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市民が主人公の市長選挙へ
下関・自民が江島氏推薦
               現職審判の大論議始まる   2005年2月19日付

 下関市と豊浦郡四町の合併にともなう市長選は、告示まであと1カ月となるなかで、市民の関心は大きく動きはじめている。「市民が食っていけない市政はやめさせよ」「市民の不幸を手柄とする市長はいらない」「市民に聞く耳のない市長はいらない」「下関は一部の政治家のものではなく市民のものだ」という現職江島市長批判の世論が、大きなうねりとなって表面化しつつある。だが「だれをとおしても安倍、林事務所が支配していつも裏切られる」という経験もたくさんしてきた。こうしたなかで、大多数の市民がバラバラの声を1つに結びつけることが、選挙においても、当選後も市民のいうことをきかせる力であり、選挙はまさに候補が主役ではなく市民が主役であり、市民の力をいかに強めるかがこの選挙の最大の課題だとして、下から無数の論議と動きがはじまっている。
 
 市政動かしはじめた市民の運動
 下関市民の会がはじめた街宣車による宣伝やビラ配布は、市内や旧郡部で大きな反響を呼んでいる。ダンピング入札政策で失業、半失業のホームレスなみ労働となっている建設現場からは、「おれたちもがんばらないといけん」と意気ごみが語られている。深深と頭を下げていく市民や、宣伝を聞いた市民が事務局に激励の電話を入れている。有料指定ゴミ袋を値下げさせる会の教育アンケートは、職場や地域に持ちこまれ、子ども会やPTA、スポーツクラブなどに広がりを見せている。これまで「予算がない」とサボりつづけてきた下関市教委が、あわてて全市内の小・中学校50校のトイレ点検、修繕をはじめるなど、市民の運動が市政を揺り動かしはじめている。
 候補者3人が自民党に推薦願いを出し、自民党はアメリカ大統領の予備選の猿まねで党員投票で引っぱってきたが、17日現職江島潔氏の推薦を決めた。党員数5685人のうち、投票総数は2837票で、半分が棄権、江島潔氏の得票数は約1700票で党員数の3分の1以下しかなく、陣営は青ざめる結果となった。自民党の投票用紙はナンバリングがうってあり、だれがだれに入れたかがわかる踏み絵方式で、経済制裁につながる戦犯名簿となるもので、無難な名前を書くか、棄権するかが賢明な選択となった。
 自民党中枢としては、対立候補を形として推薦したら、反江島の市民層を切り離し、無力にして、現職をとおすという作戦も考えられたが、それでは「清潔」が売りの「総理候補」としては具合が悪く、形のうえも本命にかけることとなった。
 選挙は、安倍、林事務所にかかえられた市民の江島現職審判という形となった。江島氏の得票が3分の1以下なら失脚、対する2人の候補については安倍、林事務所の側と市民の側の力関係で、どっちがより市民の側に近いかを、市民が判断する投票行動となる。
 下関の市長選挙では、江島氏の初当選で、安倍事務所は自民党推薦の亀田氏を切り捨て、はじめ日本新党でその選挙は新進党推薦の江島氏をおしたこともある。今度も、連合の松原氏と、民主党支持で動いていた中尾氏を自民党推薦候補にすること自体、自民党の政治信条として節操のなさをあらわしている。
 安倍、林事務所が連合、公明などを糾合した選挙操作をしようがすまいが、決定的なことは市民の力の結集である。
   
 生活できる市政を 切実な建設労働者
 市民世論で第1に強いのは、市民が食っていけない市政をやらせてはならないという問題である。「効率第一」「市場原理」「自由競争」「自己責任」の原理こそ最大基準ということで、「市民の不幸は市長の手柄」とする市政をなにがなんでもうち負かすという世論である。それは建設労働者のなかで切実にあらわれている。
 朝からの霧雨で、ぬかるみとなった赤土がトラックや重機のわだちをつくり、歩くのに足元がとられる工事現場。正午がくるとクレーン車やダンプの耳をつんざくようなエンジン音が消え、衣服を泥まみれにした建設労働者たちが作業小屋や自家用車へ、昼飯をとりにむかう。
 ダンプ運転手のTさん(45歳)も重い足を引きずりながら、群に加わる。小学5年の長男が学校から持って帰った集金袋のことや、国保料の滞納で市から督促状がきたことなど、思い浮かぶのは支払いのことばかりで、やりきれないと吐き捨てるように語る。
 その日の弁当は焼いたアジの開き一枚と、小さなパックによそった余り物のごはん。それに即席スープがコップ一杯。これでは肉体労働をこなす力も出ない。「先月の収入は20万円近くあったが、アパートの家賃が3万円、光熱費や上下水道料など、公共料金だけで半分近くが消えていく。それに借金返済が3万円ある。妻とは別居中で、高校1年を頭に子どもが4人おり、1足ずつの靴もはきつぶしてしまっている。
 ここの仕事がなくなったら、どうやって親子5人が食べていくか。安い合成酒をあおって休もうにも、心配で深夜2時、3時まで寝つけないこともある。一家心中する気持ちさえなる」と、やり場のない怒りをぶつける。賃金がバカみたいに低くなっていることが原因である。公共事業において江島市政がダンピングの旗振りをして、働く労働者をホームレス基準にしていることが、トラック、タクシーをはじめ全市内の勤労市民の地位を低いものにしている。
 賃金はホームレスなみのうえに、国保料、介護保険料、ゴミ袋代、保育料、教育費など公共料金は、全国でもトップクラスの高さで天井知らずに上げられていく。

 学校では給食費払えぬ子も 心痛する教師達
 ある中学校の2年生のクラス。担任から生徒が1人ずつ呼び出され、職員室へとむかう。「みんなの前で名前を呼ばれて、茶封筒を渡されて帰ってくると、中身がなんであるかは本人もまわりの生徒も検討がつく。滞納にたいする督促で、これほど子どもたちの心を傷つけるものはない」と、心ある教師のなかからは声が上がる。
 市内18校に給食を配送している2つの共同調理場だけで、約300万円の滞納があり、のべ700人分が払えていない。子どもが卒業しても、親は支払いが終わるまで学校へかようが、子どもは暗い気持ちで傷つきながら給食のハシを握っている。この家庭の困難にたたみかけるかのように、給食費が4000円、教材費、修学旅行積立金、PTA会費の値上げなど、学校へ持っていく校納金は1カ月1万円をこえることも多い。

医療も介護も
受けられない
高齢者も深刻な現状
 高齢者の現状も深刻になっている。自宅を処分して上田中町の市営住宅に移ったという70代の婦人は、「年金は月5万円で、それすらもカットされて生活するのがやっとだ。大洋漁業に勤めていた主人は、仕事をやめて数年後に亡くなった。わたしは助産婦や家政婦をしてきたが、保険はかけていなかったから、1人になって自宅の固定資産税も払うことができなくなった。介護保険も年金から天引きされるばかりで、医療や介護を受ける余裕がない。ゴミ袋代もとられ、敬老年金もサンデンのパスに変えられた。安倍晋太郎さんの時代から、後援会に入って手伝いもしてきたが、こんな世の中になるとは思わなかった。市長選ではだれにいわれても、江島さんには入れません」と強い口調でのべる。
 医療にかかれない人がふえており、旧市内に国保加入世帯が約5万2000世帯あるうち、昨年10月の保険証切りかえで、過去最高の1割強の5400世帯が未交付となった。また市営住宅の家賃滞納のため、明け渡しを求めて市から訴えられる市民も年年増加している。

 市内の自殺者は増える一方
 大型車の運転手で働きざかりだったUさん(当時・43歳)は、妻と中学生、小学生の子ども2人を残して、新下関の高層ビルから飛び降り自殺した。仕事中に大型車を横転させたことをきっかけに、会社からは積み荷と車両の弁償を迫られ、退職せざるをえなくなった。家族を養うために職安にかよって定職につこうとしても、社会保険、厚生年金もなく、1日働いて7000〜8000円という日雇い労働のような仕事しかない。40歳を過ぎれば、まともな職はないのである。
 失業中でも支払いの催促は矢のようで、家のローンは山のごとく残っている。自殺を選んだUさんのような例は、表に出なくてもいくらでもある話である。旧下関市内の自殺者と認められた死亡者は、2002年には63人で八年間のあいだに7割増となっている。自殺扱いになっていない自殺もたくさんある。その多くが働きざかりの中高年の男性であり、予備軍もふくめるとはかりしれない。
 江島市長は、市民が食えない状態は、効率化のためであり、規制緩和の自由化であり、国の方向にそった自慢すべきことだという態度である。そして、地元業者には自由なダンピング競争だが、大手企業とは官制談合、市民は食えないが市長は利権事業と遊びに励み、海外旅行はどこの県知事より多い。市長は女性問題が大きな話題になっているが、妻子を養えず、結婚できず子どももつくれない市民が多いなかでは、単純な倫理の問題をこえた人人の怒りの表現となっている。
 以上のような食えない市民がふえることを手柄にし、「市民に聞く耳を持たない市長が長年いることは異常きわまりない」とのあたりまえの世論がほうはいとしてまき起こっている。
 下関は市長のものではなく、市民のものである。これは理念の問題ではなく現実がそうである。市民に耳を貸さず嫌われている市長が長年市長でおれるのはなぜか。市民の批判は渦巻いているが、その声がバラバラの分散状態におかれ、市政を規制する力に結びついていないからである。
 そして安倍、林事務所のもとに、連合下関、公明党が与党になり、民主党は対抗力はなく、「共産党」の看板をかけた集団ももっぱら自分たちの小さな利権を温めているだけで、どの政治勢力も自分たちの利害が第一で市民のため、みんなのために働くという政治のていをなしていないからである。
 選挙が立候補したものが主人公で、だれかが市民のためにいいことをしてくれることを願望しても、だれもいいことをしてくれなかったというのが市民の長年の経験である。反市民の現職市長が批判を集めて失脚しても、つぎに出た市長が安倍、林事務所の代理人として同じことというより、もっと程度の悪い方へ傾いてきた。市長ポストに就いたら、国や県の支配の枠のなかで、反市民をやるシカケになっているのである。
 このような関係のなかでは、市民が力を結集して、不断に市民の声を聞くようにさせる力を持つことしか展望はない。選挙戦は、市民自身の選挙として、市民のバラバラの世論を表に出し、市民のなかでどのような市政をさせるかの大論議をやり、まとまった意見として力にすることが第一義に重要である。
 市民のそのような要求にこたえるとみなされた候補者が票を集めるだろうし、市民から見れば選挙を動かし、選挙後も市政を市民の側に縛る力をつくることになる。

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