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<社説> イラク人民と連帯し思い上がった米国に痛打を

 アメリカはイラクへの大規模な戦争を開始した。湾岸戦争をはるかに上回る爆弾を投下し、地上軍を侵攻させ、フセイン政府を崩壊させてイラクを解放するのだという。「テロ撲滅のため」といい、「大量破壊兵器をなくさせるため」といい、この戦争は「イラクの自由」作戦というのである。これはすべて口実であり、圧倒的な軍事力によって、独仏などの介入も排して、イラク・中東を単独で占領支配し、石油利権をひとりじめするための強盗戦争であることは世界中で糾弾されているところである。このために、国際法もなにも無視して、独立国にドロ靴で侵入し、武力で多数の人人を殺して占領しようというものである。
 これはアフガンへの戦争をやり、貧困にあえぐ住民の頭の上におびただしい爆弾を投げつけ、タリバン政府を崩壊させ、その後はほうり出していることにつづくものであり、「悪の枢軸」といってイラン、朝鮮に戦火を拡大することも公言しているものである。それは、道義や信義などはクソ食らえで、むき出しの力で世界を支配するというものである。
 武力で平和を破壊するものにたいしては、説得してもお願いしてもできることではなく、人民の団結した力によって、たたかわなければ平和は実現できない。アメリカ軍は圧倒的な戦力をもって弱小国イラクを1〜3週間で制圧するというふれこみである。数日で湾岸戦争を上回る数のトマホークや戦略爆撃機、戦斗機などをくり出して猛烈な空爆を加え、多数の市民を殺傷し、ハイテク装備をした陸上部隊を急展開で侵攻させた。だが戦線がのびたところでイラク側の勇敢な戦斗が開始され、戦死者を出す羽目となって米英軍をあわてふためかせている。
 いかに大量であれ爆弾だけで戦争の勝敗が決することはなく、最終的に決するのは地上戦であり、兵士の戦斗性であることは戦争の常識である。精密爆弾を自慢するが、それは軍や政府施設を破壊しても、民家にたいしては使いにくいことを意味する。それ以上に、のびきった戦線にたいする補給は大量なものとなるが、そのトラック部隊は容易に攻撃されやすいし、いかなる最強部隊も補給がなければ戦争はできない。そしてバグダッドの市街戦をやらなければフセイン政府を倒すことはできないが、武装した500万市民の包囲のなかに、数万の米兵が囲まれることになる。この敵味方が入り乱れたなかでは空爆は意味をなさない。かりにフセイン政府を打倒して占領しても、侵略者、殺人者に怒るイラク人民のゲリラ攻撃は避けられない。
 アメリカは「衝撃と恐怖」の作戦といい、軍事力を誇示してイラクのみならず各国人民を脅し、戦争をはじめるまえから「勝った勝った」の「大本営発表」に熱をあげていたが、「衝撃と恐怖」におちいるのはアメリカの側になる気配もある。これは中国革命でもベトナム民族解放革命を見ても、勇敢にたたかう人民の前にたどる侵略軍の運命であり、思いあがったアメリカの権威はかなりの程度に地べたにたたきつけられると思われる。イラク人民の抗米戦争は、アメリカの世界支配の野望、とくに朝鮮、イランへの戦争拡大に反対して平和と繁栄を求める世界人民の共通の利益を代表している。
 このなかで小泉政府は、アメリカの飼い犬のようになって、犯罪的な強盗戦争に日本を動員し、わざわざイラク・アラブ人民と世界人民に敵対する位置にみずからをおいて世界の笑いものとなっている。小泉政府はこの戦争にイージス艦を派遣したほか、イラクを空爆するアメリカの艦船に燃料補給のサービスをやり、イラク戦争では戦後復興に自衛隊を派遣するといっている。日本人民はかつての戦争で筆舌に尽くしがたい苦難の経験をし、あげくには原爆を投げつけられた経験をした。そして「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」とうたった憲法を投げ捨てて、真先になってアメリカの犯罪的な強盗戦争に参戦する道をとっているのである。
 アメリカは原爆投下によって日本を単独占領し、民主化、解放者の顔をして戦後改革をやり、いまでは軍事も、政治も、経済も、文化や教育もアメリカにがんじがらめに支配される羽目となった。そのあげくが、アメリカの国益のために、日本の資金は根こそぎ巻き上げられ、その戦争のために日本の若者の命を差し出し、さらには日本全土を戦場にして廃虚にする方向に導こうとしている。これは日本人民の根本的利益を投げ捨て国を滅亡に導くだけでなく、アジア、世界の人民と敵対する恥ずべき道である。
 日本の平和はアメリカからの独立の問題と切り離しては実現できない。また日本の民主主義も繁栄の問題も同じである。そしてそれは、日本人民がアメリカとその目下の同盟者となった日本の売国的な支配勢力とたたかい、イラク・アラブ、朝鮮、アジア各国の人民の独立を求めるたたかいと連帯することによって力をもつことができる。
 日本の戦後「民主化」は、イラク占領のモデルにするといわれている。まさにこの自由は「鯨の胃袋のなかの自由」であり、個人の自由、すなわち気がついたときには戦場に立たされ爆弾が飛んできて死んでいたという「自由」にほかならない。個人の自由は、全人民すべての自由、すなわち社会的、民族的な自由を実現するなかでしか実現できない。いまや戦争で親、兄弟、子どもが殺されるところまできて、仕様がないといって引きずられるわけにはいかない。日本の平和と独立という全人民的な共通の利益のために、イラクへの強盗戦争に反対し、日本の平和運動を立てなおすことが急務である。

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