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市民チェックが役目の議員
記者座談会・下関市議会問題
             市民要求潰し市長と取引    2008年9月8日付

 巨額箱物はオンパレード、教育・福祉分野の切り捨ては全国最先端。市民の憤激は噴き上がっているのに、市民の声に聞く耳を持たない江島市政である。この暴走は下関市議会が手放しで容認する体制があることでまかり通っている。飼い猫の賛成マシーンとなっているが、それ以上に市民が声を上げ運動を始めると、そこに出向いて市民要求をねじ曲げ、運動をつぶす役目を買って出ている。議会は市民を代表して市長をチェックするのが建て前だが、実際は市長の身代わりとなって市民をチェックする役割となっている。それは保守系、革新系を問わず共通している。来年春の市長選を展望したとき、またそれまでもあるかぽーと議案をはじめ、市庁舎移転、学校統廃合問題などの暴走にたいして、この議員の姿と役割をしっかり認識することはきわめて重要である。
  江島市長の暴走には全市民的な批判世論がうっ積している。しかし市議会が毎度の調子で、これを積極推進している。後見人の安倍、林代議士がバックボーンといっても、江島市長が単独で権力を振り回せるわけではない。議会がオール飼い猫体制となっているから、果てしもなく突っ走るシカケになっている。
  この一年間を振り返ってみても、さまざまな問題で、議員がかかわりをもって、市民が泣き寝入りというケースが多い。重要案件で市民から反発が噴き出すと、まずは保守系議員が出てきて市民を恫喝(どうかつ)して抑えつけたりする。JR梶栗駅新設問題などでは、JR企業・広成建設から給料をもらっていた定宗前議員とか地元の福田、門出議員など自民党議員が出てきてごり押しした。そのほか敗北コースにねじ曲げていくとか、露払いのような行動をする。チェックしているのは行政ではなくて、市民をチェックしていると思う場面が多い。満珠荘再開運動など、市民運動が盛り上がると「日共」系や「市民派」系がにじり寄って運動のねじ曲げ、解消に動く。そして市民の抵抗を無力にして江島市長の案件は議会通過という算段だ。

 満珠荘存続 「日共」議員分断に動く
  満珠荘の存続をめぐる問題で、「日共」江原議員が満珠荘の会の分断に動いたことが市民の大評判になっている。「江島市長が6万人の署名を認めなかったから、あきらめなければならない。今度は議会の多数派をとるようにしなければならない」と、世話人代表に相談もせずに「総会」なるものを招集し、役員を替えるという策動をして、失敗した。6万人もの署名を集め、市民運動のシンボルの位置にある満珠荘の市民運動をつぶして議会の取引に解消しようというのだ。市長選を前にして江島市長にとってもっとも怖いのは市民運動だ。その破壊役をつとめたのが「日共」江原議員らだった。江島市長を喜ばせる行為だ。これには、「民間委託方式で満珠荘食堂経営者I氏にやらせろ」という安倍派・佐伯議員と連携したものだ。
  経緯から見ても、昨年2月に賛同者会議が持たれた際、議員たちがゾクゾクとやってきて閉館を主張していた。「アスベスト対策は口実であって、休館させるべきではない。営業しながら対策工事を施せばよい」とみなが論議しているときに、「日共」桧垣議員が「休館撤回はいけない。アスベストは法律がかわったから仕方がない」と断固主張していたのも異様だった。県議選で票を拾いに来ていた民主党・加藤県議も抑えにかかって反発を買っていた。
 その後の賛同者会議でも、議員たちがやってきては「運動をやっても再開は難しい…」と水をかけるばかり。江島市長が「現在地に同じものを再度つくることは考えていない」と議会で答弁すると、「現地再開にこだわるな」と議員たちが大合唱をはじめる構図だった。議員が関与するときが議会に請願を出すときだ。紹介議員がいり、江原、山下、松村議員が乗り出すが、「現地再開を入れると議会の多数をとれない」といって文面を削る動きをした。市民の要求を議員が議会の事情などをいってねじ曲げるのだ。その請願は、いつまでも継続審議扱いになっている。
  江島市長は「日帰りの多世代交流施設」にするとか、6万人は無視して2000人アンケートで結論を誘導しようとしている。実名を書いた6万人を無視して、だれが書いたかわからない無署名の、しかも誘導尋問式のインチキなアンケートを尊重するというのだから話にならない。そこで議員が登場する。「日共」集団などの野党議員が、「江島市長が認めないのであきらめるほかはない」と触れ回って、満珠荘の会の中にまで手を突っ込んで分裂・破壊をはかる。軒先を借りて母屋をとるようなものだ。「6万人で認めないというなら10万人を集めよう」「これは事実上の市長選での江島市長不信任署名だ」という訴えは市民の強い共感を得て、これは打ち破られている。

 角島保育園 存続請願をねじ曲げる
  角島保育園の問題での議員たちの関わりも特徴的だ。地元同意がない状態を黙殺して、八月臨時議会で廃園条例をごり押ししてしまった。昨年春に問題が表面化すると、議員たちがまぶわりつくようにして角島に渡っていた。
  滝部に新設する幼保一元化施設1カ所集約するので、その他の五園を廃園にするということだった。議員らがいまでも自慢しているのが角島の地元住民や父母が提出した存続請願をねじ曲げたことだ。ちょうど1年前、お父さんやお母さんたちは懸命に運動し、地区住民の91%が応じた署名といっしょに請願を市議会に提出した。しかし蓋を開けてみると、“存続”の文字が一言もなく、「合意を得た上での統廃合を要望します」へと内容がすり替わっていた。紹介議員になるといって、請願を書き換えさせたのだ。
 実は松村議員と鵜原議員が紹介議員になって、「住民の総意である角島保育園の存続を請願いたします」と明記された請願がいったんは提出されていた。しかし不可解にも取り下げられて、数日後に「幼保一元化施設建設に反対するものではありませんが」「合意を得た上での統廃合を要望します」という内容の請願にすり替えられた。意味がまったく変わり、紹介議員も門出、鵜原議員の2人に変わっていた。
  文面を書き換えた張本人は林真一郎議員だった。その手柄でか現在の文教厚生委員長だ。
  安倍派の植田議員が、角島父母らの代表をしていた若い母親を呼びつけ、「保守系会派が賛成しないと請願は通らないんだぞ」と脅しつけて、すり替え請願のハンコをとったのだと、自慢にしているというのが有名な話となっており、その他の議員にしても「実はオレが采配してまとめたのだ」と黒幕ぶるのが複数いる。市民要求をつぶし江島市長を助けるのが、議員らの世界では“手柄”になっているのだ。
  紹介議員になった門出議員はその後、「存続を主張し続けるのならば、わたしは紹介議員を降りる」などと父母らを恫喝していた。文教厚生委員会へ趣旨説明に出てくると「合意がなければ統合しないというわけではない」などといい、請願そのものを否定していた。こうして存続要求の請願提出は、存続放棄・“おしまい”を意味するものとなった。紹介議員だった2人は、廃園条例をゴリ押しした本会議で賛成していたのだから笑えない。
 公明党は豊北町内の学会票をもらっている中村議員が角島に乗り込んで、なにかと様子をうかがっていたが、結局「存続は認めない!」が正体。さまざまな種類の議員が角島に乗り込んでいたが、みな廃園を目指して思惑が一致していた。江島市長の計画を実行するためのチームプレーを演じていたわけだ。
  議員世界を知っている元議員も立ち回りをした。請願が出てくると、「豊北地域幼保一元化施設早期建設についての要望書」なるものが豊北町振興協議会代表ら(7地区)の連名で提出され、執行部が「地元の合意は得ている」と主張してきた。その一人が自称“市民派”の動きをしていた和田銀一朗元議員(粟野)だ。そして幼保施設建設工事を約2億円で受注したのは和田建設だった。おまけに、豊北町の歴史民俗資料館の工事も約2億9000万円で受注した。角島住民をじゅうりんしたための、法外な褒美だと怒りを買っている。

 あるかぽーと開発 「市民派」的議員も暗躍
  あるかぽーと開発計画は、小浜前議長すら市民世論におされて反対して市議会が正式に廃案にしたものを、懲りずに再提出する動きになっている。どうなっているのか。これにも議員の関わりがある。
  昨年の春、全市民的な世論が巻き起こって26対11で否決となった。江島市長の執念の計画ということで、議会は多数で議決のすう勢だった。4〜5人の保守系議員が退席し、公明党・その他が賛成に回れば可決になると見られていたほどだ。この常識を覆したのは、市民の力だし、市民が議員を縛り上げて否決に持ち込んだ。
  しかし江島市長はまたも同じ計画を出した。ここで議員の動きだ。「対案を出せ」「無責任に反対するな」「港湾会計の赤字はどうするのか?」などという論調が、江島執行部の側から吹聴され、飼い猫議員が市民の側に吹聴し、いつの間にか防戦のような格好になっていった。
  「対案」も何も、デタラメな売り飛ばしはやめろ! が市民の圧倒的世論だったから廃案になったわけだ。海浜公園にでもして、観光客のみならず市民が憩える場所にしてほしいという世論が当時から圧倒的で、そこに商業施設がないと困るという市民は誰もいない。
  唐戸を抑える役は、はじめ平岡議員が乗り出した。自分は地元の権力者だという調子でもっぱら脅しつけて回っていたが、成功する前から褒美(下関ボートの場外舟券売り場の自社ビル誘致)をもらうことを先走るなどして失敗。売却議案が廃案になった後は、対案を考える会みたいな会合が何度か議員采配の形で持たれていった。当時当選したばかりだった「市民派」的香川議員がリーダーになり、兼田、安岡、西本、林真一郎、岩本、松村議員らがくっついて「あるかぽーと研究会」を立ち上げ、市民の意見聴取を繰り返した。
 基本的には夢を語る会のような感じで、みなが自分の望む構想をとりとめもなく言い合うだけで終わった。
  あの過程で、要するに市民主導だった運動は尻つぼみになった。結局はこの春に執行部に提案したが、簡単に無視されて、江島市長は再公募を動かしはじめた。これらの議員が本気になって一般質問で論駁するような場面はない。9月中に事業者選定という大急ぎのプログラムだ。「あるかぽーと研究会」メンバーはどんな態度を見せるのだろうかとみなが思っている。

 川中中学教科教室 PTAの撤回請願否決
  川中中学校の移転校舎を教科教室型にする問題も、多くの父母らが納得してないまま8月臨時議会で工事請負締結議案が可決され、九月議会で、継続審議扱いにしていたPTAの請願(教科教室型導入の撤回を求めていた)を否決した。
  6月に、安岡議員(文教厚生委員会副委員長)が川中中学校に出向いてPTA執行部の数人に会い、「いくらやってもダメだ」「去年から建設事業が放ったらかしになっているので了解してほしい」という話をしていた。開校予定まで月日が近づくなかで、あきらめムードを利用した形で、「PTAの了解を得た」となった。ところが教科教室型・川中中学校に息子・娘を通わせることになる小学校PTAはまったく知らなかった。
  昨年おこなわれた1回目の説明会は紛糾し、父母らが市教委と全面対決の姿勢で署名集めをはじめた。すると議員が寄ってたかって切り崩す動きになった。2回目の説明会が終わった後、父母らを心配をしているような動きをしていた亀田議員が「もう反対しても教科教室の校舎はできるのだから、そんなに言ってはいけない。これはPTAが不利でしょうね…」と力が抜けるようなことを言い始めていた。文教厚生委員長だった菅原議員は「これは教育委員会の方が優位です。難しいです」と父母らにいう。
 当時の状況からして、何がどう不利なのか有利なのか意味不明なのだが、ようするに議員連中が父母をあきらめさせることに一生懸命だった。請願の紹介議員は山下議員(社民党)で、父母らの影がしだいに薄くなっていた。
  ゴミ袋を値下げさせた運動でも、学校給食食器を改善させた運動でも、あるかぽーと開発を廃案にさせたのも、市民が全市的な世論で下から突き上げる運動をした時には、江島市政が譲歩した。この市民の運動を解消して、議員任せにしたときは江島市長は聞く耳がなく突っ走ってきたということだ。議員連中は単純に議会で賛成マシーンになっているわけではない。江島市長が何らかの案件を出したら、議員どもの中で役割を分担し、担当を決めて、市民をだまし、脅し、無力なものにするために動いているということだ。与野党といっているがそこでは連携関係の方が密だ。

 役割大きい市民の会 全市民の運動が決定的
  一連の経験からいえるのは、要するに「議員が近づいてきたら用心しろ」ということだ。保守系議員が江島与党として威張り腐って出てくるかと思えば、「野党」と目されている面々も市民運動の分裂や破壊活動に飛び出してくる。
  要するに市政というのは利権政治なのだ。市職員に「議員とはなにをしているのか」と聞くと「要するにたかりだ」という。自分の会社の仕事をとって回ることばかりしているので有名な議員がいる。さまざまな会社から顧問料をもらって雇われ、その仕事をとることを仕事にしている。公明党や「日共」議員連中も、生活保護や市営住宅や福祉などの世話で自分の票田を固めて議員ポストを温めている関係だ。自分の議員の特権地位を守るためには、江島市長がやる大きな案件を通すために手柄を上げて、取引をする関係だ。自分と自分の地位を保障するものの個別利権を守るために、全市民の死活の利益を売り飛ばして江島市政と取引をするという関係だ。すべての市民の利益とか地域の発展とかクソ食らえなのだ。
  市営住宅など行くと、「創価学会が多い団地」「共産党が多い棟」などと指摘されている場所がいくつかある。班をつくって「○○部長」とかの窓口がいたりする。口利きの一カ所集約としか見えない。
  利権話にはたいてい世話している議員の名前が上がるし、他議員の利権とか市政の裏事情などは、敏感に情報収集しているのが議員集団。勇ましく「ファイティングポーズ」をしていると思っていたら、いつの間にか「招き猫」ポーズに変身しているとか、よくあることだ。そうやって飼い猫になっているのだ。
  議員というもの保守系であれ、自称市民派であれ、要するに私利私欲第1が体質になっていることが問題だ。だからオール与党の賛成マシーンになる。すべての市民の共通した利益を守り、江島市政の反市民市政と正面からたたかっていくという議員がいる。なによりも市民の運動が市政を動かし議会も動かす力だ。
  前回の市長選では、ゴミ署名10万人などの市民運動が盛り上がっており、その力が対抗馬を押し出したし、候補者を公開討論会に呼び出すような力を持った。今回この力がまだ弱い。市長選を展望しても市民運動が決定的だ。満珠荘10万人署名は、市長選に向けた江島市長打倒の力を喚起するものとして市民の中で歓迎されている。
  ここで市民の会の役割が大きい。ゴミ署名をはじめとしてこの間の市民運動を中心になって担ってきたのは市民の会だ。市民の会は昨年春の市議選で兵頭氏を議員にした。議員を抱えた今の方が、議員がいなかった前回市長選前より市民運動の力が弱いというのは検討する必要がある。市民の会は、市議選前から兵頭氏が中心だった。議員になったあとも兵頭氏が中心という習い性できたら、議員中心の会ということになる。ここにトリックがある。政党政派、思想信条をこえて、私心なく全市民の利益を代表して市民運動を第1として市政を動かすというのが変わってしまう。市民の会が兵頭議員を使うという関係でなければ、市民運動の生命力を奪って、江島市政を喜ばせることになる。
  兵頭議員についても市民の中からは「街頭演説にもこないが今頃なにをしているのか」「議員になったらやっぱりおかしくなるのか」という批判が上がっている。せっかく議員として送り込んだんだから、「議員の生態などどんどん暴露すればよいのにどうしてやらないのか」という意見もある。議員との仲間意識が強くなって、特権的な議員世界の側からものを見るようになるのか、市民と共に、市民に奉仕する精神をもって、市政に風穴を開ける立場を貫くのか、市民は注目している。その点で小倉哲郎議員の場合は周辺に惑わされない独自の風格というものがあった。
  いずれにしても、江島市長への市民の批判は尋常なものではない。その力を抑える力として議員の役割は大きい。この議員の生態、役割についてもっと市民の意見を集めて暴露し、マヒさせていくのが、市民運動を強め、江島市政を打倒する力を結集するうえできわめて重要だ。

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