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正常化阻む異常な隠蔽や恫喝
下関市立大問題
              大学の「学問の自由」蹂躙     2012年7月6日付

 下関市立大学が独立行政法人に移行して以後、市役所から天下った松藤理事長(報酬1600万円、4年で400万円の退職金)、植田事務局長(報酬1200万円)体制のもとで大学崩壊の混乱状況に陥った。市退職幹部らがヤクザ的な大学支配をしながら、一方では大学を食い物にして利権天国にしてきた構造が1年半近くにわたって暴露されてきた。その後、関係する当時の理事長と事務局長は役職を追われ、解決に向かうかと期待されてきたが、後任体制になっても引き続き真相を隠蔽し、一連の構造を温存していこうとする力が働いている。下関市役所では市民のために働くという公務員精神を失った者ほど出世していることが恥ずかしいことという話が広がっているなかで、大学を市役所幹部役人の天下り利権ポストにして、学生のため、学問の自由のためという大学としての生命線が蹂躙されていくことも同じ性質の問題であり、早期の解決が求められている。
 
 早期解決望む圧倒的市民世論

 同大学の問題を巡っては、教授たちの論議から始まったが、学費を苦労しておさめている大学の主人公である学生たちの多くが真相を知って、「なんとかしなければ」という思いを強くしている。また、学費を支える親たちや学生たちの苦労を知っている地域のアルバイト先の関係者、地元高校の職員室などでも強い関心を持って成り行きが見守られ、広範な市民のなかで解決を望む世論が広がってきた。ところがいくら待っても真相解明がなされず、学生や父母たちにもまったく状況説明がないどころか、大学内部ではむしろ旧体制に引き戻そうとする力が働き、逆流があらわれている。
 この間、1600万円の損失を被ったトイレ改修工事の問題について、幹部職員が業者と結託して入札参加業者を選定していたとして山口県警が書類送検する出来事があった。当時つぶれかかっていたシモケンに対して、同大学がまるで救済資金を提供するような格好で工事をあてがい、案の定同社が事業停止になって工事はストップ。その際、保証すら免除して発注していたことや、前払い金は四割と記載されているのに六割を大学側が支払っていたことなど、不可解な点が山ほど明らかになった。
 これは理事長、事務局長に責任があるのは当然であるのに、だれがどのような責任をとるのか判然とせず、なぜこのような問題が生じたのかも伏せられたままである。一方では損害賠償請求の民事裁判をやっているのに、裁判内容について大学関係者全体には進行状況が伝えられず、陰でコッソリ処理する流れになっている。
 トイレ問題に限らない。4500万円もかけて整備したはずのグラウンドから釘や石がゴロゴロと出てきて、雨が降ると以前よりも水はけが悪いためにヘドロが堆積する問題も未解決。週末にグラウンドを使用している少年サッカーの子どもが大怪我をしたという話題も広がっている。錆びた釘が刺さるのを懸念して、学生たちはサッカーや野球でもスライディングにちゅうちょしなければならない状態が続いている。
 4500万円も拠出して事務局長の同級生の会社に請け負わせた結果、「釘が怖くて思い切り運動できないグラウンド」つまりグラウンドだったところをわざわざグラウンドでないものにしたという信じられないような工事がよしとされている。それほどの資金をはたいたら、同大学を視察したスポーツメーカー担当者曰く、「全面芝生化が可能だった」というほどのものなのに、なぜクレームすらつけず、業者責任も問わずに隠蔽を図っていくのか、検証すらしないのか? という疑問は払拭されていない。
 再改修を求める意見に対しては、「学生は保険に入っているのだから大丈夫」と事務局職員が主張し始める始末となっている。「学生の安全のためにどうか」という基準が吹っ飛んで、けがをしても保険で治療すれば大丈夫という結論にたどり着く。これは余程の理由が事務局側にあると見なさなければ理解できない。

 旧体制復活を図る逆流 後任体制になっても

 大学が江島前市長の所有するアパートを借り上げたり、事務局長の友人が所属している楽器会社から吹奏楽の楽器を700万円近くかけて一括購入させ、それまで所有していた楽器を学生に捨てさせたり、後援会資金(毎年2500万円の収入)も含めたカネの不透明な流れは他にも山積。事務局のなかでは正職員が減らされて非正規雇用が増え、大学業務が滞るなど「効率経営」の弊害が出ながら、一方では荒い金遣いが横行し、利権への散財に歯止めがかからない経営体質になっていた。一連の問題について解決を求め、真相究明を求める「邪魔」な教授たちへの恫喝が加えられ、別件逮捕のような形で物いわせぬ圧力が加えられるシカケであった。
 こうした状況について事務局長、理事長の交代直後は正常化に向かうかと思われたが、トイレ問題など調査し始めた藤田事務局長は、酒の席で動画撮影された「パワハラ騒動」を契機にして、本人が嫌気がさして半年で辞職。その後事務局長として中尾市長が送り込んだのが、植田事務局長体制のもとでグループ長をしていた佐々木幸則・市出納室長であった。教授を巡る裁判に大学側関係者として引っ張られたりして恨み骨髄の心境にある人物が、事務局長として戻って采配を振るい始め、目下「植田型体制復活」の気炎を上げている。真相究明や事態解決どころか、逆に教授たちにも学生たちにも、ものをいわせないようにする行動をエスカレートしている。
 旧勢力の鼻息が荒くなったきっかけは、1人の男性教授を巡るセクハラ裁判で最高裁が有罪と認定したことであった。男性教授の弁護にかかわったり地位保全に協力してきた仲間の教授たちをリストアップして「処分する」と恫喝し始めたりしている。さらに教授たちのなかでは、「シモケンのM社長は大学評価委員ではなかったのに、ウソを報道する長周新聞社と付き合うのは各人が考えるべきだ」と大学の偉い人がのべたといわれ、一部の教授たちが飛び上がる状況ができている。
 「ウソか本当か」の問題で見ると、評価委員会メンバー(平成22年度に外れた)として書かれたM社長の肩書きは、海響館前の立体駐車場を市に無断で他に売却して問題になっていたシモカネの専務取締役である。ところがこのシモカネ専務はトイレ工事をやったシモケン社長だった。シモカネ社長は同時にシモケン専務であった。会社の名前が違うだけで同じ会社だった。トイレ工事が市立大学から発注される時期には経営が行き詰まって、兄弟企業が互いに融通手形を切ったり四苦八苦していた時期に重なる。ついでにトイレ問題でムキになる大学後援会顧問の長秀龍市議(公明党)はシモカネの関連会社であるトマトで働いていた経緯がある。さらに植田事務局長がその友だちで彦島の自宅前に選管公認の「長秀龍」看板を掲げていたことも知られている。
 この教授を飛び上がらせた大学幹部は、トイレ問題などの市大の実情、下関の実情にどれほど無知で、無関心、無責任であるかを暴露している。もしくは、シモカネ専務が書類に届けられた評価委員であってシモケン社長ではないというような、アメリカの弁護士のような屁理屈をいっているのであろうか。

 学業に役立つ立場放棄 学生に真相知らせず

 一連の取材を進めていくなかで、7月2日付で本紙に対して、「市立大学事務局長・佐々木幸則」名で「無許可印刷物配布等に対する抗議について」と題した警告文が郵便局の内容証明つきで送られてきた。本紙の女子青年記者2人が大学構内で許可のない印刷物を配布し、取材活動をおこなっていたことが、学内管理規定に反しており、「本学は、両氏の行為について抗議する」こと、「今後同様の行為があった場合は、貴社関係者の本学構内立ち入りを禁止させていただく場合もございますので、念のため申し添えます」という内容であった。
 このことについて、佐々木事務局長に直接尋ねたところ、「印刷物を配布したり学生へインタビューすることについて許可をとるのは、一般社会の通念上は常識だ。防衛省官舎へのビラ配布で最高裁が出した判決を見ていないのか? そのあたりも勉強なさったらいい。住居不法侵入とまでは今回はいっていないが、弁護士とも相談して警告文でも出したらどうかということで対応している。なにもしなければ私の不作為が問われる。そちらの弁護士とも相談なさって対応されてください」とのことであった。
 なお、「本学は抗議する」となっているが、「本学」を代表するのは事務局長なのか、大学の意志決定や権限はどのようになっているのか聞いたところ、学内の管理責任者は事務局長であり、理事四人(本間理事長、佐々木事務局長、荻野学長、櫻木学部長)の同意も得て郵送した抗議文であるとの説明であった。
 なお本紙記者がやったことは、学生たちに市大問題を掲載した紙面を見せ、学生たちの意見を聞いて回ることであった。それまで教授たちに取材することには抗議はなかったことから、学生に意見を求めたことがカンに障ったものと見られる。市大幹部がおかしな支出をした金は、学生たちがアルバイトを重ね、苦労をしておさめたものである。問題が学生たちに無関係なわけがない。それ以上に学生たちをただの年貢奴隷のように見なし、学生たちの学業の役に立つという事務職員の立場を放棄していることが大きな問題なのだ。
 2人の記者が取材をしているときに、事務職員が色をなして捜し回った。学友会など学生の団体に「長周新聞が来たらすぐ事務局に通報すること」と通知していたといわれている。学生たちは従順な年貢奴隷であるだけではなく、目も耳も口もふさいでいなければならないという行動であった。言論機関は取材の自由・言論の自由が生命であるが、大学は学問の自由、思想の自由が生命である。これを一部の者の利権、市役所幹部職員退職者の天下りポスト維持のためにつぶそうというのが、反社会的な大問題なのだ。独法化後につくられた学内管理規定に反しているというなら、その管理規定が大学の生命にかかわるあり方に反しているのだ。
 抗議文では「防衛省官舎のビラ配布」と同じといっているが、学問をやる大学を戦争をやる防衛省と同じものと見なすところに、佐々木事務局長ら幹部に大学人意識がまるでないことを暴露している。
 こうして佐々木事務局長らは、教授たちと学生たちを長周新聞と接触させないことに鼻息を荒くしているのである。教授たちの世論、さらに学生の自主的な意見の表明、さらに市民全体の世論をもっとも恐れていることをあらわしている。はじめはたかをくくっていたが市民世論の力で、前理事長、事務局長が解任となり、トイレ問題で関係職員が書類送検になって、もっと上の責任者に取り調べが及ばなければ検察も疑われるというところへきたからであろう。

 任命責任問われる市長 大学として立直す為

 学生に事情を説明する義務があるのは大学当局であり、長周新聞によって初めて知られることは大学として恥である。真相の説明を親や学生にすることを拒否し続け、学内の異論を封殺してこれほどムキになるのは、古い利権構造の隠蔽と温存をはかって、顔ぶれが変わっても同じことをやろうとしていると見なすほかない。
 市立大学がこの数年、極端に受験希望者が減っている現実を見る必要がある。それは長周新聞が書くからだというが、書かれたような大学とはいえないことをやって解決しないからである。学生を大切にして学問の自由を保障するどころか学生を年貢奴隷としか見なしていないような大学に魅力を感じる者などいない。地元高校からの推薦入学すら定員割れを起こしているが、教え子を今の市立大学に送ることをちゅうちょする教師たちも、正常化するかどうか成り行きを注目している状態にある。
 独法化以後、大学を利権の道具にして大学の理念をなくし、学生のために働くというのが幹部職員のなかでないものとなった。公務員精神を失った幹部職員が高額報酬の事務局長などに天下り、大学精神など理解できない者が権限を握って横暴な大学破壊をやっているのが根本的な問題となっている。大学は学生たちが学ぶためにある。職員は学生たちの学業のため、勉学のために奉仕する公僕でなければならない。ところがその関係が逆転して、授業料収入は散財の原資くらいにしか思っておらず、それまで最高の意志決定機関だった教授会及び教授たちは弾圧対象になり、事務局主人公の大学にして大学崩壊を招いている。
 植田事務局長時期、人人を恫喝して物いえぬ状況にして繰り返していたのが、デタラメな利権散財であったことに恥を知らなければならない。佐々木事務局長は公務員として長府支所や資産税課時代など含めて住民とのトラブルメーカーとして知られ、部下からも嫌われている面では、先日の「算数をしなさい」と議会答弁した部長の上をいくという評価が市庁舎内にある。そのような市民のため、学生のためという姿勢がない人物を、年収1200万円のポストに送り込んだ中尾市長の任命責任が問われている。
 市立大学を大学として立て直すために、大学を利権の道具として温存する流れは一掃されなければならない。市大幹部の暴走の現状は広く知られなければならない。大学内の教員、職員、そして主人公である学生と市民世論の力は、市大幹部による力関係の勘違いを証明することは疑いない。市大の正常化が急がれる。

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