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「青年学生平和の会」を準備
青年の結集へ論議広げる
              各職場での要求束ねる    2006年3月2日付
 
 下関では、青年が平和で豊かな社会のために役割をはたしていこうと、「青年学生平和の会」(仮称)を立ち上げる準備が有志によってすすめられている。それぞれの職場や学校でどんな状況にあり、どんな共通の問題があるか、それは社会全体とどうかかわっており、どうすればよくすることができるかなど、青年が自由に論議する場を持つことから、恒常的な会につなげていこうと、「呼びかけ文」を青年に持ちこんで論議を広げている。

                      呼びかけ文

 わたしたち青年は、未来への希望を切実に求めています。しかしこれから先、青年をとりまく社会はどうなっていくのか、展望が見いだせない世の中になっています。学校は競争ばかりで無味乾燥であり、卒業してもまともな就職先がなく、パートやアルバイトで先の見えない状態であったり、直面するのは人人が人間扱いされない社会の不合理ばかりです。このような社会の現状のなかで、戦争を体験した世代をはじめとして多くの人たちが、戦後60年いい社会をつくるためにがんばってきたのに、どうしてこんなデタラメな日本になってしまったのか、このままではいけないし、平和で明るい未来のためにと、被爆体験や戦争体験を語りつぐなど行動されています。また下関では、ゴミ袋問題を契機にして婦人を中心とする市民が市政を動かす力を発揮しています。社会を支えているのは上の権力者や金持ちではなく、働く人たちであり、みんなが団結していくなら、いい社会に変えていくことができるし、そのために「若者が、がんばってほしい」と願っています。
 若い世代が、それぞれの職場や学校で、一人一人の思いや力はバラバラですが、さまざまな環境にある青年同士がつながって、共通の思いを語りあうことは有意義だと思います。職場や学校生活など日日矛盾に感じていることはなにか、みんなはどんな共通の思いを持っているのか、それは社会全体のすすみ方とどう関係しているのか、青年はこの社会とかかわってどう生きていけばよいのかなど、論議できたらいいと思います。
 戦争を体験した人たちから生の歴史を教えてもらうことは、これから先社会がどうすすんでいくのかとかかわって大事です。そのほかこの社会を支えているいろんな先輩たち、専門的な知識を持った人たちなどの話も勉強できる機会ができたらいいと思います。
 以上のような問題意識から、いろんな立場の青年が集まって、交流論議する会を持ちたいと思います。それが、多くの青年の思いを代表し、青年がバラバラではなくつながって、平和で豊かな社会を実現していく力になるような、恒常的な会につながっていけばよいと思います。以上の問題意識を自由に論議する青年の交流会を開くことを呼びかけます。

 横との連携を求める声 医療や工事現場等で
 この「呼びかけ文」を介護現場、医療現場、工事現場のさまざまな職場の青年に持ちこむなかで、仕事での経験や誇り、ぶつかっている問題や矛盾、「なぜこうなっているのか」という疑問など問題意識が語られている。
 手に職をつけようとヘルパーの資格をとったK君(22歳)は、以前大手自動車メーカーに勤めていた。工場を担っているのは派遣労働者や外人が多かった。「社会全体が金、金で動いて“効率化”をしないと会社自体もつぶされていく世の中だ。生き残るためにコストが安く日雇いや派遣労働者を雇う。だから一会社で社長に文句をいってもそれで終わりだ。社会全体のなかで、どうなっているのか根本的な問題が知りたい」と話す。
 労働組合法とか団体交渉権とか定められているが、実態はパートとかアルバイトが増加し横のつながりもできない。もし意見をいえば“どうぞやめてください。ほかの人を雇うから…”、となる。そうやって発言権も奪われている。「社会はこれだけ発展して物はあふれて安いのに、なぜ働く人がきつい思いをしているのか。格差が広がっているのも実感だ。横のつながりをつくっていろんな現場の人の意見も聞きたい」と語っていた。
 F君(22歳)は企業の生産現場で働いている。自身は正社員だが、現場には上も下もパートや契約社員が多い。自分は先輩から技術を習ったが、その先輩も契約社員のためすでにこの会社にはおらず、自分が下の契約社員に技術を教えないといけない。しかしいくら教えても、途端に契約が切れて別の会社に行くということがくり返される。「技術継承がまったくされない。こんな状況でこれからどうなるのだろうか」と矛盾や不安を持ちながら働いている。
 大学の求人で派遣医療事務の医療事務についたTさん(21歳)は、いまはやめて仕事を探している。病院に勤務した当時、派遣されてきたばかりの人ばかりだった。診療報酬の計算で金額も大きく変わるなど専門的な知識がいるが教えてくれる人もおらず、「“即戦力”で現場にほうりこまれた」とふり返る。いま求人雑誌で職を探しているが、家族のこともあり、地元下関で仕事をしたいのだが、下関にはなかなかないのが実情だ。「医療事務での経験もあってなかなか足が出ない。ニート寸前」と深刻な表情だった。
 下関の工事現場で旗振りをしていたA君(18歳)は、両親の離婚をきっかけに高校2年で中退し働きだした。友だちはみんな3月に高校を卒業する。会社には学生など20代のアルバイトのほかに、50代、40代も多く経験を習いながら仕事をする。「建設現場では警備の仕事が一番下です。日払い賃金で計算したら時給670円ぐらい」と話していた。本社が博多なので福岡や中津の工事現場まで行くことがある。朝五時に集合し現場に行く日もあれば、「きょうは夕方五時までやって、夜の九時から夜勤です。寝る暇ないですよ」という。
 弟は今年高校受験、妹は今年中学生になる。高校にかよっていたとき父親が市場で夕方五時から朝五時まで365日休まずに働き、朝くたくたになって帰ってくる姿を見て、「長男だし自分も家族のために働きたい。おばあちゃんがもらう年金も少ないし、年なのに働いている。家族を助けたい」と決めた。いまは高卒の資格をとる通信教育を受けるための学費をためている。「雨の日も風の日も人の安全を守るためにぼくらは働いている。人のために働かないといけないと思う」と語っていた。
 職場での経験や思いを語るなかで、「“社会が悪い”と文句ばかりいうのではダメだと思う。なにが問題なのか、どうしたら解決するのか、考えていきたい」「若い人の力だけでは解決できない問題ばかりだ。会社のことでも社会全体のことが関係する。若い人でおたがいのことを話すだけでは、なにも変わらないが一人ではなにもできない。段階的につながりをつくりながら広げるべきではないか」など、職場や学校をこえた青年同士のつながりを求める声も上がっている。

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