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戦争止める“皆の為”の教育
第38回人民教育全国集会
              父母や体験者と共に創る   2016年8月29日付
 
 「戦争を阻止する教育運動を発展させよう」をテーマにした第38回人民教育全国集会「子ども・父母・教師のつどい」(主催・人民教育同盟)が下関市の勤労福祉会館で開かれ、子ども、教師、父母、被爆者、戦争体験者、退職教師など200人が参加した。「教え子を再び戦場に送らない」ーーこの使命感に立った教師集団の運動と若い教師たちの登場に共感と期待が寄せられた。父母や地域、被爆者や戦争体験者と結びつき「教育から世の中を変えていく」教育運動の展望を語り合う場となった。
 
 若い教師の成長に期待

 はじめに人民教育同盟中央本部委員長の佐藤公治氏が挨拶に立ち、各界各層の参加者の意見交流を呼びかけた。その後基調報告が提案された。
 集会は現場の教師たちの発言で始まった。福岡県の小学校教師は、「いじめキャンペーン」について、この間の教育実践をふまえて考えた意見をのべた。この間「みんなのためにみんなで力を合わせる」学級を目指して、鉄棒逆上がりや道徳交流ノート、学級通信で父母との交流を深めるとりくみを進めてきたが、そのなかで学校現場で起こる「いじめ」の対応がただ「事を治める」という非教育になっていることに疑問を抱き、「本当の意味でいじめを解決するには、子どもの課題を真正面から伝え、親とともに子どもを変えていこうと信頼関係を築くことが必要だ」と語った。その実践の一つとして、昨年度「ちいちゃんのかげおくり」の学習を父母を巻き込んで実施し、「戦争反対の思い」「子どもを戦争にいかせたくない」という親たちの思いにふれ、ともに育てる一歩に繋がったと振り返った。「いじめキャンペーンをうち破ること、体育重視でたくましく子どもを育てること、被爆体験に学ぶこと」のすべてが「戦争を阻止する」ための教育であるとのべ、教師が目先の対応だけに振り回されるのではなくあらゆる方向から「戦争阻止」のために集団で立ち向かっていく決意をのべた。
 福岡県の小学校教師は、安保法制の下で自衛隊員の教え子たちが「駆けつけ警護」といって戦場に送られることが現実問題になるなかで、「教え子を戦場に送らない」という教師の使命が今問われているとのべ、父母と団結して教育を進めていく決意を語った。
 山口県の小学校教師は、これまで各地域でとりくんできた教師交流会に若い教師が積極的に参加していると語った。「学校のなかだけ見ていれば視野が狭くなる。教師交流会が教育について本音で語りあう場となっている」とのべ、そのなかで子どもへの愛情や情熱が溢れるように出されていると語った。今後も教師交流会を続け、若い教師とともに被爆体験を学んでいきたいと語った。
 続いて山口県の小学校教師は、「体育重視」の教育で得られる子どもの成長は、できないことができるようになるという体力的な自信につながり、互いに励ましあい集団として高まっていき、それが算数や国語などの知育や徳育にも大きく影響していくと、この間の実践で得た確信を語った。しかし今、文科省が「危険なことは避けるように」「できないのも個性」といって、子どもを心身ともに鍛える教育を攻撃し、さらに「いじめキャンペーン」や「体罰禁止」「組体操禁止」といって教師の手足を縛るなかで、ひ弱な子どもが量産されていると指摘した。そのなかで体育で培われる「困難に負けず克服する力、みんなのために力を合わせる力」が、自分中心の戦争イデオロギーの対極にあり、親や地域の願いであるたくましい平和の担い手に育てるために重要であるとのべ、教師集団が団結して実践していく決意を語った。
 山口県の小学校教師は、6年生の広島修学旅行で4人の被爆者から体験を学んだ子どもたちが、被爆者の真剣な思いや真実の重さを受けとめた様子を語った。またこの広島修学旅行を支えた父母の思いに学んでいきたいとのべた。
 その後、各地から参加した20代の若い教師たち4人が発言した。福岡県の教師は、広島の大学に進学して広島の人人の原爆記念日に向き合う厳粛な姿勢に触れて驚いたと語った。「逆にいうと、教育によって平和や戦争の捉え方もこれほど変わる。教育の大事さがある。本気で平和とは何か、原爆とは何かを薄っぺらい言葉ではなく、真剣に考えられる子どもに育てたい。そのために私も勉強したい」と語った。別の教師は、「戦争はダメだ、平和はいいという言葉だけで終わってはいけない。子どもたちに知識を獲得させて、今なにができるか、日日にどう活かしていくかを一緒に考えていきたい。体育も重視して同学年の先生と九月には組体操も実施したい」と語った。
 さらに参加できなかった20代教師のメッセージが紹介された。メッセージには、右も左もわからぬまま2年生の子どもたちと向き合い、父母と信頼関係をどう築いていくか四苦八苦しながら1学期とりくんできたなかで、先輩教師のアドバイスを得て学校での子どもの様子をこまめに親に連絡していくと、学期末の懇談会のときに「先生を信頼しています」「連絡帳で学校の様子を知らせてくれるので、うれしい。2学期もよろしく」といわれ、信頼関係を築く一歩が踏み出せたと振り返っている。また2学期からの課題として、「集団生活のなかで譲りあう、尊重しあうクラスをつくるためにどうすればいいか、八歳であっても集団のなかで社会性を身につけるようなクラスをどうつくっていくか試行錯誤している」と寄せた。素朴で熱意あふれる発言に会場から温かい拍手が送られた。

 体験を語り継ぐ重要さ 被爆者も熱込め語る

 続いて父母、地域、退職教師の発言に移った。
 下関原爆被害者の会の女性被爆者は、昭和20年7月に下関空襲にあって家も家財もすべて失い、着の身着のまま親戚を頼って広島に身を寄せたところ、原爆にあいクラスの3分の2が亡くなったというみずからの体験を語った。「安倍政府は今にも戦争に足を踏み出そうとしている。“美しい国”などといいながら、核の先制不使用に反対した。私たちが経験した嫌な思いは子や孫にさせたくない」と語り、今後も子どもたちに体験を語っていく意欲をのべた。
 続いて下関市のPTA関係者は、文科省が「組体操禁止」を通達したことと関わって、地元の小学校の運動会の「組体操」をめぐって学校運営協議会やPTA総会で協議した結果、「痛みの分かる子でないと社会に出て困る」という意見が圧倒し「組体操」を実施した経緯を語り、「そこに親、教師、地域が力を合わせて教育していく展望があるのではないか」とのべた。集会前半の若い教師の発言とも重ねて、「人民教育同盟の先生方の“みんなのために”の教育をぜひ押し進めてほしい。若い先生が育たなければ未来はない」と期待を寄せた。
 下関市の母親は、6月に平和教室に参加して被爆体験を学んだことについてのべ、「8月6日の原爆が落とされたあとの詳細な様子やその後の苦しんだ人生を赤裸裸に語られた。その方にとってみれば被爆体験を語るということは、傷口に塩をぬるような、人生において一番忘れたい記憶だ。あえて語って下さったことは相当に勇気のいることだと思う。子どもだけではなく、親自身もこういう機会を通じて、なぜ戦争がいけないものなのかをみなで考えていきたいと思う」と語った。
 3人の退職教師が続けて発言した。元中学校教師の男性は、「戦争を阻止する教育運動が今ひじょうに重要になっている」と語り、この間発展してきた「みんなのために」という勤労父母の立場に立った集団主義の教育に期待を寄せた。
 ここで第17回広島に学ぶ小中高生平和の旅に参加した子どもたちが登壇した。6月から平和の旅にむけた署名カンパ活動をおこなってきた様子を写真で紹介し、多くの人から支持が寄せられ、広島で学ぶことができたと報告した。会場全体で峠三吉の詩「序」と「青い空は」を合唱した。
 休憩を挟んで平場からの被爆者や父母、教師の感想を含めた発言があいついだ。広島から参加した女性被爆者は、9歳のとき広島で被爆した経験を語った。体中の皮膚をやけどして顔もただれ、着物はボロボロになっている人の姿を見たこと、従妹の女の子が白骨になって発見されたことなどが昨日のことのように思い出されるとのべ、今後も被爆体験を語りついでいく思いをのべた。下関原爆被害者の男性被爆者も、6歳のとき長崎で被爆し、いまだにその瞬間の記憶はないが、戦後の経験などを学校の子どもたちに語り継いでいきたいと語った。
 ある小学校教師は、今の学校教育が「個性重視」「子どもの人権」といわれていることと対比して、「みんなのために」の教育が持つ意義について語った。「みんなのために生きていくなかで見えるもののなかに本当の意味の“自由”“人権”がある。たくさんの人を殺す戦争をする者に“人権”を語る資格はないと思う。個を大切にするのも、みんなで頑張っていくなかで、最後までやりとげさせることが、個性を引き出すことだと思う。それが一人一人を大切にすることではないだろうか」と語り、明日から頑張っていく勇気をもらったと語った。
 また最後に若い教師たち4人が「平和に対する熱い思いを子どもたちに伝えていきたい。安倍首相のことも出ていたが、国に動かされるのではなく、こちらが動かしていけるように勉強し行動していきたい」「体験者の方から話を聞くことの大事さを改めて考えた。子どもたちにたくさんのことを教えていくために自分自身が勉強していきたい」「一番大事だと思ったのは、思いを行動に移すことだ。思っているだけでは何も変わらない。チームのなかで子どもたちの個を活かしていきたい」と感想をのべた。
 最後に人民教育同盟事務局長の林田正人氏が、教師の力だけでなく父母や地域と一緒にならなければ「戦争を阻止する教育」はできないと語り、今後はさらに若い教師を中心にして仲間を増やし、来年またさらに発展した集会にしていくために奮斗していく決意をのべて閉会した。

 

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