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原爆と戦争問題が最大争点
             参院選 日本を米本土守る核の盾に   2007年7月4日付

 久間防衛大臣がアメリカの原爆投下について「あれで戦争が終わった」「しょうがない」と発言し、久間大臣の地元である長崎市民をはじめとする大衆的な憤激の世論によって辞任に追い込まれた。久間発言に対して安倍首相は、はじめ「問題ない」と擁護したが「厳重注意」となり、辞任承認となった。参議院選を前にして、安倍自民党政府と広範な人民との間で、原爆と戦争問題がきわめて重大な争点となっていることを示すこととなった。小泉政府から安倍政府へとつづく6年、アメリカ・ブッシュ政府のいいなりとなって、構造改革を進めて、外資と大企業がボロもうけをする一方で労働者も都市の勤労市民、農民、漁民、中小業者も生活できない奴隷状態となり、教育も医療も社会的に保障すべきものは個人責任で切って捨て、三権分立はないような状態で国民の声は無視された暴走政治が横行し、アメリカの戦争のために日本を総動員する策動が進んだ。日本人民のなかで、売国、反動、戦争、貧困の道と対決し、独立、民主、平和、繁栄の道を求める世論の巨大な高揚が起きている。原爆と戦争への再編はどう進んできたか振り返ってみたい。

 米軍の為に肉弾を差し出す イラクやアフガン
 小泉政府は歴代首相で初めて「改憲」を叫び登場した。2001年9月にNYテロ事件が起きると「パールハーバーをやった国民と同じ目にあわせる」と叫んでアフガン侵略に突っ込んだアメリカに従い、わずか1週間で自衛隊派兵を決定。翌月にテロ関連3法を成立させ、国会の承認も地理的な制約も受けない自衛隊参戦を可能にした。12月には海上自衛隊による米艦船への無償洋上給油を開始した。
 翌年にはアフガン戦争に派遣された米イージス艦をイラク攻撃へ回すため、テロ特措法を変更し自衛隊のイージス艦をインド洋に派遣。米英軍が3月にイラクに攻め込むと、小泉は「アメリカは日本が攻撃されたら自国への攻撃とみなすただ1つの国。日本を攻撃しようと思ういかなる国にも、抑止力になっていることを日本国民は忘れてはいけない」とのべ米国へ感謝せよと強調した。
 国内では言論弾圧にむけた個人情報保護法(5月)、有事関連3法(6月)を成立させた。有事法では首相に地方自治体首長を即更迭できる独裁的権限を持たせるとともに、自衛隊が陣地構築のために家や物資を接収できるようにした。
 さらにイラク派兵特措法を七月に成立させた。防衛庁は自衛隊員の手当てを1日3万円、弔慰金の最高限度額を9000万円とし、04年1月にイラク派遣を強行した。小泉は派遣理由について「反テロ」「大量破壊兵器」「非戦斗地域」など、いい加減な答弁をくり返し「日米同盟・国際協調を行動で示す」と強調した。国の最高法規である憲法より「日米同盟が大切」という売国ぶりを行動で示した。
 そしてイラクで自衛隊撤退を求めた人質事件が起きれば即座に「自衛隊は撤退しない」と拒絶。04年8月には沖縄県の大学校内に米軍ヘリが墜落し、10月にはイラクで日本人青年が遺体で発見されても、顔を引きつらせながら派兵を継続した。さらに実行したのは戦前の国家総動員法と酷似した国民保護法、米軍が土地接収を可能にする米軍行動円滑化法など、住民を弾圧する有事関連7法の強行成立だった。
 アメリカの圧力で具体化した新防衛大綱は、アジアでの核戦争を想定し日本へのミサイル防衛(MD)網整備を中心にすえた。自衛隊の装備を大幅に削減し、米本土防衛のために1基・1兆円もするMDを配備させるものだ。
 05年2月の日米安全保障協議委員会「2プラス2」では、在日米軍再編に向けた日米両政府の「共通戦略」を国会論議も経ぬまま決定。脅威を「中国の軍事力増強」「北朝鮮の核・弾道ミサイル」とし、日米が連携して「攻撃されるまえにたたく」とした。
 連動して「国民保護指針」を05年3月に閣議決定。「有事」を弾道ミサイル攻撃、空爆、核攻撃、原発への襲撃と定め、核攻撃の対処法を特筆した。熱線、爆風、放射能の影響にふれ、避難時は「風下を避け、手袋、帽子、雨ガッパなどで外部被爆を抑制するほか、口及び鼻を汚染されていないタオルで保護すること、汚染された疑いのある水や食物の摂取を避ける」とした。「国民保護計画」は沖縄戦をモデルにしているが「有事」とは原水爆戦争を想定している。

 米軍再編で全土基地化
 そして06年5月に全国の米軍基地撤去世論を踏みにじって米軍再編計画を決定した。米政府が要求する第1は米陸軍第1軍団司令部(ワシントン)のキャンプ座間(神奈川)移転である。しかも通常の軍団司令部と違い、小規模な陸上戦から海軍、空軍、海兵隊との共同作戦などあらゆる戦斗を指揮する新司令部UEXを配置する。この司令部が在日米軍司令部を担当し、航空総隊司令部も横田基地に移転し、米軍が自衛隊を直接指揮する。それはGHQが戦後、日本国内の運動を弾圧したように、自衛隊や警察を従え、国内の治安弾圧司令部にするものだ。
 岩国基地には厚木基地の空母艦載機57機(米兵1600人)と輸送機2機、普天間の空中給油機12機(米兵300人)を2014年までに移転し、2009年7月までに九州・瀬戸内に恒常的な夜間着艦訓練(NLP)施設をつくるとした。米海軍はアジア太平洋地域を空母2隻体制とする計画で、佐世保沖に空母を配備しその艦載機部隊も岩国基地に飛来させる。辺野古の普天間代替施設もV字型に1800bの滑走路2本を有する大増強。2014年までに完成させるとした。
 横田基地は日米共同統合運用調整所を設置し「ミサイル防衛拠点」にする。さらに嘉手納、三沢、岩国の米軍戦斗機訓練は築城、新田原、百里、小松、三沢、千歳の6空自基地に拡大。全国の自衛隊基地を米軍基地へ変えるものである。
 そして06年7月に北朝鮮の「ミサイル発射実験」をすると小泉政府は北朝鮮制裁の国連決議を提起し、全国の自治体に武力攻撃事態に対応する警戒指示を出した。当時の安倍官房長官は「誘導弾等の基地をたたくことも法律上の問題としては自衛権の範囲内として可能との答弁がある」と戦争をも辞さない姿勢を表明。小泉内閣は「国際的な紛争は武力に訴えるのではなく話し合いで解決する」という戦争体験にもとづく国是を覆し、軍事力で屈服させることを「普通の国」といい実行し始めたのである。

 米本土防衛に拍車 安倍首相登場・ミサイル配備急ぐ
 この中で「改憲」「戦後レジームの脱却」を掲げて登場したのが安倍首相だ。所信表明で「集団的自衛権の行使へ向けた研究を進める」「米国と連携して弾道ミサイル防衛システムの早急な整備に努める」と強調。ミサイル防衛を日米同盟の優先課題とした。
 10月に北朝鮮核実験問題が起きるとすぐ制裁を発動。朝鮮からの貿易や入港・入国も禁止する制裁に加え、「臨検」を実施する特措法整備に着手した。候補地には佐世保港と下関港をあげた。米軍嘉手納基地には地対空パトリオット・ミサイル24基と、米陸軍防空砲兵大隊400人、最新鋭のステルス戦斗機を配備した。
 安倍首相は11月、「米国に向かうかも知れないミサイルを撃ち落とすことができないのかどうか研究しなければならない」と米国メディアを通じて表明。来日した米国のローレス国防副次官は「ミサイルが米国に向かうことが明らかで、日本がそれを撃ち落とせるのに落とさないのはクレージーだ。そんなものは日米同盟ではない」とのべた。「ミサイル防衛」は米本土防衛が目的で、日本の人や郷土も家屋も核攻撃の標的としかみなしていないのである。
 そして自衛隊幹部や在日米軍幹部で構成する共同計画検討委員会(BPC)が第2の朝鮮戦争に向け、実戦に使える軍事作戦計画の具体化に着手した。だがアメリカの方は、イラク戦争で行き詰まるなか、対朝鮮の話し合い解決を進めたため、制裁1本槍できた安倍政府は肩すかしを食らった。しかし日本が朝鮮戦争時に米軍に提供する空港、港湾などの施設名はしっかり明記された。
 こうしたなかで防衛省関連法を成立させ、1月に防衛庁を「防衛省」にした。初代防衛大臣に久間氏が座り、自衛隊の「付随的任務」だった「海外活動」を「本来任務」に変更。すでに本来任務としていた「治安出動」とあわせ、「内に抑圧、外に侵略」の体制である。
 3月には国内外のゲリラ戦に対応する極秘の中央即応集団(約4100人)を発足させ、首都圏の入間基地から自衛隊基地へのパトリオット・ミサイル配備を開始した。全国の市町村に国民保護計画をつくらせ、戦時総動員体制も具体化した。
 5月の日米安全保障協議委員会ではMD配備をめぐって久間大臣が「前倒しするので生産を速めてほしい」と米国に要求し、2010年度末の予定だったミサイル全面配備(16基)を2010年初頭に変更した。海上配備型迎撃ミサイル(SM3)のイージス艦への搭載も、07年末までとし、残る護衛艦3隻の改修も前倒しした。国会では米軍再編推進法を成立させ、米軍再編に協力しない自治体を兵糧攻めにする体制をつくった。
 「海外派遣を本来任務」にする体制は、国内の治安弾圧を露骨にした。沖縄・辺野古沖における米軍基地建設の事前調査では「民間企業だけでは妨害があったら調査ができない」(久間防衛相)と、米軍のために自衛隊掃海母艦が出動。上関原発計画に向けた詳細調査への抗議行動でも自衛艦が沖合に2隻徘徊した。下関・六連島などでの国民保護計画による実動戦時訓練にも自衛隊が参加した。最近、陸自情報保全隊がイラク自衛隊派遣反対の動きを監視するリストが明るみにでたが久間大臣は監視対象が「全国民だ」と公言した。自衛隊は戦前の憲兵隊と化しているのである。

 改憲で自衛軍保持企む
 そして安倍政府は5月、「改憲」手続きを決めた国民投票法を成立させた。自民党の新憲法草案では「戦争放棄」の章題は「安全保障」と変更し、「戦力不保持」「交戦権の否認」を削除して「内閣総理大臣を最高指揮者とする自衛軍を保持」とした。安倍首相のようなものが自衛軍最高指揮者となる。この自衛軍の任務は「国際的に協調して行われる活動および、緊急事態における公の秩序を維持」。海外派兵と国内弾圧が役割である。
 具体化を急ぐのは「憲法解釈の変更」による集団的自衛権の行使である。安倍政府は、行使賛成派の御用学者や防衛省関係者ばかり集めた研究会を5月に発足させたが、6月末の第3回会合では「米国を狙ったミサイルを日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃すべきだ」との意見で一致した。アメリカが勝手にはじめた戦争で自動参戦し、日本が核報復攻撃にさらされるばかげた内容を秋に提言として出そうとしている。
 こうして小泉―安倍とつづく6年のうちに進められたのは、アメリカの原爆投下と占領に感謝して、アフガン・イラクに日本の若者を肉弾で差し出し、米軍司令部を首都圏に移して日本を核ミサイルの出撃拠点にし、挙句は米国がはじめた戦争によって、日本を再び原水爆戦争に投げ込むとんでもない企みである。久間発言について安倍首相は「アメリカの考えを説明しているので問題ない」といったが、安倍自身が官房副長官時期に「日本も核武装することを検討する必要がある」「小型原子爆弾の保有は憲法上可能」(02年)と発言している。官房長官時期にも「一緒に活動している外国の軍隊が攻撃されたとき自衛隊が黙ってみていなければいけないのか」(06年)と米軍の戦争に日本を自動参戦させる意図を明らかにしている。久間発言は「戦後レジームの脱却」と叫んで国を売り飛ばし戦争へ突き進んできた安倍売国政府の本音である。

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