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戦争情勢重ね学生が鋭い意識
広島大学で原爆と戦争展開幕
               原爆投下の目的巡り論議に    2008年10月17日付

 東広島市の広島大学中央図書館「地域交流プラザ」で16日、原爆展を成功させる広島の会(重力敬三会長)による「原爆と戦争展」がはじまった。学生たちが真剣に参観している。同場所での展示は今回で3回目で、21日までの6日間は広島の会が運営し、その後の28日までは大学図書館によって展示されることになっている。同会の被爆者たちも連日広島市内から駆けつけて学生たちと交流し、「加害者論」などでベールに覆われてきた原爆投下の目的やアメリカの対日参戦と占領、戦後社会の問題について忌憚のない意見を交換した。
 学生たちからは新鮮な感動とともに、第2次大戦とふたたび日本が戦争へ向かう情勢に対する鋭い問題意識が語られ、9人の学生が協力者となった。
 大学院生の女性は、パネルを見た後被爆者から体験を聞き、「戦争から帰還した人たちが戦後の日本を築いてきたのに、なぜその思いからかけ離れた社会になってしまったのか」「テレビでは戦争体験世代が憲法9条改定や徴兵制を望んでいるかのように報道されているが、本当の気持ちを聞きたい」など、たくさんの質問を投げかけた。
 質問に応じた男性被爆者は、「戦後社会は、アメリカの要求に従って規制緩和や構造改革をやって、地域づくりや学校教育の内容まで市場原理を押しつけて様変わりしてしまった。家族や地域、仲間と力を合わせてみんなのために奉仕する精神を崩して、競争や自己満足ばかりをはびこらせることがアメリカの目的だった」と話した。
 また、「憲法を変えるということはアメリカの要求で自衛隊の海外活動を恒久化するということだし、イラク派遣のように“自衛隊が行くところが安全地帯”などと無責任なことをいって簡単に兵隊を戦地へ送る。一部政治家が“若者を鍛える”といいながら徴兵制を唱えるのは全く次元が違う話。アメリカと協調することはアジアと敵対することになるし、日本が独立することが最優先だ」と話した。
 話を聞いた女学生は、「初めて知ることばかりでとても勉強になった。悲惨な経験をした被爆者の人たちが、70歳を超えて老後を自分の楽しみで過ごすのではなく、経験を後世に伝えようと日日がんばっておられる姿が一番胸にこたえた。私たちにできることがあれば協力したい」と涙を浮かべて語り、連絡先を記していった。
 工学部の男子学生は、「広島出身だが、戦地や空襲はもちろん原爆についても知らないことだらけだった。あの戦争を時系列に見ていくと、原爆を落とす必要はまったくなかったことがよくわかる。戦争をくい止めるために果たして自分に何ができるのか答えは出ていないが、体験者が生きているうちに過去の事実を真剣に学んでいかないといけない」と語って活動への参加を申し出た。
 中国やマレーシアなどからきた留学生の熱心な姿も目立った。
 中国人留学生の女性は、「中国国内では原爆の実相や日本の戦争被害について学ぶことがまるでないので、広島に来た以上学びたい」と真剣にパネルに見入っていた。「これまで、疑問だったのは、なぜ日本が中国を侵略して劣勢にありながら、原爆まで持っているアメリカを攻撃したのかということだ。それは、日本の支配層が中国よりもアメリカに負けることで自分たちの地位を守ることができると考えて日米戦争に踏み切ったという部分で納得できた」と話した。
 「アメリカが原爆を落としたのは、戦争を終わらせるためではなく、中国やアジアへ進出を狙っていたからだと思う。なぜなら、アメリカは第2次大戦後も、ソ連崩壊後もアジアに対する戦争をやめていない。犠牲になるのは日本でも中国でも一般の国民だし、一部の人間のために罪のない国民同士が憎み合うことほど惨めなことはないと思う。もっと勉強して両国の国民同士で戦争についてよく話し合いたい」と語り、「原爆と大戦の真実」冊子を購入していった。
 別の中国人留学生の男性は、「南京の出身だが、原爆投下は戦争終結には必要なかったと中国でも語られている。戦争が繰り返されないように過去の事実をきちんと総括して、市民同士が力を合わせないといけない」と語り、「高杉晋作をすごく尊敬している」といって来月広島市で公演される演劇「動けば雷電の如く―高杉晋作と明治維新革命」のチケットを買い求めた。その後も、「友達からすすめられたので読みたい」といって息せき切ってパネル冊子を買い求めにくる留学生もみられた。
 アメリカ留学の経験のある大学研究員の女性は、「アメリカ国内では被爆体験については無知に等しいが、最近では被爆体験を学びたいという要求が高まっている。原爆を学ぶためにアメリカの大学と日本の学生を交換留学させるプロジェクトなどもはじまっている。ぜひこの運動を紹介したい」と語って、峠三吉原爆詩集を求めた。
 18日(土)の10時30分からは、会場内で被爆者と学生の交流会が開かれる。

 「もっと広げたい」と意欲 アンケートより
 以下は、アンケートの一部。
 ▼原爆にまつわる資料だけでなく、原爆前後の歴史が展示されているのが、第二次世界大戦の全体像を理解するのによかった。アメリカで原爆といえば「パールハーバー」、アジアでは日本の植民地主義による大虐殺が問題視されるが、それぞれの問いに対してきちんとした解答が用意された展示会のような印象を受けた。(女子学生)
 ▼自分なりにもう一度戦争を深く考えるよい機会になったと思います。加害者、被害者と明確な区別をするために議論することは無意味であり、過ちを過ちとして認め、未来において同様の惨劇を繰り返すことがないように、多くの国民が正確な過去の事実についての認識を持ち、力を合わせて努力していくことが何より必要なことであると強く思います。
 自分は出身が長崎県で、平和学習の一環として毎年8月9日には登校日を設けて、先生から様々な知識を施されたものですが、それでもまだ知らないことが沢山あります。なので実際に当事者の方のお話を聞くことで、その方の思いだとか、過去とともに強く心に植え付けて忘れないようにできるこのような機会は私達やさらに若い世代のために欠いてはならないものであると確信しております。ご高齢になり、体力的にもとても負担であろうと思われる戦争体験者の方から今日、このように実体験に基づいたお話をして頂けたことを幸運だと思うとともに私もまた、今日のような機会を通じて人に語っていかなければならない使命のようなものを課せられた一人であるように思います。(19歳・男子学生)
 ▼戦争にあわれた方の生の声を聞くことができ、大変勉強になりました。核や戦争のない世界に向け自分に何ができるのかわかりませんが、改めて考える機会を与えてくれました。ありがとうございます。自分は将来エンジニアになる予定ですが、戦争や争いのない世界が創れるように考えられるエンジニアになりたいと思います。(大学院・男性)
 ▼自分の国(マレーシア)でも、長年に渡って戦争がありました。戦争を経験したことがない国ってありますか? いいことがない戦争はなぜ起こったのでしょうか? しかし、そこで私は戦争を止めるために、起こらないようにするのはどうすればいいか分かりません。
 このような展示会で考えさせられる機会を与えてくれてよかったです。現代の技術はこれからも人間みんなのために平和のために使って欲しいです。悪用をしないように願っています。(25歳・女子留学生)
 ▼第2次大戦の最後の方は、戦斗ではなく、飢えや病気や、上官の誤った指揮により、尊い命が失われていった。何でもっと早く終戦宣言をしなかったかと悔やまれる。広島や長崎の多数の命が、全国の町町の命が救われたはずだった。今は平和に暮らしているが。世界ではアフガン、パキスタン、イラクなどで戦争があり、エチオピアなど内乱が続いている。なんと人間はおろかであるか。何も歴史から学んでいないと感じた。(無記名)
 ▼当時の米軍は今まで自分が教えられた事以上に酷い事をしたのには何とも言えないような気持ちがしました。(無記名)

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