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戦争を阻止する反米愛国の統一戦線への大結集を
                年頭にあたってのご挨拶          2004年1月1日付

 2004年の新年を迎えて、読者・支持者のみなさんに謹んでご挨拶を申し上げます。
 今年は敗戦から59年目を迎えましたが、日本はいま重大な転機を迎えています。人人は敗戦の悲惨な痛手のなかから立ち上がり、二度と戦争のない平和で豊かな社会を建設するために努力してきました。しかし、その努力は反動の力によってことごとく裏切られてきました。
 「グローバル化」「市場原理」「自由化」のかけ声で、農漁業が無残につぶされ、中小企業がなぎ倒され、「不良債権処理」と称して巨大な金融機関から地方銀行まで倒産があいつぎ、それをアメリカ資本が乗っとっています。失業者はあふれ、若者には職がなく、凶悪犯罪がふえ、自殺者が3万人をこえる異常な社会状況となっています。アメリカ経済を助けるための80年代からの円高・低金利政策はバブル経済をつくり出し、それがパンクしたあとは、アメリカの要求する630兆円の内需拡大・公共投資といって借金財政をつづけ、赤字にあえぐアメリカに資金を流出させてきました。その結果、国家財政も地方財政も破たん状況となると、地方自治体の「自己責任」といって市町村合併を強要し、あらゆる社会保障的なものを「自助努力」「受益者負担」などといって切り捨て、増税、年金、介護保険負担など無慈悲な大衆収奪を強行しています。
 「個性重視」などといってやってきた教育も、子が親を殺し親が子を殺すような震撼すべき状況となり、真理真実を第一にするなどクソ食らえの金銭第一がはびこり、文化も商業主義が恥ずかしげもなくばっこし、植民地的退廃が日本社会全体にまんえんしています。
 政党もメディアも大衆の声を抹殺したうえに、個人情報統制の警察国家づくりがすすみ、ファッショ的な強権政治がまかりとおっています。小泉政府は、圧倒的な国民の声を無視してアメリカに追随し、日本の国益を売り飛ばしてきましたが、いまや戦後の国是である平和憲法に違反して、武装した陸上部隊を米軍の下請軍隊としてイラクに派兵し、武力参戦の道に踏み出そうとしています。
 自衛隊のイラク派遣は、「人道復興支援」とか「テロには屈しない」などと叫んでいますが、不法占領へのイラク人民の反抗ですっかり行きづまっている米軍を支援するため、米軍の指揮下に入ってイラク人民と敵対するものです。アフガン戦争では米英などの軍艦に補給して人殺しの手伝いをしてきましたが、それにつづくイラク派兵は、ニューヨークのテロ事件のまえから準備されてきたものです。日本の対米従属下での武力参戦の道は、1996年の「日米安保の再定義」、翌年の新日米防衛ガイドラインでアメリカに約束し、周辺事態法、有事法などの制定による戦時国家体制づくりとして周到に準備されてきたものです。イラクはその突破口であり、アメリカがたくらむイラン、朝鮮、中国、ロシアなどとの原水爆戦争の危険性もはらむ戦争にすすみ、日本がアメリカ本土の盾となって核攻撃の前線基地となり、日本をふたたび悲惨な原水爆戦争の戦場とするとんでもない道に引きこむものです。
 第二次大戦の痛ましい教訓を投げ捨てることは愚かなことです。かつて侵略したアジア各国で数千万人の人人を犠牲にしましたが、日本でも1000万人をこえる人人が徴用され、320万人が戦死し、家財道具は焼き払われました。親類のなかで戦死しなかったものはないような甚大な被害でした。明治維新以後成立した、寄生地主とブルジョア階級の上層部と連合した絶対主義天皇制権力は、人民への強度の搾取、収奪によって国内市場が狭隘(あい)であり、侵略性、好戦性が強いことを特徴としました。そして侵略につぐ侵略をくり返し、中国全面侵略におよび、中国人民の抗日戦争によってうち破られ、苦しまぎれに欧米の植民地であった東南アジアへの侵略を拡大し、その地に権益を持つ米英仏蘭との戦争に突入し、最後には惨たんたる敗戦となりました。敗戦につながる中国全面侵略に乗り出すスローガンは、「横暴なシナを懲らしめる」というものでした。「テロに屈しない」という小泉首相の言い分はその破滅への道の物まねといえます。
 アメリカの第二次大戦への参戦は、好戦的な日本のファシズムを退治して平和と民主主義のためというものではなく、新興の日独伊ファシズムの市場を奪い、戦後の世界を支配するためにほかなりません。沖縄をはじめ東京、大阪など全国の都市への無慈悲な空襲、そして広島、長崎への原爆投下は、日本を単独占領し完全な従属国とするためであり、日本人民を脅しつけるためのものでした。アメリカは天皇制軍隊の解体、財閥解体、農地改革など一連の戦後改革をしました。その結果が、海外にぼう大な権益を持つ高度に発達した資本主義国になりながら、アメリカの植民地状況にあるという歴史上前例のない状況となっています。
 アメリカは、イラクへの戦争についてさまざまな理由をつけてきましたが、開戦まえにアメリカ企業で復興需要の入札をやり、それにあわせて石油施設などを破壊するというものでした。石油資源を略奪し、その資金で軍需とともに復興需要をつくり出すこと、湾岸戦争後の経済制裁のなかでできたイラクへの仏独露などの利権を排除して、イラクの国営企業を民営化して乗っとり、植民地として奪いとるというものです。危機にあえぐ帝国主義の市場略奪があからさまな目的にほかなりません。
 戦後の資本主義世界の安定期は、第二次世界大戦の破壊による復興需要としてもたらされました。第一次大戦後のバブル景気ののち、世界大恐慌となり、激しい帝国主義の市場争奪が第二次大戦をひき起こしました。資本主義は、利潤獲得競争が支配する制度であり、そのために不断に農漁民、中小業者を収奪し、労働者の搾取を強め、その結果消費購買力をなくし、「過剰」生産危機をつくり出さざるをえません。戦後は70年代なかばには世界同時恐慌があらわれました。アメリカは、「軍事力で市場原理、自由、民主の社会体制を各国に認めさせる」という戦略をとりました。90年前後には、「自由、民主、人権」をかかげて中国、東欧、ソ連など一連の社会主義国を内部から転覆するという、戦争に匹敵する策動をしました。
 アメリカは日本をはじめ各国で金融を中心とする「自由化」を認めさせ、各国を低金利にさせて世界中から資金を集め、それを使った証券、通貨などの国際的な投機をはびこらせました。ヘッジファンドのようなものをつくり出して各国経済を破たんさせたり、不正会計が暴露されて破産したエンロン、ワールドコムなどバブルの巨大企業があらわれ、経済をヤクザの賭博のようにして世界中から稼ぎ回ってきました。それも破たんし、いまや戦争による植民地の強奪に乗り出しています。それは、イラク人民はもちろん世界中で巨大な反対行動をひき起こし、アメリカはまったく孤立しています。日本の自衛隊派遣は、自衛隊員の命を代償にして、アメリカの強盗行為の下請をやり、一部の独占資本集団が利権の分けまえをもらおうというものです。
 戦後世界を構成してきた米ソ二極構造が崩壊して10年余りがたちました。一連の社会主義国が崩壊し、アメリカの一極支配状況となりましたが、ここであらわれた世界は、市場原理をかかげて社会的規制を撤廃し、金銭万能の恥知らずな弱肉強食の野蛮世界でした。これは帝国主義、ことにアメリカの腐朽と衰退の深刻さをあらわすものです。

 昨年、人人の世論は大きな転換をはじめ、原爆反対を軸にして新鮮な平和運動の発展がはじまりました。下関ではじまった峠三吉の詩をベースにした原爆展は、広島をはじめ全国に広がりました。山口県の上関原発の撤回をめざす運動は、とりわけ原水爆戦争の戦場とする売町売国政治に反対して郷土の農漁業を中心に発展をはかる運動として、現地と全県を結び原発計画をとん挫させるところとなりました。下関のゴミ袋値下げを要求する署名運動は、婦人を先頭に多くの自治会や企業の運動となり10万人をこえる市民の運動となりました。金子みすゞの顕彰は、子どもたち、一般市民の運動として発展し、東行庵事件でも、高杉晋作と明治維新の改ざんを許さない全市民的全県民的な世論となりました。これらの運動と結びついて、平和教育の運動が発展しました。年末からのイラク派兵計画撤回を要求する署名は、政党政派をこえた広範な統一戦線の力を結集するものとなっています。これらの運動は、下関からはじまって全国を動かす力を発揮してきました。
 はっきりと証明されたことは、人人の意識の歴史的な転換がはじまっていることです。戦後のアメリカが投げ与えた「平和」と「民主」「自由」と「繁栄」は欺まんであり、日本は結局アメリカの植民地的従属のもとにあることが、広く暴露されるところとなりました。あわせて戦後の人民運動について、アメリカの原爆投下の犯罪を正面からあばいてはじまった1950年の8・6平和斗争、そこからつづく60年「安保」改定阻止の大斗争などの、世界的な平和斗争の伝統が広範な人人に新鮮によみがえってきました。
 1950年の占領軍の戒厳令のような弾圧下で、アメリカの原爆投下を正面から犯罪として糾弾してはじまった広島を起点とする平和斗争は、たちまちにして世界的な運動として発展し、だれも原爆を使用することが正しいなどといえない力をつくりました。この斗争は大多数の日本人民の根本要求である独立、平和、民主、繁栄を求める反米愛国の路線として巨大な運動となりました。
 60年「安保」斗争に驚いた敵の側は入念な攻撃をたくらみ、労働組合の幹部、知識人、文化人などをアメリカに留学させてとりこみ、高度経済成長政策とあわせて生産点を基礎とした労働者の政治斗争を破壊し、企業の繁栄に依存して自分たちの賃金や権利だけを求める経済主義、大衆運動を破壊する議会主義などをはびこらせました。「共産党」の看板をかかげる宮本顕治の流れをくむ修正主義裏切り者潮流はその代表です。
 今年、戦争を阻止する力のある平和擁護の斗争を起こすことがもっとも重要な課題です。かつての戦争は押しとどめることができませんでした。それを二度とくり返すわけにはいきません。戦争というもっとも苛烈な情勢のもとで人民がもっとも苦難にあるとき、それにたちむかって勝利するには、いっさいの私心を捨てて大衆のたたかう力を信頼し、人民に奉仕する思想に徹して大衆の苦難を調べ、その手助けをする、そして人民の敵と勇敢にたたかいぬく、そのような政治勢力を結集しなければなりません。
 平和は祈りや願いだけで擁護できるものではありません。戦争を阻止するには、日本を従属させ戦争にかりたてるアメリカとそれに従属する日本の売国独占資本とたたかわなければならず、そのためには全国的な人民の統一戦線の力を結集しなければなりません。さらに帝国主義の抑圧・戦争とたたかう国際的な平和愛好勢力との連帯が不可欠です。原爆被害者、戦争体験者が戦争の犯罪性を若い世代に伝える運動が発展しています。戦争の肉弾要員とされる青少年の鋭い問題意識が強まっています。文化人、知識人の真実の発言が求められます。なによりも力を持っているのは、この社会の生産を担う労働者の運動です。労働者を抑圧、搾取する根源は、アメリカのグローバル化の要求に従っている日本の独占資本集団と小泉政府の「自由化」、規制緩和であり、そのもとで侵略戦争にかりたてています。労働者が企業の枠をこえ、全国的に団結し、全人民の独立、平和、民主、繁栄の日本を実現する要求を代表したたたかいを再建することがもっとも重要な課題です。

 長周新聞はいかなる権威にも屈することのない人民の言論機関として、敗戦から10年目の1955年に創刊されて今年49年目を迎え、来年4月には歴史的な創刊50周年を迎えます。長周新聞を創刊した福田正義主幹が2年まえに逝去され、その顕彰運動は多くの人人の熱のこもったものとなりました。福田顕彰運動は、これまで公表されなかった戦前の文献をはじめ、長周新聞などで発表された文献などが明らかにされ、さらに多くの人人の発言によって経歴の全体像が明らかにされ、現代に生きる新鮮な共感を呼びました。それは戦前、戦後をつうじた日本人民の平和と繁栄を求める斗争を代表したものであり、とりわけ戦争が現実課題となるなかで、あらゆるイカサマ潮流の裏切りと一線を画して広範な人民の展望を示すものとなりました。
 今年は、福田顕彰を後世にわたって継承し、日本社会の明るい未来を切り開く人人のよりどころとして、多くの人人の力によって福田正義記念館の開設を勝利させる計画です。なによりも人民言論機関・長周新聞が、福田主幹の路線を継承して、その役割をはたさなければなりません。長周新聞は福田記念館事業を成功させ、戦争を阻止するたたかいの展望を切り開くために役割をはたすこと、そして来年の創刊50周年の大きな勝利にむけて今年、決意を新たにして奮斗する決意です。
                                   2004年元旦  長周新聞社

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