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戦争阻止の力広島から広げる
原爆展成功させる広島の会総会
               被爆70年の運動成果確信    2015年12月7日付

 「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会(高橋匡会長)は6日、広島市東区の二葉公民館で今年度の総会を開催した。被爆者や戦争体験者、現役労働者、主婦、学生、高校生など約30人が出席し、被爆70年の節目を迎えて大きく発展した今年の活動の成果と教訓を確認し、新役員体制と来年度の活動方針を採択した。安倍政府が開き直った戦時国家づくりをすすめるなかで、広島市内をはじめ全国的な独立と平和を求める声の高まりと結びつきながら各界各層に平和運動を広げてきた成果を活発に交流し、この輪を全国に広げていく強い意気込みが溢れる総会となった。
 
 学校からの語り部依頼も急増

 冒頭、全員で原爆死没者に黙祷を捧げた後、新会長に選出された高橋匡氏が挨拶。「今年は被爆70年、戦後70年という活字が飛び交うなかで、議席数にものをいわせた現政府の安保法案の強行可決など、民意を無視した強引な政権運営も見届けてきた。私たちは昨年亡くなった重力前会長の遺志である被爆と戦争の体験を伝え、核兵器の根絶に向けた運動をつくる使命を受け継いできたことによって今日を迎えることができたことを確信し、新しい年に向けて頑張りたい」とのべた。
 続いて、来賓として長周新聞社の竹下一氏が挨拶し、「今年は被爆70年を焦点にして、安倍政府の安保法制強行と、それに立ち向かうかつてない規模の国民世論との激突のなかで、今年ほど原爆と戦争展運動が日本の平和運動において重要な位置にあることを実感させられる年はなかった」と強調。「故・重力前会長が、“広島の面目を一新しなければいけない”といわれた第一回広島原爆展から十数年を経て、広島の本当の声を代表するとともに、日本の平和運動の面目を一新する主体勢力として前面に登場してきたといえる。峠三吉らが活動した時期の1950年8・6斗争に貫かれた私心のない質の活動を進めていくことこそが日本を変えることを確信させている」とのべた。
 また、夏以降に連続的におこなってきた東京都内での原爆展キャラバン隊活動や、『語れなかった東京大空襲の真実』の号外配布が「砂地に水が染みこむように都民から歓迎され、堰を切ったように空襲や戦後の体験が語られた。また、なぜ東京には広島のように慰霊碑や慰霊行事がないのかという問題意識も強く語られ、米占領政策のもとで、25万人もの犠牲を出した大空襲がまるで自然現象であるかのように片付けられてきた戦後の欺瞞が明らかにされるとともに、それを覆して発展してきた広島における原水禁運動の意義が改めて浮き彫りになっている。みなさんの連日の活動の積み重ねがそれを築いてきたし、私たちはこれをさらに全国的な運動へと強化し、戦争を阻止して日本社会を変える運動を広げていくためにともに奮斗したい」と連帯の思いをのべた。
 下関原爆被害者の会の大松妙子会長、原爆展を成功させる長崎の会の河邊聖子会長代行のメッセージが紹介された後、事務局が今年度の活動と決算を報告した。
 今年の活動は、8月の第14回広島『原爆と戦争展』(県民文化センター)を頂点にして、安芸区民文化センター(3月)、呉大和ミュージアム(5月)、修道大学(5月)、広島大学(6月)、南区民文化センター(10月)の6会場で開催し、約5450人が参観。800人をこえる人人が新たに賛同者に加わるなどかつてない盛り上がりを見せた。多くの人人が安倍政府が詭弁を並べながら進める戦時体制づくりに危惧や憤りをもって会場を訪れ、パネルや被爆者からの体験談を真剣に学びながら、体験者から学生、高校生までが「戦争を食い止めるために行動したい」と意志を表した。8月の展示会では、のべ40人が体験を語り、現役労働者や学生、高校生、被爆二世、主婦などのべ六五人がスタッフとして運営を担うなど、世代をこえて熱い交流の場となった特徴を明らかにした。
 県内、市内の小中高校生や他県の修学旅行生に体験を語る機会も大幅に増え、原爆展会場を訪れた呉市清水ヶ丘高校(140人)、呉市立片山中学校(44人)をはじめ広島市立楠那小、五日市南小、鈴が峰小、江波小、五日市小、井口台小、みどり坂小、中野東小、矢野西小、三入東小、海田南小(海田町)、彩が丘小、三和中、安佐中の18校の児童・生徒らにのべ104人の被爆者が証言。修学旅行では、山口県内をはじめ、大阪市、滋賀県栗東市、兵庫県西宮市から春・秋あわせて13校が訪れ、のべ100人の被爆者が体験を語った。
 また、広島市内の児童館(袋町、吉島、江波、基町、段原)で体験を語る活動や、修道大学や広島大学でのゼミや授業に被爆者が招かれた他、東大寺職員の研修旅行、北広島町千代田ブロックPTA研修会、そして、台湾、ロシアから集団で訪問した学生にも体験を語るなど活動範囲は全国的、世界的な広がりを持つものとなった。

 かつてない反響に喜び

 精力的に体験証言を担った男性被爆者は、「今年はやればやるほど新たな出会いがたくさん広がった」とのべ、原爆展で学校の先輩や現役時代の知人などとも遭遇したり、3月には原爆展で巡り会った知人の紹介でベルリンの男性から3日間、国際電話で取材を受けるなど「思いもよらない反響に驚いた」と喜びを込めてのべた。教育者や若い世代との交流のなかで、「アメリカが何のために原爆を投下したのか、なぜ日本政府は原発政策を改めないのかなど、安倍政府が暴走する一方で、それにともなって論議の中身は濃くなり、深い絆が生まれてきた。PTAの父兄からも丁寧な感想文をもらって逆に大きな感動を受けている。私たちの活動がもっと縁を広げていけるように全員の力で息の長い活動を頑張っていきたい」と決意をのべた。
 同じく婦人被爆者は、「被爆後“草木も生えない”といわれた70年目を迎えたが、語り部としてこのように活動できたことをうれしく思う。今年ほど忙しい年はなかったが、それだけの盛り上がりがあった。生徒たちから“被爆体験を直に聞くことによって戦争に対する思いが変わった”という感想をもらったり、学校や先生たちのとりくみの姿勢も昨年以上に真剣だった。生かされている者の使命として、二度と同じ苦しみをくり返させず、安心して生きていける未来を子どもたちに引き継いでいくために頑張っていきたい」とのべた。
 昨年から参加した女子高校生は、「何人かの被爆者から聞かせてもらった体験をもとに、演劇部で“原発がメルトダウンしたらどうなるのか”という未来をテーマにした劇を上演した。被爆者の方が亡くなって、話を聞ける時間も限られてくるなかで、私たち若い世代が受け継いで他人に伝えていける人になりたい」とのべた。
 中国人留学生の男性は、八月から数度の原爆展にスタッフとしてかかわった経験から「いろんな国の人たちに出会い、平和について意見を交換できた。この活動に対してみんなが敬意をもっていることがわかった。国際交流団体にも働きかけて、広島の被爆者の声を留学生や世界の人人に届ける助けになりたい」と抱負を語った。
 在日外国人労働者のサポートにかかわっている男性会員は、「原爆だけでなく、東京大空襲についても70年真実が隠蔽されてきたことに愕然としている。いま政府が受け入れを拡大している外国人技能実習生の劣悪な環境を解決するためには、根底にある非正規労働者が四割となり、そのなかで精神病として強制措置されている人が何千、何万人といるような日本社会の現実を変えなければいけないと痛感している。あくまでも真実を追究するという姿勢を持ち続けることが必要で、目隠しされたままではいけない。原爆投下や占領支配は70年前に終わったことではなく、現代にまで続いていることについて無関心ではおれない。ともに声を上げていきたい」と力を込めて語った。
 通訳として被爆体験を外国人に伝える役割を担ってきた婦人は、「やればやるほど原爆投下からつながる戦後社会の姿が浮き彫りになり、最近も長周新聞の東京大空襲の特集を読んで広島の被害に匹敵する東京の真実をはじめて知って驚いた。また、福島原発事故をきっかけにして世界的にもチェルノブイリの真実など隠された真実が次第に明らかにされはじめている。ここを避けて未来の平和はないと思うし、その未来を切り開くために活動する貴重な経験をみなさんと一緒にできることを誇りに感じる」と感動を感慨をこめて語った。
 活発な経験交流が進むなかで、来年の方針として「これまでの活動の積み重ねで得た成果を確信にして、日本の平和のために会が果たすべき役割」を一層鮮明にし、すでに佐伯区、安佐南区、呉市などで開催が予定されている各地での原爆と戦争展を軸にした活動を精力的に進めながら、若い世代への働きかけを強め、年間を通じた平和公園での定期展示、『広島被爆体験集』第3集や英訳版の発行、体験証言を映像や絵などで残していく活動、活動を継承する次世代の育成に力を入れていくことが提案された。あわせて、一年間会長代行を務めた高橋氏を会長とし、被爆二世や現役世代が事務局を担う新しい役員体制も提案され、全員の拍手で採択された。
 総会後の懇親会では、和やかな雰囲気のなかで新しく入会した被爆者も交えて、お互いの経験や来年に向けた抱負を交流した。
 甲状腺ガンで声を失いそうになりながら、また、神経痛など被爆者特有の病とたたかいながら証言活動に出向いてきたことや、「それでも子どもや学生の感想をもらうと元気が出る」「自分で痛み止めの注射を打って出て行く毎日だったが、みんなが待っていると思うとやらずにはおれない」という目に見えない苦労話や「役員としてみんなに体験証言の依頼をするのが日課だったが、だんだんそれが楽しみになった」(男性被爆者)、「若い世代としてお世話係の経験も受け継いで一歩ずつ担っていきたい」(現役労働者)など、来年に向けてお互いの奮斗を誓い合いながら会を終えた。

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