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〈論壇〉 時代逆行のゴミ袋有料化 社会化が進歩
                                          2003年6月21日付

 下関ではゴミ袋を50円にするという江島市長のやり方にたいして、それを値下げさせようという署名が、市民のなかで、とりわけ働く母親たちのなかで、意欲的にとりくまれている。婦人たちのパワーはひじょうに大きく、一人で数百人の署名を集めたり、仕事を休んで地域や友人のところを回ったりして、全市に急速に広がっている。
 婦人たちにとっては、夫が不況で仕事がなくなったり賃金は急に下がり、また失業したりし、子どもも卒業しても職がなく、あってもアルバイトのようなものしかない。そのなかで負けてはならないと、2つのパートをもっている婦人もめずらしくはないし、食料品など生活用品は安売りを探して生活を守っている。そこに、介護保険料は上がる、社会保険料は上がる、雇用保険も税金も上がる、なんでもかんでも巻きあげるばかりとなり、ゴミまでも法外な金をとる。このような社会はおかしいし、この状態を黙ってはおれない、なんとか行動にあらわしたいという思いが、ゴミ値上げ反対の署名という形になっている。署名をとりくんだらみんなも同じ思いで一生懸命にやる、というのでまた励まされるという関係で、運動は急速に広がっている。
 多くの婦人が、男子と同じように仕事を持ち、婦人というだけで男子の半分以下の賃金ながら、社会を支える労働を担っている。しかし家事、育児・教育、介護などの問題は個別家族の肩に、とりわけ婦人の肩にかかっている。ほとんどの婦人は社会的な仕事をしており、個別の家庭の問題が社会的に保障されるようにしなければ大矛盾をきたすほかはない。
 そのために税金をとって政府があるのだが、政府は「自己責任」「受益者負担」「在宅介護」などといって、すでにあった社会保障的なものまで片っ端から切り捨てている。こうして勤労家庭、なかでも婦人の肩にずっしりと重い負担がかかるばかりとなっているのである。社会保障的なものを切り捨て個人責任にするのは時代を逆さにもどす反動であり、それを充実させ社会化をすすめるのが社会の進歩であることは明らかである。
 政府は国民から巻きあげるだけ巻きあげながら、利権事業に使ったり、つぶれた銀行に何十兆円もの税金を与えたり、アメリカの国債を買ったりし、そしてアメリカのアフガンやイラクでの戦費にくれてやったり、米軍や自衛隊の増強のためには好きなほど使わせている。国民には「自己責任」といいながら、大銀行や米政府や米軍などは少しも自己責任ではなく、日本の国家財政から血税を好きなように使っている。国民がいての国であり、こんなことはおかしいし、デタラメなのである。
 不要なもの捨てるものをゴミというのであり、それを捨てるのにも金がいるとなれば、町や家庭はゴミであふれることは明らかである。だから市民が不要なゴミを気兼ねなく捨てられ、町を不潔にせず、衛生的にするために、行政がみんなから集めた税金を使って無料でやってきたし、そうでなければ政府などいらない。しかも年寄りが途方に暮れるような一〇種類に分別させ、ただ働きをさせたうえに金をとり、それを資源として売るというのだから、悪質な詐欺商法のようなものである。個人の自己責任ばかりで、税金をとる政府の自己責任だけがない。ゴミ袋50円を値下げさせる運動は、婦人の斬新で意欲的な行動となり、おかしな政治を変えることができるという確信になりつつある。

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