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市民の運動が江島市政倒す
下関市長選どうみるか
             自民中枢の本命は中尾氏   2009年3月18日付

 下関市長選の結果をどう見るか市内では不思議な選挙だったとの思いとどうして大差がついたのか、どう理解すればよいのかの論議となっている。投票数の結果の分析から見てみたい。
 投票率で見てみると、4・17ほど上向いて、53・47%になった。旧市内は前回47・08%だったのから52・27%へと上昇。旧郡部で見ると、菊川町が59・62%(前回58・49%)、豊田町が、64・04%(同62・66%)で少しだけアップ。豊浦町は、57・22%(同58・38%)、豊北町が61・03%(同63・01%)。山側の町では少し上がり、海側の町では少し下がっている。
 前回と比べて、投票者が約1万人ほど増えて、前回より少し活気が出たことになる。しかし03年58・57%、99年68・15%、95年66・58%と比べたら、ダントツに低く、過去ワースト2の低投票率選挙となった。棄権党が第1党であり、市政不信が引き続き深刻なことを物語っている。
 票数の特徴を見ると、中尾票が前回の4万3468票から、6万2964票と、約2万票を上乗せした。友田票は前回選挙の江島市長の4万5938票よりも5000票あまり減となった。香川票は前回松原票より6000票ほど減となった。こうして2万2000票の大差となった。
 前回より2万票ほど増えた中尾票は投票者が増えた分の1万票弱、前回江島票の5000票、松原票の6000票ほどを上乗せしたことになる。増えた中尾票の最大の要素は市民票が増えたことである。もう1つは、安倍派江島票の5000票が友田票ではなくて中尾票になったことである。安倍派の票が中尾にいったことを示している。
 これは友田が土建業者に嫌われたからとか、自然にそうなったものではない。合同ガスが中尾選挙を取り組んだことはだれでも知っているが、たとえば安倍代議士と対抗したり、山銀の意向に逆らってやったと見ることはできない。安倍氏承認のもとでの背後勢力・自民党中枢の判断と見ることができる。
 友田出陣式で自民党県議・市議ががん首をそろえ、公明党の先城県議は「公明党は100%で取り組む」といった。自民党、安倍派がメンツをかけた臨戦態勢で友田選挙を取り組むという格好をとった。結果が示すことは、ポーズだけであり、実際は全力体制ではなかったことを示している。「公明党の100%」は創価学会の100%ではなかった。
 自民党中枢は、友田をやると見せかけて実際は中尾を本命と見なしていたことを示している。中尾陣営が早くから勝ったつもりになって、市民に働きかける姿勢が乏しかったし、もっとも広範な市民と結びついている市民の会グループに敵対的な姿勢をとったのは、市民票に加えて、自民党の林派と安倍派の票が入ることを知っていたからと見ることができる。
 今度の選挙は不思議な選挙だったとすべての市民がいっている。市民の所から候補者の姿も動きも見えないからである。各陣営が内側にこもって有権者が主人公の選挙ではなかった。“候補者が回って来ない”“これまで声をかけてきたのにだれも来ない”とどこでも話になった。有権者に余り知られないところで選挙をすまそうというか、既存の政党、各派だけの関係でやろうという様相であった。事実投票者は基本的に見ていつも選挙に行く人たちの範囲で収まったということができる。
 とくに安倍代理市政に反対するというポーズの中尾選挙は、きわめて奇妙きてれつなものとなった。選対事務所に顔を出した市民は、事務所要員の横柄な態度にみんなが腹を立てる状況だった。市民を怒らせ、追い散らす対応で、それが最後まで改まらないという不思議なものであった。
 もっとも象徴的なことがこの4年間ごみ袋値下げの10万人署名から満珠荘再開の8万7000人署名をはじめ、市役所建て替え反対、学校統廃合反対などの市民運動を中心になって取り組んだ、長周新聞や下関市民の会と敵対し排除する姿勢を貫いたことである。より多くの市民にいかに認められるかを争うという普通の選挙の常識でいうなら考えられない行為であった。これは林派、背後勢力中枢の意志であったことは明らかである。
 今度の選挙において、各陣営を集中コントロールする背後勢力は、市民の関心や論議を起こさず、市民を刺激せず、市民のできるだけ多数を選挙から排除して、各組織の及ぶ範囲に閉じこめてやろうという意図が貫いている。

 安倍派現職3人を失う 安倍代理市政は崩壊
 選挙結果が示す歴然とした事実は、安倍派の落日を浮き彫りにしたことである。この1つの市長選で、江島市長、友田県議、香川市議という3人の安倍派現職を失うことになった。中尾新市長についてもいうことを聞かせる関係とはいえ、基本的に林派市長であり、安倍代理市政が崩壊したことを意味する。安倍派承認のもとに3人の安倍派現職を犠牲にして林派市長をつくったという事実は、安倍派の力の衰退を強く印象づけないではおれない。林派に市長を譲ることで、衆議院選挙での林派の協力を求めるというのでは、落ちぶれたという印象が広がるのはやむを得ない。
 今度の選挙は、中尾、友田、香川の3陣営で争われたのではない。江島市長を軸とする4陣営の選挙であった。そして告示前に4期14年の安倍代理江島市政をとうとう引きずりおろした。これが最大の出来事であった。
 江島市長は本人自身はやる気満満であった。しかし不出馬表明に至った。これは背後勢力・安倍代議士が引導を渡したと語られている。しかしその要因は、江島市政の延長線では今後4年間の市政は市民の反発でうまくいかないということであり、直接には反江島票の3分割という手口ぐらいでは当選がおぼつかないということにある。
 安倍代理の江島市政を引きずりおろした力こそ、市民の世論と運動である。箱物利権事業の暴走で、さんざんに下関を食いつぶし疲弊しきってしまった。江島市長がそのまま出馬となると、市民はやる気満満で市民の関心と論議がまき起こり、投票率も上がることは必至であった。不出馬となると「自分たちの手で倒したかったのに」と多くの市民が悔しがった。仮に江島市長が当選するとなると、市民の運動はさらに大きなものになって市政はうまくいかないことは明らかであった。安倍代理江島市政はとうとう破産したのである。市民の力で破産したが、「訳ありの不出馬」という形でごまかしているのである。
 世界的な大恐慌で、山銀を含めて地銀の危機は深刻になっており、輸出企業が急減速するだけではなく、大量首切りなどによる消費購買力の急減速も必至。市場原理一本槍の安倍代理江島市政では通用せず、市政の手直しをせざるをえないという事情がある。
 奇妙きてれつな今度の市長選挙は、2つの得体の知れない力に動かされた。最大の力は市民の力であった。そして市民の力に押され、それを利用する形で自民党安倍派、林派の背後勢力の力であった。

 私心ない運動が原動力 中心担った市民の会
 江島市長を引きずりおろし、安倍派の凋落(ちょうらく)をもたらした最大の要因は、この間の市民の世論と運動である。市民を結集し、江島市政とたたかってきたのは、満珠荘存続の会の運動であり、市役所建て替え反対、学校統廃合白紙撤回、そして箱物利権政治による下関の疲弊に反対し、市民生活を守ることを求めて、合併による旧4町の疲弊に反対するすべての市民の世論と運動である。
 その中心になったのは下関市民の会であり、見返りを求めるのではなく、市民のために私心なく活動する清潔な運動が、市民の深い信頼を得てきた。とりわけ、この市長選で、中尾後援会名簿を独自にとりくみ、唐戸商店街のど真ん中に市民交流センターを開設し、各選対の外側で市民独自の運動を展開したこと、いわば得体の知れない市民の力を結集した意義はきわめて大きい。自民党中枢と背後勢力が各選挙陣営を集中コントロールして、市民の世論と運動を抑え込もうという狙いを真向から打ち破る活動となった。これが市民世論を活気づけ、江島市長を追い込み、選挙を動かした原動力となったことは明らかであった。
 長周新聞と市民の会が告示後、中尾選挙から手を引いたのは、中尾選挙が自民党側にたって市民と対立した姿を現した以上当然のことであった。市民のためにやっているのであり、中尾氏のためいわんや自民党のためにやっているのではないのだ。長周新聞と市民の会の活動では、江島市政を批判する長周新聞の号外数万枚を、昨年の秋から毎月連続して旧郡部に至るまで配布し、市民世論を喚起してきた。これをふくむ市民の会を中心とする献身的な活動が、市民世論と結びついて中尾氏をして公約を出させる力となったし中尾票に移った安倍派票5000をはるかに超える影響を持ったことは明らかである。
 中尾票は自民党林派と安倍派の票が入ったが、票の主な部分は市民票である。中尾氏が唱えた公約の実行を信頼して市民は投票した。市役所建て替え反対、満珠荘の老人休養ホームとしての再開、学校統廃合の撤回などの公約を実行しなければならない。
 一方で中尾選挙をコントロールした自民党中枢は、これらの公約の撤回を要求することは明らかである。市民運動がこの選挙を動かしてきた原動力であるが、選挙後も市民の世論と運動を継続し発展させることが、中尾市政をして下関を良くしていく最大の力となる。難攻不落と思われてきた安倍代理の江島市政を打ち倒し、安倍派の落日をもたらした原動力は市民の力であることを確信にすることはきわめて重要である。

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