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戦争止める青年育てる教育
               人民教育全国集会の感想     2013年8月28日付

 「教育から世の中を立て直そう!――戦争に立ち向かう教育実践を発展させよう!」をテーマにして、25日から3日間、下関市で開かれた第35回人民教育全国集会(初日は「子ども・父母・教師のつどい」、2・3日目は教育研究集会)は、画期的な成功を勝ちとった。その後、教育集会の参加者から、深い感動のこもった感想が寄せられている。以下、紹介する。

 鉄棒実践の土台は被爆体験   長門市小学校教師 江原美佐江

 人民教育全国集会を終えて、大変頭の中が整理されて心がはればれ、すっきりしています。
 つどいには、子ども、父母、教師、戦争体験者、被爆者、労働者、大学生など、多くの方方が参加されました。「みんなで力を合わせて」「みんなのために」「最後まで頑張りぬく」「平和の担い手になる」子どもを育て、戦争を阻止する青少年を育てる教育である、上宇部実践のなかで生き生きと育った子どもたちの姿に、会場が一体となって喜びが溢れていました。とりわけ被爆者、戦争体験者の方方の子どもの成長に対する喜びは大きく、戦争体験、被爆体験に学ぶ活動を土台にした教育で子どもたちが美しく育っていることの確信が大きく感じられました。
 今回のつどいには、各学校から多くの教師が参加していました。上宇部実践に学び、交流会に参加した若い教師たちが多く、生き生きと意見や感想をのべていました。
 つどいの感想を聞くと「子どもの姿がとてもすばらしかった」「佐藤先生のとりくみの説明が、写真入りでとてもわかりやすかった」と、この実践の正しさが子どもの姿にあらわれていることを話していました。そして親の姿にもふれて「あのように全面的に教師を信頼して教師の指導に子どもをゆだねる親の姿があることにびっくりした」と話す教師もいました。日日の生活のなかでは、なにか問題が起こったときに文句をいってくる存在である親という関係にされている現実がよくあらわれています。またもう一人の先生は「今のこの世の中で戦争反対をいい、平和を求めるためには、このように意識的にいい続けることがとても大切だとわかった」と話してくれました。
 また別の教師は「若い実践者がどんどん増えてすごいですね。参加するたびに自分の姿を反省させられます。まだまだ私は自分のために教育をしているなあとつくづく思いました。参加された先輩の方方の子どもたちや私たちに向けての思いを強く感じました」と、自らを振り返っていました。また別の教師は「鍛えてやらなくてはいけないというのは同じだが、今われわれに足りないものは、みんなで! の視点です。一人一人への支援に偏っています」と、「自由・民主・人権」の教育をしている矛盾を伝えてくれました。
 こうした感想を聞いて、多くの教師は、とりわけ若い教師たちは、上宇部実践のなかの、「自由・民主・人権」の教育とは反対側にある、人間らしい子どもの声が聞こえ、汗や涙や喜びの声があふれる教育に展望を見出していることが、よくわかりました。「みんなが助けあって」「みんなのために」で子どもも、教師も一心不乱に奮斗する姿は、個性尊重、個人主義、競争主義の「自由・民主・人権」の教育とは大きくかけ離れています。そしてこの、上宇部実践の根底にある戦争反対の精神、平和の担い手に子どもを育てるという目的に、多くの人人は心を揺さぶられるのだと思いました。若い教師をひきつけているものは、そこにあるのだとわかりました。
 被爆者の方方の話を聞いたとき、子どもたちはすぐにその話を受けとめ、吸収していきます。アメリカによって家族全員殺された、アメリカが憎いと被爆者の方が話され、その思いに涙して、そこにある真実に子どもは心からの怒りを持ちます。そして自分の生活態度を改めて、社会に目を向けて成長していきます。平和の旅と上宇部実践が大きくつながり、被爆体験がその土台にあるということが、今回の集会で大きな確信となりました。
 今後、原爆投下から始まったアメリカの支配によりもたらされた「自由・民主・人権」の凶暴性を明らかにして、それとは真反対にある上宇部実践・基調報告の路線で、先生方と団結して教育をおこなっていきたいと思いました。

 戦後型軍国主義打破る教育  北九州市小学校教師 肥後容子

 人民教育全国集会では、多くの方方が「上宇部小実践のような教育をやっていこう」「教育から世の中を変えられる」と確信を強めて発言され、参加された被爆者の方、父母、多くの青年教師をはじめとする教師たち、市民のみなさんとともに、深い感動を受けた。つどいに引き続き、この感動をもたらした教育運動の路線はどのようなものなのか、2日間、熱心な討議が続けられた。
 参加者のなかで、「基調報告をもとに教育すれば希望がある」ということが出されたが、基調で展開された、戦後の新たな軍国主義を打ち破ることについて、みんなの認識が深まったと思う。歴史的にアメリカ型の「自由・民主・人権」の教育は、天安門事件や湾岸戦争が勃発したときに、「個性重視」が持ち込まれ、教育現場では、教師への抑圧が一段と強まっていった。振り返ってみて、ここで段階を画したことを実感する。それは、何ともいえない閉塞感だった。そして自分の教育路線を反省すれば、「自由・民主・人権」教育そのものをやってきて、子ども不在が強まった。
 現在「人殺しをしても平気」というイデオロギーが子どもたちのなかに広がり、実際目の前でさまざまな形で問題行動となってあらわれている。そして「問題が起こればすぐ警察へ」ということについても経験した。冷酷な問題を引き起こしてしまう子どもに、教師に対してそれを正させ、まっとうな道へ進ませるのではなく、文科省は「体罰はするな、人権を守れ」と迫り、子どもたちをますます人殺しの道へと追いやっていることがとてもはっきりとした。このままでは子どもたちはアメリカの引き起こす戦争にすぐ駆り出されていくことは目に見えている。
 一方、討議を通してこの抑圧、閉塞感を打ち破って、「みんなのための教育、上宇部小実践」に踏み出す教師たち、それを求める多くの青年教師たちが立ち上がってきたことが実感された。つどいに参加した青年教師たちは「上宇部小実践のような教育が本当にやりたい」「あの子どもたちのような子どもを育てたい」「平和の旅で被爆体験に学んで成長することと鉄棒がつながった」と、新鮮な感動を次次と寄せている。
 私も上宇部小実践を目指したいと願って教師集団で鉄棒全員達成の実践をおこなってきた。これこそ、アメリカ型「自由・民主・人権」の教育に反対するものだという確信が強まった。
 そのためにもこの実践のなかで子どもの成長を勝ちとり、父母、地域の方に喜ばれるものへと発展させなければいけないと思った。
 青年教師たちは「みんなのために」の上宇部小実践に心から響いている。この教師たちとともに「みんなのため」か「自分のため」か、その境界線を鮮明にして、教育していかなければいけない。子どもたちにあらわれる考え方や行動を、どちらの側なのか、見破って、指導していくことが本当に大事なことだとわかった。鉄棒実践、日常の活動すべてのなかで一貫してやっていきたい。それは働く父母の基準であり、被爆者の方の語られる基準だ。
 平和の旅のなかで自分の学校の子どもが「自由」を主張したとき、教師が集団で絶対にこれを許さずこの考え方と斗争し、この子どもが変わっていった出来事についても参加者のなかで討議は深まった。私自身、変わったあとの子どもの一途さ、晴れ晴れとした顔を見て、これまで「自由」を見逃していたこと、子どもたちを真に変えていくことがいかに大事かと突きつけられた。
 2日間の集団討議のなかで、現場で上宇部小実践を多くの教師とともに発展させることができる確信と、具体的な計画を持つことができた。さっそく実践しようと思っている。

 他に例のない熱意ある集会   元下関市中学校 PTA連合会会長 海原三勇

 このとりくみに、同じ子どもを持つ親として初めて参加したが、これだけ多くの人たち、いろんな年代の人たちが「教育から世の中をたて直そう」「戦争に立ち向かう教育実践を発展させよう」という集会の趣旨を理解して集まり盛り上がったことに深い感動を覚えた。教育を根本的に立て直すという熱意を感じた。他に例を見ない集会だった。初めて来た先生たちも、驚きを隠せなかったようだ。
 基調報告とともに、鉄棒実践やかけ算99の実践、平和のとりくみについて、父母、教師、被爆者、戦争体験者から、平和の会の子どもたちまで前に出て、活発に発言交流する様子、とくに若い先生がはきはきと意見をのべる様子は、これまで出会う機会がなかったので、驚きであった。
 先生方の発言には、意識改革があらわれていた。鉄棒実践の全員達成などできるはずがない、佐藤先生の押しつけではないかと思っていた先生もおられたが、佐藤先生の実践にふれて自分も佐藤先生のようになりたいと報告されていた。佐藤先生の教え子の高校生が、小学校での自分の荒れたころを暴露して、「佐藤先生が良いことは良い、悪いことは悪いといってくれた。将来のために考えてサポートしてくれた」と深い信頼を語っていたことも印象的だった。
 子どもと先生がお互いに理解しあい、親が加わってこそ、いい教育ができる。自分中心ではなくみんなのために頑張る教育実践で、クラスの垣根をこえて子どもたちがいろんな面で勇気づけられる。そして、家に帰って親に話す。そのことで、学校と家庭の距離が近くなり、親、地域の子どもへの関心が高まる。今までのような情報を隠すというのではなく表に出してやられている。そのことで、いじめや学級崩壊の問題も少なくなる。
 知・徳・体というが上宇部実践を始めるにあたっては相当の勇気がいったと思う。口には出さぬが、現場の同僚などとの関係でも内面での苦労があったと察する。
 若い先生がひきつけられるのは、文科省の指導要領の型にはまったレールに乗ったものではなく、実際に適った創造的な教育ができ、子どもたちを成長させ、働く親の信頼を得ることができるからだと思う。鉄棒実践やかけ算九九を含めて、今までと違った生き方、今までと違う教育の成果を理屈ではなく、実際にふれることで勇気をもらった。
 広島の被爆者が「戦争を二度としてはいけない」と、涙を浮かべて話されたが、その思い入れの深さを感じた。無気力な子どもに心を痛めてきた被爆者、戦争体験者が、みんなのためにみんなで力を合わせて、困難に打ち勝っていく子どもの力を発揚する教育に、これが戦争反対の教育実践だと痛感されている。
 このような教育を教育同盟の先生が軸になって、下関、山口県から全国に広げていくこと、父母と先生が交流できる研究集会や意見交流会を、長周さんも含めて活発に開催されるよう期待している。疲弊した下関の教育現場にも伝え、子どものために力を尽くしていきたい。コミュニティー・スクールが広がるなか、いろんな活動をする親をも含めて幅広くつなげていけば、教育界に大きな影響を与えることができる。
 教師、父母、被爆者・戦争体験者が世代をこえて意見を出しあい、目標を立ててとりくむことが大事だと思う。礒永秀雄の作品鑑賞も含めて、こうした教育運動を各界市民の方たちとともに進めていくために献身したい。

 皆が平和へ動き出している   下関市民の会 柿田多加子

 8月25日の人民教育全国大会は、感動の一言につきます。「みんなのため」の教育が未来開く、と長周新聞の一面に書かれていました。まさにそう思います。
 世の中が平和へ向かうのか、それとも悲惨な戦争を引き起こすのかは、教育にかかっています。人民教育の先生たちの強い思い、最後までみんなでともに助けあい、喜びを共有する精神を鉄棒逆上がり全員達成に始まり、かけ算99・100問の実践へととりくまれ、どんな困難なことでも一生懸命にとりくめば、それをやり抜くことができる力と強い心が育ち、子どもたちに達成感がわきます。自分だけできればよい、良い点をとればよいという安倍首相教育では、いじめ、不登校、いじめによる自殺はなくなりません。また戦争へと向ける教育、政治は人民教育による子どもたちには通用しません。
 このような教育が全国に広がっています。教育集会には若い先生方がたくさん参加されていました。本当にうれしいことです。被爆者の方たち、戦争体験者の方たち、そして劇団はぐるま座の全国公演、平和を心の底から願う人たち、子どもたちの元気な平和宣言の声の前には、安倍首相をはじめ、政治家などの企みなどは、吹き飛んでしまうことでしょう。
 多くの国民が平和へ向けて確実に動き出していることを、教育集会に参加して、強く確信することができました。私も後悔しない生き方をしていこうと思っています。ありがとうございました。

 平和の会の子は立派だった 下関原爆被害者の会 平野兵一

 教育集会に参加するのは今年で3度目だが、今年は大成功だったと思う。
 会場にははじめて集会に参加する若い先生が多かった。鉄棒逆上がりに続いてかけ算九九を子どもたち全員が達成するために、先生が一生懸命だし、保護者も本気になって朝早く起きて送り出している。子どもたちも、手に豆ができたら、保健室に駆け込むのではなく、それが勲章だと思って頑張っている。校長先生まで応援しているというが、そういう校長もこれから増えるだろう。学校に被爆体験を話しに行っても、どこでも校長先生が一生懸命で、よく話を聞いてくれる。
 全員ができるまで、みんなで助けあっていくというのがいいと思う。今の世の中、嫌ならすぐに学校をやめたり、仕事をやめたりするし、集団で一人をいじめて金をとるような事件も多い。しかし、集会で出会ったような、先生たちが本気になって子どもに接する学校では、いじめはないと思う。あの先生たちに子どもを預けたら安心だ。
 平和の会の発表で前に立った生徒は立派だった。峠三吉の詩をあれだけの大きい声で朗読し、最初はグレていたが、佐藤先生のおかげで立ち直って、平和の会のリーダーをやりきったという。もし自分が生徒だったとしても、そういう先生に出会えば、道を間違えず真っ直ぐに育ったと思う。会場でもらったかけ算九九の問題を持って帰っているので、小学生の孫にやらせてみようと思う。あのリーダーにちょっとでも近づけたらいいと思う。
 8月6日の広島集会に行くとき、「小中高生平和の旅」のバスに同乗させてもらった。子どもたちは、最初は恥ずかしそうに小さい声で詩の朗読をしていたが、何回も先生から「声が小さいよ」としかられ、だんだん大きい声になっていった。小さい子は大きい子のいうことをよく聞き、大きい子は小さい子の面倒を見ていた。大きい子も小さい子も一生懸命だった。子どもたちから勇気をもらった。
 平和公園で被爆体験を話したが、子どもたちは本当に真剣に、素直に聞いてくれた。宿舎が同室だった長崎の被爆者の人も「この子たちの前ではウソはつけん。本当のことを話すのはこの子たちの前だけだ」と感激していた。原爆で両親と兄弟を亡くし、兄と姉はいまだに行方不明ということだった。出会って何時間しかたっていないのに、子どもがまるで本当の孫のようになついていた。「この子たちを絶対に戦争にまきこんではいけん」「これからの日本を背負っていく子どもたちだ。ちょっとのことでキレて人を刺すようなことは、あってはならん」と2人で話しあった。
 下関市内の小学校や仙崎小でも体験を話した。立派な話をしたことはない。ありのままを話しただけだ。しかし子どもたちは真剣に聞いてくれ、私語一つしなかった。そのあと先生から「被爆体験を聞いてから子どもが変わった」「トイレのスリッパがきちんとそろうようになったし、給食も残さず食べるようになった」と報告があり、うれしかった。鉄棒やかけ算99や被爆体験が積み重なって育っていくのだろう。
 去年の教育集会は逆上がりで、今年はかけ算九九だった。来年はピラミッドだろうか。先生たちの運動の発展に期待している。

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