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<論壇> 中尾選挙つぶしを狙う江島市長の「出る出ぬ」詐欺 2009年2月18日付

 江島市長は告示まで2週間ほどになっても、出馬の意思を表明しない。選挙の攪乱であり、有権者の冒涜もはなはだしい。多くの市民がこんな選挙は見たことがないとイライラを強めている。江島市長は「出るか出ないか」の詮索に関心を引きつけているが、それは「出ない」どころか、自分の勝手で選挙を振り回している姿であり、自分を有利にするために主導権を握ろうとする姿である。
 選挙は4期14年の江島市政を審判することが中心である。対抗馬は、この江島市政を継承するのなら意味はない。それをどう批判し、どう違った市政をやるのかを訴えて、市民の信を得ようとするのが選挙である。しかし目の前に展開しているのはそういう様相は乏しい。3人の候補がいて、それぞれ「江島市長と同じことをやるからオレにやらせてくれ」という格好になっている。市民から認められようというのではなく、安倍、林代議士の方に認めてもらうことを競っているかのようである。
 いま「江島市長は出ない」と何の根拠もなく憶測だけでささやかれている。そのことが、その状況に拍車をかけさせている。選挙は「友田と中尾の対決」になり、「安倍派と林派の代理戦争」であり、それに対応した「選挙戦略の立て直し」などと語られている。市民そっちのけで江島後継を争うような方向に選挙が仕組まれている。
 ここで1番踊っているのが、江島市長にもっとも対抗すると見なされている中尾陣営である。中尾陣営には市会議員が最も多くまぶりついている。松村議員が仕切役の格好で、安倍派の桑原、福田、林派の林、異儀田、安岡、無所属の田辺、落選した坂本、倉本氏など、それに公明党や「日共」集団も陰に陽に関わっている。各党派そろい踏みのオール江島与党ミニ議会が開催できる顔ぶれである。これが江島市長に逆らう連中でないことは非常にはっきりしている。
 この江島与党の各派議員がまぶりついた中尾陣営では、「林派が動き出した」「創価学会も」「“日共”集団も」などと語られ、選挙は楽勝で、当選したあとのことを心配するかのような空気すらある。この議員連中が、あたかも自分たちの票がみな集まるような格好をして、中尾選挙を江島市政批判をせず、市民から切り離す方向に引っ張っている。
 林派が安倍派と対抗して本当に市長を取りに行く気であればどうするか。冷静に見たらよい。林派としては姿を表にあまり出さないようにして、現職批判の市民派として市民票を集めるようにさせるのが常道である。江島市長の初当選も安倍派は姿を隠して市民派と偽装表示をして現職打倒をした。「チェンジ」を叫んだオバマも同じだ。合同ガスは今回、中尾支持で目立ちすぎである。合同ガスの票が来るかもしれないが、自民党林派ということで逃げる市民票の方がはるかに多い。表向きは中尾氏を持ち上げているが、実際には市民を追い散らして引き下ろす効果となる。これが政治であり、林派中枢は本当は安倍派と連携して江島市長を支えているという証拠である。
 中尾氏は市民の会や唐戸の有志が開設した市民交流センターにいまだにあらわれない。選対の議員どもが「行ってはならない」と縛り付けている。そこには「江島市長を打倒して下関を活性化しよう」の大きな垂れ幕が下げてある。このセンターはゴミ署名、満珠荘署名それぞれ10万人規模を実際にやり遂げた集団であり、江島市長とたたかう市民と結びついた集団である。議員どもは、中尾氏が市民と結びつかず、江島市政とたたかう姿勢を示すことをやめさせるように動いているのである。
 中尾陣営が、江島市長は出ないというデマに踊らされて、自民党をはじめ江島市政を支える既存組織に認められる方向に傾斜し、市民を代表して江島市政と対決する姿勢を薄めていくなら、中尾選挙はつぶれる道となる。市民そのものに依拠しようとせず、議員どもを頼りにしていたのでは、江島市長が「出る」と表明したら、中尾選対は気づいたときは空っぽになっていた、となるのは容易に想定される。そこで中尾陣営が立ち直る時間をなくし、できれば放り投げをさせるための出馬表明延期と見るのが妥当であろう。江島市長の「出る出ぬ」作戦は、最後の手として中尾氏本人をターゲットにして、中尾氏の現状認識をガセねた情報で狂わせ、精神的に破綻させる心理作戦が最大の狙いと思われる。
 中尾氏は、議員連中にだまされて、「人間不信」に沈み込む必要はない。信用した本人自身が反省して、市民を信じればよいのだ。市民に依拠して、中尾選挙をつぶしにかかった江島市政側と対決する姿勢を示せば市民は大歓迎する。江島市長の支持率は数%であり、江島市長のエサにたかってきたカやハエみたいな者が逃げることは、勝利への転換点を意味する。そこを候補者が勘違いをして投げ出しをされたのでは市民は選挙にならない。
 江島市長の側も、出馬表明を遅らせれば有利になるだけではない。ここまで来て、「出ない」といえば「往生際の悪い奴だった」となるが、いまさら「出る」といったら「市民をバカにするな」の大合唱となるのは必至だ。市民のなかでは江島市長批判の世論が俄然活気づいている。江島市長が命綱と見なす創価学会も連合もやりやすい選挙にはならない。いまや本当に追い込まれているのは江島市長の側である。市民をもてあそぶ江島市長の泣き面を今度ばかりは見てみたいものだ。

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