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市民の言う事を聞く市長を
下関市長選
             安倍主導の選挙安泰構図   2005年2月8日付

 下関市と豊浦郡4町の合併にともなう市長選へむけた動きが激しくなっている。現職江島市長に加えて、対抗馬となる中尾、松原氏も自民党推薦願いを出し、自民党員投票となって、市民の市長を選ぶ市長選挙が、市民の手から遠ざかってシラケが広がる様相となっている。3期10年の江島市政について、すべての市民が痛感していることは、これほど市民に聞く耳を持たず「ボクの下関」にして好き勝手をしてきた市長はいないということである。市民のいうことを聞かずに、市民が不幸になることが自分の幸せとみなすようなものがどうして市長をつづけることができてきたのか。それは、選挙で市民の洗礼を受けなくても当選する仕かけができているからである。自民党、つまり安倍事務所に認められなければ当選できないという仕かけがある。下関の選挙のシカケはどうなっているのか、その構図をマヒさせて、市民のいうことを聞く市長をつくるにはどうすればよいのかは、全市民の死活の関心である。
   
 市民のなかで怒りが噴出
 市民のあいだでは江島市長が登場から10年をふり返って、かつてない怒りが噴き上がっている。怒りの中心は、「市民に聞く耳を持たない市長」「市民が不幸になることを自分の手柄にする市長」という怒りである。
 吸収合併対象となる豊浦郡4町(5万人)の住民から「こんなはずではなかった」「だまされた」と怒りが噴き出し、豊浦郡町長会などから「住民サービスを低下させないため、時間をかけて一元化すべき」と意見書が提出されても、長期にわたり無視しつづけた。
 地元建設業界が、建設労働者に妻子さえ養えぬホームレスなみの労働条件を強いるダンピング入札政策をやめるよう申し入れても、「1万人の建設業界にとおしてもらっているわけではない」と、頭ごなしにはねつけた。
 地元商業会がどれほど首つりに追いこまれても、大型店出店の野放しこそ国策とばかりに、市の公費を投じてあるかぽーと埋め立て地にショッピングセンターの誘致をはかる。
 周辺都市と比べて数倍高い1枚50円のゴミ袋値下げを求めて、母親や自治会の人人が署名10万人以上を提出しても、江島市長は「10万、20万であろうが、下げる気はない」と拒絶した。
 小・中学生がかよう市内50の市立学校は、トイレットペーパー代や用紙代まで保護者負担で、壊れたトイレや外壁をなおすように要望が上がっても予算がないと断ってきた。市の教育費予算は県下のどこと比べても最低。市立大学は、国から下りる大学への交付税は大学にはやらずに利権事業に使う。
 東行庵からの高杉晋作の史料盗み出しに加担するありさまで、歴史的な建造物である市の第一別館も野ざらしのまま、下関の歴史など一文の価値も認めない。
 そして、神鋼や三菱などの巨大利権はやり放題。公費の海外旅行は毎年で7〜8回にのぼり、国内出張も合わせて百数十日間も市役所不在となり、公務も滞っているのに「ITでどこでも職員とやりとりできる」と突っぱねる。
 自治会も予算カットで祭りも不自由になり、老人会も、どこも切り捨てばやり。市民の非難はごうごうたるものである。
 こうして市民にまるっきり顔がむかず、好き放題ができるのは、選挙が安泰だからである。5日の自民党主催の公開討論会は、江島市長は「改革の担い手である小泉総理を一貫して応援する立場で発言している」「総理の道に最短距離にある安倍晋三代議士をしっかり支えていくことを、市長職にありながらいつも考えている」とのべた。
 下関では安倍事務所に飼われたなら、市民に嫌われようが対抗馬が出ようが、市長の座にいつづけることができるというわけである。市民生活を踏みにじり、市民を不幸にすればするほど、小泉改革の実行者として自慢になる関係である。
   
 民主主義破壊した市長選挙のシカケ
 下関の市長選はどんなシカケになってきたか。
 江島潔氏が初当選したのは95年の市長選であった。自民党は現職・亀田氏を推薦。江島氏は、自民党批判勢力を標榜。「沖合人工島の見直し」「国保料の値下げ」などをかかげ、新進党や連合、創価学会の支援もとりつけ、「市民連合」なる市民勢力の結集をはかった。ところが、投票間近になると、自民党安倍事務所が推薦の亀田現職を切り捨てて江島支持の姿をあらわした。こうして、江島氏は自民党批判の票も自民党の票も集めて、当選するという芸当をやって当選した。江島氏は、自民党清和会(会長・安倍晋太郎代議士)の金庫番・奥田秘書のもとで、使い走りをしていた関係であった。
 政治信条とか、支持者・市民の信頼を裏切らないとか、そういう義理とか人情などの神経ではなかった。そういうやり方は選挙テクニックの問題で、「市場原理」「損得第一」の宇宙人のような人物であった。
 公約はあっさり「若気のいたり」と撤回しただけではなく、自民党批判の協力者は逆に切り捨てられ、報復を受ける羽目となった。これらの協力した業者の、入札からの排除が病的な陰湿さでやられた。こうして安倍事務所の、自民党推薦などクソ食らえで、勝ち馬乗りかえによる市政支配が貫徹された。
 4年後の99年市長選では、復帰をはかる亀田氏と、新進党から出た古賀氏との三つどもえ戦となった。全国初といわれる市長選の自民党推薦をめぐる党員投票なるものがあみだされ、亀田氏を退けて江島氏を推薦。自民党の安倍、林両事務所が全力投入の江島選挙戦となった。反自民で江島選挙に集まっていた市民や地元業者は、すでに切られて江島後援会組織はなく、安倍事務所の丸抱え選挙となり、連合、公明などからも票を集め、大量得票となった。
 対抗する古賀氏陣営はこの選挙で、「古賀は在日で、市長になると北朝鮮に送金する」などという怪文書をまかれたりしたが、その背後に安倍事務所がいたことが暴露されている。古賀氏の選挙事務所には、下関署がはりこんで、支援者に尋問をくり返したり、つけ回すなどには熱心だった。安倍事務所が警察官僚と密接な関係であることは有名な話。

 対抗すれば経済制裁を加えて潰す
 選挙後は、古賀氏は徹底的な経済制裁を受けることとなった。古賀氏の日東建設は、市の指名競争入札に前年は約52回参加していたものが、99年度はゼロ回になり、生殺し状態は2年以上にわたりつづいた。結局、経済的なしめつけは、昨年7月に日東建設がつぶれるまでつづけられた。安倍晋三氏は北朝鮮への経済制裁推進者であるが、下関で経済制裁で対抗馬をつぶす実績を持っているのである。
 再選された江島市長側がやった、反自民で離れていった地元中小業者らにたいする徹底的な報復攻撃は語るもおぞましいものであった。江島市長のもとには戦犯者としてA級、B級などに分類された「戦犯リスト」なるものがつくられ、徹底的に入札から排除された。ある地元業者は四十数回参加していたが、1〜2回にされるなど徹底的な経済制裁がおこなわれた。安倍事務所に「もう2度と反旗はひるがえさない」と誓いを立てるまで痛めつけられた。2002年8月からは電子入札導入で、建設業界全体がダンピング競争にほうりこまれた。安倍事務所に対抗的な力が出ないようしぼりあげられ、建設労働者の生活は妻子を養えないホームレスなみとなった。
 こうして、「うっかり安倍事務所に逆らうならば下関では暮らせなくなる」、いわんや「選挙で対抗しようものならしめ殺される」という、圧制状況が下関の常識となった。こうして安倍事務所丸抱えの江島市長の「ボクの下関」ぶりははなはだしいものとなった。
 2年まえの3期目の市長選では、すっかり対抗馬がつぶされてしまい、無投票にしてはならないという形で、磯部のぶ子氏が出馬し、事実上の信任投票となった。この選挙で、江島氏は自民党推薦を断るという芝居を演じた。しかし実際は、自分の後援会組織はなく、安倍事務所の元筆頭秘書が入り、安倍、林両事務所が人員を派遣した、安倍、林派丸抱え選挙であった。そして、総決起集会には連合下関が組合員動員をし、公明党はトップから指令が下りた。
 自民党推薦でないが、安倍、林事務所丸抱えという選挙ののち、今度は地元自民党員の多くの切り捨てが強行されるところとなった。中央は小泉首相となり、安倍晋三氏は官房副長官に出世したもとでの、江島市政はさらに血刀を振り回すことになる。小泉ばりの規制緩和に狂奔、電子入札導入で地元業者の例外ない切り捨て、大型店は野放し出店で商業者は追いつめられるだけ、ゴミ袋も教育費も自治会予算にいたるまで、市民サービスの片っ端からの切り捨てを開始。中小は自由競争で大手は露骨な官制談合となった。
 そして今回の市長選である。安倍事務所丸抱えの江島市長への市民の批判は、恨みをこめた激しいものとなっている。安倍・江島体制は色あせたものとなっているが、ここでまたも安倍事務所の選挙マジックがくり広げられることとなった。
 「下関の選挙は安倍事務所しだい」という神話をつくっているのは、自民党に対抗すると思われがちな連合下関の三菱・神鋼労組など主要労組、公明党が古くから安倍派与党の位置をキープしていることにもある。自民党でも林派は、安倍派と出世争いをするような骨は早くからぬかれ、隷属状態で下関の政治を停滞させる役目。こうして労働者の利益を踏みにじることはもちろん、中小業者や農漁民、地域の老人など自民党員、自民党支持者までも切り捨てる関係となっていることである。安倍派というものが、旧来の自民党を小泉流に「ぶっ壊して」、連合・公明党、大企業党になっているといわざるをえない。そして「共産党」の看板をかける集団も、「体制内野党」を宣言し、社会の片隅で、小さな利権と会社乗っとりなどでうつつをぬかして、「われこそは一番の江島批判勢力」といって、江島批判を分散させ江島現職応援に飛び出すのではないかともみられている。

 民主国家での選挙の主人公は市民
 自民党は党員投票と大きなことをいっているが、下関の自民党員数は市内で2000人余り、郡部をあわせて5000人余りと激減している。しかも、それは議員や企業が会費を出して、本人は名前だけ使われている幽霊党員も多数という状態。
 自民党の基盤自体が、小泉、安倍、江島ラインの政治でぶっ壊されているなかで、自民党の推薦さえあれば当選するとみなすのはバカげたことである。今回の中尾、松原氏側の自民党推薦願と党員投票は、かれらへの江島批判票離れを促進するほかなく、有権者のシラケ、あきらめを誘い、両候補をつぶし、江島現職を有利にさせる結果になるほかはない。
 こうして、下関の市長選挙は、市民のためにどうするかとか、市民の声をいかに聞いてどうするかとか、そのための政治信条をどう貫くかとかは二の次で、自分がいかに票を集め権力ポストを手に入れるかばかりが、あまりにも露骨なものとなった。市長たるもの、「郷土のため市民のため」でなく「自分のため」で、アメリカばやりの「市場原理、損得第一」選挙と化している。
 選挙は、3期10年の江島市政への審判が最大焦点である。それは第一に、安倍事務所の顔色を見るばかりで、市民のいうことを聞く耳がない市長ではダメであり、市民のいうことを聞く市長をつくるというのが、すべての市民の要求である。
 この要求を実現するには江島市政を批判するだけではなく、江島市政に対抗する側の中尾、松原氏にたいしても、あいまいな態度にたいしては市民が断固として批判し要求しなければならず、その対応を見ながら識別しなければならない。そうすることで、当選したのちも市民が縛りつけ、市民のいうことを聞く市長をつくることにつながる。民主国家における選挙の主人公は市民である。候補者が市民の上に立っているのではないのだ。この市民の批判にこたえるというのでなければ、かれらは自爆コースをすすまざるをえない。

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