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市民代表の本池氏当選
下関市議選投開票結果
             オール与党議会に不信任   2011年1月31日付

 安倍・林代理の中尾市政と市民のあいだのたたかいとして注目されてきた下関市議選は、30日に投開票された。投票率は前回よりも10近くも落ち込み、旧市時代から見ても過去最低を記録。新議会が全有権者から信任されたとは決していえないものとなった。選挙結果は、市民感覚を失い傲慢なる中尾市政の飼い猫になり果ててきた現職たちのなかで、副議長経験者や現職が著しい衰退を見せ、落選したり当落線上をさまようものとなった。市民運動の代表・本池妙子氏は2276票で当選を果たした。
 当日有権者数は23万2519人。そのうち投票者数は12万222人。投票率は51・7%で前回選挙の61・09%を大幅に下回った。投票者数にすると約2万5000人も棄権者が増えた。期日前投票は前回と比べ大幅に増えたのが特徴で、44・5%アップの2万951人となった。
 定数34にたいして44人が立候補した今回の選挙は、前哨戦段階から「かつてなくおとなしい」「候補者がまわってこない」といわれ、選挙常識からは考えられないほど候補者や陣営側からの市民への訴えが乏しく、“裏通り選挙”の様相を呈した。自民党を中心とする候補者管理・出馬規制の動きがあらわれ、激戦だった前回選挙の立候補者59人から15人減の44人へと絞られ、低投票率になればなるほど組織票の有効度が増す構図のなかでたたかわれた。
 開票の結果、現職ではサンデン交通や林派が抱えてきた副議長経験者の門出眞治氏が落選。前回選挙よりも528票減らした。林芳正参議院議員の秘書をしていた倉田健治郎氏も落選。中尾市長派の井上隆純氏も大幅に得票を減らして落選となった。もう一人の副議長経験者である林真一郎氏は当選したものの、前回の3358票から837票も減らした。
 安倍派ではベテランの中谷紀由氏、桑原博氏の2人の他に、新人として擁立した板谷正氏が落選。安倍晋三代議士の秘書として鳴り物入りで登場した前田晋太郎氏、市長選で落選した香川昌則氏といった面面が組織票をバックにぶっちぎりの4000票台を叩き出すなかで、安倍派同志会の肝いりで擁立した板谷正氏が間引かれたかのような低得票となった。また、前回選挙と比較して軒並み得票を大幅に減らしているのも特徴で、桑原氏は1134票も減、元市長の亀田博氏も1012票減、田中義一氏は468票減、西本健治郎氏は547票減となった。
 旧豊浦郡4町のうち、3町では安倍派候補が町内単独候補として出馬した。実質の無投票に近い構図のなかで、豊北町(有権者約1万人)は吉田真次氏、菊川町(同約7000人)は松田英二氏、豊田町(同約5500人)は木本暢一氏の3人が議席を確保した。豊浦町では前回安倍派本命でありながら落選していた戸澤昭夫氏が、今回は903票を上乗せして引き上げられた。
 中尾市長派となって自民党会派入りをしていた松村正剛氏は506票減、田辺よし子氏は190票減。連合・企業代表では神戸製鋼所が抱えてきた菅原明氏が522票減、山下隆夫氏が300票減と、これも大量に減らした。全逓が擁立した新人のM岡歳生氏(元豊浦町長)は当選した。
 「日共」市議団は現職5人のうち檜垣徳雄氏、大田幸夫氏の2人が落選。近藤栄次郎氏は最下位で滑り込んだ。前回の5人の総得票が1万3466票だったのから1万1771票へと1695票を減らした。満珠荘の存続運動では江島・中尾市政の側から市民運動の分裂をはかるなどしてきたことが暴露され、口とは裏腹に江島市政や中尾市政となれ合っている姿が広く市民に知れ、凋落することとなった。
 安倍派与党を続けてきた公明党の5人は3200〜3600票の上位当選となった。春の県議選で2人擁立するため、相当のしめつけと動員をかけて得票の積み増しをはかっていたものの、5人の候補の得票総数が1万7225票。こちらも保守系現職と同じように、前回選挙の1万8085票から860票を減らした。
 下関市民の会が擁立した本池妙子陣営には、選挙期間中を通じて市民の強い期待が寄せられた。略奪政治を規制し、産業振興、雇用確保を中心に下関を立て直そう、働く裏方の市民の力を結集して、市民運動を大きくすることによって市政を変えようの訴えが大きな共感を呼び、確かな力を示した。一方で選挙戦がはじまると「もう当選が決まっている候補」などという意識的な切り崩しがあらわれた。得票数以上に市政変革を願う圧倒的な市民の支持を得たことは疑いない。
 かつてない異常な低投票率。全有権者の約半分がそっぽを向くという不信任選挙のなかで、当選した現職も政党もみな得票を激減させる結果となった。市議選は、4年前と比べて、市民の世論が激変しており、安倍、林支配、中尾市政とその追随議会に対する痛烈な批判をあらわす結果となった。市議会で保守系最大会派といわれていた志誠会は立候補者8人のうち4人が落選し、解体が確定となった。市議会構成は大きな変化を遂げることになった。
 

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