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戦争の真実考え動かす芝居
『原爆展物語』創造の普及の特徴
              現実変革する演劇の新機軸    2010年3月10日付

 劇団はぐるま座の新作『峠三吉・原爆展物語』が、全国初演である下関公演(3月20日・海峡メッセ下関)を皮切りに、長崎市(4月11日)、広島市(4月24日)で公演される。この劇は、「原爆と戦争展」運動の10年間の記録であり、厚く施された欺瞞のベールを引きはがし、体験者が語った真実を描いたものであり、320万人が戦死したあの戦争はなんのための戦争であったか、それにつづく戦後社会はどうしてデタラメなものになったか、これを打開し平和で豊かな日本社会を立て直す力はどこにあるかなどを描き上げている。それは人人を考えさせ、行動に駆り立て、日本を変える芝居と強い期待を集めている。本紙では、この新しい演劇の創造と普及をめぐってあらわれている特徴を論議してみた。
 司会 公開稽古や台本を読んだ人人から意見を集中して台本が改訂されてきたが、反響はどうだろうか。
  下関では、第3回目の実行委員会が開かれ、全国に先駆けた下関公演を大成功させようと意気込んでいる。地域や学校、PTA、職場をはじめ全市的に台本を持ち込んでいくなかで反響が広がり、下関原爆被害者の会では「この劇は空襲や戦争体験者とともに体験を語り継いできた私利私欲ない運動の発展をよく描いている」とこれまで体験を語ってきた市内の小・中学校に足を運んで観劇を呼びかけている。市内16カ所でやった街頭原爆展では、若い人たちからも強い反響があり、次次にチケットが求められている。はぐるま座から改作の内容について説明され、参加者からは「送迎バスが一杯になるほど連れて来たい」とか、教え子に観劇を呼びかけている退職教師、若い母親も友だちに手紙を書いたり「これから若い人に広げよう」と意気込みが語られている。
  ある戦地体験者は、戦地体験者が第二次大戦の本質を論議する場面のチラシを数十枚持って帰り、「自分の口で説明するのはむずかしいが、これがあればわかりやすい」と喜んでいた。若い人が台本に響いていることを喜び、「体験者には残された時間は少ない。本当のことを語るのは今しかない」とますます気合いが入っている。経済的に見に行けない子どもにはカンパをしてでも「真実を知ってほしい」という願いは切実なものがある。台本がより鋭いものになったことで意欲が高まっている。
  広島の実行委員会では、台本の改訂部分を読みあげるととても歓迎され、被爆者からは、「実際の被爆市民の意見に学んでよいものにしていく姿勢がいい」「全国それぞれ違う体験者の思いを一つにつなげてもらったことがありがたい」と喜ばれ、学校に呼びかけて回る動きになっている。「おおむね芝居といえば現実から離れた物語になるが、原爆をおとぎ話にしてはいけない。広島の者はきれいごとや作り話は受け付けない。ありのままの真実だからこそ見せる価値があるんだ」といわれていた。一部にある「芝居らしさ」を求めるという意見よりも、むしろ「真実でなければダメだ」という意見が圧倒的だ。
 「昨年あれだけ“核廃絶”と騒いだオバマも案の定“核縮小”のごまかしだった。こういう時に広島の思いを堂堂と代弁するというのは力強い援軍を得たようだ」という意見や、若い母親からも「子どもたちに受け継ぐべきものが自分も含めて受け継がれていないし、なにをすればいいのか悶悶としていた。原爆展を見て、これなら世代を超えて一つになれると確信した」と語っていた。また、「3年前、父親が被爆から60年経って白血病で亡くなり、原爆のもたらしている現実にショックを受けた。原爆を知識で知っているつもりだったが、自分にやるべきことがあるのではないか」と生き方を突き詰めて行動をはじめている。原爆展パネルと同様に、劇の内容そのものが現実と向き合うことを励まし、行動を促している。

 根源と結び真実を描く 沖縄場面の評価巡り

  一方で、活動家や文化人のなかで、この劇は「ドラマ性がない」とか「報告書のようで芸術とはいえない」という意見がある。とくに、沖縄場面の骨格が全面的に改訂され、コザ暴動でホステスが泣きながら叫ぶ場面がなくなったことで「ワサビが抜けた寿司のようだ」という意見もあった。
  評価が二つに割れているが、どういう違いだろうか。それは「沖縄場面がもっとも劇的だったがそれを全面改訂してけしからん」とか、最後のスタッフの総括場面はいらないというのが代表的だ。広島や長崎の現地稽古では沖縄場面の印象は薄かった。
 沖縄場面は「燃え上がる沖縄」という短編劇としてできていたものだった。コザ暴動で虐げられてきたホステスが叫び、みんなは喜んで踊るというものだった。その場面が戦争体験場面以後の印象を弱めるものとなっていた。以前の場面は、自然成長的にコザ暴動になったことを賛美している。沖縄の実際はそうではなかった。「沖縄戦はせずとも戦争は終わっていた。基地を奪うための大虐殺だった」という大宣伝によって、「アメリカ軍が日本軍を懲らしめて助けに来た」という欺瞞を破り沖縄戦の真実を語りはじめたというのが実際だった。指導性と結びついた自発性だ。
 改訂版では、その点を描くのと、「あれだけの虐殺をやって力ずくで奪ったのがアメリカだ。インディアンを皆殺しにしてつくった国が、簡単に沖縄を手放すわけがない。これを追い出すには沖縄戦の仇を討つような覚悟がいる。黙っていたらまた沖縄に原爆が飛んでくるんだ」と変わった。そっちの方がより現実の真実だ。それが沖縄戦を経験した県民の実際の声だ。
 被爆者や戦争体験者はあの戦争でアメリカに占領支配された、その矛盾を解決しなければなにごとも日本の現状は解決しないと考えている。沖縄で暴動を喜んで終わりというのは、その支配の枠のなかで不満をいい、涙を流しあって終わりという意識だと思う。改訂版は、沖縄の現実を根源的な問題、より深い真実として提示している。「さび抜きのスシ」という意見があったが、改訂版の方がよっぽどさびがきいていると思う。

 戦争体験場面強い反響 全体とつなぎ発動

  台本を読んだ反響で印象が強いのは戦争体験者の場面だ。いろんな欺瞞を突き破って、広島、空襲、沖縄、戦地と戦争の痛ましい体験が新鮮な形で描かれ、それらを総合して二幕の戦争体験場面で、あの戦争はいかなる戦争だったかが、概括された形で描かれる。「天皇など支配勢力が、国民が殺されるに任せたのは、へとへとに疲れさせて反抗できないようにし、米英にすすんで協力することで、自分たちの地位を守ろうとした」「だから日本はデタラメになったんだ」、そして国はさんざん荒れ果てたうえに、今度はアメリカの盾になって原爆が投げつけられる事態になっている、「もういっぺんアメリカのためにひどい目にあう。これをどうするか!」というところに衝撃的な反響がある。戦争体験者が今までいえなかった実感にあうのだ。
 D スタッフ総括場面はいらないという意見も、大衆の意見を集中し、高めて返す、政治勢力がいらない、ということであり、大衆迎合だ。それでは原爆展運動にはならなかったし、大衆の自発性の発揚にはなっていない。これも戦後65年の長い支配に慣れきって、日本社会の根本的な矛盾に向き合おうとしない傾向であると思う。エピローグで、「戦争体験者は、生きるか、死ぬかの問題として現在を見ている。若い世代が相当な平和ボケになっている。抜き差しならないところでたたかいぬく覚悟がいる」と活動家の認識が変わっていく過程が現実感を強めている。
  実行委員会で、改訂部分を読みあげると、被爆者たちはみんなうなずきながら聞いていた。体験者の切実な思いを代弁してくれたという喜びがある。それぞれの体験者の経験は戦争全体から見れば部分だが、さまざまな体験とつながって発動される。戦争体験以来のすべての経験をつないでいけば、アメリカに支配され、独占資本が売国奴になって地位を守るために国を売り渡しているという戦後日本社会の真実が浮き彫りになる。観念でも作り話でもなく、真実だからこそ体験者はこの芝居を見せて若い者を教育したいとなっている。

 現実に引き寄せ動かす 観客、役者、普及者も

 D いわゆる芝居は、見せて終わり、見て終わりがほとんどだ。現実が暗いので芝居を見てなんらかの満足を覚え、また暗い現実に帰っていくという芝居ではない。人人をより現実に引き寄せて、人人の体験を結びつけ、人人に考えさせ、行動に移させ、世の中を動かしていく、そういう芝居だ。「報告書みたいで芝居でない」という者もいるが、人人を、時代を前進させるために突き動かしていく芝居、それが本来の意味の芸術だろう。誰一人現実社会で動かない芝居は芸術のうちには入らない。
 C 演じるはぐるま座も「これまでやったことがない形式の芝居」といい、活動家や文化人の一部では「見たことがない形式だから芝居ではない」という。見たことがない形式というのは演劇として新機軸ということもいえる。
 B 文化人のところでは動揺がある。「若い者は派手なライブにはいくが、こういう固い内容には見向きもしない」ともいう。しかし本当のところでは、リアリズム芸術が台頭することへの衝撃が走っているという印象もする。
  この芝居に作り話は一つもない。だからこそ大衆的に激しい反響が起こっている。激しく人人が考え、行動していくという効果になっている。演じる側も古い演劇観、社会観の改造を要求されている。普及する人も同じく改造をよぎなくされている。まさに考えさせ、変えさせ、行動させていく芝居だ。
  社会の進歩発展を促す叙事詩的演劇というのはドイツの劇作家ブレヒトが戦前と戦後にかけてやった。日本でも紹介されるが、しかし日本社会の現実に迫るものはつくれなかったと思う。戦後日本社会を発展させている真実を描くには、大衆の生活と斗争をよく知ると同時に、それを社会的歴史的にとらえなければ描けない。そこでアメリカが平和で民主主義の勢力というような認識では描きようがないと思う。
  60年安保斗争のときにすでに、あの現実を芸術で立ち向かった芸術家はほとんどいなかった。ほとんどの文化人は、現実の外に机を置き、花や雲を歌うという遊びの世界に浸り込んでいった。ブレヒトの名前も、70年代頃になるとほとんどいわれなくなった。大衆の生きる糧となる文化などまるで姿を消し、そしてマスコミと結びついた商業主義、権力のチンドン屋が恥ずかしげもなくはびこって、腐敗を謳歌している。芸術の概念そのものが変質している。
  はぐるま座でも、「有能な劇作家、有能な音楽家がいなくなって新作ができない」という者がいた。現実はこれらの「有能者」が新作をつくれず、いなくなって新作が生まれた。演劇観、芸術観が変質してきていたのだ。
 E 東京のある劇団の俳優は、『動けば雷電の如く』も『原爆展物語』も、現実から集中してつくりあげ、それが観客と響き合っていることに「観客と舞台が同じ志をもって一つになっている。そんな芝居は他にない」と衝撃を受けている。新作が新機軸であることは疑いない。
 D 原爆展運動そのものがすごい新鮮な力のある運動だし、それを概括したリアリズム芸術の新機軸だといっていいだろう。 
 
 家族ぐるみで参観を

  いよいよ20日に下関初演が迫るなかで、取り組みが広がっているが、普及上での教訓はどうだろうか。
 F 実行委員会で「家族ぐるみで見よう」という呼びかけが喜ばれた。じいちゃん、ばあちゃんから孫まで親子三世代で見に行きたいという意見があちこちで出ている。
 E ある被爆者は、台本を読んで「子どもや孫に自分の体験を話すだけではよく伝わらないが、この劇を見せればよくわかる」と息子と嫁と大学生の孫のチケットを買った。体験者の個別体験も、原爆展会場に来てはじめて語れるとか、芝居を見て全体像がわかってはじめて語れる場合が多い。
 自分の体験を若い者の関心にあう形で、自分の口で伝えるのはとてもむずかしい。この劇を家族みんなで見ることで、自分の家族の個別の戦争体験も語りやすくなるし、語ろうという意欲になっている。
  長崎の被爆者も、「こんなチャンスを逃したらいけない」と必死になって若者に声をかけている。これまで黙ってきただけに行動力はすごい。「家族にも空襲体験を話したことはない」という80代の婦人も、一緒に住んでいる小学生の孫を劇に誘うと「行く」というので喜んでチケットを買ってくれた。
 H また、チケットを普及するのに、自分が口で説明するだけならむずかしいが、戦地体験場面のチラシや台本を見てもらうことで勧めやすくなることを喜んでいた。戦地体験場面のチラシを読んで、父親から聞いていた話を堰を切ったように語った男性も夫婦で見に行くとなったり、実行委員会でもみんなチラシを持ち帰っていった。あの場面を読むだけであれだけ発動されるので、実際の劇を見れば相当な感動を呼ぶと思う。
 C 若い人が関心を寄せている。台本を読んだ広島の大学生からは、「夢中になって読めるほど物語の筋が魅力的だ。実体験からくる発言が、全国各地でそれぞれの戦争があったことを思い起こさせてくれた」「この劇がすべて事実であることに驚いている。現代の問題もあり、若い者が後継者として登場しているのがいい。早く劇になったものが観たい」と感想を寄せ、チケットを求めている。「演劇に先入観があった」という人も台本を読んで衝撃を受けている。
 F 若い女子公務員が台本を読んで、「祖母と暮らして少し体験を聞いていたが戦争の全体像をはじめて知って驚いた。祖母も誘いたい」と、いってチケットを預かった。母親世代、教師集団、PTAのなかでも集団的な観劇の働きかけがはじまっている。
 A MCSなどで派遣切りにあった労働者たちが響いている。職安前の原爆展では、「今日やっと職が見つかった」という20代の青年がすぐにチラシを取って「このままではまた戦争になりますよね」といってチケット数枚を持って帰った。高校生が「教科書では学ばなかった真実がある」と反応してチケットを預かったり、演劇をやる学生も「こういう演劇をやってみたい」といって宣伝協力を申し出ている。これまで知らなかった第二次大戦の真実にふれ、働きたくても働けず、子どもを生み育てることができない現実社会への問題意識と、その根源について描いた劇の内容が響き合っている。
  教師のなかでも「これまで真実を教えてこなかった。学校では、指導性を否定して、子どもにいろんな知識を知らせて自由に選択させるとなっているが、こういう真実を伝えなければ教育にならない」と語られていた。
 ある高校演劇部の教師は、戦地場面のチラシをかじりつくように読んで、子どもたちに見せるためにチケットを預かった。空想や理屈をこねまわした主張ではなく、実際の体験者の証言だから引きつけている。
 H 中小企業も深刻な状態で、経営者が首をつる事態のなか、この社会の根源について考えざるを得ない。原爆展に来たある中小企業経営者は、「今は規制緩和、労働者派遣法、入札のダンピングなど“一銭五厘の赤紙”で殺されたころとよく似ている。大企業は自分が儲かりさえすれば国のことや地域のことなどおかまいなしに従業員の首を切るし、下請も切っていく。気が付けば日本は保険会社から銀行、自動車業界まで外資に乗っ取られた。あの戦争とまったく同じだ」と感想を語っていた。
  スーパーの店長が休憩室に台本とチラシを置いていたり、店内にポスターを貼ってくれた。企業関係でも、関連会社や従業員にチラシを配って呼びかけたりしている。あらゆる現役世代に意識的に働きかけていく必要がある。
  この芝居は、観劇して終わりというものではない。観劇することで人人が行動していくためのものだ。第一は戦争体験者が家族にも地域でも若い世代に、戦争の真実を語る運動を巻き起こすための芝居だ。
 若い世代は、かつての戦争の真実から戦後社会がどうしてこんなデタラメになったかを知るとともに、戦争を阻止し、失業も戦争もない働く者が主人公の社会をどうつくるか、その原動力はどこにあるか、それを指導する政治勢力はどんなものでなければならないかなどを考え、行動に移していく。
 そういう芝居だ。長周新聞創刊55周年記念公演で全国初演となる下関公演を大成功させる意義はきわめて大きい。

 

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