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戦争阻止し時代開く運動の砦に
福田顕彰会第5回総会
              福田記念館10年の到達確認     2014年5月19日付

 福田正義顕彰会の第5回総会が18日、下関市の福田正義記念館で開かれ被爆者や戦争体験者、教師をはじめ、全国各地から約60人が参加した。集団的自衛権行使を叫ぶ安倍政府の戦争策動を覆す全国世論が沸騰するなか、再び戦争を起こさせてはならないという戦争体験者、その思いを受け継ぐ現役世代の熱気が一堂に会し、福田記念館を拠点にした福田顕彰運動10年の到達がいきいきと交流された。原水禁運動、文化・芸術運動、下関の市民運動、教育運動など全国で切り開かれてきた運動への確信にたち、全戦線が連携して戦争を押しとどめる大運動を起こす熱気が溢れ、明るい展望と迫力に満ちた画期的な総会となった。
 総会の冒頭、福田顕彰会の黒川謙治会長が挨拶。福田記念館が「平和と文化の砦」、人民運動の拠点として威力を発揮し「記念館なくして人民運動の発展はなかった」とのべ、激動情勢に対応できる記念館運営、顕彰会運動へ飛躍させる活発な討議を呼びかけた。
 続いて同記念館の福田槐治館長の挨拶を代読。「戦争の足音が高まるなか、独立、平和、民主、繁栄の日本をめざす世論が全国中に沸き立っている。記念館がそのような情勢に的確に貢献できるよう願っている」と期待を寄せた。
 ついで顕彰会事務局が第五回総会報告(案)を提起した。2012年の第4回総会以後2年余りの記念館の運営状況と顕彰会活動の発展、とりわけ記念館開館から10年をへた参観・活用の到達を概括。原爆展運動やはぐるま座の公演、教育運動や市民運動の発展がそれぞれ激励しあいながら、参観・活用する状況が広がり、図書資料収集が積極的な寄贈で4万2500点をこえ、他の個人記念館では例のない発展を遂げていることを報告した。
 安倍政府がアメリカの国益の戦争のために犬馬の労をとるなか、「安保」斗争のような全国的団結のたたかいで戦争を阻止し、日本社会を立て直す世論と行動意欲の高まりを指摘。この情勢に対応し福田記念館を独立・平和の拠点として機能を充実発展させていく、とのべた。

 活発な討議 教育や原爆展運動から

 提起を受け活発な討議がおこなわれた。口火を切った下関市の退職教師は上宇部小鉄棒実践にふれつつ「原点は広島の平和教育ではないか。原爆被害者に子どもたちがよく話を聞く。この運動が続いたなかで“みんなのための教育”が成功している。福田さんのいう正しいものの考え方が運動のなかで実践されてきた。これが教育だけでなく、文化運動などにも広がった。偏った運動ではなく正しい見解に立って運動をすすめるとこういうことが起きる。福田正義の顕彰が一つのことにこだわらずいろいろな分野で大きく発展している」とのべた。
 下関原爆被害者の会の被爆者からは市民運動、教育運動、原爆展運動、劇団はぐるま座など「民衆のための無償の奉仕」の福田精神で連携して運動を発展させてきた確信が出された。現在の情勢にふれ「私が最高責任者だといって、権力と利権におぼれ、戦争へ向かっていることを危惧している。総理には辞任を願いたい。戦争で尊い命を奪われた方のためにも戦争の愚かさ、残酷、悲惨、恐怖など身をもって体験した者しかわからない真実を今伝えなければ、過去の物語にされてはならない、と強く思う。格差のない日本の本当の平和のため、未来ある子どもたちのために福田精神で頑張りたい。今まで被爆のことを話すことができなかったが、平和教育をとりくむ先生方のおかげで胸を張って被爆体験を話せるようになったことに感謝している」とのべた。「戦争になりそうなので冷や冷やしながら毎日テレビをみている」と切り出した被爆者も「安倍さんが独裁者のように、憲法を変え戦争ができるようにしていくのが歯がゆくてしょうがない。みんなでどうにかしたい」と意気込みを語った。
 続いて人民教育運動を勢いよく発展させてきた教師が発言した。宇部市の小学校教師は「これは教師だけでできるものではない。被爆者、戦地体験者が子どもたちの土台を育て、子どもたちも一生懸命頑張ろうとなっている。それが体育重視の上宇部実践に通じている」とのべた。戦争体験者に学んだ青年教師が「教師としてのポジション、立場が明らかになった。絶対戦争を起こしてはいけないという被爆者や体験者の思いを胸にして私たちが平和な世の中を作っていくことに立ち上がらないといけない。それが上宇部実践とぴったりきた」と感想を寄せたことも紹介した。
 さらに上宇部実践について「1950年代山口県の平和教育実践の流れが脈脈と流れている」とのべ、福田正義教育論の「人に親切にする、真実を宝のようにする、親兄弟を思いやる、正しいことのためには勇気をもって立ち向かう、社会の発展と日本の発展には自己を犠牲にして戦うことができる…」など目指すべき人間像の具体的内容にふれながら「アメリカが振りまく自由・民主・人権の現在の軍国主義イデオロギーと真っ向から対置する子ども像、福田路線の子ども像を育てていこうというので実際を出しあい交流会が発展してきた。若い教師は新鮮な喜びとして福田路線、人民教育路線を受け入れている」とのべた。
 別の小学校教師も「原点は被爆体験を学ぶこと」とのべ体験を学んだ子どもたちが、生活面、学習面で自分を変えながら成長し、保護者が支持していることにふれた。そして「集団自衛権の問題がテレビで出るが、せっかく守ってきた平和がいつまた逆戻りして壊れるのではないかと感じる。今からこの世の中をつくっていくのは子どもたち。みんなで協力し子どもたちが平和な社会を守り続ける教育をしていきたい」とのべた。
 北九州市の小学校教師は戦争体験者に学んだことにふれ「型にはめられた教育が知らず知らず戦争に引っ張っていった。教育の重要さを感じている」と発言。
 「“自分さえ良ければいい”“できなくてもいい”という考えが広がる世の中で平和教育が原点だと気づかされた。逆上がりをとりくんでいるが、子どもたちはみんなで頑張り、みんなで喜ぶ気持ちを持っている。その子どもたちを戦場に行かせないというのが私たちの務めだ。戦争体験を学び世の中を変えることは非常に大きなことだが、みんなで団結して立ち向かわなければいけない。現実から逃げるのではなく、若い者が次の世代を担う子どもたちをしっかり育てていきたい」と力強くのべた。
 人民教育同盟の教師は「教え子を戦場に再び送らない」という戦後出発に立ち岩国で切り開かれた平和教育運動を継承する重要さを強調。「貧乏になって戦争になるとあるが、35年前は専業主婦が多く家庭訪問でもすぐ会えた。今の母親は仕事を二つ三つかけ持ちしていて苦労している。親や教師と団結して戦争反対運動をつくっていきたい」とのべた。
 下関の教師や小中高生平和の会からも「ここに教育がある」と青年教師が上宇部実践や被爆体験に学び、いきいきと教育実践に踏み出していることに喜びと確信が出された。七月には各地の教育交流会に参加した教師を中心に全国の青年教師の大交流を計画していることも紹介され、地域、父母、教師、体験者が全国的につながり大運動を起こす熱気が溢れた。

 戦争情勢で真価 日本変える運動の拠点

 こうした論議に触発され戦争体験世代も発言。農業に携わる退職教師は「戦争は正義の戦争と不正義の戦争があると福田さんはいわれた。今の安倍政権はいかにも国民の生命を守るため正義の戦争のようにいうがアメリカの国益を守るものだ」といった。TPPで農業をつぶす動きについて「政府の動きを阻止しなければ前途は開けない。世の中の真実をどこまでも追求するのが福田先生の教えた道だ」のべた。
 「みなさんの話を聞き黙って帰ることができなくなった」とマイクを握った下関の被爆者は、長崎の海軍病院に派遣された経験にふれ「戦後30年国立病院にも勤めたが、原爆ほど悲惨で苦しい患者に巡り会うことはなかった。リバノールもガーゼもない。この悲惨さを見て絶対に戦争をすべきでないと思った。この惨状を思ったら黙って帰られなくなった」と、溢れる思いを伝えた。
 休憩をはさみ下関市民の会の会員が発言。終戦時10歳だった婦人は「学校でかけ算ぐらいは習ったが、カボチャを植えたり、兵隊を送ったり手旗信号をやっていた。戦争が終わったとき明日からB29が飛んでこないと思った。戦争は安倍さんが盛んにいうが、寒さもひもじさもつらさも母恋しもまったく知らない人たちだからあんな言葉が口から出てくる。貧乏も知らない。やっとあの焼け野原からこうして語りあえ、学校生活も充分できるところまできた。それも知らない人たちに一方的に憲法を変え戦争をするようなことはしていただきたくない。政治家は、福田正義さん、礒永秀雄さんの心をもとに政治をしてほしい」とのべた。他の会員から共に頑張っていく決意が口口に出された。また福田路線に導かれて、下関市民の会の運動ではゴミ署名をとりくみ、30万市民を代表する運動へ立て直してきたこと、現在、洋上風力発電の問題をとりくみ、安倍政治への怒りが充満していることも語られた。「戦争の問題は真剣勝負。市民の会が戦争反対も大きく市民運動にしていきたい」と出された。
 下関のPTA関係者は原水禁、教育、芸術文化運動が大衆的な基盤を持ちいろんな人と知り合いにもなったことを振り返りつつ、下関税務署による自治会への税金とりたて問題にふれた。「文化祭のバザーやコミュニティにかかわるすべてに税金がかかる。なぜこのようなことが安倍政権のお膝元だけでやられるのか、市長は税理士でわかっているはずなのに一緒になってすすめるのかと自治会関係者がいっていた。こういうものをふくめて市民運動で何とか撤回させる方向でやっていきたい。福田さんが“人民のために”といってきた。これを教育、戦争のことなど含め若い世代に伝えていく必要がある。これから長く続けていくには会員を広げ、記念館への来館者を増やし、その考えを伝えることが大切」と強調した。地域で礒永作品の公演をとりくみ強い反響を呼んだことも語られた。
 劇団はぐるま座は、創立60周年運動を記念館で開かれる実行委員会、福田路線を導きにして、ブルジョア劇団から真に人人に役立つ人民劇団へと再建していく大きな一歩を踏み出せたことを喜びをこめて報告した。安倍政府の戦争政策が矛盾を激化させ、人民運動が爆発寸前となるなか、作品の創造と普及の全課程を通して、「人民に奉仕し人民と共に」の方向で、一人一人が立場を変えながら真剣勝負で創造し、とぎすまされた『礒永秀雄の詩と童話』が青少年の魂を揺さぶるものとして大きな反響を呼んでいることをのべ、60周年運動で明確にした再建の方向を邁進していく決意をのべた。
 別の団員は『動けば雷電の如く』『原爆展物語』『礒永秀雄の詩と童話』が現実に戦争を阻止していく力になっていることを報告。沖縄公演のとりくみを通して、復帰斗争やコザ暴動の歴史的経験が語られ、沖縄の本流が結集され、本土と沖縄の対立、沖縄独立論や革新勢力の欺瞞をはねのけていったとのべた。「名護市長選の快挙のさいも“公演の舞台ととりくみが支えになった”と語られていた。公演が現実を動かしている。市場原理ではなく生産の誇り、まっとうな社会を求める世論が充満しているなか、福田路線をわがものにしもっと発展させたい」とのべた。
 原爆展を成功させる沖縄の会や岩国基地沖合拡張反対連絡会議などから、原爆展運動が基地撤去斗争と結びつき独立・平和の世論を喚起していることが出された。
 こうした全体の討議の高揚を経て教師、被爆者、新しく入会した青年などから運動を広げる意欲が語りあわれた。
 原爆と戦争展を成功させる広島の会の青年は「記念館の展示で心にのこったのは、“死なないためのたたかいを命がけでとりくまなければならぬ”という言葉だ。最初は意味が分からなかった。しかし庶民の生活は苦しくなる一方。これと安倍政府の動きをあわせれば、命がけのたたかいをとりくむ意味が分かってきた。原爆展を奇兵隊になった気持でとりくみたい」と勢いよくのべた。大阪から参加した高校教師は大阪の地でも原爆展運動を青年教師や高校生と広げつつあることを報告。よい映画を見る会はチャップリンをはじめ、人人のなかにある力を映画を通じて束ねていく、福田顕彰運動の一環として運動を広げていくと強調した。
 下関の被爆者からは原爆展に来た小学生が学校で語ったことを覚えていて声をかけてきたと喜びを表し、「機会があればいくらでも話しにいく」と意気込みを語った。
 宇部市の退職教師は宇部で原爆と戦争展のとりくみに地域の老人会、遺族会などから期待が強いことにふれ「私達が命がけで戦争を阻止する思いを受け継いでいくかが問われている。いま戦争を阻止する運動を作らなければ」と強調した。
 その後新役員が提案され新会長として佐藤公治氏が選出された。最後に佐藤新会長より「福田顕彰運動がいまから意義を持つ。日本を変え新しい時代を切り開く生命力に満ちた福田正義顕彰運動を発展させていこう」と呼びかけられ、大きな拍手で締めくった。

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