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略奪政治か市民経済立て直しか
下関市議選巡る大争点
               山銀や大型店の略奪商法    2010年10月13日付

 来年1月の下関市議選を前にして、下関をこのままつぶれるにまかせるか、立て直しの道をどう開くのかの大きな世論が動いている。江島、中尾市政とつづく安倍・林代理市政による下関食い潰しをつづけさせるのか、農漁業、製造業などの産業振興を中心にして下関を立て直す方向に向けるのかが待ったなしで問われている。市民の困難は多くあるが、とりわけ産業を保護し、雇用を確保することが切迫した要求となっている。下関をどうするかの争点をめぐって記者座談会を持って論議してみた。
  下関はどうしてこれほど寂れてしまったのか。放置していたらつぶれてしまうとの声は全市的なものだ。経済活動が動いていない。なぜそうなっているのか、どうすれば良いのかだ。街の衰退というのが自然現象ではなく人為的につくられている。それはなぜかを見てみたい。
  製造業、中小企業、建設関係、付属したサービス業も仕事量が落ち込んでいる。仕事がある企業も大手の下請などは単価切り下げで、ボランティア労働かと思うような実態がある。これをどう打開するか頭を抱えている。公共事業も減っているし、民間も仕事が回っていない。
 C 国道2号線も下関に出入りするトラックが減っている。物流が細っている。建設関係では老舗の下関工業も倒産した。シモケンが倒れた場合は連鎖倒産の危機だ。経済全体のなかでは水産、造船、鉄工などの産業が活力の源であるが、長期にわたって軽視されてきている。そして経済全体が回らなくなっている。
  自然にそうなったのではなく、この間の政治がもたらした結末だ。江島、中尾市政は安倍・林代理市政だ。だから誰が市長になっても同じことをする。90年代後半からの江島市政になってからの下関の崩壊はひどい。安倍晋三、林芳正氏は新自由主義登場の80年代のアメリカ留学帰りだが、それが90年代に代議士を世襲し、全国先端の新自由主義市政を実行して全国先端の寂れた街になった。経済でいえば、市内業者を排除して大型ハコモノ事業の連続で市外ゼネコンの略奪だ。大型店乱立による生産者買いたたきと買い物難民づくりの略奪だった。「副都心づくり」といって新幹線駅周辺の区画整理。つまり銀行がもうけるための不動産バブル奨励だった。

 いまだにやめない駅前開発 一番の推進者は山銀

 E いま中尾市長がやろうとしている駅前開発は150億円、市役所建て替えに200億円、長府浄水場の設備更新に250億円だ。下関がつぶれようとしているときに、まだ大型ハコモノで走っている。駅前の商業施設というが誰が必要としているかだ。「にぎわいプロジェクト」というが、市民の財布が干上がっているからにぎわいがないのだ。「若者向け」というが若者こそ職がなく金がない。
  駅前のシーモールからは核テナントのダイエーが撤退したばかりだ。そこに「サンリブ」やドラッグストアの「マツモトキヨシ」のほかに、「ファッションセンターしまむら」と交渉がもめているとか、若者向けカジュアルの「Right―On」の名前が次期テナントとして語られてきた。だが二〜三階は交渉がまとまっていないらしい。新たに建設する駅ビルは下関市が「次世代育成施設」をトッピングするのを公金支出の理由付けにしているほか、下関商業開発がシネマコンプレックスを誘致するといってきた。
 B “貧乏人の街”になった下関でどれだけの市民が映画を見に行くだろうか。間違いなく失敗すると指摘されている。奥田瑛二映画館のように賃料タダで貸し出すわけではあるまい。奥田映画館は市から年間300万円の補助金を支出しようとして問題になったこともあった。テナント料もかからず代議士絡みにはポンと補助金まで出す仕組みがある。
 E 市が55億円。国や県が50億円。そして民間活力も加えて総額で150〇億円を投じる内容だ。必要としているのは工事を請け負う広成建設とJR西日本だ。
  人目につかない形で一番推進しているのが山口銀行だ。下関商業開発には昨年、林孝介商工会議所会頭や山口銀行の福田頭取が社外取締役や監査役に入っている。駅前開発は山銀の自作自演というわけだ。あんなことをしたら商業開発はつぶれシーモールがダメになる。山口銀行やJR西日本だけもうけて駅前「開発」ならぬ駅前「壊滅」プロジェクトだ。
 B 山銀は自治体の「リスクゼロ」の公債引き受けという巨額融資先ができる。山銀の自治体向け融資残高、公債引受額というのがあるが、リーマン・ショックがあった08年3月に3270億円だったが、翌09年3月には4408億円に膨らみ、その半年後の09年9月には5257億円とうなぎ登りだ。自治体がハコモノの借金漬けになることに山銀が力を入れているということだ。いま二井県政は国体狂いで、山口県中で駅前開発ばやりだ。下関だけではなく小郡、防府、周南、岩国もそうだ。融資金が地場企業には回らず、予算も市民のところには回らず、税金や負担金が増えるばかりとなっている背景だ。
 A この間の市政は大型ハコモノのほか、不動産バブル奨励だった。市内中にマンションがボコボコ建ったり、川中・伊倉や新椋野の区画整理をやってアパートを山ほど建てた。この不動産バブルも銀行が「つくれ、つくれ」で煽ってきた。人口がどんどん減り、市街地がガラガラになって需要はないのにやる。地主も困る。銀行だけがもうける。
  そこで派手に商売をしてきた人人もみな破たんした。シモカネ・シモケンとか原弘産、プランハウスやトヨシステムプラントなど、安倍派の新興企業が不動産バブルにはやり病のように飛びつき、政治絡みの「貯金箱」のようになって破たんした。多くは山口銀行がさんざん踊らせてきたのに、危ないとなったら資金を引き揚げて、手形も割らない対応に様変わりし、西中国信用金庫などがいつのまにか「メインバンク」になっていたりしているようだ。

 不動産信託で顧客には大損 山銀の信用失墜

 C 山銀がうらまれているのに、この間「不動産投資信託」などの投資を顧客にすすめて、それが暴落して顧客を大損させている問題がある。「山銀は固いと思っていたのに」と信用失墜になっている。この10年ほどの金融改革で証券化というのがある。それは業者がマンションなどを建てるが、銀行が融資した債権を、「Jリート」(不動産投資信託)というのが買い取って、家賃収入などをあてにして預金の利率より高い証券にして、それを小口にして顧客に売るという手法だ。それを銀行員が売って回ってきた。銀行にとっては預金ではないので責任がない。投資なので顧客の自己責任となる。そういう証券化商法で銀行が無責任商売をやる仕組みになっている。原弘産などこの間に華華しく急成長した新興企業はその仕掛けだ。そして行き詰まった。これは、農林中金が五兆円も大損しているアメリカのサブプライムローン証券と同じ仕組みだ。
 A 山口銀行は山口県内の自治体の指定金融機関として行政の金を一手に押さえている。徴収した税金とか国や県からの予算は山銀に納まる。自治体が支出するまで抱えている。政令指定都市の北九州市の公金は福岡銀行とみずほ銀行が一年ごとに交代しながら扱っている。これが大変なメリットになっている。政治との癒着が強いということであり、その延長線で山口県はどこでも駅前開発だ。つぶれかかった唐戸市場を足場にする中尾市長などは山銀の要求といったらもみ手をする関係だ。「経営者手腕」を自慢していた「ハートフーズ」も行き詰まっているみたいだし。

 下関搾り過ぎ商売にならず 北九州や広島に進出

  山銀はいま広島や北九州に殴り込みをかけている。下関や山口県で搾りすぎた結果商売にならないということだ。北九州への進出について福岡銀行が頭にきているようで、宇部に支店を出したり山口県内も増員して反撃態勢をとっている。九州側の金融機関も山銀対策で「九州連合」を組んで対抗しているそうだ。広島で経営難だったもみじ銀行を吸収したが、広島でも島根でも相当に悪らつなことをしていると話題だそうだ。よその地域の銀行から見て、山口銀行というのは地元の世話をしないと特別視されているようだ。
 A かなり無茶をやっているが、それは経営がヤバイんじゃないかとの疑惑を強めさせる。リーマン・ブラザースがつぶれシティバンクも傾き、六大財閥銀行も消えてなくなっている時代だ。地銀はアメリカのイカサマ証券などを相当抱えているといわれるし、リート・不動産投資信託に入れこんだのも地銀だといわれる。無茶をしすぎて預金が逃げるようなところまでいったら大変だろう。
 E 山口県民の預金を預かって商売ができている地方銀行なんだから、地元の産業、経済の方に金を回し、そこを育成するのでないとやっていけなくなるのは当然だ。若い行員は無茶をさせられて頭がおかしくなっているのが多いという。経営陣は何年か前にクーデター騒動があって、公私混同がひどい「なんとか天皇」が労組出身の役員をいっぱい登用して突っ走っているらしい。「銀行は信用事業ではないのか」となったら終わりだ。山口県の経済を振興させるには頼りにされる存在なのだが。
 
 大型店ばかり乱立 下関の資金市外本社に持ち逃げ

 A
 もう一つの下関略奪は大型店の乱立だ。大型店の出店・撤退の入れ替わりが激しい。そのたびに買い物難民ができる。生産者は生産費も出ないほど買いたたかれる。生産者や消費者と共存共栄する、社会的な責任を持つというのがない。自分がもうけるかどうかの略奪商法だ。これが下関の資金をかっさらって市外本社に持って逃げるシカケだ。
  大型店を引き入れるときの土地利権がある。東駅であればサンデン所有地。新下関地区のトライアルはJR所有地。綾羅木のジャスコはキクタニ。ハローデイは西日本液化ガス。貯金局跡地はいつの間にか安倍派新興企業のプランハウスが手に入れて、マックスバリュを誘致した。岸利権の田中金属の土地にはイオンが出てきた。
  川中・伊倉の区画整理で、あるかぽーと進出を阻止されたイズミが出店したが、イズミの社長は「安晋会のメンバーだろ」と話す経済人がいた。この区画整理でボロもうけをしたのは安倍派新興企業の極東建設だったし、地権者代表が安倍派後援会の幹部といった布陣で進行した。区画整理や大型店進出が銀行や安倍派企業、林派企業がまぶりついてやられている。新椋野の広大な用地もイズミが購入した。また生涯学習プラザも、森喜朗の石川県からつぶれかかった真柄建設を連れてきて銀行の債権回収にあてがった。
  行政もカネがないのではなく、そういった略奪者のために大型の予算を投じてきた。あちこちの予算カットをしているのはそのためだ。値上げも保育料、水道料にとどまらない。この略奪政治を規制しなければ、下関はつぶれるし、市民の生活は破綻する。
  学校統廃合も一等地を欲しがっている連中がいて、高層マンションを建てたら見晴らしがよくて売れるといった案配だろう。ガラガラのマンションが多い。火の山の山陽ホテル跡地のマンションは数軒しか住んでおらず、転売用だったり別荘などといって東京などのよそ者が購入している。そういうマンションが幾つかある。
  こういう下関を略奪する大きな仕掛けがあって、産業が衰退し市内の経済が回らないようになっている。アメリカ発の新自由主義というのは、金融資本の強欲さをむき出しにしたもので産業を破壊し、社会的なまとまりを破壊するものだ。アメリカ社会がそうなっているし、イギリスもニュージーランドも格差がひどくなって社会崩壊だ。社会を成り立たせるためには、そういう強欲な金融資本とその代理人政治を規制する以外にない。
 
 日本潰す市場原理 投機資本優先の価値観

  略奪政治を規制して「産業保護と雇用確保を」という主張への共感が大きい。金融立国潮流は「競争力のないやつはつぶれて当然なのだ」と信じて疑わない。「農漁業? そんなもの時代遅れ。輸入だよ」「製造業? それも時代遅れ。いまは中国とか東南アジアにアウトソーシング(海外移転)だよ」といった調子。ユニクロはバングラデシュまで「社会貢献」などといって生産拠点を移している。中国が日本の10分の1の賃金なら、さらに10分の1くらいの低賃金だという。
 「資本力の強い者が勝ち、弱い者が負ける自由競争なのだ」という主義だ。しかしそれでは日本はつぶれる。農漁業、製造業がつぶれたら日本はつぶれる。市場原理というときの「市場」は主にヘッジファンドの意味だ。ヘッジファンドと人間社会とどっちが大事かという価値観の問題だ。
 B 山林整備のために行政が失業者を雇えという主張も大歓迎だ。実際MCSの首切りの時に三カ月だけそれをやった。昔の造船不況のときもやった。そんな半端なものではなくて何百人かを恒常的にやるべきだ。治山治水というのは歴史的に見て統治者の資格のようなものだった。山は命だという。森林を整備しなかったら水が確保できないし農業も漁業もダメになる。製造業も水をものすごく使う。第一飲み水がなくなる。それを「山林経営はできない」「山の持ち主の責任だ」といっていたら国が成り立たない。国際的には「水ビジネス」がはやっており、水まで投機対象にしている。そして日本の山を外資が買っている。大変な事態だ。山林の整備は国益、公益として政治が機能しなければならないのだ。この辺を考え方としてひっくり返さなければならない。
  山口県の県土の7割は山林だ。水と空気がなかったら人間生活は成り立たない。個別所有者はもうけにならないから手入れできないが、国が予算を投じなければならないことだ。
 A 農山村では人手がない。都市部では仕事のない若者があふれている。行政が食糧安保や国土保全や失業対策をかねて若者を雇って森林整備や農業の後継者育成に金を出すのは大事な公益だ。「個別経営体の競争力がないからつぶれる」ではすまない。世界では飢餓人口が10億人にもなる。中国を「世界の食糧倉庫」などといってつくらせてきたが、中国では農業危機が進行している。小麦などの輸入をはじめた。あの人口だから相当の輸入国になる。水産物も世界的に買いあさっている。
 日本の製造業などは海外移転だとやり、中国やベトナム、タイ、インドなどが新興工業国だといっているが、工業化は農業を犠牲にして成り立つ関係だ。農地を工業用地、住宅地、都市に転用するし、農村からの労働力提供が工業化の前提だ。だからアジアの穀倉地帯はつぶれていき、食糧危機が進行していく。その時に日本が農業をつぶしてどうなるか。

 大型店駆逐する流通構築へ 産業守るシステム

 D 豊田町の農民に聞くと、農民のところでは集団化の努力がされている。そして直販の努力もしている。しかし道の駅に並べていると客はついて野菜はなくなるが、それだけでは限界があるという。生産に見合う規模の流通システムがいるし、加工品も加えて街で売らないと展望にならない。
 E 経済を立て直す上では、第一には農漁業だ。農漁村が元気になることからはじまる。そして製造業だ。この産業を守り、若い者が後継者になれるようにするためには、大型店支配の流通システムを突き破ることが不可欠だ。流通を支配し、買い叩きがあくどいし強権的だ。買い物難民が出ることなど住民の生活には何も責任がない。70年代に下関にダイエーが出店したが30年をへて下関から撤退というのも歴史的な話だ。この間の経験をへて、大型店の欠陥もわかってきた。
  最近野菜の露天販売がはやっている。ある野菜行商の男性に聞くと、失業したときに「これはもうかるぞ」と聞いて始めたようだ。やってみると爺ちゃん婆ちゃんが買いに来る。30分で1日のもうけになると話していた。需要があるからだ。80代の婆ちゃんがいっていたが、スーパーの品物が最近少し値上がりしているという。豆腐にしても5円上がっていたとか。スーパーは魚も野菜もかなりの量が廃棄処分になる。その分を価格に加えるから高くなる。
  グリーンモールに小さな八百屋があって、そこに週に何回か菊川町から惣菜をつくって持って来る人がいる。1パック100円くらいの価格設定で、僅かな量で豊富な種類を食べたい年寄りが群がって短時間で完売する。年寄りは料理をつくっても何日間も同じモノを食べるハメになる。田舎の婆ちゃんがつくった料理は美味しいし、年寄りの口にも合う。
 C 食料品でも「あの安売りスーパーで食料品は買うな!」が合い言葉みたいになっている。肉は色が変だとかいわれる。信頼できる店で安心・安全で新鮮な食料を手に入れたい要求は強い。スーパーに並べられる外国農産物は規格化されて何が置いてあるかわからない。
 B 魚市場や青果市場の仲買も量をはかそうと思ってスーパーを相手にするが、あり得ないほどの安値を求められて困っている。水産流通に40年関わっていた男性がいうには、スーパーの鮮魚部門が黒字になることはないという。そして売れ残った魚はドサッと捨てられる。境港の巻き網船を250dに切り替えるというが、大規模にとればとるほどスーパー依存が強まって叩かれる。スーパー中心の流通形態を変えなければ社会はまともに動かない。生産を守り、産業を守り、消費者を守る。そこを信用でつなぐ商売に展望がある。
 B ある自転車屋さんが「客が戻ってきている」と話していた。量販店の廉価販売で同業者は減っていった。ところがその自転車がボロだ。修理もしてくれない。中国製は安いけど、メッキも薄くちょっとしたキズから錆だらけになったり、ネジも緩いから締めようとすると山がつぶれてしまったりという経験をしてきた。結局、消費者がバカをみる。川中の電器屋も「地デジを買ったはいいけど、アンテナの付け方がわからない」と60〜70代の年配者が頼ってくるという。「トイレの電気がきれた」と高齢者から電話がかかれば付け替えに行ったりする。電器屋や自転車屋も一巡して存在価値がわかってきた。お客との信用商売がやはり強いという実感だ。

 客との信用商売に真の強み 地域密着型に優位性

 A 大型店の経営の基本理念が信用商売でなく略奪商売だ。地域の消費者の信用を得る、生産者の信用を得るという概念がない。とにかく安いか高いか、もうかるかもうからないかの基準だけ。だから地域に対する責任がない。ドッと出店して周辺の商店をつぶして、もうからなくなったら躊躇なく撤退する。そして住民は買い物に困る。反社会的だ。下関で売って、利益は本社がある都会に吸い上げる。商売は客が必要とするものを売ってもうけるというものだ。元来商売は信用商売だ。
 C 漁業、農業も一番近い市場に出荷して消費者が手に入れる流通がもっともコストがかからない。一番安く新鮮で安心なものを提供できる。そのような地域密着の流通がいるという意見は生産者のところでも商店のところでも強い。八百屋に聞くと店を出して1〜2年ほどで軌道に乗り始めたという。隣には魚屋があり、「ここに肉屋が出てきてくれたら、それぞれの商店が役割を補完しあって強みになる」「パン屋も欲しいし、配達システムもみなで助け合ってやれば」と願望を持っていた。食料品市場のように色んな店が連携したら買いに来るし、配達で消費者と密着するなら優位性がある。
  商店ももうけ一本槍のケチくさいところは淘汰されている。生産者と消費者を結び、みんなが共存共栄で協力しあってやる信用商売というのに発展性がある。地域の共同体的な絆を強くし、農村部と都市部との結びつきも強めるという意識性だ。それらをつなげる組織体がいる。商店街がつぶれて地域共同体がつぶれることは、地域の祭りや文化までつぶれることだ。
  仲買もスーパーと取引していたら、特売日に合わせて仕入れさせられたり、並べる労賃を負担したり、パック詰めさせられたり、クリスマスにはケーキを50個買わされたり、そんな関係に嫌気がさしている。生産者もキュウリを特売すると決まった1本9円とかに合わせないといけないとか、規格に合わせる労力でも少少でない。
  地域密着ならキュウリも曲がったままで良い。まっすぐにする労力も、パック詰めや包装するのも流通の都合からだ。東京に持っていったり、そこから全国に搬送したりするのに耐えられるようにしている。産地直結で売るならいちいちパックにしなくてもよい。消費者もゴミ出しのカネがかからない。
  配達をしたら高齢者は喜ぶが、若い人も助かると思う。婦人がパートの掛け持ちとか増えて、買い物の時間がない。そういう人が電話で注文して、子どもが家に帰っている時間帯に配達してもらうのは歓迎されると思う。
 B 産地直結の食料品の共同店舗のようなものが出来たらよいと語られる。コメ屋、八百屋、魚屋、肉屋やパン屋や総菜屋、日用雑貨品屋など、居住地域に集合し、配達も協力しあってやれたらよいと語られる。
  大型店を駆逐する地域密着の流通システムをつくるのが大きな課題だ。そこに県、市の行政や農協、漁協、市場や金融機関が機能しなければならない。商工会議所もだ。商店を募ってそういう流通を促進するように場所を提供したり、融資をしたり、やることがある。スーパーの売上の6割は食品だ。食料品流通が突破口になって、スーパーが「下関に出店するもんじゃない」と思うくらい発達させる必要がある。農業も集団化だが、商店も集団化に展望がある。
  行商が増えているが市が道路使用とかでうるさい。市役所周辺でも道に段ボールを広げて人人が賑わっていたのに、店舗を構えないといけなくなった。商店街を駐車違反取締地域に指定して追い払ってしまう。大型店の為にやっている。保健所も漁師が直販するのに「水の垂れるモノはいけない」と指導する。狂牛病肉などいい加減なことをしているのにだ。

 農漁業振興は国益 補助金の投入は当然

  産業振興・雇用確保だ。農業についても、今の条件ではつぶれてしまうし、後継者も育たない。集団営農が進んでいるが、若い者が就農生活ができるような条件をつくる必要がある。農業維持は国益だし、行政が補助金をつけて産業育成しなければならない。行政の山銀奉仕は見たとおりだが、サンデンでも補助金漬けだ。
  大学でも農業に関心を持っている学生が増えているという。周防大島では「月16万円保障するから農業をやらないか」とアピールしていて、関心を持っている学生がいた。北海道でも取り組みが進んでいるようだ。
 A 水産関係では庶民の食卓にのぼるようなものを加工品にすると市場規模も広がる。都会の料亭もつぶれているが日本中が貧乏になっている。下関に足場のない東京目線、金持ち目線では限界がある。食い物だから少ない金持ちより多い貧乏人の需要の方が大きい。この10年位で唐戸市場も観光市場になって市場機能がおかしくなった。
  原爆展キャラバン隊が東京に行って「東京に出たら仕事があるだろうと思って上京したら、どっこい仕事がなくてホームレスになった。ネットカフェで暮らしている」とうち明ける男性がいたという。みんな貧乏になっているから、それに照応すればよい。
  観光重視といって水族館をつくったりするが、そんなものでは日帰りだ。高杉晋作と明治維新の観光コースに力を入れたら、長府の功山寺、吉田の東行庵、桜山招魂場や新地、奇兵隊が駐屯した寺など史跡がたくさんある。赤間神宮の白石正一郎の墓を参るだけでも登って降りたら一時間はかかる。もっと距離を延ばせば大田絵堂まで行こうかとか。宿泊しないと回れないほどのコースになる。
 C 下関には源平合戦の壇ノ浦もあるし、山陰側には古代遺跡。長府は中世の忌宮神社。近世は関門地域と豊富だ。近代遺産もあり、藤原義江や金子みすゞなどもある。巌流島とか龍馬のようなちゃちなNHKドラマで踊ってどうするかだ。地元の旅館が一番歴史に精通している。全国チェーンホテルで尋ねても「え?」といわれるだけだ。新自由主義というのは歴史の切り捨てが特徴で下関を寂れさせるイデオロギーだ。
  口を開けば予算がないというがカネはある。駅前に150億円、市役所関連に200億円、長府浄水場に250億円。それをやめて雇用確保や産業育成に振り向けるべきだ。「議員報酬を半額にして山林整備で100人ほどの雇用をつくろう」というのは受けるだろう。国全体も、大企業は200兆〜300兆円も内部留保を貯め込んでいる。みんなが貧しいし、このままでは日本はつぶれるのだから配ればいいのだ。それ以上に米国債を500兆〜600兆円ほど買い込んでいる。最近のドル買い円売りも米国債を購入しているだけだ。アメリカの住宅バブルは日本の低金利資金が原資だし、アメリカ人は貯蓄ゼロなのにバブルに乗っかって住宅を買い、クレジットで車を買い、借金で回していた。
  農業ではアメリカやヨーロッパは補助金漬けだ。関税が問題なら補助金をつければよい。大企業も海外移転といって出ていくが、ちょっと政変が起きたら没収されかねない。それをアメリカの核の傘で守っているわけだ。アジアでは日系企業がストに見舞われておおわらわだ。多国籍企業といえども本国の拠点がしっかりしてなかったらどうにもならない。大企業もヘッジファンドにこづき回されて、目先の利益ばかり追いかけ、技術の継承もできず欠陥品だらけになっている。

 外国人労働力導入は非効率 安さ求めて多いロス

 B 下関でも派遣や中国人などの外国人労働力の導入をしてきたが、これが効率的かどうかはわからない。派遣にすることによって技術レベルが落ち、生産性が落ちる。ロスや不良品が増えた象徴がトヨタのリコールだ。三菱でも技術が落ちている。船の球状船首の丸い部分の鉄板を曲げることができるのは下関では70歳過ぎの人一人しかいないといわれている。
 E 下関の水産加工も中国人を使っているが、もうかっているのかどうかだ。チームプレーが生産性の最大要素なのに、指示が伝わらなかったりする。アメリカは多民族国家だから、現場のコミュニケーションがとれずにロスが多い。目先だけ見ていたら「もうかる」かもしれないが長期的にみたらロスだ。中国人研修生も3年したら帰っていく。中国に生産移転するためになる。
  安さを求めて労働者を切っているが、おかげで税収も減っている。市も県も税金がとれなくて弱り果てている。納税水準に届かないから農家が税金を払わない。中小企業も疲弊しきっている。公共事業でも安さを追い求めてダンピング競争をやらせた結果、企業がつぶれて税収が減る。大型店も非正規雇用ばかりで、しかもハローデイやローソンは中国人研修生を雇う。
 
 労働価値説が真実 逆立ちの新自由主義

 A 
「弱肉強食で強い資本が勝って小さな資本が負けるのは資本主義のおきてなのだ」を深く信じている人は落ち込むほかない。しかし産業がつぶれたら国がつぶれる、資本主義がつぶれる。資本主義がつぶれて、「資本主義のおきて」だけが生き残るというバカげたことだ。新自由主義というのは原理主義でひじょうにイデオロギー的だ。世の中を逆立ちして走っている。過激派イデオロギーだ。そういう枠をこえて、産業保護、社会の擁護がいる。
  価値観をひっくり返さざるをえないところにきている。銀行がもうけるだけでは世の中が成り立たない。労働価値説が真実だ。そもそも銀行や大企業がうまれるまえから農業、漁業があり、モノづくりがあった。資本主義の短い間に、もうかるかもうからないかが基準になって社会がつぶれるところまで来た。
 D 安倍・林支配も下関がどうなるかではなく、自分たちの利益優先で自分たちの存立の根拠を食いつぶしている。かれらが野党暮らしでうらぶれているのは、足場である下関を寂れさせていることが最大の根拠だ。

 日本立て直す最先端モデル 市場原理先行の下関

  下関市政が市場原理市政の最先端でやってきた。そしてつぶれるところまできた。全国に先行している。今度は日本を立て直す最先端モデルになる番だ。早くから市場原理をやった中南米では「この野郎!」とアメリカ従属の売国勢力をやっつけて、企業を国有化してやっている。社会が持たないからそうならざるをえない。なんだかんだいっても労働によって社会は成り立っている。
  働く者がいなければ世の中は成り立たない。医療や介護も、働く者が働けるようにしなければ国は大変なことになる。医療費が高いうえに医者も少ない。「かわいそう…」とかの倫理的な話ではなくて、国がつぶれるかどうかだ。労働力が国を支える基本だ。介護でも個別家庭が背負うと現役世代はたちまち生活が破綻する。施設を充実させ、社会化しないといけない。それができない政治、制度に問題があるのだ。
 B ある企業で「この社会の結末は人間が必要ないということか?」と話題になった。アメリカは民族絶滅作戦をやってきた国だ。インディアンを皆殺ししてアメリカ大陸を乗っ取った。ハワイもそう。フィリピンも公用語を英語にしてしまって、日本にも乗り込んできた。中東でもイスラエルを使ってパレスチナを囲い込み絶滅作戦だ。日本民族を絶滅させてアングロサクソンが乗っ取るというものだ。
 A ここで来年1月の市議会議員選挙だ。下関がつぶれるところまできて、どっちに進むかの大きな争点だ。安倍・林代理市政とそのオール与党飼い猫議会、それを続けて下関をぶっつぶして良いかが問われている。この争点を鮮明にし、この下関を変える市民の大衆的なエネルギーを、いかに炸裂させるかが選挙の最大の課題だ。市民世論は熱気を帯びてきている。

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