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戦争阻止の統一戦線作る起点
福田没10周年第1回実行委
              福田型運動広げ日本変える   2012年3月14日付
 
 下関市の福田正義記念館3階で11日に開かれた福田正義没一〇10周年記念集会の第1回実行委員会は、下関市内、山口県内をはじめ全国各地から各界各層の約40人が集い、没10周年記念集会に向けて熱く論議がかわされた。
 最初に事務局を担当する長周新聞社から、運動の方向についての提案がおこなわれ、論議に移った。
 劇団はぐるま座から、全国各地で『雷電』や『原爆展物語』のとりくみに参加している人たちを中心に実行委員会への参加を呼びかけると、初めて劇団や長周新聞を知った人たちも含め、新鮮な反響が返ってきたことが報告された。「全国的に震災以後、日本がどうなっていくのか、自分たちが力を合わせて根本的に変えていかないとどうにもならないという世論がうっ積するなかで公演がとりくまれて」おり、そうした人たちが福田正義の戦後出発と戦後の運動路線にふれ「こういう生き方があるのか、こういう人がいたのかととても驚き、教育論なども喜ばれている」と紹介した。
 箱物を市外発注ばかりする三菱の重役出身町長をリコールした岡山県のある町の人人が、下関の市民運動に強い関心を寄せ「下関の運動、福田さんの路線で全国がネットワークをつくっていったらすごいことになる」と実行委員を快諾するなど、下関の市民運動やMCS閉鎖撤回署名運動などに対する関心も高く、全国と団結していくことに期待を寄せていると語った。
 川崎市の医師・柳田明氏は、没10周年にあたり「介護なら介護の分野での現実課題があり、福田さんの示してきた方向は大きな力になるが、文献に答えは書いていない。政治家には任せてはおれないので、福田さんの示したものを中心にしながら、今実際にわれわれが日本をどうするのかと、みんなが政治家になってつくっていくことだと思う」と語った。労働運動、農業、漁業などさまざまな分野で人人を束ねて運動をつくり、「今の日本社会をダメにしている力を押し返し、まともな世の中にするにはどうしたらいいか、それを私たち自身がやっていかないといけない」とのべた。
 下関のPTA関係の男性は、教育・文化論を紹介してきたことにふれ、記念集会を機に全国に広めて論議を重ね「福田さんの路線を継承する運動を発展させていきたい」と語った。

 「皆の為」で子ども達が成長 教育実践へて確信

 続いて人民教育同盟の教師たちから、この間の教育実践をへて確信を持った発言があいついでおこなわれた。
 宇部市の小学校教師は、6年生115人全員が鉄棒の逆上がりができた実践の後、一昨日、11月初めからとりくんできた縄飛びの持久飛びも最後の1人が初めて成功し、115人の子どもたちも教師も涙し、親も喜び感動的な状況になったことを紹介。3・11以後、子どもたちも父母の意識も変化し、「みんなの力でみんなが目標を達成していく、自分の力をみんなのために役立てよう」という意識が強まるなか、「教師が子どものために一心不乱に、一途にやっていく。これは大衆不在、子ども不在をうち破るということだし、福田さんの路線をいきいきと実践していけば必ず子どもは成長し親は支持するし、教師集団が形成されていくことをつかんできた」とのべた。また自分の待遇について文句をいうだけの偏狭な組合主義とたたかい、公か私かの思想斗争をしながらうち立ててきたことにふれ、「この方向が福田路線に基づいていたということを文献を学習しながら新鮮に受け止め、改めて確認している。今からもっと勉強していきたい」と語った。
 北九州の小学校教師も1年間の子どもたちの成長を見て、同僚の先生たちに教育論を読んでもらったり、論議をしているとのべた。「今思えば、“できなくていい”という文科省の路線をうち破ってこれだけの子どもたちを成長させる教育の方向が福田型。教育論の方向でやっていけばものすごい広がりを持つ教育運動になる」とのべた。
 同じく北九州の小学校教師は、この間の実践のなかで人のせいにして教育を放棄するのではなく、子どもを勤労人民の後継ぎに育てることを中心に置くことが一番大事だったと強調。礒永詩祭に向けて暗唱や群読、感想画にとりくみ、詩祭に子どもや親たち30人とともに参加して発表することを通して、子どもたちが精神を解放していった経験を語った。「今回福田さんの教育論を学習して初めて内容がわかってきた。精神の解放のところなどは心にぐっときた。今まで何度も読んできたが頭のなかで理解しようとしていたと思う」と語った。
 小中高生平和の会の教師は、先日の平和教室で1年間の成長を互いに発表するさい、子どもたちが自信に満ちて堂堂と発言していたことを感動を持って語った。逆上がりなど体育実践のなかで、また礒永詩祭や平和教室で成長した子どもたちがその成果を持って学校で奮斗し、リーダー的な役割をはたしつつあるとし、「平和の会と学校のなかで成長していく方向が一致して一つの大きな運動体になりつつある」と語った。「セクト的な小集団的なものをうち破って福田さんの路線に立って実践することが日本の教育を変えていく足がかりになるということをとらえ始めたところ。今後大きい教育運動を発展させていく出発点になるよう、10周年に向けて頑張りたい」とのべた。
 下関原爆被害者の会の婦人は、「なぜ長周新聞が被爆者の会に力を入れているか不思議でならなかった」が、「今は亡き吉本さんがあらゆる中傷に屈することなく下関原爆被害者の会を設立し、原爆展を広島、長崎、沖縄と発展させ、恥じることなく原爆の悲惨さや戦争の恐怖、愚かさを語ることができるようになったが、その原点が福田正義主幹であり、長周新聞であることがわかった」としみじみと語った。
 退職教師の男性は、「福田さんは歴史でいうと高杉晋作みたいな人で、理論的にも政治、経済、文化なんでもよく知っている。そして長周新聞をつくった。こういう人は100年に1人か2人出るくらいだ」とのべた。記念集会では、各分野から代表が舞台に上がり、教育などの現状や実践について語って、参加者全員が質疑などで論議に参加する形を提案した。

 全国で運動発展させ結集へ 各界が熱こもる発言

 下関市民の会の婦人は、10年前に長周新聞を購読し始めたことを語り、教育や市民生活などさまざまな面で「10年前は私も“仕方がない”と思っていたと思う。MCSの署名でも初めは“もう決まったことだから仕方がない”という人もいるが、そうではないと話すと署名していく。仕方がないとあきらめていたらダメだと思った」と語った。市民生活が想像を超えるほど厳しくなるなかで、「長周新聞を読んで私が変わってきたように、みんなにも新聞を読んで変わってほしいし、みんなで頑張っていきたい」と語った。
 本池市議は、この間市民の会がなんのためにあり、どういう運動をし、なんの役に立っていくのかの大論議を通じて発展してきたことを語った。一部の者のためでなく30万市民全体がよくなるために、みんなの力を束にしていけば大きな力になることを経験し、市民運動の方向が鮮明になったこと、そのなかで議会に送り出され、議会の中と市民運動が一緒になってやるなかで市民運動が活気づき、中尾市政を揺るがしていることを語り、「市政・国政を支えているのは市民、国民だし、変えていく力もそこが持っていることを教えている。福田さんの経験をみんなで学んでやっていきたい」と語った。
 沖縄で原水爆禁止運動を担っている男性は、11年にわたって原爆と戦争展を県内各地でおこなうなかで、沖縄戦と広島・長崎の体験、全国の空襲の体験が一つにつながり、「アメリカは核と基地を持って帰れ」のスローガンがどこでも共感を呼んでいる状況を語った。また『原爆展物語』公演が県内10カ所、4つの高校でおこなわれ、高校生たちが強い感動を受けていることを紹介。そのとりくみを担っている70〜80代の復帰斗争の経験者が、50年8・6斗争とつながり、劇団はぐるま座とつながって復帰斗争を発展させた経験を思い起こし、「基地は県外、国外移設ではだめだ。アメリカに持って帰れの運動を全国的にやるべきだ。対米隷属構造を断ち切らないといけない。全国的に安保の課題をたたかうべきだ」と語っていたことを語り、「この方向を示してきたのは福田さんが切り開いた50年8・6の運動、路線。本土と沖縄を分断するイデオロギー攻撃があるが、沖縄の人たちの本当の願いは基地の全面撤去であり、日本が独立しないといけないということだ。今それが語られる時期になったことを実感している」とのべた。
 岩国で米軍基地撤去斗争を担っている男性も、「1500人の沖縄の海兵隊やオスプレイを岩国に持ってくる計画に対して、岩国市民の歴史的怒りを束ね、真に独立した平和な日本をつくるために頑張りたい」とのべた。
 60年代の山電斗争をたたかった男性は、没五周年の運動のなかで労働運動の分野で座談会や投稿などを通じて、「資本との斗争は熾烈だったが、なぜあのようなことができたのかということを顧みることができた」と語った。なにより労働者の団結が喜びとなり、その力で60年安保斗争や11日間のストライキをうっていったとのべ、「頭のなかでこねくり回すより実践のなかでつかんでいった。その経験から、子どもたちができなかったことをできた友だちのことを喜びにするという話を聞き、先生方の奮斗を聞いてよけいに感動する」とのべた。また『原爆展物語』大阪公演のなかで「労働運動の見方が変わった」との反響が語られていることにふれ、「10年の原爆展運動と『原爆展物語』を一つのよりどころにしていけば、必ず労働運動も開花する。私たちも頑張りたい」と語った。そのうえで「今度の記念集会では、教育、文化、労働運動などそれぞれの分野から福田さんの文献を大いに勉強して論議し、この10年間の実践をふまえたいきいきとした報告を、確信を持って堂堂と発表すれば、多くの人の胸をうつのではないか」と提案した。
 実行委員会では福田正義没10周年を5月20日(日)午後1時から4時まで、下関市シーモールホールで開催することを確認。実行委員長には柳田明氏が就任した。
 最後に柳田氏は「今日の論議でだいぶイメージが出てきたのではないかと思う。福田型という意味は、みんなが福田さんのようになって各分野でやっていこうじゃないかということだ」とのべ、それぞれの地域、分野で敵はだれなのかを明らかにしてたたかい「お互いが連携しながら、より統一戦線的な力を深めていく一つのきっかけになっていけばいいと思う」と締めくくった。

 事務局からの提案

   (一)

 長周新聞社の創刊者であり、日本共産党(左派)議長であった福田正義が逝去して、昨年12月23日に10周年を迎えた。長周新聞社は昨年末、福田正義没10周年にあたっての顕彰運動の呼びかけを発表した。呼びかけは、「この10年の経験は、福田正義が戦前、戦後を通じて実践した路線が、閉塞した現代を打開する新鮮な力となることを証明している。とりわけ、戦後資本主義がガタガタに崩壊し、平和で豊かな新しい社会が切望されるなかで、それを担う幾千万大衆を結びつけ、導いていく新鮮な政治勢力は福田型でしかありえない」し、「戦争を押しとどめ、平和で豊かな日本を実現する人民の力を大結集するため、広く福田正義顕彰をする意義は大きい」として、福田正義の業績の研究と文献の大論議を巻き起こし、それを没10周年記念集会に結実させるよう訴えている。
 今年に入って、『広島と長崎』『現代の日本をどう見るか』『高杉晋作から学ぶもの』から、文化・芸術、教育、労働などの分野における福田正義の文献が長周新聞紙上であいつぎ紹介されている。文献の多くは50年から60年前に書かれたものだが、福田正義の当時の状況のとらえ方や不撓不屈の精神、社会進歩の方向に立って広範な人民が団結して進む方向を示した内容は、各界各層の人人に新鮮な響きをもって受け入れられている。なかでも、この10年間に福田正義の精神と路線を顕彰し、現代に継承する努力を強めて運動の飛躍的発展の基盤を築いてきた分野で、この間の経験・教訓と結びつけた論議が始まり発展している。
 福田正義没10周年の顕彰運動にあたっては、「戦争に立ち向かって平和で豊かな日本をつくる人民運動の起点にする」をテーマに大衆的な論議を巻き起こし、記念集会を5月20日(日曜日)に下関市で開催することを提案する。

   (二)

 福田正義の生涯は、第二次世界大戦を前後した日本社会の激動する一時代を、幾千万大衆とともに、貧困も失業も戦争もない自由な社会の実現のために粉骨砕身してきた。その足跡は現在の私たちに進むべき新鮮な展望を示している。戦前に活動を開始した福田正義は、戦争という日本の人民がもっとも苦難のなかにあるときに、共産党が消滅し人人を手助けすることができなかった、しかし中国ではたちまちにして人民を解放した。その違いは、人民に奉仕する思想に徹して、大衆路線の道を進んだからだといっている。そしてその問題意識から戦後を出発したと語っている。
 1950年、原爆のことを公然と口にすることが抑圧されていた占領下の広島で、初めてアメリカの原爆投下の犯罪を暴いて原爆反対のたたかいを組織したのは、その問題意識を具体化したのだと語っていた。その後創刊した人民言論紙・長周新聞はまさにその問題意識に立って、人民に奉仕する思想、自力更生・刻苦奮斗の精神で大衆とともに勝利していくというものだった。
 この10年の運動の発展の軸をなしているのは、峠三吉の原爆展・原爆と戦争展の運動であり、8・6広島原水禁運動だ。これは福田正義が組織した1950年8・6斗争の路線(『広島と長崎』)を具体化する努力のなかで発展したものだ。福田正義は1999年、下関で原爆展が始まったことを非常に喜び、2001年11月の第1回広島旧日銀原爆展の成功を見届けて永眠した。
 アメリカの犯罪を真正面から暴露し、「アメリカは核を持って帰れ」をスローガンとする原爆展・原水禁運動は、広島、長崎、沖縄をはじめ全国で衝撃的な共感を呼び、さまざまな戦線の運動を活性化させた。この活動は劇団はぐるま座の創作劇『原爆展物語』となり、さらに威力を持って影響を広げている。沖縄、岩国の基地撤去の運動、小中高生平和の会に代表される教育運動、下関の市民運動などが連動して発展した。これらの運動は、偏狭な小集団の主義主張をこととするものではなく、圧倒的な人民大衆を代表するものとして認められ、多くの人人が安心して参加できる生命力に満ちた運動として発展している。それらの生き生きとした運動は、既存の政治勢力、平和団体や組合などが、大衆を裏切って民主党与党となってすっかり生気を失っているなかで鮮やかな対比をなしている。
 原爆展と『原爆展物語』公演と被爆市民の運動は、広島、長崎両市民を代表する運動としてもっとも力を持った平和勢力となり、全国、全世界に影響を広げるものとなっている。原爆展と『原爆展物語』公演は、沖縄戦の真実を明らかにし、沖縄の基地撤去の運動の様相を一変させてきた。アメリカの支配を正面から暴露し、本土と沖縄が一致した独立の課題を鮮明にし、50年代からの復帰斗争を担った人人が歴史的な体験を思い起こして役割を発揮し始めた。岩国市民が頑強なたたかいを続けているなかには、原爆展運動が10年にわたって継続されていることが力となっている。
 下関の議員活動と結びついた市民運動は、全国的な共感を呼んでいる。それは小集団の利益ではなく、30万の全市民を代表した私利私欲のない運動として、広範な市民の圧倒的な支持を得て発展してきた。それはまた、元総理、現総理候補の代議士が持ち込むアメリカ追随の新自由主義政策のモデル市政とのたたかいとして、先陣を切るものとなっている。最近の三井金属・MCS工場の閉鎖撤回と雇用創出を求める署名運動は労働者はもとより商店主、農漁業者、教師・知識人が参加する運動として発展しており、労働運動、市民運動のあり方を示すモデルとして全国的な関心と連帯の輪を広げている。福田正義の市政・市民論、労働運動論などを学ぶことと結びついて発展している。
 劇団はぐるま座の劇『動けば雷電の如く』は、福田正義が1966年にあらわした『高杉晋作から学ぶもの』の論点に学んで創造されたものだ。また『原爆展物語』とともに、多く残している文化・芸術についての評論に学んで創造されたものだ。福田正義は、地方に生きる人人を歴史的社会的にとらえて典型化する芸術など、リアリズム芸術路線を明らかにしている。昨年末に福田正義・長周新聞とともに「多くの大衆の役に立つことを願って」詩作活動をしてきた礒永秀雄の没35周年詩祭は、まさに各界各層の大衆自身の手によって大成功をし、芸術が人人の生きる糧となり、平和の大きな力になることを証明した。歴史を創造する主人公である人民大衆とともに、新しい時代意識に立った芸術運動が全国で旺盛に発展する展望を示している。
 小中高生平和の会の運動、人民教育同盟の教育運動は、学年全員が助け合って逆上がりを達成させるなど、めざましい発展を遂げて影響を広げている。「文科省の教育改革が悪い」「環境がよくない」から「子どもを育てることができなくても仕方がない」という敗北的な被害者意識、偏狭な組合主義とたたかい、未来を担う子どもの教育に責任をもって建設する側から父母、教師集団と団結して勝利したものだ。福田正義は戦後の教育運動で多くの指導的な評論を残している。それが現在ひじょうに新鮮に受け止められており、日本の教育運動の展望を示している。
 ちょうど一年前の今日の、東日本大震災と原発事故、さらに世界的なリーマンショックと欧州財政金融危機などを経験し、またこのなかでの工場閉鎖と海外移転、人人の暮らしが成り立たなくなるなかでの消費税増税やTPP、米軍再編などのごり押しという経験をするなかで、このままでは社会は成り立たないし、戦後の日本社会を根本から見直さなければならず、社会を変えなければならないという世論が沸騰するところとなっている。福田正義が貫いてきたように、人民大衆が歴史を創造する原動力であり、社会を変革する主人公だが、大衆はバラバラでは権力を持った敵に勝利することができない。
 大衆の力を一つに束ね、社会を変える物質的な力にするための政治勢力、組織の役割が不可欠だ。この間の経験は、一切の私心と決別して人民に奉仕する思想に徹して、大衆のなかに入り、大衆の生活と斗争に学び、大衆のバラバラの意見を集中して整理だった意見にして、それを大衆のなかに返し、大衆の行動にしていく、そういう役割をする集団ができていったら大きな力になるということだ。大衆のなかにしっかり足を据えて、さまざまなインチキ世論や妨害を取り除き、大衆の共通の利益はなにか、戦争勢力はどのように欺瞞し抑圧して大衆を攻撃しているか、だれと団結しだれとたたかうか、そういう進撃方向を不断に明らかにし、大衆の先頭に立ってたたかう組織がなければ勝利することはできないことを教えている。まさに福田正義型の人民に奉仕する思想で統率された各分野、各地域の団体、組織が広がることが展望となる。
 福田正義没10周年は、福田正義が切り開いてきた道について大いに論議し、現在に生かして、戦争に立ち向かって平和で豊かな社会をつくる運動の起点になるようにしたい。

   (三)

 福田正義没10周年記念集会に向けては、次のような構想・段取りで進める。
 集会名称 福田正義没10周年記念集会
 日時 5月20日(日)午後1時から4時まで
 会場 シーモール・ホール(下関市竹崎町)
 主催 福田正義没10周年記念集会実行委員会

 記念集会に向けて、この間の各分野での活動の経験・教訓を踏まえて福田正義の思想・路線をめぐる論議を交流・発展させ、記念集会をそのような運動を集約し、意見発表や朗読、パネル展示など創意的なプログラムで、全国的な統一戦線を形成する新しい政治勢力を広げていく意志を結集する場にする。3月下旬から紙面で、福田正義没10周年に寄せた大衆的な論議を系統的に掲載していく。集会の内容は、大衆的論議と運動の発展のなかで具体化し、創意的な形態をイメージして企画したい。今後長周新聞ではひき続き福田正義の文献を、国際連帯、「安保」斗争、市政、婦人問題に関連して、また長周新聞論などを紹介していく予定だ。


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