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「雇用作れ」の市民要求切実
              下関 職安には毎日500人超す列    2011年2月9日付

 下関でもっとも深刻な問題は働く場所がないことである。職安には卒業を間近に控えた高校生や20代・30代・40代の現役世代から60歳を超えた人まで、毎日500人を超える市民が訪れている。学校を卒業して働く場がない子どもを抱えた現役世代が倒産によって失業している。親の介護も肩にかかってくる。下関市の昨年12月の有効求人倍率は0・79倍。数字上は若干回復したかのように見えるが、現実は違う。地場産業を振興し「雇用をつくれ」の要求は切実になっている。
 商店を営む婦人は、40代の息子が2年前から仕事を探しているが、いまだに見つからないという。「今日も朝から職安に行って求人票をもらって帰ってきたが、下関市内には本当に職がない。仕事を選ばなければあるというが、子どもを抱えて12万、13万円の仕事ではアパートの家賃、光熱水道費を払って残りの3、4万円では食べていけない。求人のなかにはトラック運転手で“本給4万円”というのまであった。手当などがついて10万円程度にはなるのだろうが、こんなに市民の収入が低い状態で下関が活性化するはずがない」と語る。
 最近、周辺でも「子どもに職が見つからない」という話が増えてきた。大学まで卒業させたのに仕事が見つからず、夏・冬のアルバイトだけで親が生活を支えている子がいたり、勤めていた建設会社が給料未払いのまま廃業したため、親が援助している家庭もある。しかし親も六万円程度の年金暮らしで子どもたちの生活を支え続ける余裕はない。「下関の一番の課題は雇用問題だ。雇用がないからどこも潤わないし活気も出ない。もう大型箱物と借金はいらない。一番底辺の市民の声を議会に届けてほしい」といった。
 職安に仕事を探しに来ていた30代の男性は、県外で就職していたが、八年前に下関に帰り地元企業に就職した。しかし間もなく倒産して失業し、再就職した会社がまた倒産した。アルバイトでつなぎながら職を探し続けている。求人はあるように見えるが、いざ面接に行ってみると年齢制限があったり、実は採用するつもりはなかったりと、なかなか決まらない。「会社を経営している友人も、“職安が求人を出してくれというから、一応求人は出したが採用はできない”という。“仕事を選ぶから決まらないのだ”というのは安定している人の論理で、失業者は必死だ」といった。
 「市議選でもいろんな議員が“地元の活性化”というのを聞いたが、一部の地元だけで活性化できるはずもないし、自分のためばかりだと思いながら見ていた。市も議員も、大型ショッピングセンターを引っ張ってきたり、地元をつぶしてでも自分の利権を得ることに一生懸命だから、雇用が増えるはずがない。今中小企業も余裕はない。行政が年齢制限を上げるように働きかけるとか、雇用助成をするとか、今こそ機能しないといけないと思う」と語った。
 55歳の男性は、関西で10年間教師をして下関に帰ってきた。市内で商店に勤めた後、病院に勤務していたが、50歳のときに親が痴呆になり介護のために仕事をやめた。昨年親が亡くなったので再び職を探したが、年齢が引っかかって正社員の職は見つからず、非正規で働いている。3月に契約が切れるため、また職探しを始めなければならないがまともな職はない。娘も本当は下関に住んで働きたいが、職がないため横浜に出た。「妻もパートで10年以上勤めているが、給料は10万円程度でマイナス20度の冷蔵庫に入るきつい仕事に、最近60代の人が入ってきたという。市内に仕事があれば、そんな仕事に高齢者が入らなくてもいいだろうに、いかに職がないかをあらわしている」と語る。
 「働きたいと思っている人に仕事がないのはおかしいではないか。若い者が下関に住めないから、年寄りは風邪をひいても面倒を見てくれる者がいない。親も“熱が出て動けない”と電話するが、妹は東京にいるから助けようがない。雇用がないということは、子どもから年寄りまで家族全体の生活にかかわる問題だ」と指摘した。「中尾市長が“今からは市民の時代だ、どんどん発言してくれ”というから初めは期待していたが、結局口ばかりで一般市民は物をいう場もない。市長や議員がいう“市民”とは一部の恩恵をこうむる支持者のこと。本当の庶民が物をいう場が必要だ」と語った。

 専門学校に流れる若い世代

 20代の女子は、今年に入って友人から「今の会社は先行きが危ない。倒産するかもしれないから働きながら専門学校に通って試験を受けた。合格したらやめようと思っている」「理学療法士の専門学校に行っている」などの連絡を立て続けに受けたという。「連絡してくる様子から意欲を持って資格をとり、その仕事をしたいというより、仕方がないという雰囲気が伝わってくる。下関が本当に厳しいことを感じる。職場の関係などで精神的に落ち込んでいる人などは本当に次の職がないようだ。1年前から職安に通っている子も、初めは“仕事がない”など連絡が来ていたが、最近は連絡してもふれたくない様子。一人で抱え込んでいる人も多いのではないか。雇用がないといわれるが、相談に乗ってくれるところがない。抱え込んでいることを聞いてもらうだけでも違うし、みんなで話し合う場などがあればいいと思う」と語った。
 市民の切実な要求に対して、対策をすべき市はなにをしているのか聞いたところ、独自の対策としては年間約200万円で嘱託の「就職支援アドバイザー」を設置して、高校・大学などの就職支援で訪問する事業だけだった。後は国の緊急雇用対策の基金(22年度では約7億6000万円)で市役所の嘱託職員(半年契約で1回限りの更新、または1年契約で更新不可)を雇用する事業で、根本的な解決に向けた対策はとられていない。08年のリーマン・ショック後、セーフティーネット対策本部が設置されているが、本部長の中尾市長は「景気浮揚と雇用対策が一番の課題」というだけで口先だけ。
 市民のなかでは、地場産業がつぶれるのも自己責任、失業するのも自己責任でやってきた国や市の政策の結果、下関全体が衰退してしまったこと、産業がなくなれば下関は途絶えてしまうことが語られている。農林業、漁業とそれにつらなる造船、鉄工など地場産業を守り、振興することは、待ったなしの課題となっている。

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