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 <論壇>電車の運行担う労働者の奴隷扱いが根本問題   2005年5月5日付

 JR西日本の大事故は、企業をこえ、産業をこえて人ごとではないという深刻な怒りをまき起こしている。今度のような重大事故は関係者のなかで予想されていた。それを無視して、危険な運行をやらせた経営者は殺人者である。
 転覆・追突事故の直接の原因は、急なカーブでのスピードの出しすぎによるものであった。運転士がスピードを出したのは、会社の強制であり、私鉄との競争といって、むりな設備、線路でスピードを強いる過密ダイヤを組み、一分でも遅れたら見せしめのような懲罰を加え、何人も自殺者が出るようなことをしていたからである。一分半の遅れの回復のために百人以上が死なねばならないのである。
 だがもっと基本的な原因は、労働者の発言権がないことである。ひじょうにハッキリしていることは、電車を運行しているのは労働者であり、どうすることが危険で、どうすることが安全かは、運行する労働者がもっとも知悉している。労働者は生活していくために働いているが、それだけではなく乗客を安全かつ定時に目的地に運ぶという社会の役に立つ仕事をしている。この労働者の発言権がなく、机の上でそろばん計算だけのむりなダイヤを組んでそれを一方的に強制するだけというのでは、事故はいくらでもつづくほかはない。
 このような状態に拍車がかかったのは、民営化と株式上場以後である。会社とは株主の所有であり、所有者の利益がすべてであって経営者はそのために粉骨砕身する、労働者は機械か奴隷のごとく働くだけというのが、アメリカ型市場原理、小泉の構造改革の真髄なのだという調子である。しかし株主と経営者だけでは電車は動かず、国営であろうと民営であろうと会社は成り立たない。株取引で大もうけするというのも、新しい富はなにもつくってはおらず、労働者がつくった富を奪いあうだけの話である。
 いかなる株主・経営者も設備や土地などの所有権があるとはいえ、労働者まで所有してはいない。資本主義社会で労働者は1日8時間ほど労働力を売って、生存費にあたるわずかな賃金を支払ってもらう契約になっている。ところがJRの経営者は、8時間どころか24時間の労働力の使用権を買いとったつもりになり、それどころか安い給料で命まで買いとった気になっている。
 明らかになったJR労働者がおかれている実態は、まともな人間あつかいではない。乗客もまた、たんなる運賃を払わせるだけのもので、野菜か木材か鉄材などと変わりはないと見ているということである。この労働者の状態は、ムチでたたかれてスキを引く牛か、馬車を引く馬のような家畜であるか、鎖でつながれムチを打たれながら舟をこぐ奴隷とそれほどの違いはない。労働者の奴隷あつかいが今回の事故の根本原因である。
 反社会的な殺人行為をしたJRの経営者はみな処罰されなければならず、デタラメなダイヤはまともにやりなおさなければならない。なによりも求められるのは、労働者の発言権を回復させることである。会社の第二労務管理部のようになり、労働者を押さえつけて労働力ばかりか魂まで売ることを要求する労働組合の幹部も一掃されなければならない。醜悪な営利一本やり経営、それを強制している小泉構造改革、アメリカのグローバル戦略と対決し、まともな社会をつくるために、労働の誇りに立った労働者の団結した力を回復することが、労働者だけでなく全社会的な要求として切望されている。

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