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全国に波及した活動に確信
下関原爆被害者の会が総会
              語りつぐ使命で団結     2004年5月25日
 
 下関原爆被害者の会の平成16年度総会が23日午前10時から、70人が参加して下関市立西部公民館でおこなわれた。総会は1994年の再建以来10周年を迎えた同会の発展、とりわけ思想・信条をこえて被爆体験を語りつぐ使命で団結して活動を強め、市内での原爆展をはじめ広島や全国に運動をおし広げてきた成果をいきいきと反映、この間の活動への誇りと確信にあふれるつどいとなった。総会では「アメリカの原水爆戦争準備に反対する決議」などを採択、第五回下関原爆展を近く福田正義記念館で開催するなど今年度の方針を決めた。  
 
 命あるかぎり奮斗誓いあう
 総会の冒頭、吉本幸子会長があいさつに立ち、「政党政派・思想信条を問わず、被爆者として活動してきた。第2回原爆展で大型パネルができあがり、平和運動への大きなうねりを全国へ波及させてきた。日本人として、体験を若い世代に伝えていきたい。小中高生の平和の会ができあがり、先生方が奮斗されていることは未来への明るい希望だ。混迷の世の中を手をつないで、1日も早く明るい光を見るよう全国的に被爆者の運動、平和への運動をつづけていきたい」と決意をのべた。
 来賓として、江島潔市長(代理)、延谷壽三郎保健所長(代理)、竹田国康・山口県被団協会長、日野一利・豊浦郡原爆被爆者の会会長、吉山宏・原水爆禁止下関地区実行委員会事務局長があいさつした。
 竹田氏は、「核兵器も戦争もない平和な世界にむけての努力にもかかわらず、国際情勢は暗雲がたちこめている」とのべ、アメリカ政府が「核兵器の先制攻撃」や「小型核兵器の開発」を明言していること、「原爆の悲惨さを体験したことのない政府高官が非核三原則も見直すといっている」ことをあげ、被爆者の使命がますます重くなっていることを強調した。「高齢をむかえているが、核廃絶の精神だけは失ってはいない。1歩でも2歩でも前むきにとりくんでいきたい」と訴えた。
 日野氏は、「イラクへの自衛隊派遣まできたが、いかなる理由があろうとも、戦争はぜったいにいけない。過ちをくり返さないということを後世に語りつぎ、がんばりつづけたい。下関原爆被害者の会の立派な方針をともに実践し、たたかっていきたい」とのべた。
 吉山氏は、「“語ることを使命”としてすすめてきた被爆者の運動が、多くの市民の深い信頼のうえに地域と学校が連携して平和の担い手を育てるうえで重要な役割を担っている」とのべ、現在市内でおこなわれている労働者の職場や老人福祉施設での原爆展や原爆展全国キャラバンが歓迎されていることを報告。「予定されている第5回下関原爆展を軸に青少年をはじめ、教師、婦人、労働者、戦争体験者など各階級、各階層の市民が参加する全市的な原水爆戦争に反対する平和運動をめざしたい」とあいさつした。
 このあと、全国から寄せられたメッセージが紹介された。重力敬三(「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会代表世話人)、広島県呉市原爆被爆者友の会一同、永井淳一郎(東京・武蔵野市原爆被爆者の会けやき会会長)、岩浅久儀(岡山県鴨方町被爆者)、日高勇蔵(宮崎県えびの市被爆者)、比嘉幸子(沖縄県原爆被爆者協議会副理事長)の6氏からのメッセージは、下関原爆被害者の会の活動のなかで作製された下関原爆展パネルを使った原爆展をつうじて、各地の運動が活性化し発展していることへの喜びと感謝の気持ちを伝え、アメリカの野蛮な殺りく行為を暴露し今後とも相互の連携を強めて平和のために前進する意志を示すもので、熱い連帯の感情が会場を包んだ。
 杉山真一事務局長が昨年度の活動報告と今年度の方針を提案し、全員の拍手で採択した。杉山氏はまず、被爆者援護と原水爆禁止・平和運動の昨年1年間の特徴として、「被爆者の長年の要求が実を結び、健康管理手当の更新手続きが改正され、ほとんどが終身給付になったこと、アメリカのイラク占領が泥沼化し自衛隊がイラクに派遣されるなかで下関原爆展パネルを使った広島市民原爆展、呉原爆展が大成功し、原爆展運動が全国にさらに広がり、小中高生をふくむ原水爆禁止・戦争反対の新しい力が強まったこと」をあげた。
 とくに、原爆展の広がりと被爆体験を語りつぐ活動については、下関市内の地域原爆展が地元の協力のもとでおこなわれ、のべ24人の被爆者が約800人に体験を語ったこと、とくに小中高生平和教室ではこれまでだれにも話してこなかった体験を子どもたちのためにはじめて語る被爆者があいついだことを報告した。また、広島の会と共催した福屋デパートでの広島市民原爆展の成功についで、呉のそごうデパートでの原爆展に2400人が参加するなど広島県下での運動が勢いよく発展していること、最近の原爆展全国キャラバンの各地での支持と歓迎ぶりの特徴も紹介した。

 原爆展を福田記念館で開催
 今年度の活動方針としては、「第5回下関原爆展を成功させる会と協力して、福田正義記念館で開催する」「ひきつづき広島での大型原爆展で展示する」「このパネルを使った原爆展を長崎で開催されるように尽力する」ことを確認。被爆者・被爆2世の援護運動とともに原爆展、学校の平和授業、小中高生平和教室、各種の団体やグループのつどいなどで被爆体験を語る活動をひきつづき積極的におこなうこと、各地区での被爆者懇談会を重視することなどを明確にした。
 総会は、「アメリカの原水爆戦争準備に反対する決議」「上関原発建設白紙撤回を求める決議」を採択、最後に採択された「集会宣言」は要旨つぎのように結んでいる。
 「下関から始まった新しい原爆展運動は急速に全国に波及し、広島を動かし、広島市民原爆展の大成功をかちとり、全国各地で反響を呼び起こし、新たな被爆者運動のうねりをつくり出しています。小中高生平和の会の急速な発展に見られるように、祖父母の体験に学び、日本民族の誇りある歴史と伝統を継承し、平和で美しい日本を建設しようという新しい力が育ちつつあります。この力こそが、原爆死没者の無念を晴らし、被爆者の傷痕を癒してくれるのです。わたしたちは会が歩んできた道に誇りと確信をもち、核兵器廃絶のため、命ある限り運動をつづけます」。

 新会長に伊東秀夫氏が就任
 総会では、吉本幸子会長の高齢を配慮し、伊東秀夫副会長が新しい会長に就任、吉本会長は顧問として役員にとどまるなど1部役員人事の変更を決めた。会再建の中心的役割をはたすとともに、会を守り発展させるために献身的に尽くし、その人柄もふくめて多くの人人に深くしたわれ、信望をあつめてきた吉本氏への感謝と今後とも奮斗を誓いあう姿が、その後の懇親会をふくめてあちこちで見られた。
 懇親会では被爆者の体験に学び成長し、平和の会の活動をすすめている下関の小中高生をはじめ、青年たちが感謝と激励に訪れ、「春」「ふるさと」など日本のうたごえを響かせた。参加者は「なつかしいね」と語りながら、しんみりと聞き入り、婦人たちは「茶つみ」の歌にあわせて両手をおたがいに打ちあい楽しんだ。
 子どもたちに体験を語ってきた被爆者は、顔見知りの子どもに声をかけるなどなごやかに交流。地域原爆展ではじめて体験を語った婦人被爆者がマイクを手にとり、「子どもたちがよくきいてくれ、感想を書いてくれたことがうれしく涙が出ました」と発言するなど、今後とも、仲間とともに勇気をふるって語りついでいく決意を語っていた。

 坂田昭雄氏をしのぶ追悼会 総会に先がけて挙行
 総会に先がけて、今年3月に逝去した坂田昭雄副会長をしのぶ追悼会がおこなわれた。長崎で被爆したことで生涯、生活の困難をかかえながら会の再建の中心となり、地道に献身的に会を支える役割をはたし、会員や子どもたちから信頼されてきた坂田氏の経歴と人柄が紹介されたあと、吉本幸子会長と大松妙子氏が、追悼の言葉を贈った。
 竹田国康・山口県被団協会長も哀悼の意を表明、坂田氏が「下関の会の再建以来あらゆる難関をのりこえて今日の発展の基礎を築いてきた」「吉本会長とともに、被爆体験をひきつぎ、語りつぐ運動をすすめてこられた」と称えた。

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