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労働運動論  福田正義社説集(1955〜1966年) 
          
 〈55年〉失業をなくしよう/中小企業を守ろう/独占物価引き下げの
 たたかい/労働者と商売人の利害
 〈56年〉“二大政党論”という俗論/生活できる賃金のために......他

著者・福田正義 発行・長周新聞社 B6判 339頁 定価2000円(送料310円)

 (一部抜粋)
●中小企業を守ろう
 (1955年5月15日掲載)
  「今さら金融してもらったってどうなるものでもない。 返す見通しもないのだから」
 これはある鉄工所の社長の意見である。 その工場は賃金は二カ月遅配であるが、 組合長はいっている、 「ストでたたかうことにしていたが、 仕事が入ればそれをやらないわけにゆかない。 どうたたかってよいかわからない」 と。
 仕事がないのである。 こういう中小工場は無数にある。 労働組合のないところもたくさんある。 こういう状態であるにもかかわらず会社のやり方が民主的でないところも数多いが、 しかし、 その根本の点で、 仕事のない状態、 もしくは賃金もろくに払えない状態に会社自体がおかれているのである。 こういうところでは、 労働者はストもやれない。 やれば会社もろともつぶれてしまうことを知っているから。 だからといって、 食ってゆけない状態にあることを放置しておくことはできない。 たたかわねばならない。 だが、 それはどうするか、 ということである。
 誰の目にも明らかなことは、 例外なく中小企業は、 大企業の圧迫のもとにあることだ。 また、 国の政治の方向が、 中小企業をつぶす方向をとっていることだ。 アメリカの古物を買って、 一人が百万円もかかる自衛隊をふやす方向は、 うたがいもなく平和産業がつぶれてゆく道である。 アメリカの戦争政策の尻馬にのって、 これ以上同じことをやってゆけば、 今の状態は、 加速度的に、 収拾のつかない全国民的な破滅状態に突きすすむことは火を見るよりも明らかである。
 平和の道……ソビエト、 中国との国交を回復し、 貿易を盛んにし平和経済を飛躍的に発展させること、 そのために、 原水爆の禁止を中心とする平和の運動を、 全国民的な規模で広げることが大切であることは、 今さらいうまでもない。 それが基本であろう。
 そのために、 無数の中小企業の労働者は、 組合のないところは組合をつくり、 それを横に結んで、 組織的な活動をしなければならない。 とくに小企業は、 産業別の合同労組をつくる必要がある。 組合をつくるということは、 しばしば頑迷な妨害をうけている実情から見て、 すでに組合の出来ているところ、 とくに巨大産業労組、 連合体などは、 これらの組織をできるだけ援助することが大切である。
 こうして、 個個の中小企業であらわれている具体的な問題を、 平和の運動と結びつけつつ、 中小資本家の正しい要求は取り上げ、 正しくない要求とはたたかい、 巨大資本から企業を守るたたかい、 戦争政策をうち破ってゆくたたかいへ進出しなければならない。

●民主戦線統一のために   (1956年2月19日掲載)
 参議院議員の選挙を前にして、 いろいろな団体、 とくに労働組合ではその対策を議題に上げつつあるし、 支持政党もしくは支持候補者を決定しているところもある。 いくつかの労働組合では、 数人の執行委員会もしくは十数人の委員会で一定政党の支持を決議し、 それを組合の決定として運動をすすめようとしている。 われわれはしばしばのべたように、 このやり方は誤っている。
 労働組合が労働者の生活と権利を守る組織である以上、 労働者階級の政党を支持することは当然であろう。 しかし、 それを一政党支持にしぼり、 それによって全組合員を拘束することは、 組合員の政治活動の自由を拘束することであり、 したがって民主主義の原則から逸脱している。 それは教員はじめ公共企業の労働者の政治活動の自由を拘束しているやり方と類似の行動であり、 憲法に違反する行為である。 憲法を守り、 民主主義を守るべき組織が、 みずからそれを踏みにじることは、 決して運動を正しく発展させる道ではない。 戦後の選挙斗争において、 このような方法が安易にとられてきたことが、 客観的には労働戦線を分裂させてきたし、 民主戦線の統一を妨げてきた。
 実際に京都の選挙が示したように、 民主団体の内部において政党支持の自由が守られず、 一定政党支持に運動がしぼってすすめられた結果、 社会党、 共産党の間で政策協定を結ぶことができず、 したがって統一斗争を展開することができず、 結果として戦線は分裂してしまった。 基本的な原因は戦線を下から統一することを放棄したことにある。
 いかなる場合も、 戦線統一の基礎は"下からの統一"である。 政治戦線の統一においても、 社会党、 共産党、 労農党など各民主政党の党員ならびにその支持者が、 それぞれの政治的主張をもって大衆的斗争の場でたたかい、 その行動の上で、 一致できる点で統一行動をとってゆくことで、 それぞれの党の上部機関をも統一行動に向わせることができるのである。 もしもそれをしないなれば、 社会党は無限に共産党との間に一線を画すであろうし、 保守勢力は"二大政党論"というまやかしで、 事実上保守勢力にとって無害な状態にもってゆくことに成功するだろう。
 すべての民主主義者が目指すものは、 当面の平和と独立と民主主義の確立と生活の安定という大目標の上で、 広範な民主主義的な民族戦線を確立することであって現在の自民党をそのまま一方の支柱とする二大政党による政治ではないはずである。 この戦線が下からたたかわれることによって、 現在保守に所属している良心的な人人をも引き入れることができるし、 ひとにぎりの売国的反動支配層を孤立させることができるのである。
 その運動の基本的推進力になるべき労働組合は、 そのような戦線統一を目指さねばならないし、 そのために政治行動の上では政党支持自由の原則に立って、 下からの広範な政治活動をまき起す立場に立たねばならない。

●三池斗争の全人民的性格  (1960年4月17日掲載)
 三井三池の会社・暴力団・御用組合による、 殺人・暴行・傷害をふくむ首切りの攻撃は、 すでに誰の目にも明らかなように、 単純な労働争議ではない。 いまだかつて三井三池の労働組合のような固い団結をもってたたかって、 なおかつ中労委があのようなあっせんにもならないあっせん案を出したり、 資本家側があのような悪辣あくらつな態度をとりつづけたという例はない。
 このことは、 三井三池の斗争の性格をいかんなく物語っている。 すなわち、 アメリカ独占資本は、 最も有利な市場として日本に資本と技術を投下しようとしている。 その狙いに揉もみ手をし腰をかがめて追随している日本の独占資本は、 アメリカ独占資本の命令と要求に忠実に従って、 アメリカ独占資本の資本投下市場として最も便利なように、 超低賃金制を維持し、 勤労人民の民主的な権利をなくし、 日本人民を半奴隷的状態におしつけようと必死になっているのである。
 このことが、 全産業にわたっての合理化となり、 首切りとなり、 配置転換となり、 実質賃金の切り下げとなり、 貿易・為替の自由化となってあらわれているのである。 日本の独占資本はアメリカ独占資本の意を迎えるために、 労働者をはじめ農民、 中小企業などいっさいの勤労人民に対しては無慈悲な攻撃を加えているが、 彼ら自身は、 今日までそうしてきたように、 彼らの手代である岸政府を使って、 国家財政の彼らのみへの投融資から法律によるあらゆる減免税などの保護措置などをはかっている。
 三井三池の斗争は、 今日の、 このようなアメリカ独占資本と日本独占資本の合作による日本勤労人民に対する攻撃の集中点として、 彼らは幾十億の斗争資金を惜しげもなく投入して攻撃を加え、 いっさいの力をそこに集中しているのである。 政府も警察も暴力団も民主社会党も中労委も民労も全労もいっさいの商業新聞・ラジオ・テレビ・週刊誌などのマスコミも、 すべての道具立てが巧妙に組立てられて思うままに使われているのである。
 なぜなら、 この突破口を突き破れば、 全体の労働運動を後退させることができるし、 安保批准をやすやすとやることができるし、 今後長期にわたって労働戦線にかなりの打撃を加えることができる、 と彼らは信じているからである。
 この情勢を、 労働者・民主人士ははっきりと見ている。 民主主義陣営は、 この斗争が、 労働者の生活と権利を高める運動の上でも、 安保批准に反対する運動を発展させる上でも、 明らかに当面の焦点となっていると見なしている。 三井三池の会社・暴力団・御用組合への自然発生的な怒りからではあるが、 三池への支援隊が労働・文化・平和を問わずどんどんと山口県から送られ、 県内では各職場で報告会がもたれ、 下関や宇部では殺された久保清氏の合同慰霊祭がもたれようとしていることも、 このことの意義の上に立っているからだ。
 炭労・三鉱連の内部には 「藤林あっせん案はひどいが、 組織の統一を守るためにのむべきだ」 という意見があり、 それが炭労大会をいたずらにのばしている。 藤林あっせん案をのむことが組織の破滅ということであって、 しかもそれは全労働戦線、 全民主戦線への痛烈な打撃となる性質のものである。 このことは、 今この重大な瞬間に正しく捉とらえる必要がある。

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