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市議勢力暴露した満珠荘運動
「日共」議員ら反市民の欺瞞
12月議会で条例廃止提案

 下関市では老人休養ホーム・満珠荘の存続と早期再開を求める署名活動が、 〇七年二月から足かけ四年にわたって粘り強くとりくまれ、 九万七〇〇〇人をこえ一〇万人を目前にしている。 ところが中尾市長は三日開会の一二月定例市議会に老人休養ホーム満珠荘の条例廃止を提案し、 市議会の大勢は承認の見込みである。 三〇万市民の三分の一にあたる一〇万人にのぼる署名がまったく無視される。 大運動となった満珠荘問題は、 下関市政と市議会が市民をまるで代表するものではないという関係をよく物語っている。 経過を振り返ってみたい。
 老人休養ホームをなくすということは、年間8000万円ほどの予算を削減するというものであり老人福祉全体を切り捨てたり、社会福祉全体を切り捨て、国保や介護料金、市県民税を引き上げ、各種のサービス料金を引き上げ、産業を衰退させ、商店をなぎ倒し、雇用をなくし、下関をつぶしてしまって人工島に750億円をつっこんだあげくに、いまから市庁舎建設に200億円、駅前再開発に150億円など大型ハコモノ利権で食い物にする、そういう略奪政治の象徴の位置にあった。
 07年1月19日、当時の江島市長がアスベストを口実に突如として同年4月からの「休館」を通知した。再開時期も明らかにせず、説明もなしの「休館」に、利用者は「閉館を狙っているのではないか」「老人福祉切り捨ては許せない」とただちに「満珠荘の存続を求める利用者の会」(世話人代表・古林マサコ、松崎恵美子)を発足させ、2月15日から署名活動を開始した。
 「アスベスト」は単なる口実であった。市役所退職者は「江島市長は、本当は満珠荘を廃止したかった。市の財政部あたりからも満珠荘への財政支出を切れと要請があったことは想像できる。満珠荘に年間8000万円の予算を出すのはむだだという考え方だ」と話している。さらに「江島市長はここまで市民の運動が大きくなるとは思わなかったのだろう。アスベストだとか、耐震診断とかいってひきのばしていたらあきらめるだろうと軽く考えていたのだろう。署名活動がここまで広がったので、満珠荘を廃止することはできなかった。だが存続させるにしても予算は使いたくない。中尾市長も同じだ」と話している。
 江島市長は、満珠荘署名の広がりを軸とした市民世論の総反発を受けて、09年の市長選挙には出馬できなかった。中尾市長は当選するやいなや「老人休養ホームとはしない」と公約を撤回し、江島案を引き継ぎ、今度の12月市議会で老人休養ホーム満珠荘の条例廃止を強行し、民間委託して別物にしようとしている。入浴料金は以前が157円を300〜400円とし、宿泊料金は1837円を4500〜3900円にするとしている。

 市議の役割 全市に露呈

 この4年間の市議会議員たちがはたした役割は教訓に満ちている。
 07年2月20日に満珠荘利用者の会が第1回目の賛同者会議を開いた。約60人が参加した会議では、運動の進め方として「利用者への説明なしの“休館”は認められない。アスベストは口実だ。まず3月31日での“休館”を撤回させる」ことが提案された。これに対し「日共」の看板を掲げる桧垣徳雄市議が「アスベストの問題は法律がかわったので仕方がない。“休館”撤回はできない」と抑える一幕があった。民主党・加藤寿彦県議も「アスベストを軽視してはいけない」と説教をした。会議では「江島市長と同じことをいう」と相手にせず、「“休館”撤回」を求めて署名活動のピッチを上げることを確認した。
 利用者の会は07年の6月議会に3万人をこえる署名とともに、老人休養ホーム・満珠荘を現在地で早期に再開することを求める請願を市議会に提出した。紹介議員は、松村正剛、山下隆夫(社民党)、江原満寿男(「日共」)の3議員。
 保守系議員は一斉に「現地再開にこだわるな」と圧力を加えた。利用者の会は38人の市議全員に「現地再開に賛成か反対か」を問う公開質問状を送った。回答したのは16人だけで22人は無視した。「日共」集団の大田幸夫議員は「現在地再開には賛成。ただ議会内の世論形成を有利にするには、賛成か反対かの色分けで機械的に判断せず、“反対”の人も納得できる運動にすべき」、同じく桧垣議員は「“現在地”を火の山地区ととらえ賛成」という具合であった。紹介議員の3人も「請願のなかに“現地で再開”を入れると議会で多数を得られないので、削除した方がいい」と横やりを入れた。
 利用者の会は、満珠荘再開の運動とともに、市内の商店主とともにあるかぽーと開発に反対する行動に参加したり、6月には市・県民税の値上げに抗議する市役所前での座りこみ行動にも参加した。
 これに対し紹介議員の松村、山下、江原の3議員が利用者の会の事務局メンバーを呼び出し、「市役所前の座りこみなど過激な行動をすると議会内で他の議員の賛成が得られない。満珠荘は満珠荘だけで運動をする方がいい」と圧力を加えた。利用者の会は「四万人以上の市民が現地での再開を求めている。それを実現するのが市長や市議会ではないか」とさらに署名活動を広げた。
 この年の七月参議院選挙で自民党が惨敗、九月には安倍首相が放り投げをやった。九月議会には、豊北町の母親たちが保育園の存続を求める請願、川中中の父母も教科教室に反対する請願を提出した。満珠荘の利用者の会のメンバーもこれらの署名活動に協力し、連帯を広げた。
 署名が5万人に迫るなかで9月議会では満珠荘の耐震に問題がないことが報告され、11月26日に江島市長は満珠荘「解体・閉館」方針を断念する市長談話を発表した。「多くの市民が当該施設を残してほしいという強い希望をお持ちであることを最大限尊重した」としたが、「老人休養ホームのままの形態では続けられない。宿泊施設としての役割は終えている」とし、「日帰りの多世代交流施設」とした。利用者の会は「市民は宿泊も入浴もできる老人休養ホームを要求している。5万人の署名を裏切ることはできない」と署名活動を継続した。
 6万人に迫る署名のなかで、08年1月、市議会文教厚生委員会(菅原委員長)は江島案を承認はしなかったが、老人休養ホームとしての存続を求める請願も採択せず、その後江島市長が「一年をかけて検討委員会をつくり、アンケートを実施する」ことに道を開いた。
 アスベストも耐震診断も問題なく、江島市長の満珠荘「休館」の口実が破たんしているのに、委員会は請願を採択しなかった。市の関係者は「議会が早期再開の請願を採択して執行部に突きつければ、執行部はそれをなんらかの形で実行しなければならない。議会が請願を継続審議にし、態度表明をしていないので、執行部もしばられない」と指摘している。
 08年の3月議会・文教厚生委員会(林真一郎委員長)に江島市長は、検討委員会の設置とアンケートを一年間かけて実施することを提案し、議会はこれを承認した。
 利用者の会は議会が請願を採択しなかったことに抗議文を提出したが、林委員長は「検討委員会の結果が出てからでないと決められない」として、請願を継続審議にした。

 運動潰しで動く「革新」

 署名が6万人をこえるなかで、08年8月末から9月にかけて「日共」集団の江原議員や紹介議員の松村、山下議員らが、満珠荘の利用者の会の乗っ取りをはかり、署名運動をつぶす行動に出た。「いくら署名活動をやってもだめだ」とあきらめを煽り、満珠荘の食堂経営者に民間委託させようとした。高齢の世話人代表を議会に呼びつけて、それを承認するよう恫喝を加えることまでやった。江原議員らがでっち上げた総会はほとんど参加者はなく失敗し、かれらの方が満珠荘の会から脱退する結果となった。
 これを契機に、老人休養ホーム・満珠荘の早期再開を求める運動は、特定の個人の商売上の利益のために利用するという要素を一掃し私心なく市民のために尽くすという純粋さを強め、「6万人でだめなら10万人をめざして活動を強めよう」と意気込み高く新たに署名活動を展開した。
 そして江島市長最後の議会である08年の12月議会で、文教厚生委員会(林委員長)は満珠荘の会が提出した請願を否決し、すでに8万3000人をこえていた市民の要求を踏みにじった。否決に賛成したのは、安岡、佐伯、田中、末永、菅原の五議員である。菅原議員は請願の紹介議員である山下議員と同じ会派の市民連合に属しており、請願提出側が請願を否決した。公明の末永議員は07年の12月議会では「休館前の状態にもどすところをスタートラインにすべきだ」と発言したが、一転して請願否決に回った。
 この請願採択の提案を真っ先に支持したのは兵頭議員で、採決されれば請願が否決されることがわかったうえでのことであり、市民への裏切り行為であった。
 利用者の会は12月議会を前に、8万3000人分の署名を提出したが、市議会議員の市民への裏切りの実態を見て、さらに意気込みを高め、09年3月の市長選で「市長をかえ、老人休養ホーム・満珠荘再開を実現しよう」と市民に訴えた。
 こうした市民世論の高揚のなかで当選した中尾市長は公約を破り、老人休養ホームでなくすことを表明、5億4000万円をかけて大規模改修し、条例を廃止して、民間業者の金儲けの道具として分け与えようとしている。
 満珠荘存続請願の紹介議員であった山下議員は文教厚生委員会の委員長になり、田辺ヨシ子副委員長体制で、11月の臨時議会にかけられた中尾執行部の老人休養ホームとは別物を5億4000万円をかけて大規模改修する案は短時間で承認した。田辺議員は07年段階では、再開にあたっては「費用も多くかける必要はない。修理すべきはさっさとして一刻も早く老人休養ホームとして営業開始すべき」としていたが、中尾案に真っ先に賛成して手を挙げた。また本会議では田辺議員が文教厚生委員会の報告をおこないこれに松村、山下議員、保守系議員、公明党5議員が賛成し、「日共」5議員は反対表明した。これが「日共」集団のイカサマぶりであり、自分らの仲間への民間委託・老人休養ホーム廃止の先陣を切ったのに、採択が確実なので反対のポーズだけするというものだった。
 10万人の署名となった満珠荘再開の4年におよぶ運動は、市議会が保守系も「革新」系も、まったく市民を代表していないことをひじょうにはっきりと暴露した。執行部の手駒であり、それぞれが役割分担して市民を欺瞞し、抑えつけ、執行部を助けるために一致しているという現実である。
 保守系であれ、「革新」系であれ、みな市民を代表する意志などなく、自分を代表するだけ、自分の得のため、執行部からエサをもらう側にあることをはっきりと暴露した。とりわけ「日共」集団をはじめとする「市民派」を自称してきた連中の正体が暴露されたことは、安倍、林代理市政にとって市民をだます力が喪失することを意味する。
 来年の市議選は、略奪政治を規制し、産業を保護・振興し、雇用確保、市民生活の擁護が重要課題となる。この間の満珠荘運動は、それを実現していく力は市民の大衆的な政治運動であることを教えている。そして市民運動を代表し、それに規制される議員が誕生するなら市民運動を強め、市政を動かす力となる。

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