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 老人福祉切り捨ての14年
下関市・江島市政
             象徴する満珠荘廃止    2009年2月4日付

 下関市では、老人休養ホーム満珠荘の早期再開を求める署名が、8万7000人をこえて集まり10万人をめざして全市的に活発に進んでいる。満珠荘の早期再開を求める署名活動が全市的に強い共感を集めているのは、自民党政府・江島市政の老人福祉切り捨て政策の象徴として満珠荘の閉鎖があるからであり、満珠荘を利用する人も利用しない人も、高齢者も現役世代も若者もふくめた「江島市長は老人をいじめるな!」という世論はきわめて大きい。
 下関市の高齢化率(人口のなかで65歳以上が占める割合)は08年は27・3%で全国平均の22・2%を大きく上回っている。山口県の高齢化率も全国五位と高水準にある。下関市は全国の30中核都市のなかで1番高く、高齢者が市民のなかで占める割合は非常に大きい。08年は総人口約29万人のうち、約8万人が65歳以上である。ちなみに10年前の98年には総人口約25万人のうち65歳以上は約5万人で高齢化率は20・4%であった。
 10年間で高齢者は約3万人増えており、高齢者福祉の充実は市政においても重点課題に置かれて当然であるが、下関市の江島市政は逆に「高齢者が増えて金がかかる。高齢者福祉に回す金はない」として、つぎつぎに切り捨ててきた。

 サンデン無料パスに切換え 敬 老 祝 金
 95年に初当選した江島市長は、97年には、敬老の日に77〜87歳の高齢者全員に6000円、88歳以上には8000円を祝金として支給していた制度をとりやめ、70歳以上の高齢者へのサンデンバスの1カ月間無料パス券の配布に切り換えた。高齢者から取りあげた祝金を、サンデンバスに3000万円の補助金として渡すという、「老人いじめ、大企業優遇」の老人福祉切り捨て政治の始まりであった。
 サンデンバスの1カ月無料パス券は、最初は民生委員を通じて70歳以上の高齢者全員に配布することになっていた。寝たきりの高齢者などはバスに乗れないことはわかりきっているが、江島市政としては「元気な高齢者の社会参加を促す事業」ということで、最初から多くの高齢者を切り捨てていた。そうした市のやり方に高齢者の強い反発があり、民生委員も配布を拒否したため、郵送に切り換えるという事態も生じた。当初はパスが利用できない高齢者には引き換えに菓子などを配っていたが、それも最近は打ち切った。
 05年から市役所に申請に行ったものだけにパス券を発行するとなり、老人切り捨てはさらに進んでいる。また、04年からは、1回乗車するごとに100円払わなければならなくなっており、サンデン交通に対する優遇は進んでいる。08年の70歳以上の高齢者は5万9590人で、申請者は2万3439人で半分以下である。申請してもバスは1回も利用しないという人も多いが、サンデン交通には3200万円、子会社に100万円の補助金が支払われている。
 ちなみに宇部市は70歳以上の高齢者は生涯バスは無料。ただし04年から「受益者負担」を口実に1乗車で100円の自己負担となっている。
 敬老祝金の支給から、サンデンの無料パスに切り換えた江島市長の考え方は、「老人福祉の時代は終わり、これからは老人の自立、自己責任の時代だ」「手厚い福祉は老人の自立の妨げになる」というものである。全国的には2000年に介護保険制度が導入され、「市場原理主義」や「自己責任・自己負担」の論理で福祉の切り捨てが横行していくが、下関市の江島市政はそれを先取りしてきたといえる。
 たとえば、寝たきり老人へのおむつ代の補助では、下関市では1カ月間で上限5000円弱であるが宇部市では1カ月で1万円、北九州市では1カ月に8000円を出している。下関市では「おむつ代の補助は自立を促す施策に反する」ということになっている。
 07年に突然うち出した老人休養ホーム満珠荘の閉鎖も同様の考え方である。江島市長は「老人休養ホームの社会的な使命は終わった」とのべ、老人福祉を目的とした施設から「多世代の交流施設」に変えようとしている。満珠荘の利用者の会は、高齢者が増えていく今こそ老人休養ホームの必要性が増しており、老人福祉が必要であることを訴え、広範な市民の支持・共感を得ている。
 老人クラブの活動補助金も削減している。98年の老人クラブ関係の補助金は1559万円あったが、合併の前年04年には986万円に削り、合併後の08年も1479万円にすぎない。また老人クラブのスポーツ大会は準備や運営を市の職員が担っていたが、昨年からは市がいっさい手を引き、老人クラブ員に全部をやらせるようになった。

 公立特養貴船園も05年廃止 在宅介護も危機
 「老人福祉の使命は終わった」として山口県の二井県政は下関市で唯一の公立の特別養護老人ホーム貴船園を05年に廃止し、済生会病院の運営とした。済生会病院跡地に新しい施設が建設され、6人部屋から個室になったため、それまではいらなかった部屋代が自己負担となり、年金だけでは足りなくなる入所者が増えている。Aさんの年金は月3万5000円である。県立の貴船園の時は、月3000円の小遣いも含めて年金だけで十分足りていた。だが、済生会に移ってからは月約4万円の負担となり、年金だけでは足りず、その分は子どもが負担している。
 それでも、特養ホームなど施設に入れる人はいい方で、病院からは追い出され、受け入れ先のない高齢者が増えている。貴船園も待機者が100人を超えている。下関市内では、06年には115床あった介護療養型医療施設が08年には854床に減りすでに300人が病院を追い出されているが、12年にゼロにする計画であり、さらに850人余が病院から追い出される。
 江島市政は「施設介護より、在宅介護を」「老人は家に帰りたいといっている」「施設に預けたいのは家族だけ」といっている。寝たきりの母親をかかえた、母1人子1人のBさん(50代、独身男性)は、3年前に職場をやめて在宅で介護し、昨年末に母親を看取った。公務員の父が残した遺族年金と、少少の蓄えを取り崩して生活してきた。3年前はまだ労働者の売り手市場で、ときどき職安をのぞいてみて再就職先も心配していなかった。昨年の10月までエム・シー・エスも募集していた。ところが昨年末に急に大量解雇が始まり、再就職が危うくなってきた。今は母親が受けていた遺族年金も切られ、まったくの無収入となり、貯金も残り少ない。50代という年齢での再就職も厳しく、Bさんの人生が大きく狂ってきている。
 これは一例にすぎないが、家族にとって在宅介護の負担は大きく、老老介護が生む悲劇などはあとをたたない。市は「在宅介護を」というが本来は公的機関が責任を負うべき老人介護を、家族に押しつける無責任ないい分でしかない。下関市でも核家族化が進み65歳以上の単身世帯が増えている。00年に1万2100世帯が、05年には1万4140世帯へと2000世帯増えており、「在宅介護」の限界性を示し、公的機関による老人介護の重要性がますます高まっている。

 医療費などの負担も増える 旧豊浦郡部が深刻
 さらに昨年4月からは75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度が実施された。Cさんは、国民健康保険料は月に3万2000円であったが、後期高齢者医療保険料は月2万8500円になった。負担が減ったと喜んでいたら、夫人にも5200円の負担がかかるようになり、合計で3万3700円になり、結局負担は増えた。
 Cさんは「昔は70歳以上は医療費は無料だった。年金支給額は3万円もカットされ、医療費や介護保険料などの負担は増える。介護保険は利用してないので掛け捨てだ」と話している。Cさんの夫人は年間29万円の年金を受けとっているが、その中から毎月最高水準の介護保険料5600円を引かれる。これは、夫の年金額が高いためである。さらに、後期高齢者医療保険料5200円を引かれ、手取りは年間17万円弱である。
 下関市の65歳以上の高齢者約8万人のうち、介護認定者は1万5000人である。6万5000人は介護保険料を引かれるだけでサービスはまったく受けていない。
 下関市と合併した旧豊浦郡の高齢者の負担は急増し、福祉切り捨てははなはだしい。介護保険料の基準額は合併前の04年は豊浦町と菊川町は3460円、豊田町は3370円、豊北町は3250円であり、下関市は3980円で520〜730円の差があった。それを、合併時の05年に3880円に統一し、現在は4200円に上がっている。
 また、旧郡部は敬老の日の式典参加者も75歳以上が対象であったが、下関市は80歳以上が対象。それを下関市にあわせてきている。
 また、敬老の日の記念品も旧郡部はバスタオルなどであったものが、合併後は安上がりにタオルと入浴剤になる等等である。
 市が老人福祉を切り捨てていくため、敬老の日のお祝いを各自治会が独自に工夫している。旧市内のある自治会では、自治会費のなかから75歳以上の高齢者全員に1500円分の商品券を配っている。昨年は400人分を配った。また、年末に共同募金のなかから70歳以上の1人暮らしの高齢者に2500円相当のおせち料理が配られていたが、今年は1900円しか出ず、質を落とすわけにはいかないので、不足分は自治会費から補てんした。こうした敬老の取り組みは各自治会でそれぞれの負担でおこなわれており、市からの補助はいっさいない。
 神奈川県から最近引っ越してきた婦人は、「神奈川では各地区に老人が集まる場所があり、毎日そこに集まって交流していたが、下関に来たらそういう場がまったくない。下関市はもっと人と人の温かい情の通いあいというものが大切にされていたが、期待はずれだった」と話しており、下関市の高齢者のなかでは「下関市は税金は高いし、福祉は貧弱だ。北九州市に移住しようかと真剣に考えている」という声も高い。

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