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小売店は10年で半減
下関江島市政14年
             大型店は野放しの出店   2009年1月30日付

 江島市政の14年、下関の地元商業はどうなったか。下関市商店街連合会関係者は「2000年の大規模小売店舗法廃止以来の大型店出店野放しと、地元経済疲弊による消費落ちこみのダブルパンチで、下関の商店街空洞化は段階を画した。大丸、ダイエーを核とするシーモール下関オープンで茶山、豊前田の商店街が荒廃したあと、唐戸商店街や長府商店街はその機能を維持してきた。ところが江島市長になって荒廃は段階を画した。アメリカ型の“自由競争”礼賛で大型店出店野放し、市の仕事も市外業者がとって行き、地元の商業はもとより経済は低迷の一途となった。これ以上続けば下関は息の根を止められるとの思いだ」と語った。

 大型店占有率は40Qも上昇
 政府の商業統計調査によると、1997年調査で下関旧市の小売店舗は4044店(百貨店、総合スーパーを除く)ほどあったが、2002年調査では2942店(同)と5年間で1100店も姿を消し、2007年調査では2460店(同)と、さらに500店も姿を消している。(07年調査は合併で豊浦、豊北、菊川、豊田の4町を含めているため、02年調査の4町店舗数が占める割合で引いて概算した)
 この間、大型店の全市小売売場面積に占める占有率は、1997年の調査で43%であったが、2002年調査では57%に14もはね上がり2007年調査では63%とさらに6も上昇している。 現在、出店計画中の新川中中学校に隣接するイズミゆめタウン(3万5000平方b規模)、宮田町の元貯金局跡地へのドラッグ・スーパー、すでに建設中の綾羅木の大手食品スーパー・ハローデイ、卸売団地裏側の椋野開発用地への大型店出店計画(イオン、イズミの名があがっている)を加えると、大型店占有率は70%に迫る。
 江島市長は、あるかぽーと(岬之町から唐戸に至る東港区再開発地)への大型商業施設(3万平方b規模)の誘致、JR下関駅舎改築で大商業ビル構想をうち出すなど、地元経済界では「利権追求の狂人」と評されている。かりにこれらの構想が強行されれば、大型店占有率は80%に迫り、地元商業は息の根を止められることになる。

 大店法廃止で大打撃に
 2000年、大規模小売店舗法廃止による大型店出店自由化は、下関の商業・商店界にとっても衝撃的な幕開けとなった。
 営業時間、営業日数のしばりもなくなった。下関では、JR下関駅前のシーモール下関の核店舗・ダイエー下関店と、長府才川のイズミゆめタウンが元日から初売りを開始し、下関大丸も2日の初売りから冬物一掃セールを同時スタートさせた。
 弱肉強食の激烈な商戦の始まりである。同年2月竹崎町にあったスーパー丸信(売場1327平方b、総面積4786平方b)が撤退した。
 長門市場の青果店主はふりかえる。「スーパー丸信の撤退で、長門市場やスーパー長門への客の流れはなくなり、決定的な打撃となった。かつて“市民の台所”といわれたが、今や影も形もない。市が改良住宅を建て、一階を食料品市場として市民に供してきた。小零細な商店はこのようにしてつぶされる。江島市長は、金になる箱物ばかりに熱心で、市が設置した市場を、まったく放置している。もう辞めさせなければ」と語る。
 2000年3月、江島市長は下関食肉センター(筋ケ浜町)の閉鎖を強行した。精肉店や食肉卸業者は「市民生活のため」と反対運動を展開したが、江島市長は聞く耳を持たなかった。このため、下関の精肉業者は、北九州をはじめ他市の施設を頼らざるをえなくなった。この後、市内の多くの精肉店が姿を消すこととなった。
 その後、大手食品スーパー・ハローデイが細江町の海峡メッセ前、旧国鉄用地跡に出店、竹崎から細江、入江に至る地元商店に大きな打撃をもたらした。長門市場、スーパー長門の食料品店は5本指で数えるほどしかなくなった。グリーンモール商店街でも長門プラザから撤退する店が出始めている。入江の食品スーパー・レッドキャベツも最近撤退に追い込まれた。
 丸山、豊前田、細江、長崎中央、長崎新町と、高台の住宅地に住む高齢者は、買い物することも困難になり、ヘルパーを利用するのも制限され、日常生活に困りはてている。
 2000年7月、敷地面積4万9500平方bのパワーセンター・コスパ(専門量販店集合体)が勝山地区にオープンした。長府才川のイズミゆめタウンとの競争は激化、一角にあったホームセンターが撤退。アメリカの玩具大手トイザラスを誘致するに至った。
 翌2001年、トイザラスが開店、下関市内の玩具商界に大打撃となった。長府トンネルから国道に出る道路沿いにあった玩具店が閉鎖。下関では大手であり、他市にも支店を持っていたアサヒトーイが姿を消す1つの要因となった。
 長府商店街の専門店店主は、「イズミゆめタウンで打撃を受けたうえに、外浦のマリンランド用地に出店したイオン・ショッピングセンターで破壊的な打撃を受けた。“下関は大型店は規制しない”といい放った江島市長はもう許さない」と力を込める。
 マリンランド・ゴルフ練習場跡に、イオン・ショッピングセンターが出店する話が出る前、長府商店会と連合自治会が共同で、「城下町長府の街づくり」を守るために、大型店ゾーン規制をするよう江島市長に要請した。ところが江島市長は蹴った。イオン・ショッピングセンターは、大きな駐車場を持ち、土日を中心に客を集めている。隣接地に国立医療機構・関門医療センターが建設されており、さらに集客を有利にするとみられている。
 長府商店街は、シャッターを閉めた店がめだち始めただけではない。「城下町長府」の玄関口ともいえる鳥居前商店街は店が撤去され、駐車場となるなど、空洞化による歯抜け状態となっている。

 市内中に大型店が乱立
 下関の大型店乱立は、その規模だけでなく、旧市内、長府など山陽地区、綾羅木、川中など山陰地区とすみずみまで展開しており、それぞれの地区で消費購買力を支配していることの打撃が大きいといわれている。
 綾羅木地区には、イオン系のミスターマックス、ジャスコが展開、大手食品スーパー・ハローデイが建設中である。勝山・川中地区には、前記のパワーセンター・コスパをはじめ、ホームセンター・とみやま、廉売スーパー・トライアルが展開している。これに、新川中中学校建設予定地の真前に、イズミゆめタウンの出店を計画している。
 かつて市が「副都心」として位置づけ、公団住宅、県営住宅、市営住宅や住宅団地が集中し、下関市立大学がある山の田地区は、衣料品店、文具店、書店など専門店が次次に撤退、商店会形成も成り立たなくなった。イオン系のサティ山の田店も2月に閉店する。
 山の田地区商店主の1人は、「5億円もかけて梶栗駅をつくったが、なに1つ市内北部の活性化にはつながらなかった。下関を愛し、活性化させる都市づくり構想が確固としており、それにもとづいて大型店も規制し、投資もするというものではない。次から次へと箱物計画をうち出し1部の者が利権で太り、市民の営業も生活も破壊する。3月の市長選では、こんな市政に終止符をうつ」と強調した。
 全市的な地元商業の衰退はこの14年、見てきたように、すさまじいものである。下関東部の中心市街地・唐戸地区も商店撤退による空洞化がめだち始めている。おもな通りである、銀天街、新天地、赤間本通りと共通している。
 専門店店主の1人は、「江島市長の14年、1つは大型店乱出店の野放しで、旧市内より遠くに住む市民が買い物にこなくなったことと、一方で公共事業も全国大手がとって下請・孫請も市外業者をつれてくる。地元中小業者は仕事がない。若い者は働く場がない。競争原理一点ばりの市政が、下関を食いつぶしてきた。この2つの要因が下関の商業を破壊している。江島市長は商店主の“自助努力”をいうが、弱肉強食の自由主義では話にならない」と指摘する。
 市内の商店主のなかで「今度こそ市政を変える」との思いは強い。大型店は売上げを吸い上げて本社のある大都市に持って行く。市のイベントの弁当でも、1円でも安ければ市外業者に回す。このようなアメリカ型の競争原理一点ばりで下関市民の経済が活性化するはずがない。このような意見が活発に論議されている。
 市民の結束した力で、世論と運動を強め、江島市長を引きずりおろし、あきらめではなく郷土・下関の活性化をめざして、来る市長選をたたかう意欲が盛り上がりつつある。

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