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市民運動こそ市政変える力
下関市議選展望し記者座談会
              市長も市議も飼い猫ぞろい    2010年6月2日付

 下関市議選展望した記者座談会 下関市で安倍代理の江島市政を倒して中尾市政が発足して1年あまりがたち、来年2月には市議選挙がある。中尾市長は江島批判の公約を唱えて当選したが、当選後は大ウソつきの正体をあらわして、選挙はウソで成り立っているのだという実績をつくった。下関の疲弊は他市から来た人がみな驚く状態となっているが、中尾市政は江島継続のハコモノ利権政治を突っ走っている。議会はオール与党の大小の利権あさり集団となって、市民の声など聞く耳がない。国政も自民党を倒したと思ったら民主党が自民党以上の暴走ぶりだ。下関でも日本でも政治は変えようがないのか。この状態を黙って見ていて絞め殺されるわけにはいかない。来年の市議選を展望して記者座談会を持って論議してみた。
 
 拍車かかる市民生活の破壊

  中尾市政の発足から2年目に入っているが、市民生活はどうなっているだろうか。
  貧困の実情は深刻だ。街がどんどん衰退していくのに歯止めがかからない。不動産会社の人と話になったが、住宅の家賃が払えない人が増えている。とくに年輩者の一人暮らしで、6万円少少の国民年金から2万〜3万円の家賃を払うと、電気・水道・ガス代を払ったら食費はわずかしか残らない。滞納分をむしり取るような事は心が痛んでできないので、本当は3万円なのに「ばあちゃん、1万5000円でいいから…」といって集金しているという。
 別のアパート経営をしている老婦人は「うちは子持ちの若い夫婦が滞納しているけど、てんてこ舞いで子育てしているのを見ると強くいえない気持ちになる。払える月と払えない月があって本人たちは一生懸命にお金を工面して“すいません…”を繰り返している。ご主人がMCSを切られて1年近くそんな感じ。自分の孫たちのようで“払ってもらわないと困るけど、まずは仕事を見つけてしっかりがんばりなさいよ”と声をかけている」と語っていた。そういう話が多い。
 C 金融機関に勤めている人が「鹿児島から下関支店に異動してきた同僚が、下関の衰退状況にビックリしていた」と話していた。よそと比較しても変貌ぶりが普通じゃないのだ。どうしてこんなことになっているのかと。経済活動も相変わらず冷え込んでいる。資材代を支払ってもらえずに老舗がつぶれたり、企業同士の取引でも請け負い代金を踏み倒されたとかの話がゴロゴロしている。職安も相変わらず職を求める人たちでいっぱいだ。とくに若い子があぶれている。
 中小企業の倒産も止む気配がなく、従業員が再就職で奔走している。どの会社に行っても「仕事がない」「よそはどんな状況か?」と話題になる。ゴールデン・ウィークを長くとった企業も少なくなかった。社会保険料が払えないで頭を悩ましている経営者も多い。高卒を新採用で受け入れる余裕が地元中小企業になくなっているから、下関商業や中央工業などの高校生たちは就職活動に苦労していると先生たちは話していた。あと、「暴れる中学生」が高校にも進学できず、この就職難に社会に放り出されているのも特徴だ。それは相当数になっているとPTA関係者たちは心配していた。
  唐戸の魯山亭(割烹料理)が店を閉めたのが話題になっている。一年くらい前には長府の楽々庵がつぶれた。国道沿いに外食ファストフード店が次次に出店してくるのとは真反対で、地元資本の割烹とか料理屋の撤退・倒産が相次いでいる。食べに来る市民の足が極端に落ち込んでいるからだ。今年になってとくに減ったという。
 「街の衰退のひどさは豊前田を見れば一目瞭然」「活力があるかどうかは、夜の社交場を見れば瞬時にわかる」と企業関係者が話していたが、豊前田でも2000年代のはじめくらいまでは、夜中12時でもすれ違ったら肩がぶつかるくらい酔っぱらいが溢れていたが、最近はみなが飲みに出ないから閑散としている。タクシー運転手たちに聞いても「この10年で様変わりだ…」「最近飲みに出てきているのは公務員と教師と議員くらい」「酔っぱらい同士の喧嘩すら起きない…」という。つぶれた店舗を更地にして駐車場ばかりが増えている。
  あと、下関駅の後背地に位置する笹山町や関西町などの荒廃状況もひどい。国道沿いだけ“中心市街地活性化”と色めき立っているが、一歩中に足を踏み入れると廃屋だらけだ。笹山町の崩れた長屋や民家の隙間から見えるのが“海峡ゆめタワー”で、なんの嫌みなのかと思ってしまう。「ゆめ広場」に「ゆめタワー」、合同ガス(自民党林派)の“ゆめ見る君”(タワーの先端から炎を吹くガス塔)とかのどうでもよいものができて、一連の「夢尽くし」で誰が夢を見たのですか? という状態だ。
 B 人口減少・少子高齢化の進み方が全国と比べてもひどいと問題になっている。市民が働いて子どもを育てる基盤がなくなっているのだ。各種産業の衰退に歯止めがかからない。国勢調査でも、2000年調査から2005年調査までの間に減った人口が1万404人、それから今年4月までに減ったのが9654人。5年ごとに約1万人ペースで減り続けると、40年後に20万人を切る。
 D 市民生活の窮乏化が進んでいるなかで、税金取り立てを強化しているのが中尾市政だ。差押え件数が江島市政の時代よりも急激に伸びている。そして、なおかつ箱物行政の突っ走りをやっている。150億円をぶち込む駅前にぎわいプロジェクトとか、150億円かけて新庁舎建設を進めるとか、利権集団の為には大盤振舞だ。そして保育料を値上げしたり、老人への敬老給付金を3000万円削減したり、教育や福祉からの削り取りをやっている。エコポイントとかエコ減税などといって大不況下のトヨタなどを救済し、国民には「財政難だから消費税を15%にする」といって巻き上げるのと同じだ。

 全国最先端の中尾市政 大嘘も総与党体制も

  市場原理・略奪行政の実行者として全国先端だったのが江島市政だが、打倒されて登場した中尾市政は輪をかけて突っ走っている。市民がどうなろうがかまわない、政治家や一部の利権企業が儲かればそれでよいというのが露骨だ。その結果が現在の衰退状況となってあらわれている。
 中尾市政の発足は民主党鳩山政府に先行している。こっちが大ウソつきといっていたら、鳩山も大ウソつきをやる。こっちがオール与党といっていたら、民主党政府もオール与党になる。アメリカ留学の安倍、林代議士代理のもとで、江島市場原理の好き勝手市政のあとは大ウソつきの市民略奪政治というところで、下関のデタラメ政治は全国先端をいっている。
  合併特例債が450億円あって、「使わないともったいない!」といって新庁舎や社会教育複合施設、駅前開発など箱物をやりまくる。ところが公共事業といっても地元企業が潤っているのを見たことがない。大型箱物を建設したところで、東京で青写真ができてブローカーが引っ張ってきたゼネコン・市外大手企業が受注して、きっちり回収していく。それに国会議員や政治家がまぶりつく。辺野古や岩国など基地の街にいくら交付金が下りても地元経済は発展せず、東京などのゼネコンが食い物にしていくのとそっくりだ。
  合併特例債といって使わないと損するようなことをいっているが、国の財政が破綻しているのに、国から下りるわけがない。市民が貧乏になるのに、市役所だけデラックスにしてどうするのか。みんなが黙っていたら調子づいて、略奪政治というか追いはぎみたいな政治をやっている。
  「街づくり」というとき市民生活に基盤を置いて考えるのではなく、利権に置き換えて物事を動かすからデタラメな事態になるのだ。副都心創出で利権をやると、中心市街地から人口が流出して当然衰退するし、市街地機能も分散する。しかしわかっていてゴリ押しする。人口が30万人にも満たない街で、Jリートの真似事や無謀な開発をやりまくるから結局パンクする。下関の市街地は海峡に面した山側に貼りつくように民家がひしめきあい、江戸、明治から大正、昭和など歴史上でもその舞台となってきた街だ。廃屋だらけで人が住まなくなれば、歴史性も希薄なものにならざるをえない。
  大型店政策でも、市民が貧乏になって購買力がなくなっているのに、駅前に商業施設を追加して、あるかぽーとにも誘致して、椋野地区の区画整理、伊倉地区の区画整理にはイズミとバカみたいにやっている。これは都市計画に無知だからとか、バカだからやっているのではなくて、利権があるからやっているのだ。非課税のはずの区画整理事業で誰がどれだけ儲けたか見たら歴然とする。
  最近、防府市長選の取材をしていたとき、地元の松浦選対に詰めていた関係者が「島田陣営(対立陣営)は合併推進のくせにウソをいっている。公約がウソでも何でも良いのなら、おたくの地元の中尾市長といっしょではないか」と真顔で話していた。よその自治体の市長選にまで「ウソつき」の代名詞として引き合いに出されるのだから、みっともない話だ。自民党県連が抱える島田陣営は「合併問題は二年で覆せばよい」と中尾市長を見本にしている始末だ。それでも敗北して島田県議会議長は寝込んでいると話題だ。
  選挙でウソをついてポストを得て、国民や市民をだますのが流行している。中尾市長は鳩山首相の先をいっている。オール与党体制もそうだ。下関のものは民主党政府が自民党よりひどいことをやり始めてもびっくりしない。下関には民主党の市会議員はおらず、連合は自民党できているからだ。この辺は下関の労働運動が歴史的に強かったことに関係している。戦後の下関の労働運動では私鉄の三池といわれた山電斗争が有名だが、分裂組合の旗を振り、その後は大企業労組を自民党に組み込んだ立て役者が、後に市議会の議長を十何年やった小浜氏だ。会社側か労働者側かが鮮明で、中間的で曖昧な立場は通用しなかった。

 議会に頼っても変らず 動かすのは市民運動

 A 市政について「何をやってもダメ」「変わらない」という雰囲気もあるが、議会にだけ頼って、市長にだけ頼っては何も変わらないということだ。誰が市長になっても、予算に縛られた国政、県政の枠のなかで市政が実行されているし、そこに代議士や議員連中、銀行、利権企業がまぶりついて動いている。だから中尾市長のように「なかに入ったらわかりました」などとへっちゃらで公約をひっくり返していく。
 B 議会は自民党から大企業の労組議員はもちろん利権であり、公明党や「日共」集団も市営住宅や生活保護などの便宜をはかってもらって議席を温める、そのために市民の運動を抑えつけ、つぶしていくことで市当局に恩を売るという関係だ。議会は市民に選ばれた市民の代表などというものではなく、市当局の道具だ。満珠荘問題でも「日共」江原議員などが乗り出して、満珠荘利用者の会の分裂をはかって、市当局に恩義を売ろうとした。議会で多数をとって政治を変えるなどできるわけがないことだ。
 D それなら何をやってもだめかとはならない。市政であれ国政であれ、それを動かす力は大衆運動だ。それ以外にない。下関で見てもこの数年、市民運動が市政を揺り動かしてきた。有料ゴミ袋値下げ署名、満珠荘存続署名など10万人署名を二度やり遂げて、江島前市長を引きずり降ろす原動力になった。あるかぽーと開発にせよ、小中学校統廃合の撤回にせよ、市民が直接行動によって暴走市政を改めさせてきた。
  このなかで市民運動に献身的に役割を果たしてきたのが市民の会だ。市民の会を中心とした市民運動が中尾市長を当選させる原動力になったが、中尾与党になって見返りを求めるという流れとはきっぱりたたかって、中尾市長の裏切りを真っ正面から批判し市民の信頼を強めてきた。2回の10万人署名にしろ半端な数ではない。それは自分たちのためではなく、30万市民の利益のため、私心なく献身的に行動してきたという信頼だ。市民の会が中尾市長当選の瞬間から主張した「大ウソつき」の評価は、今では全市民の世論となった。いかなる為政者も大衆の世論と運動が一番恐ろしがっているのを見たのは、先の衆議院選挙で、下関の絶対的独裁者ともいうべき安倍代議士が顔色を変えて有権者にこびを売っていた姿であった。

 市民派議員作る力結集 重要な教訓にたって

  市民の会の運動は市民の信頼が強いものとなったが、市民の会が出した議員の活動は失敗だった。すぐに議会に取り込まれて役に立たなかった。ここは重要な教訓だ。市政を動かす原動力は市民の運動だ。しかし市民の運動を強いものにし、議会を直接に動かし、市政を動かすのを有利にするには議員がいる。議会の本当の姿を、議会の中に入って広く市民に知らせる議員がいる。密室に風穴をあける必要がある。そして市民の要求を市政に反映させる必要がある。市民派議員をつくることを含めて市民運動を強いものにする事で市政を動かすことができる。
  議員というのはみな利権集団であり、飼い猫になる仕掛けになっている。市民を支配する道具なのだ。そのなかで、議会の側から、ないしは市政の側から市民を見るというのでは話にならない。議員であるが、とことん市民の側からものを見る立場を堅持することが最も重要だ。そのためには、議員自身が出世欲とか金銭欲とかではだめだ。それだけではなく、常に議員に市民の立場、気分、感情、要求を伝え、道をはずしたら批判し正していく力がいる。市民の会の組織というものが上に立って、議員を指導するというのでないといけない。
 B 議員というのは「やり手」でなければならないという常識がある。市民の会の経験でも今まで「やり手」といわれたものでろくな経験はない。演説なら丁々発止で上手でも、内実は汚れで別目的を持っているというのが多い。大事なのは市民に奉仕するという立場を貫くことだし、いろんな知識は次第に勉強していけばよい。議会に下手になじまない方がよい。議員どもが面食らうようなものがよい。
  市議選は、江島市政に輪をかけた中尾市政を震え上がらせるような、市民の運動をさらに強いものにする機会だ。その力で新鮮な市民派議員をつくり、市民派としての議員活動を堅持できる議員をつくらなければならない。下関は全国的に突出した反動政治があらわれているところだ。国政の実行としての市政であり、安倍、林代理のオール与党中尾市政の大ウソつきで市民略奪の大型箱物利権政治をうち倒す市民の力を結集することは、鳩山民主党政府とたたかう全国への貢献になる。

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