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<論壇>「安倍代理市政を覆せ」の市民の世論と運動に拍車 2005年3月31日付 
              

 下関市長選の結果は市民のなかで「残念だ。悔しい」の声が上がったが、同時に実際には自分たち市民の勝利であることが確信となって語られている。選挙は、アメリカ基準のデタラメ市政と、それを市民をしめあげて支える安倍、林代議士支配にたいする市民の総反抗ののろしになった。
 江島票の4万5000票は、事情の乏しい郡部で2万6000人の投票のうち1万5000票以上はあるとみられ、それを除く下関の票は3万票に満たない。それは安倍氏の前回衆議院選挙の3分の1であり、前回市長選までの江島氏の得票の半分以下であり、前回落選した磯部氏の得票を下回る数字であった。
 しかも、そこには公明その他の宗教票や連合ほか「革新」ヅラをしたイカサマ政治集団の票があり、それらを除く江島、安倍、林の自民党票は一万票台しかないことになる。自民党支持層のほとんどが、あらゆる脅しや買収をはねつけて、江島氏への投票を拒否したのである。これは下関において自民党が大瓦解し、政治的な大激変をつくり出したことを示している。勝利したのは市民であり、青ざめたのは安倍晋三、林芳正氏の側である。
 今度の選挙は、江島氏を代理人にした安倍晋三氏の選挙であった。「総理候補のメンツがかかる」といって、安倍事務所が丸抱えの選挙をとりくんだ。その結果、「総理候補のメンツは丸つぶれ」になった。「安倍晋三事務所」の封筒で江島集会の招集をかけるという異常なことをやり、選挙終盤には安倍氏自身が乗りこみ、郡部にも直接出むいて走り回った。安倍氏の来関を境に、「中尾でいく」といっていた勢力のなかからひっくり返りがはじまったといわれている。
 自民党安倍事務所の選挙作戦を見ると、中尾氏立候補に圧力をかけたが出馬となると、江島批判票を割るために民社党安倍派といわれてきた松原氏を立候補させた。つぎには、林派が役割を担い、また市会議員などをつうじて、中尾氏を自民党推薦願いに誘った。これは、江島批判を基盤とする中尾氏を、江島氏の二番せんじに仕立て、市民と切り離してつぶすためであった。そして終盤、安倍事務所は猛烈な攻勢をかけた。そうとうの脅しをやり、金もそうとうに使ったといわれている。林派の方は、中尾支持のような顔をして、中尾選挙をつぶすためのズルイ立ち回りをした。
 安倍氏は市民からそうとうの反発を受けることがわかっていて、どうして江島選挙に必死になったのか。そうとうのわけがあることは明らかである。いずれにしても「安倍晋三こそが汚れのもとだ」という世論が広がることとなった。
 「岸信介は台湾、韓国などへの戦後賠償金からマージンをぬき、安倍晋太郎は政府開発援助(ODA)から資金をぬいた。晋三は下関の事業を市外業者にやらせて稼いでいるのだ」と語る人もいる。「総理候補」として金がいるが、中央政界で稼ぐほどの力はなく、地元の下関をさんざん食い物にしているのだ、という見方もある。
 かつて助役ポストを約束して労働組合の票を集めた事件があったが、それら各種のポストを約束するとか、「仕事をやる」とか、さまざまなまとまった組織には現ナマを使ったとか、利益供与、買収の話が飛びかっている。しかし下関の警察というものは、安倍事務所の飼い犬であって、交通違反など市民のとりしまりだけには熱心だが、こういう市民の死活問題で動くことはないというのも定説となっている。
 いずれにしても選挙は、新江島市政を「死に体」にしただけではなく、下関を食い物にする安倍、林の自民党支配を瓦解の縁に追いこんだ。安倍氏の総理候補どころか、次期衆議院選挙も大波乱が必至の情勢となった。それは市民の力がうち負かしたということである。市民の力は、選挙をつうじて確信となり、うねりを持って強まろうとしている。
 江島氏は市長不信任であり、四年を待たず早期に退陣させなければならない。さらにつぎの衆議院選挙は安倍氏への市民の厳重な評価を下さなければならない。また林派・小浜議長がボスとして君臨する腐敗市議会も抜本的に刷新しなければならない。下関を市民の手にとりもどし、生活と民主主義、平和を守るために、市民の運動を強め、市民を代表する候補を押し立てる機運が、長いあきらめを乗りこえておおいに盛り上がることとなった。この流れはあともどりすることはない。

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