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市民の信頼得た市民の会の運動
下関市民の会定期総会
             江島市政倒した力に確信    2009年6月8日付

 民主主義と生活を守る下関市民の会の第30回定期総会が6日、勤労福祉会館で開かれた。前期総会において、市民の会は以前のような小集団で気の合う者同士が不平、不満をいいあう体質から、30万市民を対象に“市民全体の利益のために頑張る”新しい質へと生まれ変わったことを確認。江島市政を打倒し、市民生活を守る運動を一層強めようと、大胆に活動を展開してきた。08年度の活動を総括するなかでは、とりわけ今春の市長選を通じて市民から頼りにされる存在感を発揮し、名実共に江島市政を打倒したこと、市民の力が強まっていることへの確信を深めた。成果と教訓をおおいに確認し市民運動をさらに強め市民の民主主義と生活を守っていく決意を固めあう場となった。
 徳村副会長が挨拶した後、議長を選任し、2008年度経過報告、2009年度運動方針案が提案された。
 1年間を振り返った活動報告のなかでは、07年4月に江島市長が突如「休館」にした老人休養ホーム・満珠荘の早期再開を求める署名を、一昨年にひき続いて利用者の会とともに取り組んできた活動の詳細が報告された。高齢者が雨の日も風の日も市内各所で粘り強く行動し、9万人近くまで署名数が達していること、この運動が安倍代理の江島・箱物暴走政治を打倒する市民運動のシンボルとして各層を励まし、角島保育園存続や小中学校統廃合反対、市庁舎建て替え撤回を求める運動など、多方面にわたる市民の運動を激励し、連携を深めてきたことが明らかにされた。
 過程では、「いくら署名しても江島市長は変わらない」「署名活動や市役所前に立つのはやめろ」等のあきらめを誘う言動や紹介議員をはじめとした「日共」議員たちによる総会でっち上げ・利用者の会の乗っ取り策動、江島案を追認させようと迫る運動つぶしの攻撃にたいして、正面から問題を市民のなかに宣伝し、行動によって打ち破った教訓も明らかにされた。
 また、年明け以後は「3月の市長選で決着をつけよう」と一致。市長選の取り組みでは、新春の集いへ中尾市長候補があらわれないなかで、江島市政打倒の為に中尾氏を縛って勝利すること、候補者主人公ではなく市民主人公の運動にすることを決定。市民の会有志で独自の訴えを作成し、後援会申込書を広範な市民のなかに訴えていったこと、唐戸のど真ん中に市政要求を語り合う場として「市民交流センター」を開設するなど市民運動の活性化に取り組んだ。ただし「公約」を掲げさせたものの、中尾選対は明らかに自民党林派が主導するものとなり、露骨な市民の会排除が露わになるなかで、「このままでは市民に責任が持てない」と判断して中尾選挙からの撤退を決断した経緯も報告。
 当選後は、汚れ勢力による中尾与党のまぶりつきが始まり、50日足らずで次次と公約破棄が繰り返されるなか、すかさず宣伝カーを走らせたり長周新聞号外の配布をはじめ、公約を実行するよう迫る市民世論を喚起していること、下関を変えたいと願う広範な市民の思いを裏切っていくことにたいして、それを許さぬ市民世論を強めていることも明らかにした。
 また、昨年5月には「後期高齢者医療制度を撤廃せよ」と市役所前で座り込みをおこなったこと、下関医師会長を招いて講演会を取り組み、さらに下関原爆被害者の会と共催して、市役所ロビーで原爆と下関空襲展を開催したことなども報告された。
 1年間を振り返った教訓としては、市民の会が自分たちの利害ではなく、「30万市民のため」かどうかを基準にして運動を続けてきたこと、見返りや利害を求めるのではなく、純粋に「30万市民のために頑張る」ことを一致させてきたこと、そのことが市民の信頼と期待を強いものにしていることも浮き彫りになった。
 そして、満珠荘運動の最中に、兵頭議員が無謀な請願採択を主張して否決に導く行動をとったことや、議会における過激派まがいの言動で市民の会の運動に大迷惑をかけたことについて、身内をかばうのではなく、きっぱりと批判を加えて理事職を解任したこと、議員と市民の会の関係については、「市民運動は市民が主人公であり、議員はその運動に役立つよう手助けするものである」こと、議員は一会員であり市民運動のための協力議員として市民に奉仕するという位置付けをはっきりさせた。

 30万市民を代表し行動 活動振返り論議
 活動を振り返った論議では発言が相次いだ。
 満珠荘利用者の会の男性は「満珠荘早期再開を求める運動のなかで、私心なく30万市民のために行動されている姿を見て、市民の会に参加させてもらった。署名はあとわずかで9万人に届く。私たちは休館する前と同じ老人休養ホームとして残してもらいたいと思っている。この間、市長にも面会して申し入れたが、決して満足いく回答ではない。この運動は続けていくし、ますます大きくして実現にこぎつけたい」と決意を語った。
 別の婦人は「私たち1人1人ではどうにもならないが、市民の会の協力でここまでやってこれた」と利用者の会の運動を振り返り、感謝の思いを述べた。
 豊北町から参加した男性は「豊北町でも農繁期の田植えが終わった骨休めなどで、満珠荘を利用される高齢者は少なくなかった。今回の選挙ではみなが公約を見て投票したが、支所の機構改革など、さっそく公約を撤回していることについて“何の為の選挙だったのか”と怒っている町民は多い」と様子を伝えた。
 長周新聞の号外配布を手伝ったり、宣伝カーを走らせてきた男性は、「1軒1軒、号外を配布して回った。旧4町にも7回ほど配りに行った。中尾市長が公約を撤回していることについて、宣伝カーを走らせていると、ジッと聞き耳を立てている人が多い。握手を求めてくる住民もいたし“江島市政の継続ではダメだと思って投票したのに何なのか!”と怒る人など、反応は強烈だ。市民の運動が江島市政を追い込んできたし、この力は揺るぎないものだ」と確信を語った。
 満珠荘早期再開、学校統廃合反対、新庁舎建て替え撤回を求める3つの署名を熱心に取り組んできた婦人は、「市民にお願いすると“江島をひきずり降ろせ”とみんなが思いを語っていた。選挙では独自に後援会員を集めたが、撤退して正解だったと思う。こんなにわずかな期間に公約を破棄している。“長い目で見るべきだ”という主張もあるが、長い目で見ている間に全部公約破棄されたらたまらない。あの2人の国会議員がいる以上、下関は一緒なのかと話題になる。下関の街が食い物にされているような気がしてならない。中尾市長は公約を破るのなら辞めてもらいたい」と述べた。
 別の婦人は「後援会申し込みをたくさんの人に書いてもらったが、公約と違ってきているし、この人たちを裏切ったような気持ちで、書いてくれた人の所へ行きたくない気持ちになる。どうしたらよいだろうか」と本音をぶつけていた。
 若い母親の1人は「公約を次次と放り投げることに怒りを覚えた。市民の会の皆さんが一生懸命に行動しているのを見て、少しでも手助けできたらと思った」と運動に参加した動機を語り、「署名活動を手伝って、若い人から高齢の方まで市民が足を止めていた。公約を実現させるために力になりたい」と決意を語った。

 市議会の監視も強める 1年半後には市議選
 2009年度の運動方針は、中尾市政にたいして公約した諸課題を実行するよう迫り、そうでなければ辞職せよと市民世論を起こす。江島市政の踏襲に走っている中尾市政と議会の動き、反市民の動きを暴き、次期市議選で篩(ふるい)にかけていく世論を強める。市民要求を実現するために議会での活動を強め、1年半後の市議選には市民の会から複数の議員を送り出して会派を目指す。教育予算削減をやめさせ、学校教育への予算を増やしていくこと、小中学校の統廃合は白紙撤回を求め、新川中中学の校舎建設問題や中学校の機械警備化・宿直代行員廃止を元に戻すよう要求する。
 さらに、高齢者福祉の切り捨てに反対し、国民健康保険制度や介護保険制度、年金制度の改悪に反対する。老人休養ホーム・満珠荘の早期再開を実現する。医療制度・障害者福祉、所得税・住民税・消費税など各種税制度の改悪に反対する。旧4町の切り捨てに反対し、地域振興・発展を求める活動を強める。失業・就職難が深刻なおり、市外・大手発注をやめさせ地元業者優先でおこなうよう実現し、働く市民が安心して家族ともども食べていける街にする。原水爆禁止・戦争反対の運動を強めるため、下関空襲64周年にあたって7月1日から市役所ロビーで原爆と下関空襲展を開催する。下関を軍都・軍港化させるあらゆる計画に反対する。『月刊しものせき』の読者・会員を広げることが提起され、全会一致で承認・採択された。
 最後に理事が並び、徳村副会長が「これまで以上に頑張っていく」と決意を述べて総会を終えた。会の中心を担っている婦人たちをはじめ、やる気にみなぎっていた。

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