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市外発注をやめ職を与えよ
下関・安倍代理江島市政の10年
                奴隷状態の市内労働者    2006年11月24日付

 下関市では建設業者の倒産、廃業があいついでおり、労働者は働く場を奪われ、働いても長時間労働で条件は厳しくなり、まともに生活できる賃金ではない。若者は家庭も持てない実態が広がっている。安倍代理の江島市政は、地元の建設業界にはダンピング入札政策をとり、大型事業での市外発注ばかりを続けてきた。市民からは税金を取るばかりで、事業をやったら市外に金をながし、市内には還流しないようにする政策を強い信念で続けているのである。そして働くものにまともな仕事がないようにしている。安倍総理の地元でその代理である江島市長のもとで、市の経済はつぶされ、働くものは奴隷状態になっている。市外発注のようなことはやめて、職を与えよの声は町中に充満している。             工事現場で働く建設労働者

 地元への発注はわずか66%
 下関市内の県営住宅のある建設現場で、大工や電気工事士や土木労働者が、文化会館建て替えとその問題をめぐる本紙号外をかこんで論議がされた。10年間を振り返って、日が暮れるまで汗水流して働いても、家族が養えず食べられない実態に、怒りと不安がぶつけるように語られた。
 42歳の大工A氏は25年間働いた建設会社が、銀行から融資を止められ民事再生法を適用することとなり、「明日がどうなるかもわからない」と、頭を抱えていた。地元の中学校を卒業して、職業訓練学校をへて当時はあこがれの大工となった。下関では老舗の建設会社で、寺社や住宅を手がけてきて、多いときは大工や設計士など社員は50人いた。しかし10年前に全員解雇して、20人が再雇用された。A氏は会社にとどまったものの、手取りは16万〜18万円前後となった。
 「社宅のアパートで1人住まいで、両親からは嫁をもらえといわれるが、これではやっていけない。転職したくても大工しかやったことがないから、どうしようもない。地元に仕事があれば、こんなことにならずに済んだ。民事再生法だがいつ潰れるかわからず、1度首を切られているから、失業保険はあまりなく辞めるに辞められない」とのべる。ダンピング入札をするから、現場の労働者や下請はサービス残業をして、社長は金策に走り回る日日の連続だったと振り返った。
 50代の電気工事士は、「建設現場で働くようになって20数年になるが、これほどまで地元発注をやらず、干していくやり方はあまりにひどい。若者は食っていけないから、辞める者が多い。会社に文句をいっても、共倒れしてしまうだけだから、今までこらえてきたが何かしないといけない。リサイクルプラザや奥山工場の工事現場は、地元の業者がほとんど入れなかった。公共事業は地元で回さないと意味がないのに、江島市長のやり方はリベート抜き取りのための大型公共事業だ」と怒りをぶちまける。
 30代の鉄筋業者は、今夏に5人いた下請専門の会社をたたんで、元請の雇われとなった。「5年まえは鉄骨工事もトン当り1万5000円の労働単価はあったが、今は1万2000円ほどで2割安くなった。ボロボロの古い機械を、だましだまし使ってきたがやっていけない。5年まえより仕事はハードになったのに、単価は下がりつづけて納得がいかない」と、若手の労働者は述べる。妻と子ども2人をかかえて、雇われの身となったが、待っていたのは奴隷労働であった。

 労働者の賃金は半値に ダンピング競争で
 10年まえには大工1人頼めば1日1万5000〜1万8000円が支払われていたが、今は半値の1万円前後まで下がっている。建設会社からリストラ「合理化」にあった大工たちはやっていけないから、早朝の六時から夜の8時、9時まで現場に入っているところもある。それは2002年8月からダンピング競争政策がとられたからであり、賃金低下は建設業全般におよんだ。
 土木作業員は1日1万5000円前後が、6000〜1万円とたたかれている。左官も1人当り2万円前後だったが、しっくいやじゅらくの壁はほとんどないため、仕事そのものがない。長時間労働や、サービス残業もあたりまえで、はらわたが煮えくりかえる思いをしながらも、やめればホームレスの群に加わるほかなく、唇をかみしめながら働いている。社会保険をはじめ各種保険はなく、現場まで自家用車でいかなければならず、ケガをすればだれも面倒を見ない“フリーター”あつかい。ケガをしたり体が動かなくなれば、ホームレスへの崖っぷちに立たされている。
 下関市内で土木、建設業にたずさわる市民は約1万5000人で、就業人口の約14万人のうち1割以上を占める。10年のあいだに家族も含め数万人の市民に、深刻な影響を与え続けてきた。資材関係や運送など、関連業を含めるとすそ野はさらに広がる。

 企業倒産は五年で76社 建 設 業 界
 2000年から5年間の企業倒産は196社のうち、建設業が76社で40%を建設業がしめた。廃業や小さな事業所は含まれておらず実態はこれより多い。10月には栢野建設が12億円の負債をかかえて山口地裁下関支部に民事再生法適用を申請した。経営者が蒸発した河久電工や蔦工務店(アクアテック)に続き、1カ月の間に立て続けに倒産した。金融機関が貸しはがしをしていると語られており、江島市政は市外業者発注をするので、下関の建設業者は金融機関が危険マークをつけているのだとも語られている。
 江島市政はダンピング競争政策とともに、地元発注を激減させ、市外業者発注を頑強な姿勢で続けてきた。10年前まで地元発注は、年間、110億円〜100億円で推移していたというのが、建設業界の共通した見方である。市当局の資料でも、地元発注は01年に総額112億円だったが、2002年から80億円から70億円台へと一気に縮小された。10年前に、2億円近くあった急傾斜地対策事業費は、04年には1億2700万円と3割減とされた。小・中学校の校舎等改築費は、90年代前半までは10億円以上あったものが、04年にはたった2億5600万円にまで引き下げられた。
 江島市長が異常なほど力を注いできたのが大型事業の市外大手発注である。合併前の04年度には、総額120億円のうち44億円の143件を市外大手に発注して、地元発注率は63%という低さだった。合併初年の05年は薄氷を踏むような市長選をへて、地元発注は109億8000万円(旧郡部を含む)で、市外大手は56億円としたが、地元発注率は66%という低いものであった。

 突出する市外大手発注 近隣と比べても異常
 北九州市では、05年の地元発注は394億円で、地元発注率は78%であった。宇部市も8割前後であり、山口県は85%であった。北九州市では「技術的に可能な限り、地元経済の振興のために地元発注をおこなう」ことを基本方針にしており、安倍総理がいる下関市は突出した市外大手の発注をしているのである。沖合人工島や汚泥し尿処理施設など、共同企業体と見せかけて市外大手がすべて握っているものも含めると、半分近くが市外に流出していると見なされている。
 そして、下請や孫請に入っているのも北九州や広島の業者が多く、市内業者は排除されてきた。唐戸市場も水族館も、人工島もし尿処理場も大型事業の現場は市外ナンバーの車ばかりだというのが市民の共通認識となっていた。ゴミ袋有料化に際しての奇妙な袋も市外発注である。
 安倍首相が82年まで在籍した神戸製鋼所九州支社は、2000年5月の奥山工場ごみ焼却炉を皮切りに、大型公共事業を独り占めにしてきた。奥山工場ごみ焼却炉105億円、リサイクルプラザ60億円、奥山工場管理運営費4億円、リサイクルプラザ運営費は年間2億円、そのほか終末処理場や公共下水関係など神鋼グループが落札した公共事業は、5年間で200億円をこえた。神鋼以外に落札させないよう、入札参加のメーカーを3社にしぼったり、神鋼以外は入札辞退して随意契約するなど、やりたい放題がやられてきた。江島市長の側近といわれる疋田善丸・私設秘書が、安倍事務所の警察上がりの元秘書と組んで、利権事業を進めてきたといわれる。

 抜き取りの為市外発注 下関犠牲で中央志向
 神鋼は実績がないため、下請の西松建設九州支社へ丸投げする形となったが、そこでやられた下請や孫請、ひ孫請にたいする仕打ちはひどいものであった。追加工事分の数千万円を支払ってもらえずに倒産に追い込まれた鉄骨業者や、断った孫請業者が暴力団風の人達に監禁されてボコボコにされたという、力ずくのただ働き労働が横行することとなった。
 そして市外業者への大型事業のほとんどは、いつも高い値段を付け、落札率も100%近いものである。唐戸市場も80億円もかけて入居業者に負担させているが、ある専門家によれば20億円もあればできる代物ともいわれた。リサイクルプラザも、ホテルのような作りでわざわざ高いものをつくっている。
 典型的なものは汚泥し尿処理施設で、くみ取り式の需要は10年後には4分の1になるのに、当初は60数億円という異常な見積もりだった。市民の批判が噴出すると、42億円からさらに30億円になった。当初から半額以下になった。三機工業が20億円以下でやれると入札参加の意向を示したが、市当局が条件をつけて参加させないために奔走した。メーカーとコンサルタントは公正取引委員会に強制捜査が入り、逮捕者まで出したが、官製談合の摘発は押しとどめられた。背後の力が働いたと語られている。
 市外業者を選択するのは、抜き取りを容易にするためというのが業界の常識である。これほど市外優先にするのは、当たり前の市長の立場としては躊躇することであるが、それは江島市長が中央に色気を持ち、下関を犠牲にして上によく見られることを志向しているからだと見られる。そして総理になる安倍氏の側も中央大手企業、市外の政治家への影響力を持ちたいという点で、下関を犠牲にしてよそにサービスをする必要があるのだろうと観測されている。
 江島市長は、談合を許さず、自由競争を奨励する、それが正義だという調子で確信を持って地元業者をつぶし、労働者を苦しめてきた。それは地元の談合をやめさせて、大手業者による究極の官製談合に変えるという意味であった。

 地元業者はダンピング 大手は官製談合
 他方で江島市長は、地元業者を排除したり、ダンピング競争をしいてつぶしてきた。95年に初当選した江島市長は、反自民の装いで票を集めたが、実際は安倍事務所と気脈を通じていた。99年に再選されると、建設業者からタオル納入の業者にいたるまで、前回選挙で裏切られ反江島で動いた業者にたいする露骨な入札排除が始まった。「戦犯リスト」をもとにA級、B級戦犯などと排除業者表がつくられ、無慈悲きわまりなくふるい落とした。
 新水族館や新唐戸市場など大型公共事業では、下請や孫請にいたるまで業者一覧の提出が求められ、赤ペンで市外の別業者に差し替える徹底ぶりであった。大手ゼネコンさえ驚くすさまじい陰険さで、約20社は2年半にわたり干され続け、倒産するまで追い詰められた業者も出た。
 江島市長や安倍事務所の周辺は「背いた業者の息の根を止めるまでやる」と広言して、公共事業発注権限を、大ナタのごとく振り回して、野蛮国家のような絞め殺し政治をしてきたのである。江島市長は、信義とか義理とか人情という日本人の心情はなく、ホリエモンや村上ファンドの先走りとでもいうような、市民の想像を超えたアメリカ仕込みの新型人間だったのである。
 それに批判が強まると、「公平な競争」のような顔をして、小泉首相の地元横須賀市に次ぐ電子入札の導入であった。それは地元業者によるダンピング入札であった。昨年4月から9月まで発注された公共事業178件(総額87億4000万円)のうち、地元中小業者が受注する500万円以上から2000万円以下の工事100件(総額は約9億円)の平均落札率は83・6%で、70%以下が25件にのぼり、なかには51・5%の工事まで出た。材料費や経費は安くならず、労務費を削るほかはない。こうして奴隷労働を強要することとなった。
 総事業費105億円をかける計画の新博物館は、展示する物もないのに箱物だけは類似施設よりけた外れに高額なバカげたもので、昨年秋に市民の運動により廃案にされた。代表企業の不動産会社の社長は、国政選挙では安倍氏の運転手をつとめた人物だった。続いて総事業費155億円の文化会館建て替えは、官製談合騒ぎのなか安倍氏の実兄が中国支社長をする三菱商事グループに落札させたが、市民から猛反発を受けて取り下げざるを得なくなった。市民の力は強いものになっており、江島市政の横暴を止める力を発揮している。
 市民のなかでは、「市外発注のようなことはなくして、市民に仕事を与えよ」の声は、きわめて激しいものがある。

 就業の場は減少の一途 −子育ても結婚もままならない状態−
 5年で就業者数は7千人減 若年労働者が貧困化

 下関で働く場所が少なく、食っていけないという声が年を追うごとに切実なものになっている。就業の場は確実に減少の一途をたどっており、従業者数もここ数年でがた減りしている。とりわけ若年労働者の貧困化は深刻で、結婚や子育てがままならない状況が広がっている。
 長府の大企業工場で働くAさん(20代男性)は、手取りが18万円あったらいいほうだ。結婚して2歳の子を持つ3人家族。奥さんの給料14万円とあわせてなんとかやりくりしている。夫婦共働きなので、息子は両親に預けている時間が多い。晩ご飯までお世話になって、奥さんが迎えに行く毎日だ。「親がいなかったら生活が回らなかったと思う。ほんとうに感謝、感謝の一言」という。
 工場の仕事は変則的で、1日中働いたら、くたくたになって帰宅。夜勤の場合は奥さんともすれ違いだ。「親父に“大学だけは行っておけ”といわれて進学させてもらった。だけど、いまの状況を考えると行っても行かなくても変わらなかったかなと思う。卒業しても就職が決まらなくて、1年就職浪人してやっといまの仕事についた。こき使われながら、18万円にしがみついている感じ」と語った。
 家賃、食費、光熱費、それに大学時代の奨学金返済と車のローン、養育費で金はアッという間になくなる。「自分の息子を大学にやる余裕はないと思う。二人目誕生も、いまは考えられない。精一杯だから」と厳しい現実を語った。
 職安に通う20代男性は、勤めていた中小企業が廃業したため、必死に職を探している。北九州の職安に遠征することもしばしばある。高校を卒業して飛びこんだ会社がつぶれるなど、夢にも思わなかった。「その後日雇いもやったけど、1日7000〜8000円で社会保険にも入られない。まさにいまのオレがワーキングプア。仕事がなかったときは1ヶ月で6万円のこともあった。親も定年になるし自分がこんなだと申し訳なくて……。前向きにとにかくがんばるだけ」と笑って見せる。最後はトヨタの期間工に飛ぶことも選択肢に入れている。「あそこは、監獄って友人がいっていた。しかし3年で500万円貯めたやつもいると聞いたから迷う。身体壊して帰ってきても、その先に何もないことを考えたら、やっぱり地元で職を探したほうがいいかなとも思う」と悩んでいる。
 「最近、ニュースで“格差社会”とか“ワーキングプア”の問題が特集されると、必ず見るようになった」というのは別の20代男性。友人の准看護師は月給13万円。自身も15万〜16万円がせいぜい。医療事務をやっている派遣の友人も同じくらいだ。同級生と比較してましなのは、正社員で社会保険に入れていることぐらいと思っている。「20代の2人に1人が非正規雇用というけど、大企業はめちゃくちゃ儲けていることに腹が立つ。昔からこうなの?」と疑問をぶつけた。親から結婚をせかされても、いまは不安の方が大きくて踏み出せない。

 事業所は1200カ所減 わずか5年で
 総務省統計局がおこなっている事業所・企業統計調査【グラフ参照】(総務省統計局:事業所・企業統計調査)を見てみると、「下関市内で働く場がなくなっていった」実態が浮かび上がる。平成11年におこなわれた調査では下関市内の事業所は1万2310カ所あり、そこで働く従業者は10万2134人いた。それが2年後の平成13年調査では事業所1万1945カ所、従業者数10万2112人となり、5年後の平成16年調査では、事業所が1万1077カ所、従業者は9万4686人にまで減少している。わずか5年で事業所の数は1224カ所減少し、従業者数は7448人も減少している。
 細かく見てみると、とくに13年調査から3年間の変動が大きく、2040事業所が廃業に追いこまれ、そこで働いていた従業員・労働者は1万1586人が職を失った。そして新設された事業所1387カ所で、1万145人が雇われる動きとなっている。就業人口の、約1割超もの人人が離職・再就職・失業などを体験したことになる。
 また、平成11〜13年の従業者数は22人減とほとんど変化がないが、平成13〜16年のあいだに7426人減となっているのが大きな特徴だ。就業人口がいっきに減ったことをあらわしている。
 「いざなぎ景気を越えた」状況下で、全国平均で給料は1・2%減少。この5年間で、正社員は277万人減って、その分、非正社員が267万人増えた。労働コストの切り下げによって不安定雇用に切り替えていったことを示した数値だ。下関地域ではどのような産業がどう衰退しているのか、就労形態にはどのような変化があらわれているのか、解明が求められている。

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