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最大の存在感示した広島行動
原水爆禁止全国実行委員会
             「核を持って帰れ」が圧倒    2009年9月7日付

 今年の8・6広島集会を頂点とする原水爆禁止全国実行委員会の運動は、「アメリカは核を持って帰れ」というスローガンのもと、オバマ賛美の大合唱と抑圧をうち破り、平和勢力が大結集し、全広島市民を代表してその声を全国、世界に発信するものとなり、圧倒的な存在感を示すものとなった。原水爆禁止全国実行委員会は5日、第3回全国会議を開き、今年の8・6斗争のとりくみを総括。この十数年来進めてきた1950年8・6斗争を継承する運動の到達に確信を強め、当面する平和と独立を求める国民的世論の高揚に応えて、労働者を中心に全国民的な原水禁運動の力量を強化拡大し、飛躍発展させることを誓いあった。
 初めに報告に立った川村なおみ事務局長は、8・6行動で「日本が世界でも有数の貧乏な国になり、平和な国といっているあいだに、アメリカの国益のための戦争にいつ駆り立てられてもおかしくないところにきたこと、このようなアメリカ属国の構造が原爆投下に始まり、核配備を中心とした在日米軍基地による軍事支配が根幹となっていることを明らかにし政党政派をこえた“アメリカは核を持って帰れ”の一大国民運動の再建を訴えた内容が、全広島、長崎、国内外の平和を切望する広範な人人を代表するものとして圧倒的な支持と共感を得た」「8・6集会はこの10年で発展してきた全戦線の運動が合流するものとなった。飛び入りの広島市民や全国の参加者からも大きな共感が寄せられた」とのべた。
 また今年のとりくみが、オバマの「核軍縮」の欺瞞を暴露するなかで、広島をはじめ全国の世論を代表する運動となったことを明らかにし、「戦後の原水禁運動破壊の構図をうち破り、全国民的な平和運動が前面に登場してきた。それは衆院選で自民党売国政治を大衆世論でつぶす力として共通し、圧倒している」とのべ、激変する大衆世論に応える運動の飛躍を訴えた。

 現役世代が行動へ 運動の発展に強い確信・広島も長崎も
 討議ではまず、広島、長崎の被爆地と岩国、沖縄など日本の平和運動を代表する各県の活動家から今年の運動の発展と、到達への確信が報告された。
 広島の活動家は「今年の8・6集会や原爆と戦争展は、アメリカからの独立、戦争反対の思いで被爆者・戦争体験者が意欲的に体験を語り、それに応える青年・学生に加え、労働者や広島市民の参加が強まった」と報告。
 労働者が「アメリカは核を持って帰れ」のスローガンに共感してデモの先頭に立ち、原爆と戦争展を参観し、「なにかしたい」と撤収を手伝うなど、現役世代が登場し始めたことにふれた。
 また、原爆と戦争展について、「宣伝の段階から、期間中も家族・友人で誘いあって参加するなど、市内・県内で動きが広がり、大学生など若い世代のべ数十人が、設営から撤収、呼び込みなどに加わり、“2度と戦争を許さない”“アメリカによる核支配に反対してどうするか”という論議になった」とのべ、「まさに広島市民が主催するものとなった」ことを明らかにした。
 そして、「この10年間広島市民の怒りに立脚し、アメリカにこびを売る勢力と一線を画してやってきたことが、市民のなかに浸透し力になって今表面化していると感じる。“オバマジョリティー”などは吹っ飛んでしまった。広島市民のなかでそのような力が強まっている」とのべ、私心なく大衆に奉仕する50年8・6路線の運動を強め、さらに大きな動きをつくっていく決意をのべた。
 長崎からは、今年8・6集会に参加した長崎の被爆者が、広島全体を動かしてきた運動の迫力を感じ「長崎も負けておれない」と一段と迫力を強めていることを報告。8月9日には学生に体験を語る会がもたれ「長崎市民も祈りではなく怒りだ」「オバマは口先とやることが違うんだ」と堂堂と語ったことを紹介し、「長崎では、劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』公演や原爆と戦争展のなかで、抹殺されてきた振遠隊や、2万体の遺骨の問題が明らかになり、歴史的に政治的な力で祈りのベールがかけられ欺まんがまかり通ってきたことに対する怒りが実感を持って語られている」ことが明らかにされた。
 また総選挙では広島でも長崎でも自民党が大敗したが、長崎では「原爆はしょうがない」発言をした久間元防衛大臣が落とされたことにふれ、「選挙結果でも原爆投下以後、日本がアメリカに侵略されて食い物にされてきたことへの怒りがあらわれた。長崎の被爆者は“以前は原爆はしょうがないといっても許されてきたが、この原爆展が始まって、4、5年で市内・県内の世論が様変わりしてきた”とふり返っていた。戦後六〇年を総括して第二の対米戦争をやらないといけないという勢いのある世論となっている」とのべた。

 日本の独立願う運動に 岩国や沖縄から報告
 岩国の活動家は、今年の原水禁運動が米軍再編による広島湾の核攻撃基地化、愛宕山の米軍住宅化に反対するたたかいのなかで「子や孫のために、郷土日本のためにじっとしてはおれない、心を一つにして行動しよう」とのかけ声のもとに、市民のなかで大きな運動としてとりくまれたことを語った。「アメリカは核を持って帰れ」というスローガンが、岩国では「アメリカにはもうお引きとりを願う」という言葉で、日本の真の独立と平和の実現を願う運動が広がっていることを明らかにした。
 またこの10年間、原爆展を中心に、「岩国空襲を語り継ぐ会」が市民のなかに定着するなかで、今年はさまざまな組織や団体からパネル貸し出しの要請が届き、学校での活用も広がり、岩国空襲を語り継ぐ会が出版した体験記が広く購読・活用されている状況を報告。そうした機運のなかで八月一四日におこなわれた今年の慰霊祭では連合自治会長が「米国の爆撃で亡くなられた多くの方方のために私たちは日本の独立と平和のために尽くします」とのべ、市長や代議士も「米軍による爆撃で…」と発言したことにふれた。
 そして、「岩国では“アメリカ”ということはできず、米兵が犯罪を犯しても“外国人”といっていた。原爆展を中心とした運動が岩国市民の意識を大きく動かし、“真の独立と世直しを成し遂げなければ日本の将来はない”という世論が生まれている。この10年やってきた方向、道筋を真摯につかみ実践すれば、必ず大きな運動をつくっていくことができる」と確信を語った。
 沖縄からも、衆議院選で全国と呼応して沖縄でも自民党が全敗、なかでも基地のある市町村で怒りが噴き上がったことが報告された。四月から連続的に各地で開催した原爆と戦争展には二千数百人が参観、被爆者・戦争体験者から再び戦争に向かうことへの危惧が語られると同時に、若い世代が真剣に体験を聞き「沖縄戦の真実」のパネルに深い衝撃を受けていることを語り、「今後青年・学生や労働者と結びつき、動く集団をつくっていく」ことを課題にあげた。

 外国人も行動を求める 教育運動とも結び
 原爆展全国キャラバン隊のメンバーの劇団はぐるま座団員は、7月、8月にかけて平和公園で開催した原爆と戦争展について、「外国人が吸いつけられるように来て、“この運動がベトナム戦争や朝鮮戦争でも核を使わせなかった”ことに衝撃を受け共感を寄せていった。外国人も日本の青年もこのような運動を求めており、なにかしたいという人が増えている」とのべた。
 また、今年は広島の学生たちが通訳ボランティアを担ったことを紹介。「ホームステイでアメリカに行った学生は、アメリカ人は原爆は仕方がなかったと思っていると思っていたが、そのアメリカ人が衝撃を受けていることに“見方が変わった”と話していた」こと、平和公園での街頭展示を毎年楽しみにしている被爆市民が地元の学生が活動していることに感動し、片付けを手伝ったことなどを語った。
 さらに「『動けば雷電の如く』公演のなかで現代の世直しをしよう、との世論があふれている。福岡県では、寺院が原爆展パネルの常設展示をする動きとなっている。はぐるま座も今年の到達に学んで新作『原爆展物語』をつくり上げ全国の運動に貢献していきたい」と抱負をのべた。
 北九州の男性教師は、「今年の人民教育全国集会では、20〇年来の教育で子どもたちが動物化して人殺しになっており、アメリカの起こす戦争の肉弾にする教育が意図的にやられているなかで、人民のなかに子どもを教育する力があり、その側に立って教育していくことを表明すると喜ばれた。これまでは自分たちの実践の自慢大会になっていたが、人民の側に立つことが重要だ」と強調した。
 北九州での原爆と戦争展も、北九州市民の側に立って発展させることを追求してきたこと、今年はとくに日産やトヨタなどの首切りや、自民党の大物に対する怒りが語られ、若い世代が切実な思いで参観し、協力者が広がっている状況も報告。「今月12日に、“戦争と教育”というテーマで交流会を開き、教育問題と結びつけて広げていきたい」と語った。
 長崎や広島での行動を担った山口県の活動家から、確信に満ちた発言が続いた。
 山口市の男性は、「この10数年来の原爆と戦争展は、あの戦争はなんだったのか、だれが国を売ったのか、戦後総括の運動となり、それが今回の総選挙で売国政府打倒の世論を形成するのに大きな影響を与えてきた」とのべた。
 また60年代から原水禁運動にかかわってきた体験をふり返り「原水協分裂のときに、分裂側の大会に参加したことが長い間心に引っかかってきたが、長崎で2万体の遺骨や振遠隊が62年に抹殺されたことが、アメリカの原水禁運動の破壊と結びついていたことがはっきりした。50年代から60年代の安保斗争が終わり、波がひいていくように運動が衰退していった。アメリカは反米斗争が発展するのは困るということで労働組合幹部や文化人をアメリカに招いて、労働組合をつぶし原水禁斗争をつぶしてきた。東京の杉並の主婦の運動から原水禁運動が始まったといって50年8・6斗争を否定する流れが原水協の中心に座ってきた。当時の原水協の態度が今のオバマ賛美の流れにつながっている」と語った。
 萩市の活動家は、「長崎での2万体の遺骨問題で、犠牲者にどのような態度をとるのか、犠牲者を慰霊してその敵とたたかうことで市民と団結していけることを学んだ」と語った。
 また広島での宣伝行動にも参加し、強い反響が寄せられたことを語り、「宣伝内容が市民のなかに流れている思いを代表してたたかう立場からつくられたから、浸透していった。連続しておこなったことの持つ力は大きいのではないか」とのべた。

 労働者中心に各層結集 今後の方向論議
 今後の方向と関わって、社会の生産を担い、最大の政治的力量を持つ労働者を中心に青年学生、教師、知識人・文化人など各層を結集する方向が提起され、論議が深められた。
 山口の活動家は、原水禁運動の分裂が「平和の敵」を覆い隠し「核兵器に反対」といってやられたことと関連して、「その後、経済主義がふりまかれて、労働組合が自分たちのことしか頭になくなってきたが、この10年、原水禁運動の空白をのりこえて50年8・6路線で運動が始まってきた。今年新しい段階に入っており、労働運動をどう再建するかという問題を解決すれば、必ず発展するし、原水禁運動をすべての運動の柱にすれば各戦線も立て直していける」と確信をのべた。沖縄の活動家も、「今年初めて広島に参加した労働者が非常に確信を持ち、来年も参加したいと語っている。労働運動の路線を鮮明にして、結集していけば発展する展望が出ている」と語った。
 この方向と関わって、「政治課題を鮮明にすれば大衆は結集しないという論がはびこってきたが、50年8・6斗争はそれをうち破って“反帝反戦斗争”を基本にし、経済主義を一掃し、階級的宣伝と国際的連帯性を強化する方向に転換することで世界大会を開催し、60年安保斗争まで発展した。アメリカは平和運動内部の手先を使ってここを破壊してきた」「自民党売国政府を全人民の世論で打倒したことは、“アメリカは核を持って帰れ”に象徴される方向が圧倒的に支持されたのと同じ世論が全国的に動いていることを示すものだ。大衆の底流に流れている世論を代表してきたことに確信を持って、堂堂と進むことだ」「来年に向けて私心なく奮斗する活動家集団を全国あらゆる地域や職場につくっていこう」などの意見が交わされた。

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