も存立できない。海外移転だといっても、国内の労働者がいなくなったら資本は成り立たない。失業の問題は当の失業者の問題であるが、それは就業労働者の問題である。失業の増大が就業労働者の地位を引き下げているだけではなく、就業労働者のほとんどの家庭が失業者を抱えて苦しんでいる。
 雇用の問題は、産業振興の問題と直結している。下関に進出してきた大企業はまことにあてにならない。少し不景気になったら、何千人という労働者を切って捨てる。その地域の雇用を安定的に保障するのは、農林業、水産、造船、鉄工などの地場の産業を保護することと結びつくほかはない。
 下関・中尾市政はこれほど市民の貧困が深刻になっているなかで、雇用対策は口先ばかりで実行するものはまるでなく、市庁舎建て替えや駅前開発など銀行や市外大手による略奪政治ばかり追いかけている。今やいい加減にさせなければならない。下関に職がないのは中尾市長と議会の責任である。中尾市長の責任を問い「雇用をつくれ」の市民の大運動が起こらなければならない。チュニジアやエジプトのように「菅直人や中尾市長は去れ」の大衆行動になってもおかしくない。


 

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